壱.
序文
我が国の労働安全衛生法は民国 63年(1974年)4月16日に公布施行され、民国80年(1991年)5月17日にその改正が行われた。改正の主な点は(1)適用範囲を5種の事業から14種の事業へ拡大した(2)作業環境測定の法的根拠を充実した(3)危険物及び有害物の専門知識の規定を増やした(4)年少者,妊娠中の女子或いは産後1年を経過しない女子が危険な作業に従事する場合の保護規定を強化した(5)労働者に健康診断を受診させることと労働安全衛生規則の遵守及び労働安全衛生についての教育講習の受講の義務を明文化した(6)刑事罰の加重は懲役1年から最高3年までとした(7)罰金科料の加重はNT$3万元から最高15万元までとした。監督と検査を単独の立法にして法令を有効に執行するため、我が国は民国82年(1993年)2月3日に労働検査法を公布し、オーストリアも1993年2月1日に労働検査法を公布した。我が国は民国90年(2001年)10月12日に労働災害労働者保護法を公布した。米国の労働安全衛生法(Occupational
Safety and Health Act)は1970年に公布されてから何度も改正され、最近では1998年9月29日に改正されている。
我が国の今後の産業の変化と発展,安全衛生問題の複雑化及び国際化に備え、労働安全衛生の法体系を整えて国際化,国内化に適合するため、当面の安全衛生に関する重要な業務として、以下、我が国の労働安全衛生の立法上の重点と米国,日本,カナダ,
EU等の国の関連規定との比較分析を行う。
弐.
各国の安全衛生と主要点を比較
1.
立法の目的
各国の労働安全衛生法の立法目的は何れも「労働災害を防止し,労働者の安全と健康を保障する」と明言しており、それ以外では、日本の労働安全衛生法(昭和
47年公布、平成11年最新改正)は「過労死」問題を取り上げて「快適な職場環境を形成する」を重ねて強調しており; 英国の労働安全衛生法(The
Health and Safety at Work etc.Act,1974)の目的は非作業中の者への拡大であり、「作業者が引き起こす安全衛生上の危険から非作業中の者を保護する」としており; ドイツの作業安全法の目的は更に「作業の安全と突発事故の防止措置を講じて最大の効果を上げる」としており;
米国の労働安全衛生法は作業環境における作業者の安全衛生の保護を更に強調して「国の人的資源を守る」,「事業者と労働者は安全衛生の環境を自発的に提供して、その推進を図る」及び「労資双方は労働災害を減らすため連携して努力するよう奨励する」と定めている。
2. 適用範囲
我が国の労働安全衛生法の適用範囲は、その事業,種類について、民国80年(1991年)5月17日に法改正された後、80年(1991年)8月28日,82年(1993年)12月20日,85年(1996年)2月14日及び90年(2001年)3月28日と続けて4回、労働安全衛生法第4条第1項第15号及び同条第2項の適用範囲の指定を拡大し、現在の適用者数は約410万人であるが、適用範囲は他の国に比べて依然として狭い。英国の労働安全衛生法は、労働者を雇用している事業所の他、利益或いは報酬を得て業務を行う個人にも適用しており、雇用契約や使用人の有無に関係なく自営業を対象にしている。ドイツの作業安全法は連邦と州政府及び州以下の地方政府,各種事業,法人団体などに適用されるが、家内労働の使用人には適用されない。スイスの労働安全衛生法は、政府機関の労働者,建設教育協同組合,学生を含む各機関に勤める労働者に適用され、軍艦以外の船上労働者及び家内労働者には適用されない。南アフリカの「機械と労働安全法」(Machinery
and Occupational safety Act,1983)は使用人を含む。 日本の労働安全衛生法は雇用労働者の従事する事業(国家公務員は除く(*)に適用される。 米国は、50の州政府及び管轄の領土にできた国の事業所に雇用される使用人に、連邦政府の定めた労働安全衛生法が適用される。連邦政府の労働衛生法は、自営業者,個人農家,州政府及び地方政府の使用人に直接適用されず、また鉱山人夫,トレーラー運転手,鉄道及び原発の従業員の作業条件については別の連邦法令で定められており、労働安全衛生法が直接に適用されない。州政府が提出した労働安全衛生計画は、連邦政府の労働安全衛生基準及び連邦法と同等の効力を有し且つ労働安全衛生庁の審査許可を経ている以上、連邦政府が州政府の労働安全衛生計画に要する経費の一部を補助して、州政府管轄の私的機関,州政府及び地方政府が雇用する使用人も当計画に含まれるべきであると考え、1998年に労働安全衛生法を改正し、その時連邦郵政サービスも法規の適用範囲に含めた。
(*)訳註−国家公務員に対する労働安全衛生法の適用については、現業か非現業かによって分かれ、現業的業種の国家公務員については全面的に適用されるが、非現業の一般職に属する国家公務員については適用されない。
3.
