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安全監査の効用と限界

資料出所:INRS (Institut National de Recherche et de Securite, France)発行
「Hygiene et securite du travail」 vol.184, ND2156, 2001, pp.69-75
(季刊誌「資料解説雑誌:労働安全衛生」第184号、2001年第3四半期)

(訳 国際安全衛生センター)


C. ルソー
INRSセンター(ナンシー、ロレーヌ)労働者部

 本稿では、まずほかの監査(財政、法律、社会など)と対比させて安全監査の位置付けを行い、監査を実施する際に避けて通ることのできない問題を簡単に提示する。次に2件の調査結果を提示する。これらの調査の目的は、学術的もしくは規範的な面での判断はひとまずおいて、もっぱら監査の実状を明らかにすることによって、監査という手段の効用とその限界を引き出すことにあった。結論では、監査中に利用される文書についての考え方、および監査終了時に作成される提案の検討を中心に、監査手順全体の一貫性ならびに信頼性を改善するためのいくつかの方策を提案する。


1. 問題は何か?


1.1. 監査 :何でも監査の対象となり得る?

 監査は今やわれわれの政治的、社会的、経済的生活のあらゆる側面に入り込んでいる。政府(1)から企業を経て地域団体にいたるまで、あらゆるものが監査の対象とされ、また監査の対象となる可能性を秘めている。
 ガリ(1990年)は、「今日、監査のテクニックは経営管理のあらゆる側面に適用可能である」と述べ、監査は「単なる一時的な流行なのであろうか、それとも真の意思決定を助ける手段なのであろうか」と問いかけている。
 クレ(1987年)は、「監査の勝利は何よりもメディアの勝利である」と書いている。

 実際、監査自体は比較的古くから行われており、文献を調べてみると、当初は財政分野に限られていた監査が、その後、社会や技術、法律、品質、安全といったさまざまな分野に広まっていったことがわかる(ミコの1991年)。

 ペレッティとヴァシェット(1984年)によれば、監査とは「ある評価または判断にたどりつくための検討および対話や聞き取り」であり、「企業を対象とした場合の監査は、ある情報を専門的な見地から検討し、優れた基準に基づいてこの情報に対する責任ある独立した意見を表明することによって、情報の有用性を高めること」である。
 監査という言葉はラテン語で「聞くこと」を意味するauditusに由来し、辞書では「(企業の)会計・経営の管理手段」(2)と定義されている。

(1)たとえば、政府は1993年、歴代政府が築いた経済的社会的状況を総括することを目的として「フランスを監査する委員会」(commission "Audit de la France")を創設した。
(2)「プチ・ロベール」辞書(2000年版)の定義。


 チェルカウスキとロラン(1991年)は、会計監査を、「財務情報の有効性を保証し、これを第三者、株主、税務署、銀行に開示することを目的としたもの」と定義している。
 ミトノ(1988年)は、品質監査を、「品質に関連する種々の活動および結果が、あらかじめ設定された条件を満たしているかどうか、そしてこうした条件が目標の実現を可能にするような有効な形で実行されているかどうかを見極めることを目的とした、一定の方法に従った独立した調査」と定義している。
 もう一つ別の種類の監査(社会監査)を例に出せば、監査とは「ある状況およびその要素に関する一定の方法に従った調査であり、組織運営システムの実行に伴って発生する逸脱やズレを特定するための手順である。具体的には、組織の運営に関する明示的かつ既知の組織目標、実際の組織運営の結果、および組織がさまざまな状況を利用ないし克服して目標達成へと至るための戦略、これら三つのものを比較対照する作業」である(3)

 カンド(1985年)は、「監査は管理を管理することであり、企業において意思決定を行う者が、企業の管理に必要なすべての要素を把握しているかどうかを知るための手段である」と述べている。

 同様に、G.ルボテールら(1985年)は、主に教育監査で使われるさまざまな種類の比較基準をあげている。次に示すこれらの比較基準は、いずれも管理の論理に貫かれている。

  • 「的確性の基準。制約と資源を持つある与えられた領域においてなされた決定が正当かどうかを示す。
  • 適合性の基準。手段と規則の適用をコントロールすることを可能にする。
  • 効率性の基準。得られた結果が、設定された目標にどの程度合致しているかを判断する際に使う。
  • 効果の基準。得られた結果が最小限のコストで実現されたかどうかを示す。
  • 一貫性の基準。たとえば、教育の実践が企業方針や人事方針に沿ったものであるかどうかを示す。
  • 適切性の基準。決定が適切な時期に行われたかどうかを示す。」


