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平成16年度JICAセミナー カントリーレポート(フィリピン)

資料出所:平成16年度JICA労働安全衛生政策セミナー カントリーレポート(フィリピン)
(仮訳 国際安全衛生センター)



フィリピンにおける労働安全衛生活動の現状

序文/背景

 労働条件の向上は、国民全体の関心事として我が国の基本法にも謳われている。フィリピン共和国憲法は、「国家が労働者を全面的に保護し・・・、労働者はその地位、人間的な労働条件および生活賃金を得る権利がある」と明記している。

 この憲法条項は、1974年に大統領布告第442号と共に発布されたフィリピン労働法典で繰り返し明記されている。フィリピン労働法典は、労働者の全面的な保護、雇用と人的資源の充実、および社会的公正に基づいた産業平和を実現するため改訂され、その他の労働法や社会法と統合された。

 前述法令によると、政府機関として労働雇用省(DOLE)が労働安全衛生法、規則、規定を制定、管理し、あらゆる雇用の場で施行することがその責務であると定められている。

 フィリピン労働法典第162条は、「労働長官は適切な指令により必須の労働安全衛生基準を施行の上、あらゆる職場から労働安全衛生上の危険を排除、軽減するとともに、新規プログラムの策定や既存プログラムの改定を行うことにより、雇用の場における安全で衛生的な職場環境を実現しなければならない。」と規定している。

 また、第165条では、「DOLEは、労働安全衛生に関する法令、政策、プログラムを所管し、施行する権限をもつ唯一の機関である。公認された都市は、各地域の基準に従い、事業所の産業安全の監督を実施することができる。」と記されている。

1. 労働安全衛生法、規則、規定

 フィリピン労働安全衛生基準(OSHS)は1978年に議会を通過、成立し、フィリピン労働法典第162条に従って様々な職場で施行されることになった。

 OSHSは安全および産業法、安全指示全てを法典化したものである。また、OSHSは法的拘束力を有する一連の労働安全衛生規則であり、労働者を安全で衛生的な労働条件および労働環境に置くことにより、負傷、疾病、死亡の危険性から保護するための管理要件、一般安全衛生規則、技術的安全規定等、その他の措置を定めている。

 陸運、空運、海運業の職場は、OSHSの規定範囲外であるが、修理店、港湾倉庫、乾ドックは規定の対象となっている。またOSHSは、鉱山における安全については定めていない。

 OSHSの実施を更に強化するため、省指令(DO)や覚書(MC)が適宜発行されている。現在までに発行されたDOやMCは以下の通りである。
  • DO13:建設現場における労働安全衛生ガイドライン
  • DO16(2001年):労働安全衛生担当者/組織の研修、認定に関するガイドライン(規則1030)の修正
  • MC02(1998年):危険事業所、職場、作業工程の区分に関する技術上のガイドライン
  • MC01(2000年):労働環境評価実施に関するガイドライン
  • DO53-03:民間部門の職場における薬物使用禁止政策およびプログラムの実施に関するガイドライン
  • DO15:内燃エンジンおよび電力パイプラインに関する規則
2. 労働監督制度(労働基準実施における新規推進事項)

 労働環境を改善し、労働者福祉を保護、推進するための施策は、労働雇用省(DOLE)の監督活動を通じて実施される。監督活動には、労働基準、安全衛生基準の施行、補助的スキームの実施などが含まれる。

 DOLEの監督官のみが、過去28年間、職場の監督や労働基準施行補完プログラムを実施する権限を持っていた。

 この期間中、事業所の数はおよそ81,400社に上昇したにもかかわらず、労働監督官の数は253名から増員されていない。週の4日間で、監督官一人当たり1.5社を調査し、一年のうち10カ月をこの作業に充てるとする現行の標準的方法では、年間49,000社しか調査することが出来ない。

 政府指令第296号は、2002年に新労働基準施行体制(LSEF)の制度化に携わったDOLE秘書官のパトリシア・A・スト・トマス(Patricia A. Sto. Tomas)氏により発令された。

 LSEFの目的は、事業所、職場、作業場が自主的に労働基準を遵守する文化を形成し、労働者および事業主団体、専門家団体、または労働者の福祉と保護に従事するその他の政府組織とのパートナーシップを通じてDOLEの政策影響力を拡大することである。