安全衛生計画( Safety and Health Programs)
我が国の労働安全衛生法第 14条は、第5条第1項の設備及びその作業について自主的に検査計画を立案し自主的に検査を実施しなければならないと定めている。
スイスの労働安全衛生法では、事業者は作業を計画及び実施する際、健康で安全な環境の中で作業できるよう適切な作業環境を提供しなければならないと定めている。南アフリカ,カナダ,フランスは事業者が安全衛生計画を立案しなければならないと定めている。米国の労働安全衛生庁
(OSHA)は、労働者の安全と健康を守り職業上の負傷がもたらす損失を減らすために、事業場が職業安全衛生管理の計画を有効に推進できるよう協力しており、1989年に提案方式の安全衛生管理の手引き(Safety
and Health Program Management Guidelines)を出版し、労働安全衛生法の適用事業場が手引きの内容を参考にして事業場の労働安全衛生管理体系を推進するよう求めた。労働衛生の業務は、ただ法令の規定に合わせるだけでは労働者の安全と健康を完全に守るという目標を達成することができず、OSHAは、事業場が自主的に管理する自衛制度(VPP)及びコンサルテイング指導などの協力を受けて、労働安全衛生の計画を有効に実施し、労働者の生命の安全と健康を徹底して守るという目標を達成するよう事業場に求めている。VPPに参加する事業場は、事業場の管理面の計画,作業場の分析,危害の予防と抑制,安全衛生の講習,従業員が参加する計画評価及び年度毎の労働安全衛生計画の成果の評価など重要な計画項目を策定して、労働安全衛生計画を継続的に見直し、危害の減少と労働者の負傷及び疾病の防止を図らなければならない。事業者が作成し実行する安全衛生計画を比較すると、我が国が定める自主的検査計画の中の安全衛生設備及びその作業範囲は、米国,スイス,南アフリカ,カナダ,フランスの定める設備よりも少なく、範囲も狭い。
4.
労働者参加の安全衛生委員会
我が国の労働安全衛生法では、労働安全衛生委員会は事業場の安全衛生に関するコンサルテイング
, 研究的性質のものとし、事業者代表,技術者代表,医療看護スタッフ及び3分の1の労働者代表で構成され、会議では事業者が議長になると定めている; 日本の関連規定は上記以外に作業環境測定のスタッフを安全衛生委員会のメンバーに追加している; 英国では、10人以上を雇用している事業場は安全委員会を設置しなければならず、労働者代表が半数以上を占め、労資双方の代表が1年毎に交替で議長になると定めている。スイス及びフランスの労働安全衛生法では、50人以上の作業場は事業者と労働者代表からなる安全委員会を設け、作業場の安全衛生業務を計画,監督指導及び講習すると定めており、また事業者は労働者代表の代表(委員)職責を解き不利な待遇をしたり雇用保障を打ち切ってはならないとも定めている。オーストリアでは、250人以上の企業は安全衛生委員会を設けなければならないと定めており、250人未満であっても特に危険を伴う企業に対しては検査機関がその設置を命じなければならないとしている。オーストラリアの労働安全衛生委員会は、資本家側の代表人数が労働者側の代表人数よりも多くなってはならず、労働組合と非労働組合員の労働者とが選挙により委員会のメンバーに選出され、委員会の議長は労働者側代表の中から選挙によって選出され、委員会は3ヶ月毎に仕事場を検査し、委員会には事業者に安全衛生関連の資料請求をしたり事業者が特定のグループに講習を行うよう提案する権利がある。カナダでは、20人以上を常用している作業場は労使安全衛生委員会を設け、労働者が委員全体の2分の1以上を占めなければならないと定め、また安全衛生委員会は事業者の安全衛生計画を点検する権限を授けられ、自発的検査を行い事業者に改善提案をすることができるとしている。米国の労働安全衛生法には労働安全衛生委員会の規定はないが、全ての事業所はその事業の性質に基づき安全衛生委員会を設けるとしている。
5.
