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欧州連合加盟国における労働安全衛生の経済的影響

資料出所:http://osha.europa.eu/publications/reports/impact/より
(訳 国際安全衛生センター)


欧州連合加盟国における労働安全衛生の経済的影響

要約

はじめに

欧州連合加盟国における労働安全衛生の経済的影響についての本報告書は、欧州安全衛生機関が1996年9月に事業を開始して以降、同機関主催で実施された主要報告プロジェクトのうち第2のプロジェクトについて要約したものである。本プロジェクトの目的は経済的要因というものが加盟国における労働安全衛生政策の形成にどのように関連しているかという概観をとりまとめるためのものであった。

本プロジェクトによって得られた結果は、労働安全衛生対策の費用対効果を評価することが大部分の加盟国において既に重要な課題になっており、かつ、それに対する関心が現在もなお増大しつつあるということを示している。それと同時に、大部分の加盟国が労働安全衛生政策を形成する際に倫理的考察の重要性を強調しているということもまた認識されるべきである。

労働安全衛生対策の費用対効果に関する考察

いくつかの加盟国では、経済的効果の評価が政策決定において考慮される基本的な情報の一つである。しかしながら、経済的評価がどのように政策決定に影響を与えるかということは、加盟国ごとに異なっている。一般的には、社会的パートナーとの合意を得ようとする際に費用効果分析(CBA)が採択される結果に影響を与えるが、いくつかの加盟国では費用効果分析が政策決定における主要な要因ではないことを明確に指摘している。それにもかかわらず、経済的評価を行って明確にすると容易に実行可能な妥協に導くことが出来るようだ。この方法は、対策の効果を一定の方式でチェックすることに役立つ。

労働安全衛生政策の経済的効果

 対策の効果に関する有用な情報(例えば、新しい法令を導入するのか、または、現行法令を改正するのかという情報)を得るために、多くの加盟国では法令を導入する前(事前)に評価を行うことは一般的である。いくつかの加盟国においては、(事前の)影響評価が慣例的に行なわれており、ときには義務付けられていることさえある。評価の対象となる範囲は国によって異なり、施策の性質、課題の重要性によっても異なってくる。キャンペーン等のような他の施策の評価については、より小規模な形で行われる。

 対策は事後評価することもできる。事後評価の目的は、施策の有効性と効率性を検証することにある。実施後の費用効果分析(CBA)の結果は、施策内容を調整するのに用いることができる。通常、法律はこのような評価が行われるが、法律以外のタイプの規制については、このような方法で評価している国はほとんどない。

 事前評価においても、そして、まさしく事後評価においても効果を見積もることは困難である。問題の一つは、予防によりもたらされる効果は長い時間をかけてなければ、明らかにならないということである。一般的には信頼できるデータがないということと関連する要因を特定することが難しいということにより、この種の評価を行うことは困難である。

 上記の方法以外に、加盟国における現行の労働安全衛生法令体系の効果を計測することもまた可能である。これは、例えば、経済効率性指標を用いて行うことができる。この可能性はあるにはあるが、このタイプの評価はこれまで大して関心を払われたことがないと結論づけられるだろう。ほとんどの加盟国において、労働安全衛生法令体系に対するいかなる効率性評価手法も実用的とはいえないのである。

 労働安全衛生施策の経済的影響を評価するためには、費用と効果の根底にある概念が特定されなければならない。通常、労働安全衛生施策を実施する費用(予防費用)と実施後の効果とは明確に区別されている。費用と効果を評価する方法は国によって異なっており、また、施策の性質によっても異なっている。疾病を予防することにより避けることのできた費用は、効果の見積りに一般的に分類される。健康管理の費用とリハビリテーション費用の削減は過少に見積もられている。生産性と品質における影響を定量的に計測した実績は、概してほとんどないといえる。

 ほとんどの加盟国で、国営または民間の健康保険機関が労働災害と疾病の発生件数に関する統計を年単位で公表している。一般的に、これらの労働災害と健康リスクの結果としての労働損失日数や障害年金の支払い件数もまた有用である。加盟国にもよるが、さらに有用な情報があるかもしれない。これらの統計は作業関連疾病のすべての費用を完全には表してはいないようではあるが、国民総生産に占める割合として作業関連疾病の費用を見積もるための基礎として用いられる場合が多い。

 いくつかの加盟国では、自ら国民総生産に占める割合として作業関連疾病の費用の見積りを行っている。この割合は、2.6〜3.8%の範囲にあると報告された。他の加盟国においては、このプロジェクトの目的のために見積りが行われた。それらは費用に関して報告されたすべてのデータや統計に基づいており、その割合は、0.4〜4.0%の範囲にあった。ここで述べた割合については、計算方法の違いにより加盟国間での比較や評価基準設定は現時点では不可能であるということが強調されなければならない。  

