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専門知識の欠如が災害の一因に


(資料出所:オーストラリア安全評議会 (NSCA) 発行
「NSCA's Australian Safety」 2001年4月号)

(訳 国際安全衛生センター)


Institution of Engineers(オーストラリア)のポリシー・アナリスト、アソール・イェイツが、オーストラリアの3件の大規模産業災害の原因と結果を分析する。

王立キャンベラ病院の爆破工事での事故、HMASウェストラリア号の船上火災、エッソのロングフォード施設でのガス爆発を、検屍官裁判所と政府が調査した結果、これらの現場でのエンジニアリング活動の管理に重大な疑問が投げかけられた。

技術的専門知識の欠如、請負業者の能力評価の欠如、不十分なエンジニアリング業務が、それぞれの災害の誘因となっていたことが明らかになった。提出された証拠は、多くの段階で体系的な機能不全があったことを示している。この論考はエンジニアリングと契約の問題に焦点をあてているが、あらゆる専門家グループが、それぞれの視点から災害原因を分析し、その結果を公表すべきである。


どこに問題があったか

王立キャンベラ病院の爆破工事での事故

1997年7月13日、王立キャンベラ病院を予定どおりに爆破している最中、1キロの鉄の破片が飛散し、430メートル離れた場所にいた3万人を超える見物人の中の1人が死亡した。

HMASウェストラリア号の船上火災

1998年5月5日、HMASウェストラリア号の主機械室でフレキシブルホースが破裂し、高温のエンジン部分にディーゼル燃料が飛散、4人が死亡した。このホースは、従来の剛性パイプの代わりに同船のサポート請負業者が納入したものの一部だった。

エッソのロングフォード施設での爆発

1998年9月25日、ロングフォードの第1ガスプラントで熱交換器が破裂し、炭化水素ガスと液体が流出した。熱交換器は、230度の高温の脱ベン油をマイナス48度と云う低温の容器に再導入したために破裂した。導入された脱ベン油が容器の圧力を上げて脆性破壊を生じさせ、これによる爆発と火災で2人のエッソ社員が死亡、8人が負傷した。

3件のいずれの災害でも、技術的専門知識の欠如が誘因となっていたことが確認された。専門知識は、契約管理者にも請負業者にも欠けていたか、または必要なときに活用できなかった。請負業者と下請業者の能力評価は行われず、また病院の爆破工事での災害で、またHMASウェストラリア号の火災においても、請負業者は、認定されたエンジニアリング・プロセスを導入していなかった。


災害から得た教訓

契約とエンジニアリングの観点からみると、災害から学ぶべき5つの重要な教訓がある。

1.発注側の情報入手の必要性

これらの災害は、気分、状況を知った上での決定を行う必要があると云うことを浮き彫りにした。それが不可欠なのは、間違いなく正当な金額を払う、リスクを管理する、革新的な解決策を正しく選ぶ、また悪辣な請負業者が発注者の無知につけ込むのを防ぐといった目的のためである。

そのためには2種類の異なった手腕が必要である。つまり契約に関する専門知識と、当該案件に対する専門知識である。モノやサービスのエンジニアリングのためには、当該案件に関する知識としてエンジニアリングに関する技術的専門知識が必要となる。技術的専門知識の確保はますます重要になっている。組織内の技術スタッフが一般に減少し、権限が個々の事業所や人物に移行しているからである。また個別化、細分化した請負によって契約の数が増え、事業の技術的複雑さも増しているため、不十分な情報に基づいて決定した場合に発生する資金的損失の可能性も大きくなっている。

エンジニアリング契約の際には、契約プロセスの各段階で異なった技術的分野とくわしさの専門知識が必要になる。ただし専門知識が必要といっても、技術者が契約管理者にならなければいけないという意味ではない。同様に、どこで技術的専門知識を確保するのが組織にとって最良か、つまり自組織内で確保するのか、それとも外注するのかという議論は、生産的とはいえない。肝心なのは、発注者が必要な場合に技術的専門知識を確保できなければならないという点であり、自社内でそれが欠けている場合は外注して確保するということにある。

2.技術的助言が確実に活かされること

技術的専門知識は、活用しないかぎり無益なのは自明である。エンジニアリングの専門知識が求められず、または活かされないのには多くの理由がある。たとえば助言が理解できないのではないか、または採算を無視して不必要に高額な技術的解決策が提案されるのではないかとの懸念、また組織構造が原因となって組織の他の部分が専門知識を生かせない可能性などである。

最後にあげた理由は、43億ドルのコリンズ級潜水艦の欠陥プロジェクトに対する連邦政府の調査で明らかになった。そこでは「プロジェクトに必要な技術的能力は全般的には確保できたが、契約または利益優先が原因で、特定の分野では確保できなかった」(McIntosh)。

3.請負業者の能力を評価する

これらの災害の報告書は、能力のある請負業者や下請業者のみ選定されるようにする必要性を指摘した。そうならない理由としては、時間の不足、努力の不足、不適切な選定基準、価格だけを根拠とした請負業者の選定などが考えられる。

最低価格を根拠とした請負業者の選定は、政府契約における重要な問題であり、IEAustによる2000年1月の調査(IEAust:3)が示すように、おそらくは民間部門でもそうだろう。

エンジニアリング契約にかかわっている公務員によると、率にして10%、金額にして正味70億ドル分の契約は、前払い費用が最低であることを理由して発注されている。政府が入札を行う業界では、実際にはその割合は4倍も多く、33%に達すると信じられている。