急迫した危険 (Imminent danger)
我が国では、作業場に急迫した危険の心配がある場合、事業場或いは作業場の責任者は直ちに作業を止めさせ、労働者を安全な場所に退避させなければならないとし、違反者は
1年以下の懲役,拘留或いはNT$9万元以下の罰金を科するか併科すると定めている。日本の労働安全衛生法の急迫した危険の規定は我が国と同じである。 スイスの労働安全衛生法では、労働者は作業場に生命と健康に急迫した厳重な危険を及ぼす恐れがあると気づいた時、事業者代表或いは安全管理者に直ちに知らせることとし、もし急迫した危険に際して労働者が指示を受けておらずまた安全な状態に戻す作業が行われていない間に起きた損失に対しては、労働者に責任がないと定めている。 カナダのオンタリオ州の労働衛生安全法第23条では、健康或いは安全に危害が及ぶとして労働者が拒否できる業務の範囲を詳細に列挙している。 米国の労働安全衛生法では、労働安全衛生庁は急迫した危険がある作業場に対して死亡或いは厳重な負傷の恐れがあると判定した場合、事業者に直ちに改善するよう要求或いは裁判所に作業停止命令を申請しなければならないとし、また労働検査員は客観的事実と証拠に基づき受検事業場に急迫した危険が発生する恐れがあると気づいた場合、直ちに事業場の労使双方に知らせ、またOSHAに必要な措置(例えば操業停止などの措置)を講じるよう要求しなければならないと定めている。労働者或いは労働者代表も裁判所に上訴してOSHAが直ちに必要な危険防止措置を講ずるよう求めることができる。労働者は、危険な設備による作業を拒否して差別待遇を受けることのないよう保護されなければならず、事業者は、事業場に急迫した危険があるのを知りながら改善の措置を採らずに労働者が死亡した場合、7万ドルの罰金或いは6ヶ月の懲役に処せられる。
作業場においての急迫した危険について各国の規定を総合すると、どれも非常に重視すべき内容であり、特色としてカナダのオンタリオ州は急迫した危険に関係する作業範囲を詳細に列挙しており、また米国は事業者の責任規定を詳しく定めており罰金額も最高で最も厳しい定めとなっている。
6.
労働災害の報告と調査
我が国では、労働災害で 1人死亡或いは罹災人数が3人以上の場合、事業者は24時間以内に検査機関に報告し、検査機関は検査員を派遣して検査を行うと定めている。カナダのオンタリオ州では、労働者1人の死亡或いは重傷の労働災害が起きた場合、事業者は直ちに電話,電報或いはその他直接手段によって検査員に知らせ、また48時間以内に書面による報告書を検査機関に送らなければならないと定めている; 労働者の能力喪失災害の場合は4日以内に書面にて検査機関に報告すると定めている。 英国の安全衛生庁(HSE)は英国の業務上負傷通報体系に整合されており、事業場の危害発生の原因と危害事故の調査に通じている、1995年に負傷・疾病・危険事態報告規則(略称RIDDOR
95)が公布され、1996年4月1日に正式に実施され、また作業中に起きた突発事故,疾病或いは危害発生の報告を受理するシステムとして、当庁と地方の主管機関とが共同で単一窓口の突発負傷通報センター(Incident
Contact Centre, 略称ICC)を設立した。事業場で発生した死亡災害,法令で挙げられる主な負傷,3日以上働けない程度の負傷,職業病及び負傷が未報告の事故の場合、事業者,事業者代理或いは自営業者は法に従って報告する責任があり、先ず電話,FAX,電子メール或いは郵便通知などの方法で直ちに報告(自営業者は例外)し、10日以内に正式な労働災害報告書を提出する。南アフリカでは、9等級以上の罹災の場合は検査機関に報告しなければならないと定めている。スイスの労働安全衛生法施行細則では、作業中に事故或いはその他の危害が発生して、労働者が死亡或いは重傷或いは数人が負傷した場合、事業者は直ちに労働検査機関に報告しなければならないとし、この定めはもう少しで事故になりそうな(near
miss)生命の安全と健康に著しく危害を及ぼす恐れのある事故にも適用している。
フランスでは、企業の安全衛生委員会は厳重な災害事故の場合に調査結果を労働部に報告すると定めている。米国では、1人以上の死亡或いは罹災人数が3人以上の場合、事業者は8時間以内に労働安全衛生庁(OSHA)に報告しなければならず、OSHAは直ちに検査員を派遣して調査しなければならないと定めている。
7.
