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健康状態と作業能力
 (オリ・コホネン(Olli Korhonen)、(フィンランド労働衛生研究所(FIOH))

資料出所:Finnish Institute of Occupational Health発行
Työterveiset, the Newsletter of the Finnish Institute of Occupational Health,
Special Issue 1/1999

(仮訳 国際安全衛生センター)

原文はこちら


 人間は、生物学的に言えば動物であり、生命を維持していく上で、酸素、水、食物、休息、睡眠を必要とする。生物である以上、これは否定しがたい事実である。こうした最低限の要求に加え、人間が必要とするもう一つの基本的な要求が社会とのつながりである。生まれたての赤ん坊は、世話をしてくれる人がいなければ生きていくことができない。ところが、このような基本的な要求が満たされているからといって、それだけで充実した満足な生活が送れるわけではないのである。心身ともに健康で、健全で幸せな社会生活を営んでいけるだけの体力が必要であり、その体力の維持に、運動は不可欠である。人間は一人ひとりで体力に個人差があるので、「十分な運動量」がどのくらいかを正確な数値で表すことは難しい。もちろん、例外もある。例えば、身体に障害があって運動能力が限られているものの、積極的に社会やスポーツに参加する障害者などがそうした例にあてはまる。
 
 フィンランドの労働界では、「いかにして職場の健康を増進させるか」という問題に大きな関心が集まっている。では、なぜそのようになったのだろうか。その答えは、本号に掲載された記事を読んで下されば、ご理解いただけるだろうと思う。しかし、最も本質的と思われる要因は以下のとおりである。フィンランドでは、「幸福感」に欠けた職場が多く、失業者の間では状況はさらに深刻である。フィンランドの労働者は病気による欠勤率が高く、他国の労働者よりも早く退職したがる傾向がある。また、ベビーブーム世代が続々と定年を迎えはじめている。フィンランド労働衛生研究所(FIOH)は、青年労働者ーーーとりわけフィンランド経済の土台となるハイテク産業に従事する若者ーーーが、驚くべき高率で燃え尽き症候群を発症している現状に懸念を表明している。若い人々は、現在においても将来においても、決して無駄にしてはならない貴重な国家的財産である。減少の一途をたどる出生率によって、将来の労働力不足が憂慮されるようになって久しいが、すでに多くの部門で労働力不足が現実化している。
 
 このような状況を改善するために、何をすべきであろうか。仕事というものは、労働者なしでは成り立たないものである。それゆえ、職務が計画段階にあるうちに職務上の危険防止に真っ先に焦点を当て、労働衛生安全に取り組んでいくべきであるが、残念ながら、そのようなケースはきわめてまれである。仕事の内容、労働環境、経営方針、そして職場の人間関係を改善する方法を探し始めるのは、たいてい、問題が起きたあとである。しかし、このような例はどうであろうか。凶暴な酔っ払いを逮捕する「安全でエルゴノミクスに配慮した、警察官の職務を全面的に発展させるような」便利な方法を、どのようにしたら警察官が見つけることができるか、考えてみるのである。例としては極端だが、職務の再設計に伴って発生する実際的な問題を例証しているに違いない。また、仕事のなかには簡単な改善によって、劇的に作業が楽になる場合もある。例えば、病院用に新しい重量物を持ち上げる装置を開発すれば、介護作業もずっとやりやすくなるだろう。
 
 話をもとに戻して、運動が作業能力を維持する上でいかに重要か、考えてみよう。本号の記事では、「労働者一人ひとりに焦点をあて、彼らの心身、社会性、職務内容、職場の人間関係および職務遂行能力などを、あらゆる角度から分析し、取り組んでいく」、フィンランド労働衛生研究所の全体論的なアプローチについて説明している。いくつもの研究が一貫して示すとおり、「不健康」、「疲労感」、「幸福感の欠如」をもたらす要因は、判定方法の如何を問わず、三つ存在する。それは、険悪な労使関係、エルゴノミクス計画の不備、そして、運動やレクリエーション活動の欠如である。一方、これに対応して、健康と幸福感を増進させる重要な要素も三つある。それは、労使関係の改善、エルゴノミクスへ適切な配慮をすること、そして運動の機会を増やすことである。
 
 従業員が個人で、実務的な理由であろうと個人的な理由であろうと、委員会やワーキング・グループに参加するなどの手段を用いずに、労使関係や職場のエルゴノミクスを改善するために行動を起こすことは、往々にして困難である。また、個人的に行動を起こす勇気がない場合も多い。しかし、最終的な選択権が自分たちにあるにしても、生産性を向上し、欠勤を減らすためだけに、なぜ、自由時間をトレーニングにささげなければならないのだろうか。現状では、トレーニングをしなければならないというわけではないが、するほうが望ましい。労使双方の利害が交わるのはこの点である。つまり、運動不足は、彼等の使用者以上に本人のためにならないのである。この問題が、実際どのように関係しているのか、さらに詳しく検証してみよう。
 
 習慣的な運動が、人間の労働能力に与える影響について研究したフィンランド労働衛生研究所(FIOH)の調査で、この問題が取り上げられると、調査回答者がたいてい一番に答えることは、以前は全くと言っていい程運動をしていなかった人が運動をした場合、「心理社会的な健康状態が改善され、それは自分だけでなく周りの人も認知するほどです」である。このことは、健康度を表す最も一般的な指標である、最大有酸素運動能力等の計測結果とは関係なく、証明されている。では、これが、作業能力の見きわめにどのように関係してくるのであろうか。
 