個々の企業にとっては、労働安全衛生策における特定の投資が企業コストを引き下げるかどうかを知ることはより重要なことである。ほとんどの加盟国では、これらの評価において企業を支援する方策が現存しているか開発段階にある。用いられている方策は、中央政府の支援もしくは保険基金の援助を受けて開発されている場合が多い。

 中小企業に関しては特有の問題が認められる。中小企業はこれらの方策を適切に適用するための財源や人的資源を大抵有していない。大企業はこれらの方策を自社で開発する資源を持っているか、またはこれらの方策を自社のために開発してくれる民間支援機関に発注するための資金を持っている場合が多い。結局、加盟国においては、リスクと労働安全衛生対策の影響を計算するこれらの方策が実用に供されるという点で、いかなる定量的データも有用でないと結論付けられるはずである。

財政的誘導策の活用

 予防対策を促進するために、財政的誘導策を直接適用することもできる。財政上の対策は、3種類の主要な範疇に区分することができる。

   ― 助成金

   ― 法令施行を強化する方法としての罰金や反則金

   ― 社会保障制度における優遇策 

個別企業に対する助成金は、予防的な労働安全衛生対策に投資する事業主の費用を引き下げ、そしてその結果、これらの対策の開発、販売、購入そして適用を促進するのに用いることができる。調査の結果、多くの加盟国においては、財政的誘導策が技術的支援の費用の削減または助成金プログラムの創設によって提供されていることがわかった。相対的に、税金に基づく対策は今までのところほとんど用いられていない。しかし、概していえば、安全かつ衛生的な製品、生産方法、作業組織、機械等の開発、販売または購入を促進する積極的な誘導策は大多数の加盟国に存在する。

この種の財政的誘導策が推算されているのがほんの2〜3の加盟国であることも明らかとなった。助成金が将来どのように取り決められるかについては、ヨーロッパ各国で異なる方向性にあるようである。一部の加盟国では助成金が圧縮されている間に、他の国々では新しい対策が導入されている。

 企業に安全衛生対策に取り組むよう働きかける他のタイプの財政的誘導策には、法令施行の一環としての(裁判所によって科せられる)罰金と(監督機関によって課せられる)反則金がある。加盟国では、個々の企業に対して罰金や反則金を賦課するシステムを十分に発達させてきた。それにもかかわらず、財政的制裁は、むしろ穏健なやり方で用いられているようである。企業に法令を遵守させることが法令施行の主目的である

 一部の加盟国では、財政的制裁のレベルが低すぎて抑止力としては機能せず、制裁の強化に取り組んでいると指摘している一部の加盟国もある。こういった強制力を高める手段を講じている。さらに、裁判所に違反を持ち込む代わりに、またはそれに加えて、行政による反則金の賦課に関心が高まっているようである。

 保険の仕組みは、―その運営主体が公的な行政機関か、社会的パートナーか、民間機関にかかわらず―労働災害の件数や職業性疾病の件数を引き下げることに直接的な利益を有しているので、労働安全衛生を改善する上で重要な役割を果たすことができる。労災保険は、法律上の義務である場合が多い。これは労災保険が必ずしも国の社会保障システムの一部分であることを意味しているのではない。一部の加盟国では、公的(半公的)監督のもとに民間保険会社が労災保険に責任を持っている。保険料の徴収は、企業が予防活動を促進するための財政的誘導策を生み出す機会を提供している。大多数の欧州連合加盟国においては、財政的誘導策は強制的な社会保険の仕組みの中に存在する。加盟国はさまざまな誘導策を報告している。労働災害や職業性疾病に対する保険料に格差をつけることが最も一般的な誘導策である。加盟国では一般的に、保険料の格差を拡大する傾向にあるように思われるが、このような誘導策の水準や性質の大きな変化を見越してはいない。

 労働災害に対する保険制度としては、強制的な社会保険の場合と民間保険の場合とがある。ここでもまた、最も一般的方法は、保険料に格差をつけることである。しかしながら、民間保険の制度の中で金銭的優遇方式で安全衛生を改善させるには限度がある。特に小規模の企業にとって、保険料は個々の企業における安全衛生活動実績の評価というよりむしろ業種別の支払い請求実績に比例しているのであるから。

企業の安全衛生を促進させるやや新しい別の方策は、製品、サービスの請負業者または供給者を安全衛生に関する実績に基づき選定する際に、公的機関を民間機関としての立場で関与させることである。

 このような方法には、何らかの法的手段を伴っている場合がある。例えば、公的機関は請負業者に安全衛生に関する法令上の規定を遵守するよう求めるかもしれない。また、安全衛生に関する法違反で有罪になった企業に対して支払い契約を禁止するかもしれない。さらに、公的機関は法令に規定された最低水準を上回る安全衛生基準を求めたり、職場における安全衛生の実効的な取組み(例えば、教育訓練計画またはキャンペーン)を具体的に実施することを求めるかもしれない。

