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作業によるストレスの生理学的影響をどう評価するか

資料出所:Finnish Institute of Occupational Health (FIOH) 発行
Tyoterveiset, the Newsletter of the Finnish Institute of Occupational Health,
Tyoterveiset Special Issue 1/2005

ストレスに反応する体内システム

 ストレスが器官系に与える影響を把握するため、主要器官系の機能の変化を測定する試みが行われてきた。画像技術や記録技術の向上により、脳神経系および中枢神経系、血液循環系や自律神経系等のストレス反応の研究が格段に進歩した。ホルモンや種々の伝達物質等、生化学的信号物質の分析技術は、より精密かつ正確で広範囲なものになってきた。

 ストレス評価の飛躍的進歩を実現するには、生理学的手法と心理学的手法の併用が必要であることが明確化されつつある。例えば、自律神経機能の変化が器官系の状態に与える影響の好悪は、ホルモン系の状態によるところが大きい。同様に、等量のホルモンも他の伝達物質の量により、異なる影響を与える場合がある。すなわちコルチゾールホルモンの分泌量と、自律神経が伝達する循環系の変化の測定が、新技術利用の拡大を促したと言える。

ストレスによる徴候

 ストレスは様々な心理学的・生理学的反応や感覚を引き起こし、生体機能に影響する。頭痛、慢性痛、不整脈、めまい、睡眠困難、集中力の低下、胃のトラブル、その他の身体機能の低下等は、全てストレスによる悪化のサインである。生体機能に明らかな変化がある場合は、血圧の上昇、心臓自律調節機能の変化、消化器官機能への影響、神経衝動量の変化等の生理学的反応が見られる場合が多い。

 作業のストレスによる影響に関する研究は、心血管疾患について行われたものが多い。作業における無制限のストレスは、高血圧、アテローム性動脈硬化、頸動脈硬化、突発的な心臓トラブル等のリスクを増進させる。循環を緩め心臓を保護する副交感神経の制御能力も低下する。コルチゾールの分泌が継続的に高い状態になったり、逆に強いストレスに長期間さらされると異常に低い状態になる場合もある。コルチゾールバランスの変化は糖類代謝にも影響を与え、感染症に感染しやすくなり、自己免疫性疾患の発症を招く場合もある。最新の研究では、ストレスが肺の免疫機能に関連していること、コルチゾール系よりも自律神経系を通じて変化が伝達されるらしいことが言われている。

 過労により身体的症状が悪化する場合は多いが、時として生理学的反応に大きな変化が見られないまま、過労の症状が深刻化する場合もある。その一方、調査票に「ストレスを感じていない」と回答しながら、例えばコルチゾールレベルや自律神経機能等、危険な予後徴候とされている変化を示した被験者も10〜15%いた。生理学的反応と、心理学者や医者の行った個人のストレスレベルの評価には、比較的高い相関性が見られる。ストレス反応には多くの共通点が見られるが、他方において、身体的負荷によって変化する生理学的反応や適応反応は多岐にわたる。例えば、寒冷な環境下におけるストレス反応は、温暖な環境下のそれとは異なっている。

 ストレスに対して十分な休息を取れていない場合、ストレス性疾患の発症を招きやすい。図2は、労働者の心血管疾患に対するリスクファクターについての最近の研究結果を示している。休息不十分や夜間勤務、心理学的ストレス反応、作業負担の増加、自己裁量の少なさ等は、全て顕著なリスクファクターである。

 年とともに経験が得られ、人生で大切なことに重点を置くスキルと能力も磨かれていく。その中で得られる無形の知識が仕事の成果を左右する場合も多い。しかし、休息の必要性もまた、年齢とともに増大する(図3)。労働者が年を取るとともに、十分な生理学的休息を確保することが重要となってくる。

ストレスが器官系に到達する仕組み

図1

図1 ストレスによる徴候、機能トラブル、疾患の発生

図2
図2 2年半の観察期間中、心血管疾患を患った労働者におけるリスクの比例増大ファクター

 

重労働

図3
図3 休息の必要性は年齢とともに増大する。重度、中度、軽度の身体的負担を要する作業の例(図1修正)

作業によるストレスを把握する

 生理学的反応を作業内容と関連付けて考えることが重要である。リラックスした状態(副交感神経のバランスがよい状態)は、基本的には良好で心臓を保護するが、運転中等の急な「リラックス」を表す変化は器官系が眠りに近付いていることを示す。