職業病の報告
我が国の労働安全衛生法は職業病の報告について特別な規定を設けておらず、ただ月次の労働災害統計記載のため検査機関に報告するよう定めているだけである。スイスの労働安全衛生法では、医師は労働職業病と認めた場合、全国労働安全衛生委員会或いは労働検査機関に報告すると同時に各機関に関連情報を提供するなどの協力をしなければならないと定めている。 カナダのオンタリオ州では、事業者は労働職業病の報告を受けた後
4日以内に関係資料とともに書面で、検査機関,労使安全衛生委員会,労働組合と安全衛生代表に報告しなければならないと定めている。英国では、RIDDOR95の規定により、事業者,事業者代理或いは自営業者は、医師の診断により労働者が職業病にかかったと知った時、突発事故通報センター(ICC)或いは主管部門に報告し、また10日以内に正式の書面(報告書)にて届出なければならないと定めている。我が国の労働安全衛生法では、月別の労働災害統計作成のための届出を定めているが、雇用労働者数が30人以上の事業場が届出の対象であり、職業病発生から届出までの期間が長すぎ、また労働者数が30人未満の事業場に届出の義務がなく、職業病の件数が十分に把握されておらず、法改正時にはカナダの報告規定を参考にし、またその報告書式と内容も規定するべきである。
8.
労働に有害な物質の許容濃度
商工業の急速な発展により、労働作業場で使用する化学物質の種類と量は日増しに増えており、現在
1年当たり2000から3000の新しい化学品が発売され、その中には人間の健康に害を及ぼすものが少なくなく、そこで我が国,米国,カナダなどの国は労働作業環境における空気中の許容暴露限界(Permissible
Explosive Limit, PEL)を定め、英国は規制基準(Control Limit)を定め; 我が国の労働作業環境における空気中の有害物質許容濃度基準では、現在約479の有害物質が列挙し管理されており、既に先進工業国とほぼ同程度になっている。現在、米国の労働安全衛生法で有害物質許容濃度が定められている化学品は600種以上あり、改正された労働安全衛生法では、国立労働安全衛生研究(NIOSH)に基づき、3年毎に許容濃度の改訂を提案することとし、OSHAは6ヶ月以内に提案規則(proposed
rule)を発表し、12ヶ月以内に最終的な規則(final rule)を公布することと定めている。 米国は、労働安全衛生基準を制定する過程で行政手続法上の多くの細かい要求に直面した、例えば予備立法の公告,各地での公聴会手続き,意見の収集,各界との共通認識と意見の整合性をはかることなどで、立法手続きが極めて煩雑となり時間を要した。我が国の労働作業環境における空気中の有害物質の許容濃度基準は、学術研究資料と各国の基準を参考にして改訂が検討される。
9.