欧州レベルでの主体的取組み

 本調査で取り扱われた最後の論点は、労働安全衛生の経済的観点に関連して欧州レベルでどのような主体的取組みがなされ得るかという加盟国への質問に関係している。多くの加盟国は、特に、中央政府による対策の費用とその効果の評価に関する情報交換の必要性を認めている。国レベルでの方法論の発達に関して、比較可能な共通的要因を用いて欧州連合指令を適用した場合の影響が出来なければならないというのが多くの加盟国の見解である。

 多くの国では、企業レベルで用いられる方法論と手段が進展していることが示唆されている。また、一部の国では、中小企業がごく普通に使える費用効果分析の単純なモデルの必要性を強調している。

 財政的誘導策における情報の普及は、ほとんどの加盟国により支持されている。一部の加盟国は、保険制度に基づいた誘導策システムの有効性に関する経験的証拠の更なる調査と普及を提案している。


質問:. 労働災害による経済的損失の推計額はいくらであったか(注1)

オーストリア

  • 労働団体は、労働災害により少なくとも(年間)22億エキュ(ECU:欧州通貨単位)の経済的損失と約4億エキュの企業損失を推計している。

  • 間接推計値はGNPの1.4%である。

ベルギー

  • 労働災害の直接的費用は、総額で7.5億エキュである。間接的費用を含んだ金額は30億エキュである。

  • 職業性疾病の直接的費用は3.75億エキュである。有給病気休暇を加えると2億5千万エキュである(総額:6.25億エキュ)

  • 間接推計値はGNPの2.3%である。

デンマーク

  • 作業関連疾患と労災事故の社会的費用の総額は、年30億エキュ(1992年水準)であり、GNPの2.7%である。

フィンランド

  • 1994年からの経済的計算は、約31億エキュであることを明らかにしている。そしてそれはGNPの3.8%をしめる。費用は診断分類によりさらに分類できる。

  • 政府の行った新しい計算によると、GNPが増え続けている間に、労働災害費用は減り続けていることを示している。

フランス

  • 調査の結果は保険費用のみが利用可能である。

  • 利用可能な統計は、民間部門の労働者のみを対象としている。

  • 労災事故と作業関連疾病の保険費用は、約70億エキュである。(440億フランスフラン)

  • 間接推計値はGNPの0.6%である。

ドイツ

  • 労働不適合による全損失日数の総計は,労働の生産要素からの生産損失をあらわし、その額は1995年に450億エキュに達した。

ギリシャ

  • 年間推計額は毎年変動している。

  • 他の妨害要因により労働安全衛生との直接的な関連性はない。

アイルランド

  • 1996年の補償請求費用:事故と健康障害によるものは1.84億エキュである。

  • 間接推計値はGNPの0.4%である。

イタリア

  • 1996年の公的資金に対する労働災害と職業性疾病の総費用は280億エキュであった。その内訳は職業性疾病によるものが46億エキュであり、その残余が労働災害によるものである。

  • 間接推計値はGNPの3.2%である。

ルクセンブルク

  • 職業関連疾病と労災事故の費用は8600万エキュに達した。

  • 損害額は全体で1.72億〜3.44億エキュ(GNPの1.3%〜2.5%)と見積もられている。

オランダ

  • 労働災害と疾病の総費用は75億エキュ(GNPの2.6%)である。

  • 病気休暇と傷病手当の費用:49億エキュ、健康管理の費用:6億エキュ

予防措置の費用:16億エキュ、その他の費用:5億エキュ

  • 雇用主や労働者や社会に対する費用の推計はなされていない。

ポルトガル

  • 労働災害から生ずる直接費用は3億エキュに達する。職業性疾病に対する補償金の社会保障費用は約3000万エキュであった。

  • 間接推計値はGNPの0.4%である。

スペイン

  • 労働災害と職業性疾病の総費用についての直近の推計値は、GNPのうち3%よりほんの少し少ないことを示している。

  • これらの費用は1992年以来下降傾向にあることを示している。

スウェーデン

  • 報告された傷害の年間総費用は、72億エキュ(GNPの約3〜4%)である。

  • 別の計算では、上気道性アレルギー疾患に対する年間費用が約6億エキュであることを示している。

  • 間接推計値はGNPの4.0%である。

イギリス

  • 1990年の費用は次のとおりであった。

    ― 雇用主に対して:63億〜126億エキュ

    ― 被害者/家族に対して:63億エキュ

    ― 経済に対して:84億〜168億エキュ(国民産出量の1〜2%)

    ― 慰謝料の追加額:154億〜224億エキュ


(注1)交換レートと年間GNP(国民総生産)は加盟国によるものである。

      年表示のないものは、1995年が基準年である。

      (資料出所:欧州連合「1997年の数字から見た事実」)

(注2)慰謝料を除外した低推計値