 ヴァン・ケルクホーヴが『労働安全衛生百科事典』(1997年)で提案している定義によれば、安全監査とは「リスク分析および評価の一形態であり、系統的な調査を通じて、さまざまな条件をどのように組み合わせれば有効な安全方針を開発、導入できるかを見極めること」である。

 フランスにおいては、安全監査は、1991年12月31日の法律(4)に基づく枠組みの中で推進されているさまざまな取り組みの一部になっている。この法律は、商工サービス業のあらゆる企業に対して職業リスクの評価を行うことを義務付けている。
 「評価(evaluation)」という用語は、「値を付ける」を意味するラテン語のvalereから派生した語である。つまり評価とは、何かの価値、価格、ないし重要性を決定する行為である(アルビジオの1999年)。

 産業リスクを研究したラガデック(1979年)は、リスクの評価を第三の分析レベルととらえている(5)。ラガテックによれば、リスクの評価においては、さまざまなリスクの社会的許容範囲の限度を明確に規定するために、経済学と社会心理学が必要になるという。

 ペリュスとビロド(1996年)は、どんな評価システムも仕組みは同じであり、ある優れた基準と比較した場合の適合度を測定することだと述べている。

 ペリュスとビロドによれば、評価システムは次の3つの要素から成り立っている。

  • モデルの構築。評価システムが前提としているのは規範モデル、すなわち理想的な状況に関する一定のビジョンである。モデルは明示的な場合もあれば、暗黙的な場合もある。
  • 評価対象企業において実際に行われていることの確認。
  • モデルと所見との比較。

 ロバン(1990年)は、評価はいわば目的による推論であり、そこではあらゆる指標を利用しうると述べている。

 ファヴァロ(1991年)は、安全指標に3つのカテゴリーを設けている。すなわち、結果、リスク、および予防手段がそれである。ファヴァロによれば、安全監査は最後のカテゴリーに属する。

(3)『社会関係文書86年度No.44「社会監査」』(1986年5月14日)を参照のこと。
(4)「事業者は労働者の安全と健康のためにリスクを評価しなければならない」(労働法L.230-2)。これは、1991年12月31日の法律14-14(安全衛生に関する1989年6月の欧州フレームワーク指令をフランスの法律に取り入れたもの)で義務付けられた
(5)第一と第二の分析レベルは次のとおり。
・リスク発見のためのさまざまな調査手段を用いたリスクの特定。
・リスクの見積もり。事故のシナリオが発生する確率を定量的にとらえたもの。


1.2. 安全監査の手順

 ジョラ(1996年)によれば、監査とは、ある目標基準に基づく調査および評価の具体的な手順であって、これには診断も含まれており、場合によっては最終的に勧告へと至るものである。ジョラのいう調査とは、「口頭ないし書面(アンケート)による調査、さらに文書や直接の観察事項に基づいたもの」である。また評価は、「不断の認識のいとなみであって、これによって、規定されたもの(目標基準)と現実との乖離の程度、問題、影響、結果を常時把握することが可能になる」という。

 AISS(6)国際委員会化学産業部門は、安全監査に関する方法論的指針(1993年)の中で、安全監査を次のように定義している。「企業、組織、または組織の一部の状況に関する調査であり、その結論は報告の形を取る。監査は、現実と理想状態を比較することによって、安全上の問題点の特定と評価、改善策の提案、および大まかな解決策の提示を可能にする」。

(6)AISS:Association internationale de la securite sociale。Case postale 1, CH 1211 Geneve 22, Suisse。


1.2.1. 監査における分析の枠組み:目標とする基準

 ジョラ(前掲書)の定義によれば、目標基準とは「組織に課せられたり組織が保持したりしているさまざまな規定(規範、目標、パラダイム、モデル、命令)の集まりであり、監査人はこれらの規定を参照して、現状とあるべき姿とを比較する」。

 ポチエ(1989年)は、「目標と現状との間の隔たりを正確に把握することによって、技術的な側面だけでなく社会学的側面からも変化を管理することができる」と述べている。