労働者の自発的参加を認める労働安全衛生事項
我が国の労働安全衛生法第 25条では、事業者は労働者代表と共同で必要に適った安全衛生業務の規則を作らなければならないと定めており、労働検査法第22条では、労働検査員は事業所に入って検査を行う時に事業者及び労働組合に知らせなければならないと定めている; また第33条では、労働者が提訴した場合、労働検査機関は14日以内に検査結果を提訴人に通知し、労働者が労働組合に提訴した場合、労働組合はその内容を調べ確かめた後、書面による改善提案として事業場に送る、また副次的に提訴人及び労働検査機関にも知らせる、それに対して事業場が改善提案を拒否した時には、労働組合は労働検査機関に検査の実施を申請することができると定めている。米国のOSHAは、事業場に対して安全衛生検査を実施した時、OSHAが資本家側と労働者側のどちらにも偏らないバランスのとれた安全衛生についての意見を入手できるように、その検査結果の会議の場に、現場の労働者或いはその指定代表も出席させななければならないとしている。労働検査後の規則違反の通知及びその改善方法について、事業者は公表して労働者に周知させなければならない。事業場は労働安全衛生基準の適用に関して、例外申請をする時、労働者代表に知らせなければならず、労働者代表は公聴会を召集することができ、OSHAは、労働者の安全と健康に影響する恐れがない作業場であると判断した時、その事業場に対して労働安全衛生基準の例外或いは適用の暫時猶予の措置を採ることとしている。
中国,日本,米国,カナダなどの国の労働安全衛生法は、労働者側から選ばれた代表者が事業場の安全衛生委員会に参加し、労働者側の安全衛生に対する意見を反映することと定めており、各国では作業環境に対する労働者の権利が日増しに重視されつつあり、特に米国の法令は労働者の労働安全衛生活動への積極的参加を認めており、これは他に類がない画期的なことである。
10.法規の立法手続き(standard-setting prosess)
我が国の労働安全衛生法の立法については、関係機関を召集して研究討議を経て草案の提出、行政手続法の定める手続の実行、所定の期間官報に掲載、公聴会の開催、本会と法規会及び委員会の審査を通過、行政院の審査、最後に立法院で
3回の読み上げ、以上で法定の手続が完了となる; 英国の労働安全衛生法と検査法規は、一般に行政部門が国会に法案を提出し、国会が同意した後施行されるが、習慣法を採用する場合もある。英国では、労働検査に関する全ての法規は制定前に先ず労働衛生委員会或いは労働安全委員会或いは両者に諮問しなければならないと定めている。米国の法律では、行政部門が法案を立案して提出し、公聴会を開いた後に最終法案となり、上下両院の賛成を経て大統領に送られ公布施行となり、立法手続きに時間がかかりすぎるので今までずっと批判を受けており、特に立法そして実施までに10年以上を費やした法規が少なくなく、OSHAでは規則立案から最終規則(final
rule)になるまで普通5年位かかっている。米国の労働安全衛生法は、1970年に公布されてから現在までに多くの安全基準が未改訂のままで、改訂された衛生基準は30件以下である。エルゴノミクスの法規立法の例として、OSHAは過去10年間の行政努力(歴代3名の労働部長の努力)により、エルゴノミクス法案は昨年末成立したけれども、法令通過後、業界代表はエルゴノミクス基準が定める作業現場の評価及び改善に際して多くの妨害と困難があると判断、国会は否決し、大統領の署名により実施を取り止めた。もし我が国が行政手続法の法改正規定を依然として固持していくとしたら、恐らく米国の法改正の経験の二の舞を踏むことになるかもしれない。
労働安全衛生基準は適用される業種及び危害の種類に基づき水平基準 (horizontal)と垂直基準(vertical)に分類され、労働安全衛生法が国会を通して立法化される以前は、各種の初期的な労働安全衛生基準は常に業種別に決められ、その種の基準を垂直基準と呼ぶ。労働安全衛生法が立法化された後、OSHAの尽力により、業種が違っても同類型の危害であれば同じ基準に繰り入れることになり、この種の危害による分類基準を水平基準と呼ぶ。現在の労働安全衛生基準は、両種の基準が併存しており、例えば我が国の建設安全施設規則は垂直基準の部類に属し、酸欠症予防規則は水平基準の部類に属する。
もう一つの分類方式は規格基準(specific)及び成果基準(performance)であり、規格基準は執行の方法(method)を明確に定めており、成果基準は設定した目標の成果と達成(result)に重きを置いている。一般的に、規格基準は明文化されそれに従うのは容易であるが、いつも執行する上での弾力性に欠け;
