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脳を蝕む溶剤

資料出所:フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
Work Health Safety 2002」 p.18-19
(訳 国際安全衛生センター)


ベサ・ツルネン

塗料、接着剤、強力な洗浄薬品を取り扱う仕事に長時間従事していると、脳に恒久的な損傷を与えるおそれがある。きわめて高濃度の溶剤の場合、1回取り扱っただけで慢性的症状が発生することもある。

有機溶剤は、脳と神経系に損傷を与える神経毒性物質である。これらの物質を繰り返し体内に取り込んでいる(蒸気に触れたり吸引したりする)と、溶剤による脳の損傷を受ける可能性がある。

損傷の影響は深刻で、身体機能を奪ってしまう。その症状は早期老化に似ていて、記録力の減退、それに軽度の抑うつ感と不安感を伴なう場合が多い。

「この疾病に苦しむ人は実際の年齢より老けてみえることがよくある。肉体的にも精神的にも疲労困憊したようになる。通常の会話はできるが、一度に複数のことに集中するのは難しくなる。言ったことや、やったことをすぐに忘れる」と説明するのは、フィンランド労働衛生研究所のマーク・サイニオ(Markku Sainio)博士である。

神経系が侵される

「溶剤」とは、一般に「有機溶剤」と呼ばれる脂肪族および芳香族炭化水素と、その派生物質を指す。そうした溶剤としては塩化炭化水素、アルコール、エステル、ケトンなどがある。溶剤の用途はきわめて広く、洗浄、脱脂、希釈、脱色、表面処理などに使用されている。揮発性が非常に強く、沸点が低い。

「有機溶剤の毒性がきわめて強いのは、脳の組織を含めた脂肪組織と特別に親和性があるからだ。皮膚、粘膜、肺から簡単に吸収される」とサイニオ博士はいう。

毒性がもっとも弱いのはアルコール、エステル、脂肪族炭化水素である。最後のグループのうち、n−ヘキサンとメチルブチルケトンは、末梢神経に損傷を与える可能性がある。一方、芳香族炭化水素と大半のケトンは、きわめて毒性が強く、ハロゲン化炭化水素は、中枢神経系、肝臓、腎臓に損傷を与える。

原油成分のベンゼンは、とくに毒性が強い化学物質である。フィンランドの法律は、ベンゼンを使用する作業行程を密閉化するか、密閉したコンテナーの中でベンゼンを使用することで、皮膚または空気接触を避けるよう義務付けている。ベンゼンは神経毒性と発がん性の両方をもっている。

対策を実施すべきとき

「神経毒性のある有機溶剤の体内への取り込みは、多くの国で大きな懸念となっている。さいわい欧州連合はその深刻さに気づき、当局が、溶剤を誘因とする脳の損傷を早期かつ効果的に発見するための手続き基準の策定に取り組んでいる」とサイニオ博士は言う。

フィンランドでは、さいわい溶剤の暴露が減少してきたが、それにはいくつかの理由がある。まず有機溶剤の水溶性製品への代替が計画的に進められている。第2に、有害物質にさらされる作業のほとんどは、いまでは機械が行っている。換気システムと個人用保護具の性能が向上し、労働者は自分を守ることの重要性をきちんと教えられている。当局も、個人用保護具の使用が十分に浸透していると報告している。

建設産業での溶剤を使った塗料の使用は劇的に減った。フィンランドでは9割を越える塗料が水溶性であり、溶剤ベースの塗料を使用しているのは、古い建物を修復する場合にほぼ限られている。

もっともリスクが高いのは、製靴業の接着剤を扱っている労働者、それに木工産業と金属産業の塗装工である。シルクスクリーン印刷、フレキソ印刷、グラビア印刷、寄せ木張りのワニス塗り、インクと塗装業での洗浄作業もリスクが高い。

溶剤を誘因とする脳の損傷は、古い建物の修繕、特定の金属塗装工程、自動車の車体製造、石油タンクの洗浄、製薬、各種の接着剤の工程などで発生することが多い。

酔いとめまい

溶剤はアルコールのように脳に作用し、酔ったような状態になるが、その影響はアルコールよりはるかに強い。よくみられる短期的な影響としては眠気、興奮、病的高揚感があり、てんかん発作が起こることもある。また頭痛、視力障害、嗅覚の後退などの一時的症状もある。激しい症状が続くのは、一般に数分間、数時間、または数日だけで、溶剤がなくなれば回復するが、繰り返し、または一度に大量に体内に取り込むと、回復不可能な神経精神病的障害と、脳の損傷を引き起こす場合がある。

繰り返し体内に取り込むことによって、全体的な疲労感、不眠症状、頭痛、強度の興奮、吐気など、中枢神経系に慢性的な影響があらわれる場合もある。溶剤にさらされた労働者の慢性症状で、報告されたもっとも深刻なのものは、記憶力と集中力の減退である。

また何年間も続けてとりこんでいると、性格の変化を引き起こす場合もあり、さらに肝臓、皮膚、粘膜、心臓、目、生殖機能を損傷する。

溶剤を誘因とする脳の損傷は、普通、脳機能検査の結果を基に、そこからアルコール関連の損傷、脳の負傷、神経学的疾病、精神衛生学的問題、神経系に影響する精神的疾病、血管疾病など他の脳の障害を排除することによって診断される。

「ただし、溶剤を誘因とする脳の損傷を診断するための標準的手順は、いまだに確立されていない。現在、労働衛生担当スタッフが使用するための、信頼できるスクリーニングの方法を研究しているところだ」とサイニオ博士は語る。

目の検査は解決策になるかもしれない。視力は、きわめて高い精度で検査できるからだ。溶剤は色彩とコントラストに対する視力に障害を起こし、視野の感度を低下させる。視野障害は、検査対象者が中心刺激に集中していると、周辺刺激に反応できなくなるという形で現れる。

ベサ・ツルネン(VESA TURUNEN)

フリーのジャーナリスト