 ミニョとプナン(1995年)は、標準化に関する論文の中で、規範となる目標基準について取り上げ、このような目標基準は「企業のノウハウを表す有限個の規範の集合であり、各人の能力を活用すると同時に、これを集団の他の成員に対してアクセス可能かつ利用可能にするための手段である」と述べている。
 監査の実践について分析した次の部分でみるように、調査対象企業2社における目標基準は、安全、人間工学的知識、および職務遂行に関して厳守すべき決まりごとを下敷にして作成された質問事項のリストである。

1.2.2. いくつかの現実的な方法

 ここでは、監査を実施する際に避けて通ることのできない2つの問題、すなわち「誰が監査人になるべきか」と「監査の頻度」について、簡単に提示する。

誰が監査人になるべきか?

 監査人の選択では、内部の監査人を利用する方法と外部から監査人を呼ぶ方法の2つの選択肢がある。
 ルナール(1994年の著作)は内部監査人について、良好なコミュニケーション能力と監査テクニックに関する確固たる知識が必要な点を除けば、内部監査人の典型的なプロフィールというようなものは存在しない、と述べている。AISSの方法論的指針(前掲書)は、能力、個人的素質、および独立性という3つのカテゴリーに分類して、いくつかの特質を掲げている。たとえば必要な能力の中には、技術的知識、指導力、および安全の分野における経験がある。個人的素質として挙げられているのは、客観性、接しやすさ、直感力、理解力、および忍耐力である。監査人の独立性に関係するものとしては、自由意志、および監査人と監査対象者との間のスムーズなつながりの存在が挙げられている。
 マルリエ(1993年の著作)によれば、最もしばしば起用されるのは内部監査人であるという。マルリエは、内部監査人の起用は、企業の当面の必要性に最もマッチするものだという。

 外部監査の場合には、企業外部のコンサルタントを呼ぶことになる。外部監査の場合も、監査人の職業的プロフィールに関する意見は分かれており、ジェネラリストの方が優れていると主張する人々がいる一方で、特定分野(産業用ロボットシステムなど)の専門的な技術者の方がよいという意見もある。
 なお、本稿で取り上げる調査対象企業2社に関しては、どちらも内部監査人であった。

監査の頻度

 監査の頻度は、主に監査対象施設の立地、リスク、および施設数によって変わってくる。
 AISSの方法論的指針では、定期的、もしくは特定の動機(安全指針の適用における問題の特定など)に基づいて監査を実施することを推奨している。また同じ指針によれば、最初は時間を限って適度なかかわりを持つことから始め、ついで徐々に監査の範囲を広げるのが望ましいとされる。ジョラによれば、監査は正確に日時を定めて開始されることもあれば、成り行き的に開始されることもあり、監査計画の中で繰り返し実施するよう定められる場合もあるという。
 監査の実施状況を観察した2社のうち、1社は一定期間中に実行すべき「割り当て」(監査人自身の用語)だからという理由で監査の実施が決定され、もう1社は教育後の期間という事情を考慮して監査の実施が決定された。



2. 安全監査の実施結果の分析

 ここでは、監査の実施結果の分析を目的とした2件の調査結果を示し(7)、監査の利用、監査の実現条件、監査時における文書(参照基準、報告、チェックリスト)の作成と利用に関する問題について検討する。

(7)調査のうち一つは、「安全監査:管理と対話の中間に位置する予防手段」と題された記事[19]で取り上げられている。


2.1. データの収集

 調査のデータは、2つの異なる部門で収集した。一つは電力ガス、もう一つは航空機のエンジン保守である。合計で10件の監査状況が分析された。その内訳は、6件が現場監査、4件が職務監査である。
 監査については、「作業の分析者」としての観点に立ち、完結した一つの作業状況としてとらえた。作業状況とみなした場合の監査の目的は、情報を生産し、場合によっては安全レベルの視点からほかの作業状況に働きかけることである。
 データの収集は、監査状況を視聴覚手段によって記録したり、監査の進行を観察しながらメモを取ることによって行った。監査人、監査対象者、および管理職とは、常に対話を試みた。また、参照基準および監査報告を対象とした資料分析も行った。


2.2. 結果

2.2.1. 6件の現場監査の分析

 これらの監査(次のページの表Iを参照)は、企業の内部監査人によって実施されている。内部監査人は、現場監督のこともあれば、請負業者の責任者のこともある。監査対象の作業班は2〜3人のメンバーから構成されており、1人は班長、残りの1〜2人は電気配線工またはガス工(現場によって異なる)である。