成果基準は結果を重視しており達成及び執行面では弾力性がある。一般的に、事業者は融通性がある成果基準を好むが、相反して、法を執行する行政機関は明確な執行条文がある規格基準を好む。
11.処罰規定
我が国の労働安全衛生法は、法令に甚だしく違反して労働者死亡事故を引き起こした場合、
3年以下の懲役に処さなければならないと定めている。日本の労働安全衛生法の刑事処分は最高で3年の懲役である。スイスの労働安全衛生法の刑事処分は最高で1年である。カナダのオンタリオ州の労働安全衛生法で定める刑事処分は最高で1年である。米国の労働安全衛生法は、故意による違法で労働者が重傷を負った場合に懲役6ヶ月、再犯の場合に1年の懲役、また管理者の職務上の怠慢または過失の場合も刑事責任を負わなければならないと定めている。
世界各国の労働安全衛生の法規については、処罰で違法の発生を抑えるためにどの国も違法に対して処罰規定を設けている。その中でも、ドイツの規定は最高で
5万マルク; 日本は200万円(*); 米国は7万ドルと定めており; 我が国はNT$3万からNT$15万である。米国の労働安全衛生法では、急迫した危険に対して改善措置を講じていない場合に1日5万ドルの罰金、その他の違法事項については1件1000ドルの罰金と定めている(表1)。
(*)訳註−日本は現在最高で 300万円である。
表 1 米国の法規違反の処罰表
法規違反の種類
|
処罰の最高(米ドル)
|
処罰対象
|
軽微
|
7,000
|
事業者
|
重大
|
7,000
|
事業者
|
故意(最低 5,000米ドル)
|
70,000
|
事業者
|
再犯
|
70,000
|
事業者
|
未改善
|
一日 7,000
|
事業者
|
故意の違反で労働者を死亡させる
|
70,000或いは懲役6ヶ月
|
事業者
|
検査で判明した違反を労働者に未周知
|
7,000
|
事業者
|
労働検査があることを事前に漏らした者
|
7,000或いは懲役6ヶ月
|
違反該当者
|
文書偽造或いは記録偽造者
|
10,000或いは懲役6ヶ月
|
違反該当者
|
労働検査員を謀殺した者
|
無期懲役
|
違反該当者 |
12.労働者雇用の責任
我が国の労働安全衛生法では、労働者の生命の安全と健康の保障を実行に移すために、雇い主が労働者に十分配慮する責任を課しており、違反した場合に行政上の罰金刑を科す他に、拘留刑にも処すと定めており、また労働者が自律の精神を培い安全な作業をする習慣を養うよう、労働者を効果的に教育することとし、安全衛生の職務規則を実行するに当たり、労働者が安全衛生教育及び健康診断を受ける義務の遵守を定め、労働者がその義務に違反した場合に
NT$3000元の罰金を科すと定めている。カナダでは、労働者の責任規定があり、例えば防護器具を着けて健康診断を受けなければならない時に、防護設備を取り去ってその効き目をなくすようなことをしてはいけないと定めている。米国の労働安全衛生法の第5条(a)(1)には、事業者の責任として労働者に安全と健康に心配のない作業場所を提供するという一般責任条項(General
Duty Clause)が定められている。また同条文には、事業者は関係法令に定められている安全衛生基準を遵守しなければならないと明文化されている。従って、OSHAは、合理的な範囲内で、安全衛生基準が未適用であっても作業場に危険があり労働傷害,疾病或いは死亡が出る可能性があると承知の上で実行可能な防備措置を採らない事業者に対して、本条の規定違反で処分する。人的原因により工程基準が合格していない時に、工程で傷害事故が起きた事業所に対して、OSHAは一般責任条項によって処分する。
労使双方は、労働安全衛生上、重要な役割を果たしているので、検査機関は労働者の規定違反に際して、その労働者を処罰するだけでなく、その事業場における安全衛生教育が不十分或いは不徹底であると見なすことがあり、これは法を守っている事業場にとっては明らかに不公平なことかもしれない。我が国及びカナダの法規などでは、規則に違反した労働者の処分について規定があり、米国の労働安全衛生法では、労働者が関連法令基準の規定を遵守していたにもかかわらず事故が起きた場合に労働者処罰規定がないけれども、事業者は労働者の故意の過失であると主張することができ、事業者が
OSHAの一般責任条項でいう責任を免除される場合もある。
13.建設業の安全