 このような方針は、2004年1月31日に発効したDO57-04にも受け継がれ、労働基準体制の実施を効率的に実現する新たな方法および戦略が明示されている。DO57では監督活動の新たな方式/方法を以下のように規定している。

  1. 自己査定:労働者数が200名以上の事業所、あるいは労働者数に関係なく、経営側と公認労働協約を結んでいる労働組合を持つ事業所は、自己査定を行う。
  2. DOLE監督官による調査:労働者数が10名から199名の事業所は、DOLE監督官が調査を行い、違反があった場合には、矯正/是正を命じる。
  3. 助言サービス:労働者数が10名未満で、バランガイマイクロビジネス企業(BMBEs)として登録されている事業所には助言サービスを提供する。
 事業主は、規定の調査用チェックリストを記入の上、担当のDOLE支局に提出しなければならない。自己査定に関しては、労使の各代表がチェックリストを使用し、少なくとも1年に1回実施しなければならない。

 労働管理委員会、安全衛生委員会、あるいはそれに類する委員会は、チェックリストが提出されてから1カ月以内に評価を行わなければならない。

DOLEによる労働安全衛生監督活動

  1. 一般安全衛生監督では、作業場の位置、技術安全監督対象外の機械操作、作業場の気積、換気、照明、作業環境状況、取り扱い、保管、作業手順、保護施設など、職場における安全衛生上の危険等の作業環境を調査する。
  2. 技術的安全監督では、ボイラー、圧力容器、内燃エンジン、電気設備、エレベーター、巻き上げ機など機内装置の安全性を調査する。
監督活動における優先順位
優先順位 区分
第一位 切迫した危険
第二位 死亡災害/重大災害の調査
第三位 苦情/照会の調査
第四位 通常の調査

 事業主や労働監督官には、労働監督マニュアルが参考書として使用されている。

3. 労働災害補償保険スキーム

 労災補償委員会(ECC)は、1975年に発令された大統領布告第626号によって創設された。ECCは、労働者補償プログラムに関する政策の導入、合理化、調整の他、国家公務員保険システム(GSIS)や、社会保障システムといった、元来公共部門、民間部門で従業員補償を担当していた機関から裁定を求められた案件への対応をしている。労働雇用省(DOLE)の付属組織であるECCは、労働災害および職業性疾病への有意義で適切な補償の提供を使命としている。

 現在、労働者補償(EC)プログラムは公共部門と民間部門の労働者とその扶養家族に対し不慮の事故が発生した際に、労働災害補償金を支給する政策として機能している。

 また、ECCのプログラムは、ECプログラムによって補償されるあらゆる業務関連災害、疾病、および、それらの結果生じた障害を対象範囲としている。

 ECプログラムでは、労働者は現金手当ての支給、医療その他のサービス、リハビリテーションを受けることが出来る。

4. 労災データおよび労災データ収集システム

 フィリピン労働安全基準(OSHS)の規則1050「労働災害/職業性疾病の報告と記録の保管」が定めるとおり、職場で労働災害および職業性疾病、もしくは障害を伴った負傷が発生した場合、事業主は所定の報告書「事業者による労働災害/疾病報告書」を用いて、発生日の翌月の20日までに地域労働局に提出しなければならない。

 同じように事業主は、労働災害発生の有無に拘わらず、年次労働災害/疾病暴露データ報告書を提出しなければならない。この報告書は、労働災害の度数率と強度率を示し、当該企業の年間安全対策を評価する目安となっている。

 労働環境局(BWC)は、1996年から2000年までの5年間の労働災害報告の概要を作成した。その資料を元に出されたのが以下の統計値/データである。

 労働災害の大部分、およそ45%が農業で発生しており、それに次いで報告が多かったのが製造業の20%であった。報告のあった27,057件の労働災害のうち、17,856件、つまり66%が就労不能を伴う負傷(一時的就労不能、永久一部労働不能および死亡)を発生しており、残りの34%が医師による治療や応急処置で対応出来るものであった。推定損害額は5,600万フィリピンペソにのぼる。