監査時間および監査対象の作業工程にバラツキがあることについて

 監査時間にバラツキがあるのは、監査対象現場での作業時間に長短があることと、望ましい監査時間についての考え方が請負業者で異なるためである。全体として、監査対象現場での作業時間が1時間を超える長時間になる場合には、監査人は時間を限って特定の作業工程を対象に監査を行っている。これには、監査人教育の際の指示も影響している。監査人教育では、安全にかかわる問題を抱えている作業工程を優先的に選択し、この作業工程を対象に監査を準備するよう指導が行われているからである。しかし、監査が監査対象現場の作業時間いっぱいまで続くという条件で、一人の監査人が実施する監査の数を見積もっている請負業者がある一方で、監査人の教育の際に推奨された、作業工程を選択する方法に従っている請負業者もある。

作業規準

 この文書は、教育部門が実施する監査人教育の際に監査人に渡されるもので、原則的には監査時の観察の指針となるべきものである。作業規準に含まれているテーマは次のとおりである。

  • その場の反応
  • 現場の組織
  • 個人および集団レベルでの保護手段:工具や設備
  • 電気関連のリスク
  • ガス関連のリスク
  • 環境関連のリスク
  • 高所からの転落のリスク
  • 車両と機械の利用に関連するリスク
  • その他のさまざまなリスク
  • 運搬


 各テーマには、対応する質問が用意されている。たとえば、「ショートを防ぐための措置は講じられているか」、「この現場は第三者にリスクを及ぼす可能性があるか」といった質問である。

 実際の質問には、かくされた参照レベルが2つ存在している。一つは規範となるレベルであり、もう一つは監査人の専門知識を前提とした、より分析的なレベルである。2つのレベルの並存は、管理の論理と理解の論理という二重の論理が存在することを示している。

 監査の実施の観察と対話を通じてわかったことは、作業規準があまり使われていないということである。これには次の2つの理由がある。

  •  作業規準は盛りだくさんに過ぎる。
  •  文書としての作業規準からは、どのように使用すべきかがまったくわからない。


 参照基準が使われないので、監査ではむしろ報告が案内役としての機能を果たすことになる。具体的には、監査人は、「あなたがたにとってはどのようなことにリスクがあると思いますか」、「最も注意すべきリスクはその内どれですか」といった形で、報告で使われている表現を利用している。

監査人の実施の分析

音声と映像による記録をもとに、監査人の実施を次の2つの表現形態に分けて特定した。

■■言葉による表現形態

  • 監査人は何について話しているか。
  • 監査人は誰を対象に話しているか。


■■行動による表現形態

  • 監査人は何を観察しているか。
  • 監査人はどのような行動を取っているか。

これらの実施を数え上げた結果わかったことは、言葉と行動による監査人の働きかけは、作業内容を対象とするものが最も多く、次が予防措置と関連のある作業内容で、安全だけを対象にしたものは少ないということである。

 監査人の実践の分析から、次のような特徴を引き出すことができる。

  • 監査人はリスクよりも作業内容を話題にすることが多い。
  • 監査人は配線工やガス工よりも班長と話すことの方がいくぶん多い。
  • 監査人の主な観察の対象は現在進行中の作業である。現場全体のさまざまな側面についてはほとんど観察の対象になっていない。
  • 監査人の役職によって、監査人と監査対象者の関係に違いが生じる。監査人が現場監督の場合には、その役割はより同僚に近いものになる。


 ふるまいによる表現形態、特に行動については、監査人の役職によって実際の行動に違いがみられる。具体的には、管理職の監査人と現場監督の監査人を比べると、前者は監査中に逐一メモを取るが、現場の作業にかかわることは少ない。一方、後者は、たとえば監査対象の作業班に作業工具を渡すような行動を取っている。これは班長の求めに応じて行うこともあれば、自発的に行うこともある。また、監査対象の作業班が、作業のやり方について現場監督の監査人にアドバイスを求めるようなこともある。

 仕事の関係上お互いに立場が近いということや、作業のむずかしさについてよく知っているという事情もあるが、一般に現場監督の監査人は、監査中および報告作成時に、他の監査人より寛大な姿勢を示している。報告は以後、監査の唯一の記録となる。