基本的な選定基準を、最低コストではなく全体的な投資効率に置くための方法は多数ある。たとえば価値マネジメント、資質評価方式、事前能力判定方式、登録方式などがある。価値マネジメントは契約決定プロセスを柔軟にし、投資効率が改善する場合には請負業者を簡単に、なるべく早く変更することを認め、奨励する。資質評価方式(QBS)は、契約交渉の後段ではじめて価格を決定する。事前能力判定方式は、発注機関が決定した一連の基準に合格した業者に限定して契約する。登録方式は、能力と倫理を有した業者のみが選定候補になるようにする。

4.適切なエンジニアリング・プロセスに従う

上述の災害は、実証済みのエンジニアリング、契約、安全プロセスに従わなかった場合にどうなるかを示した。リスク管理、または労働安全衛生規則などのプロセスは、いずれも長年の経験と慎重な改良のうえに形成されたものである。これら実証済みのプロセスを回避したり、または時間と資金を節約するために相互確認や監督を排除した場合、まったくの逆効果を生じかねない。確立された安全手順を実行しないとどうなるかは、病院の爆破工事でもエッソのロングフォードの爆発でも明らかである。

5.請負業者は幅広い責任を負わなければならないだろう

病院の爆破工事とHMASウェストラリア号の船上火災についての判決は、個人と請負企業の責任は、契約の文言以上に幅広い場合があることを示している。これらの問題に対する審問の視点は、とても明瞭とはいえない。個々の状況に左右される面がきわめて大きく、裁判での検証も済んではいない。

病院爆破工事の際の構造技術者の業務を調査するなかで、検屍官は「当人が自分の役割はコンサルティングのひとつにすぎず、監督的業務に従事したり、その役割を担ってはいなかったと主張するだけでは免責されない」と結論づけた(ACT Coroner,1999)。検死官の勧告のひとつは、この技術者の「専門的技術者としての業務遂行の権利を、適切な専門機関でさらに検証する」ということだった(ACT Coroner,1999)。IEAustは、この技術者が「全国専門技術者登録」に登録されておらず、またIEAustのメンバーでもなかったと指摘した。したがって当人はIEAustの倫理基準に拘束されず、またIEAustの懲戒手続きの対象でもない。つまりIEAustが当人の業務遂行の権利を検証することは不可能なのである。

「シャーマン報告」にも、契約内容が不明確であった場合の各種当事者の責任に関する見解が記載されている。「検屍官報告を読むと、Action Peninsulaプロジェクトでの役割と責任に関して、大きな混乱と不一致のあったことは明らかである。建設・解体契約におけるプロジェクト・マネージャーは、請負業者の業務に関与し、監督する責任がある」

「同様に、プロジェクト・ディレクターと発注者も、その責任を完全に免れることはできない。プロジェクト・マネージャーが、請負業者の適切な能力と技術を確認し、また契約要件に基づいて業務を行うよう確認しなかった場合、プロジェクト・ディレクターと発注者がその責任を負い、または少なくとも、それを実行できる専門的コンサルタントを確保しなければならない。契約条項に当事者の役割と責任を明記することは重要である。しかし、どんなに立派な契約書も、業務が適切に遂行されるのを保証するわけではない。契約は適切に管理、監督されなければならない。また契約条項の意味について、弁護士主導で文書をやり取りすることは生産的とは思えない。それが適切な場合もあるが、大半のケースでは、問題を話し合うことでより良い結果が得られる可能性が高い」(Sherman)

契約問題を扱ったものでないが、専門家向けの倫理基準は、契約の文言とは別にその責任の解釈に当たって有効な場合がある。たとえば「Tenets of the Code of Ethics for the Institution of Engineers」(オーストラリア)には、「会員は、いかなる場合でも、その産業または個人的な利益よりも、共同体の福祉、および安全・衛生に対する責任に重きを置かなければならない」との勧告が記載されている。また「会員は、共同体の福祉、および安全・衛生を犠牲にすることなく、みずからが誠実な代理人または助言者として行動する対象である雇用主または顧客の利益のために、その技術と知識を適用しなければならない」との記載もある。

請負業者に期待されるものを、このように幅広く解釈することは、契約の文言にかかわりなく、請負業者がプロジェクト全体につねに目を配りながら、みずからの業務を遂行する必要があることを意味する。

王立キャンベラ病院の爆破工事、HMASウェストラリア号の船上火災、エッソのロングフォード施設でのガス爆発には、エンジニアリングと契約管理の点で多数の共通要因があった。これらの災害から、他にもエンジニアリング管理に関する多数の問題点が明らかになった。たとえば経営上の知恵として受け入れられている、技術的活動の管理に非技術者のゼネラリストを採用すること、しばしば”勝手な”指標を根拠に専門家の数を減らすこと、現場監督をするのではなく品質保証のみに依拠することなどへの疑問も投げかけた。

この他、技術面以外の多くの問題が災害の誘因として明らかになっている。たとえばオペレーターの知識の欠如、体系的な危険要因把握の欠如、そして欠陥のある災害報告システムの採用などである。こうしたシステムは、度数は多いが被害が甚大でない災害に焦点を絞り、度数は少ないが被害甚大な災害を無視している。

災害を幅広い専門家の立場から分析するために、さらなる取り組みが必要である。これらの災害は悲惨だったが、もしわれわれが分析を深めず、失敗から学ばなければ、はるかに悲惨な災害が発生するだろう。

この論考で取り上げた問題をさらに詳細に検討した文献として『Government as an informed buyer: Recognising technical expertise as a crucial factor in the success of engineering contracts』(IEAust 2000年1月発行)がある。またウェブサイト(www.ieaust.org.au/government)で参照することもできる。

アソール・イェイツは、現在、専門家の助言がなかったことが誘因となった契約、政策、規則関連の災害のデータベースを編纂中である。オーストラリアにおける実例を知っている方は、同氏まで連絡していただきたい。