 2000年の労働災害/職業性疾病の概要は以下の通りである。

 2000年には57件の死亡事故が報告された。そのうち建設業で21件の死亡事故が発生し、全体の36.7%を占め、次いで製造業が12件で21.05%を占めた。

 労働災害の主な原因


 労働者の危険な行動パターン(保護服、保護具の不着用、危険な姿勢や、危険な作業方法など)や、作業場内の危険な配置、危険な状態で保存された物質等。

一般的な事故の種類

 追突(手で使用する工具、物との)、積み荷、骨組み、設備の落下・崩壊。

労働災害被災者の特徴

 最も一般的な労働災害被災者は、26才から30才の男性既婚者で、農作業従事者、一直勤務担当、勤続1年から5年の労働者である。

5. 労働安全衛生の教育訓練システム/労働安全衛生業務の実行要件

 フィリピン労働安全衛生基準(OSHS)の規則1030は、OSHSの要件を満たした人材または組織に限り、フィリピンの労働安全衛生業務の実施とそのための雇用が許されると規定している。そのため、労働環境局(BWC)は、OSHS規定を実行する資格をもつ人材の数と能力を伸ばすため、労働安全衛生研修プログラムを開発、実施している。BWCの労働安全衛生研修コースの修了は、安全担当員の指名、および安全指導員や安全コンサルタントの認定要件となっている。

認定プログラム

 労働雇用省(DOLE)は、組織および個人を認定することにより、労働安全衛生基準を効率的に施行、実施する補完的な仕組みを整備することを目的としている。

 現在までに、合計で1,150人の労働安全衛生専門家(安全指導員―975人、安全コンサルタント―175人)、および20の意欲的な労働安全研修機関がDOLEによって認定を受け、労働安全衛生基準(OSHS)規定の実施に当たっている。

 同じように、労働安全衛生研修モジュールも作成されており、労働環境局(BWC)の承認後、労働安全衛生を実施している人材の育成に使用される。

 この認定プログラムを元に、認定安全指導員/コンサルタント協会などの機関が創設され、フィリピンにおける労働安全衛生政策や規定の開発を技術的な面から支えている。

 更に、労働安全衛生プログラムや、安全な職場の維持を目的としたOSHSへの準拠を推し進める様々な方式/方法などの活動を効率的に実施するために、支援と教育運動が行われている。労働者と雇用主に対する教育と研修は、労働基準への自主的な遵守を確保する手段と見なされている。労働環境局(BWC)、フィリピン労働安全衛生センター(OSHC)、そしてDOLE支局は、政府系および民間の機関と連携して、訓練助言訪問(TAV)を実施している。

労働安全衛生行政政策の実施に関する課題および対応策

 労働条件の向上を目的とした労働安全衛生の管理および実施は、内外の要因を元とする様々な課題に阻まれている。
  1. 労働安全衛生基準(OSHS)への違反を招くような経済状況
  2. 産業界の一部による意識の低さと中途半端な姿勢が、OSHSへの遵守の低下を招いている。
  3. 政府機関が断片的に労働安全衛生プログラムを実施したため、基準が多岐に渡っている。
  4. 労働安全衛生を実施する訓練を受けた人材の不足。
  5. 労働安全衛生への特定の違反に対する行政的制裁の欠如。
  6. 労働安全衛生プログラムの実施に必要な資金、施設、道具の不足。
 これらの課題を解決するために、以下のような提案や対応策が挙げられている。

  1. 労働法典と労働安全衛生基準を見直し改善の上、労働安全衛生違反に対する制裁/罰金規定を盛り込み、労働安全衛生の施行に強制力を持たせ、遵守を促進すると共に、労働雇用省(DOLE)が労働安全衛生プログラム/政策の実施において職場の安全に資金を使えるようにする。
  2. 集中的社内安全監督研修により、労働安全衛生担当者の能力を増強し、労働監督官の人数を増やす。
  3. 大学の教育課程に安全工学コースを導入し、安全担当員、安全指導員、安全コンサルタント、安全委員会の役割をあらゆる職場で強化する。
  4. 労働安全衛生の今後の発展のため、地域および国際組織との連携、協調関係、ベンチマーキングを増進する。
  5. 情報提供や教育促進運動、研修活動を強化し、全ての職業人に安全衛生文化を創造する。