報告:使われ方

 報告(表IIを参照)の記入は、監査中か、または監査終了後に監査対象の作業班と共同で行われている。

 全体的に言って、作業者にとってネガティブな意味を持つ「規則違反」および「危険な行為」という小見出しの箇所については記入がないが、作業者にとってポジティブな意味を持つ「適切なリスク管理」や、作業環境にまで対象を拡大した「危険な状況」といった小見出しの部分については記入がある。

 このことから言えるのは、「規則違反」や「危険な行為」といった予防措置の行動的側面を前面に押し出した概念は、監査人から敬遠されるということである。おそらく表現を変える方が望ましいであろう。

 結論として、現場監査を図式化したものを示す(図1)。この図は、次のような要素から、現場監査において構築すべき関係を示したものである。

  • 指針となる文書(作業規準)
  • 当事者(監査人および監査対象者)
  • 追跡可能文書(報告)


2.2.2. 4件の職務監査の分析

 これらの監査は、モジュール整理庫係、モジュール組立、テストベンチ、および調整の4つの職務に関して行われている。監査時間は平均20分である。監査自体が1人で実施されているので、現場監査のような人間関係の側面はない。
 衛生・安全・労働条件委員会(CHSCT。Comite d'hygiene, securite et conditions de travail)が実施する監査人教育の際に、次のような指示が与えられている。

  • 教育期間終了翌月に監査を実施する。
  • 監査は該当職務の作業者みずからが行う。
  • 職務の「簡潔」度を監視する。
  • それぞれの持ち場で監査を実施する。
  • チェックリストを利用する。
  • 監査後に提案すべき解決策の自主規制は行わない。


 これらの指示からわかるように、今回の監査は現場監査とは異なり、監査人と監査対象者は同一人物である。


作業規準

 作業規準は、標準として定められている文書である(RNUR(8)が出している作業状況の観察に関する詳細なガイド)。現場監査の場合と同様、職務監査中は作業規準は使われていない。おそらくその理由の一端は、リストアップすべき点が非常に多く含まれていることにあると思われる(裏表で合計11ページの分量がある)。作業規準で重視されているのは、確認する行為である。

(8)旧ルノー公団。

 現場監査とは異なり、職務監査の行為は次の3つのステップから成り立っている(図2を参照)

  1. 監査の実行:作業者兼監査人が各自の持ち場でチェックリストに記入する。
  2. 調査票の共同作成:監査人、管理職、および技術部門の代表者が調査票に記入する。これは実際には、実現すべき措置のリストである。
  3. 監査結果のCHSCTへの提出:監査で拾い上げられた解決策を網羅的に集めて明確にするためである。


監査の実施

 監査の実施の観察からわかったことは、チェックリストが監査の手順を規定しているということである。実際、監査人は、持ち場につくまでに衝突や転倒のリスクがあるか、機械の作動によって押しつぶされたり轢かれたりするリスクがあるか、といった質問の順序に従って、監査を進めている。

 チェックリストは、一定数(全部で41)のリスクを検討できる点では有益だが、監査人の関心の対象が、文書中で取り上げられているリスクに限られてしまうというデメリットがある。

 現場監査とは異なり、監査中に監査人の相手をする人間がいないので、リスクの存在に関する議論は行われず、監査人の注意は比較的目にとまりやすい物質的技術的リスクへと向けられている。

 チェックリストに示されているリスクの概念は、作業を実行する際の諸条件に関係するものであって、個々の作業員の行動に関係するものではない。

 職務監査は、見方によっては職務において継続的な監視を行うための手段といえる。ただし監査の実践によって、目立つリスクが徐々に減っていき、そのことが安全であるかのような錯覚を与えるとすれば問題である。したがって、共同作業時や事故処理時などの偶発的リスクも見極めることができるよう、方法論的な面での検討が必要であろう。

チェックリスト

 監査中に使われるチェックリストは、ルノー公団が作成した人間工学要覧を直接の下敷として作られている。具体的には、リスクのリスト(作業員の衝突および転倒のリスク、押しつぶされるリスク、爆発のリスクなど)になっていて、これに「イエス」か「ノー」、または「不明」で答えるようになっている。このため、チェックリストが監査人を誘導する役割を果たしている。