 さまざまな取組みが行われてきたにもかかわらず、作業能力に正確な定義を下すことは、困難な作業であった。しかし、既存の定義はすべて、人間と労働の適切なバランスに基づいている。バランスが良ければ、人間は心身の健康を損ねることなく、仕事ができるし、やる気にもなる。仕事に伴う心理社会的な難問に取り組んでいくこともできる。この方程式では、運動が重要な役割を果たす。運動は、作業に必要な体力を養うからである。では、消防士を例に考えてみよう。消防士は、暗くて高温で非常に危険なうえに、作業の成功不成功が瞬時に決まってしまうような火災現場で、過酷な作業を行っているのである。
 
 では、消防士以外の、激しい肉体労働を伴う職業はどうであろうか。「きつい仕事をしていれば体力が維持できる」という誤った解釈が広まっているが、実際、これは間違いである。今から二十年ほど前、フィンランド労働衛生研究所(FIOH)では、林業従事者を対象に体力と筋力の調査を行った。ある晩、調査チームが夕食で林業従事者と同席すると、一人の物理療法家が驚きの声をあげた。「この人たちは、いったいどうやって仕事をしてるんだ!背筋も腹筋もまったくついていないようだ」どうやら、調査の対象者たちは仕事をするのに特別な技術を利用していたようであった。
 
 これ以外でも、清掃作業等、肉体的に消耗する仕事で、同様の現象が見受けられる。一日中懸命になって仕事をしていれば、スポーツ選手のような均整のとれた体つきと体力が維持できるわけではない。スポーツ選手は、休息と運動をバランス良く取り入れて体力を維持しているのである。今日では、林業従事者も、作業前にストレッチで筋肉をほぐしたり、自由時間にジョギングしたりすることで、筋肉を良好な状態に保てることを学習している。
 
 ストレッチは、コンピュータ作業を行う人にも最適であり、それを行うことで、上腕、背中、首の重要な筋肉群の筋力維持に役立つ。スポーツ選手はもちろんのこと犬や猫でさえ、ストレッチとウォーミングアップの重要性を理解している。その証拠に、犬や猫が、昼寝のあとに気持ち良さそうにのびのびとストレッチをしている姿をよく見かけるではないか。
 
 しかし、作業能力は筋肉だけの問題ではない。活発な意見交換、労使間の協力、同僚と共に休憩をとることなど、精神面への良好な刺激が作業能力に大いに影響している。また、仕事、家庭生活、家族、趣味のバランスが上手にとれていることも大事である。それでは、精神面に関わる作業能力と運動を、このような取組みと合致させるにはどうすればいいのであろうか。従業員に地元のプールの割引券を配布することで、体力づくりの推進が実行できたと言えるのだろうか。
 
 無論、そうではない。究極の目的は、怠惰な生活を送る「カウチポテト族」を、活力溢れる規則正しい生活へ連れ戻す取り組みでなければならない。中小企業で働く高齢従業員の実務能力の向上を目的としたフィンランド労働衛生研究所(FIOH)のプロジェクトに着手していた我々は、対象者の作業能力が十分なレベルに達し、新しい物事を学ぶ準備ができていないうちに職業訓練を開始しても無意味であることに気づいた。仕事による疲労は学習効果を著しく阻害しかねないのである。
 
 1960年代後半にドイツで行われた研究によると、毎日20分間、メニューに従って運動している子供は、週3回の体育の授業時しか運動していない子供より成績優秀であることが明らかになった。この結果は、「運動は脳の働きを刺激するものであり、脳内の神経ネットワークのつながりを改善し学習能力を向上させる」という最近の国際的な研究に裏付けられている。
 
 人間は、運動を通じて、健康状態を身体的に、精神的に、社会的にあらゆる面で増進できる。健康状態が良ければ、仕事上でも、娯楽の追求においても能力を十分に発揮することができる。習慣的に運動すれば、肉体的および心理社会的なストレスから早く回復できる。運動が、今日最も一般的な健康障害の一つである、抑うつ状態の防止にもなることも重要なポイントである。抑うつやストレス状態が6ヶ月以上持続すると、前頭葉が萎縮し、学習能力が低下すると言われている。運動は、驚くほど大量に消費されている抗うつ剤の優れた代替品である。また、健康で体力のある従業員は、使用者にとって財産である。従業員の体力増進にかかったコストも、欠勤や保険料の減少、キャリアの安定、生産性の向上で十分に回収可能なのである。
 
 人生の質と作業能力における運動の重要性は、フィンランド労働衛生研究所前長官、マルティ・J・カルヴォネン教授(Professor Martti J. Karvonen)が語った以下の言葉に集約されるであろう。
「充実した人生が、ジョギングトラックを額に汗して走るだけでは得られないのは事実です。しかし、運動することに消極的な人は、思い切り運動した後の爽やかな疲労感と解放感、健康と体力への自信、他のフィットネス愛好家との交流、体力増進に伴う気分の高揚と鎮静を体験できる貴重なチャンスを自ら放棄してしまっているようなものです」