 脈拍パターンの変化を測定することにより、種々の観察、調査票、聞き取り調査を補足することができる。新技術により、血流量増大の要因となる心身ストレスを、従来の脈拍数のみの測定に比べてより明確に把握することができるようになった。心拍計のメモリ容量の増大により、作業後の休息の経過を観測できるようになった。ただし、測定データの解釈にはストレス評価の専門家による分析が必要となる場合が多い。また、血圧の長期記録も作業ストレスの把握に使用される。血圧の急激な変化や、血管疾患の予後徴候として重要な圧受容器感受性の変化も、特殊な手法を用いて測定できるようになった。

 コルチゾールホルモン分泌量の増加は、代謝症候群の発症を招きやすい。また、免疫機能を低下させ、骨粗鬆症のリスクを増大させる。これらの代謝性疾患に対する作業ストレスの影響は、まだ詳細な研究がなされていないが、免疫機能の低下は急性および慢性の炎症性疾患を招きやすいと考えられている。また、骨格系の弱体化は事故による骨折を招きやすい。代謝性疾患は、心血管疾患のリスクを著しく増大させると同時に、糖尿病と代謝性疾患の急激な発現の初期段階となる。

 コルチゾールホルモンは、記憶と感情をつかさどる脳の分野に直接的な悪影響をもたらすことが示唆されてきた。コルチゾール量が増えると、様々な症状や複雑な感情への抵抗力が弱まる。コルチゾール量は、ストレス量に応じて1日の間に変動を繰り返す。通常は夕方に向かって低下し、就寝直前に最低となる。心身のストレスが大きい作業について、休息観察の手段としてホルモンのプロファイリングが用いられてきた。唾液中のコルチゾール量を特定することにより、職場と家庭のストレスホルモンの決定が容易となった。

 喫煙、睡眠不足、忙しいための運動不足、不規則な食事習慣、酒量の増加等は、有害な生理プロセスを加速させ、ストレスの管理面から非常に有害である。健康なライフスタイルを実践することが、ストレスによる健康リスクを予防する上で重要である。しかしながら、ストレスの悪影響は不健康な生活様式の結果によるものだけではない。ストレス要因を突きとめ、それを解決することが最も重要である。

何ができるのか?

 生理学的反応を測定することにより、種々の処置がどのような効果を持つかを見ることができる。個人を対象とした処置が、ストレスに対する生理学的制御系統において最も良好な変化をもたらすことが報告されている。対象集団に応じ、様々な処置を組み合わせることにより、全体として最良の結果が得られた。リラックス手法について見ると、各処置の基本対象である生理学的要素において、最大の効果が見られた。筋肉のリラックスでは、筋肉活動の測定結果に変化が見られた。自律神経機能は、呼吸コントロールと有酸素運動によりバランスが改善した。2004年に発表されたフィンランドの研究によると、応用リラグゼーションは男性女性両方にとって効果的なストレスマネジメントである(www.invalidisaatio.fi/kuntoutus/Orton/stressitutkimus)。応用リラグゼーションにより、自律神経系の回復力が増大し、ストレスレベルが低下し、機能低下症状が改善し、ホルモンバランスが向上した。これらの好結果は、リラグゼーションの実践量に直接比例していた。
  運動は、副交感神経を効果的に増強する。最近の英国の研究によると、副交感神経の心臓保護機能は、肥満男性の運動量を増やした場合に最も大きな効果が得られた。運動とリラグゼーションを併用することにより、その生理学的効果はさらに向上する。また、その人の以前の経験や性格もストレス反応に大きく影響している。仕事熱心で完璧主義の人は、ストレス症状が出ていても構わずに作業を続けるが、生理学的反応によりその人のストレスが進行していることが判明する場合もある。このような場合、少なくとも初期段階においては認知行動学的なストレスマネジメント手法が重要となる。最も簡単な方法としては、労働衛生医師や看護師に相談し、現実的なアドバイスをもらうことである。

ストレスはリスクファクターである

 ストレスは、疾患や健康トラブルの非常に大きなリスクファクターである。個人のストレスレベルに対する作業ストレスや作業外ストレスの影響を認識することは難しく、明確な区分が不可能な場合もある。一方、作業ストレスの有害な影響を評価する上では、休息と回復の把握が重要である。処置や休息の効果を評価し観察するのに、生理学的手法を用いることができる。実際的な手法として自律神経系の循環バランスを記録し、コルチゾールホルモン量を測定すること等が挙げられる。

参考文献

Amelsvoort L, Kant I, Bultman U, Swaem G. Need for recovery after work and the subsequent risk of cardiovascular disease in a working population. Occup Environm Med 2003; 60 (Supp I): 183-7.

Murphy L. Stress management in work settings: a critical review of the health effects. Am J Health Promotion 1996; 11:112-35.

Lindholm H, Gockel M. Stressin elivaikutusten mittaaminen. Duodecim 2000; 116:2259-65.


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