 監査の後処理は、対話的な作業(調査票の作成とCHSCTへの提出)の中に取り込まれており、ここから、関係者それぞれが実質的に責任を果たすことができるような契約が作成される。ここでいう関係者とは、監査人、要求された作業を遂行するのに不可欠な技術を持つ人員、監査対象部署の管理職、期限の遵守を第一とするサービス部門の責任者である。

 最後に、これまでにみてきた2種類の監査の実践の分析から監査を定義するなら、職務から安全管理システムにいたるまで、ある明確に区切られた部署ないし作業単位を対象として、優れている点と欠点とを特定する手段を具体的に構築することである、ということができるであろう。また、監査の形態がさまざまであることの理由は、監査対象の技術的側面よりも、むしろ監査人(初期教育、監査対象者との役職上の関係、人との接し方)と監査中に使われる文書に求めることができる。参照基準と報告あるいはチェックリストとの違いについて言えば、参照基準は監査中の観察行為の指針となり、その枠組みを決めるべきものであるのに対し、報告またはチェックリストは監査の行為を再現するためのものということができる。この点について一つ指摘しておきたいのは、ミスペルブロム・ベイエ(1999年)の言葉を借りて言えば、「これらの書類は発言の裏付けになり、これらの書類によって発言はプライベートなものからパブリックなものへと変化し、下流から上流へとさかのぼりうるものになる」ということである。したがって、これらの文書の一部については、書面にはなっているが口頭で言われたものとしての観点から接し、場合によっては、本来なら直接表明されるべき不満の表現や嫌悪感の表れなど、さまざまな兆候をそこから読み取るべきである。

 監査の実践、特に文書(作業規準、報告、チェックリスト)の利用を改善するには、これらの文書の作成時に内容をよく吟味することが大切だと思われる。
 実際、調査対象2社においては、文書は一貫性を追求して作成されたものではなく、報告とチェックリストは作業規準の要約に過ぎないと言わざるを得ない。監査人は、監査人としての役割を臨時に果たすだけなので、長い文書を避けたいと考えるのももっともである。


3. 結論:安全監査の機能と効果


 安全管理の手段としてみた場合(9)、監査は事故のリスクを特定するとともに、持ち場の整備に関する問題点を洗い出すことができる。その一方で、筆者が管理手段の重要な特徴の一つと考える意思決定支援機能は、監査の場合あまり活用されているようにはみえない。

(9)アボール・ド・シャティヨン(1995年、[21])は、安全管理の手段を「職業リスクの数または重大性の抑制という目標を比較的明確に認めうる、定期的、形式的、組織的、ないし自発的な行為の総体」と定義している。たとえば、ペイ=ド=ロワール地方のCRAMが実施している自己診断などをその具体的な例として挙げることができる。

 実際、前項で取り上げた分析から言えるのは、報告またはチェックリストが、長期的行動の観点から総合的に分析されることはほとんどなく、たとえば企業がしばしば用意する年間事故防止計画といったものに反映されていない、ということである。報告を活用することの難しさはアンリとモンカム=ダヴラ(1998年)も指摘しており、「任務や使命において本質的に重要なことは、結局のところ、報告が十分に活用され、実際に業務を遂行する部門が提案、実施する措置に具体化されることである」と述べている。

 またマルリエ(前掲書)は、「監査を終えた後の報告は、さまざまな行動の始まりに過ぎない。これらの行動は、監査を通じて明確にされた勧告を実際に適用する行為であり、監査それ自体と同様に重要である」と述べている。したがって監査について考えるときは、管理負担の非常に大きいもの、衛生と安全の問題に関する官僚主義的管理を強化するものという見方を避ける必要がある。
 
筆者のみるところでは、分析対象の監査で最も意義深い点は、リスクを特定する手段としての機能ではなく、相手を職業人として尊重することを通じて実現される人間関係の調整役としての機能である。この相手を尊重するという姿勢は、現場監査においては監査人が作業場の問題に実際にかかわり、作業方法について監査対象者と意見交換をするという形であらわれ、職務監査の場合には、問題を解決するための日取りが決定され、これがほぼ守られるという形で示されている。
 作業者に対するこうした迅速なフィードバックは、仕事上の関係改善に貢献している。

 しかしながら、監査の実践には、それがどのような企業で行われる場合でも、長く続けるとリスクが生じる可能性がある。そのリスクとは、監査が一種の儀式となり、誰もそこに意味や有用性を認めなくなるということである。
 こうしたリスクによって監査がわき道に逸れないようにするには、至極当然ではあるが、安全管理の実践たる監査(10)と、事故分析等のその他の措置とを有機的に関連付けるよう常に心がけることが大切である。

(10)安全管理とは、「直接間接、意図的または無意識的に、事故の発生を防止、抑制、もしくは解消することを目的とした、組織の構成員の行為の総体」である[21]。

 モント(1997年)は、「儀式としての監査は、目標基準の存在を再確認し、安全の価値を高め、管理職の不安を和らげるための優れた手段である。管理職にとって、事故はまさにデモクレスの剣(頻繁に起きるものではないが、その重大性は予見できない)に相当する。言うまでもないが、こうしたあり方の監査においても、その本来の有用性のいくらかは保たれ得る」と述べている。

 監査を効果あるものにするための条件については、多くの研究者が、企業における監査利用に先立って安全方針の実施が必要、と指摘している。たとえばモント(1989年)は、監査を予防政策の構成要素の一つに位置付けている。モントによれば、予防政策には主に次の3つ側面があるという。

  •  目標の設定
  •  責任の分担
  •  管理および強化システムの導入

 本稿で取り上げた調査対象企業2社の分析では、安全方針はすでに存在しているものの、品質担当部門と安全担当部門とが連携していないために、さまざまな手段が競合し、結果として従業員レベルではその有用性や効果が殺がれてしまう場合があることがわかった。

 また、法律面での限界から、監査を含むさまざまなリスク評価方法の効果を積極的に把握しようという姿勢が企業にみられない点も指摘できる。

 法律家のメイエ(2000年)は、次のように指摘している。「1991年12月31日の法律の施行以来、リスク評価は予防のための一般原則の一部になり、従業員は安全義務としてこれらの原則を遵守しなければならないことになっている。ところが残念なことに、評価の実施を規制する法律が存在しないために、評価を実施しなくても罰せられることはない。このため、評価の効果は限定的なものになっている」。

 安全監査に関する議論で繰り返し表明される懸念の一つに、監査対象者は企業側に見せたいものしか見せない、ということがある。この見方に立って言えば、監査は一種のバイアスがかかったもの、さらには偽りのものということになってしまう。

 こうした制限については、筆者は次のように考える。すなわち、コミュニケーションをまったく伴わない厳格な管理が行われたら、ほかのほとんどの安全管理手段同様、労働の現実に関する有意な情報を提供してくれるものとしての監査のメリットは損なわれるであろう、と。

 最後に指摘しておきたいのは、企業におけるほかの管理と同様、職業リスクの予防においても、労働に関するコミュニケーションが円滑に行われるためには、信頼関係が不可欠であるということである。

 その意味で、また技術的職業倫理的諸条件の下で、監査は労働に関するコミュニケーションの改善に寄与し、それゆえに望ましい予防措置の一つでもあるといえる。

表 I

現場監査の概要

現場の種別 電気 電気 電気 ガス ガス ガス
作業内容 空中引込線の取替 空中および地下引込線 引込線の変更 配管 配管、ガス管延長 配管の撤去、再設置
監査時間 1 時間半 1 時間 3 時間 1 時間半 2 時間 15 分 1 時間半
場所 農村の住宅 都会の住宅の建物正面 都会の駐車場 区画内の通りの両側 地方道の路肩 区画内の歩道
監査人の役職 現場監督 請負業者責任者 主任現場監督 請負業者責任者 顧客担当現場監督 現場監督
監査対象工程 建物正面へのケーブル設置 現場の準備とケーブルの引き回し 全工程 全工程 全工程 全工程
天気 - - - 風雨
トラブル - 作業中止(被覆材の直径が不足) 一時的な作業制限(顧客側の事情) - - -


表 II

報告の見出し


次の6つの見出しがある
1. 現場における主なリスク

2. リスクの分析(次のような小見出しがある)
  • 適切なリスク管理
  • 規則違反
  • 危険な行為
  • 危険な状況
  • 機材の利用
  • 規則の遵守

3. 車両および機械の点検

4. その他の所見

5. 監査対象者の意見

6. 予防措置の提案




図1 現場監査:

構築すべき関係



図2 職務の安全監査





この記事の出典(フランス語)は国際安全衛生センターの図書館が閉鎖となりましたのでご覧いただけません。