建設業の労働災害は世界のどの国においても最多であり、立法上でみると、日本は一般安全衛生施設の規定の中に入れているが、我が国,米国,カナダは「建設業安全衛生施設規則」を単独の法令にして、建設業の安全管理の強化を図っている。米国は
1990年代に建設業の墜落予防基準及び足場工事の安全基準を公布しており、成果を導くための管理模式を採用するなど弾力的なやり方で安全管理目標を達成するよう求めている。
1989年に建設安全検査部を設立、また1995年には一般工業安全検査部に単一の窓口を設置、最初の請負人には建設安全衛生計画を提出する義務を負わせ、更に中間請負人にも詳細の建設安全実施計画を提出する義務を負わせ、また政府のコンサルテイング機能を強化、建設労働者に対して証明制度を採用、現場でツールボックスミーティング(tool
box meeting)を実施、などにより作業環境上の危害要因を取り除くこととした。
14.行政不服審査及び行政訴訟の制度
我が国の労働安全衛生法違反に対する処分については、事業場が行政機関の行政処分に不服な場合、行政不服審査法により、法定期間内に審査請求書を準備し、原行政処分機関を通して行政不服審査の管轄機関に審査請求をすることができる。事業者が行政不服審査の決定に不服な場合、行政訴訟法に基づき、法定期間内に、行政裁判所へ行政訴訟を提起して裁判と行政上の救済を求めることができる。
米国の労働安全衛生の行政不服審査体系と我が国の体系とは類似点があり、労働安全衛生法は、行政不服審査体系が労働部の労働安全衛生再審委員会
(OSHRC)から独立して設けられると定めており、事業場がOSHAの処分に不服な場合、事業場或いはOSHAが再審委員会の判決に不服な場合、それぞれ法定期間内に、米国の裁判審理制度に照らして、裁判所へ行政訴訟を提起することができるとしている。
参.
総合的分析と提案
我が国の労働安全衛生法と米国,日本,カナダ, EUなどの国の法規とを比べると、我が国の労働安全衛生法の法改正時の精神と方向性については、工業先進国の関連規定が我が国の法改正時のよい参考になっており、下記の通り分析及び提案する:
1.
立法の目的
我が国の労働安全衛生法で保護する対象は労働者で、その労働者の定義は雇われて作業に従事する者であり、我が国の労働安全衛生法では保護の対象をあらゆる活動に拡大することができず、その他の国と比べると作業者の保護がまだ不十分で、安全衛生の保護の範囲を拡大するためには、米国が法改正して名づけた「労働」安全衛生法に倣うべきである。また、安全衛生の水準が高くなり、それが国際的にも公認され、経済の発展及び企業の永続的発展と互いに密接な関係にあり、我が国の現行の立法目的を工業先進国と比べると消極的すぎるのが明らかであり事業者を安全衛生に引きつけるには力不足であり、将来の法改正時は、「ゆったりした作業環境」,「国の人的資源を守る」,「労使双方の連帯努力を奨励し、労働災害を減らす」,「就業の安全及び経済の発展を促す」などの積極的な目的を追加すべきである。
2.
適用範囲
我が国の労働安全衛生法の適用範囲について、米国,英国,カナダ,日本,フランス,スウェーデンなどの国と比較すると、我が国の法規適用範囲は最小で、労働者だけに限られている。保障範囲を拡大する意義を踏まえて、労働者の定義を考え直すべきである。また、自営業者をどのようにして保障に取り入れるかについて、これも合わせて定義しなければならない。労働者を広く保護するためには、適用範囲を徐々に拡大して多くの労働者を保護する他に、各作業の周辺業務の人にも範囲を拡大して、将来的には非適用範囲のみを列挙できる方向に進むべきで、それが我が国の労働安全衛生法で積極的に努力しなければならい重点課題である。
3.
書面による安全衛生計画
我が国の労働安全衛生法で定める書面による安全衛生計画とは自発的検査計画のことであり、その詳細内容はその他の関連付属法規に規定されており、また政府の命令或いは規制による管理手法は一定の効果があるけれども労働災害率が大幅に低下した以降、この種の消極的な管理手法は災害率を継続的に低下させる目的を達成することができず、これに対して多くの国及び世界基準組織は労働安全衛生管理体系(
OHSMS)即ち自主的な労働安全衛生管理を採用し推進している。
また、米国が推し進めてきた労働安全衛生業務の経験によれば、近年の労働安全衛生基準は成果基準方式を採用しており、安全衛生管理の目的を早急に達成するに際し、詳細な規則による基準は人に守らせるにはいいが弾力的ではないため、目標を実行する時に規則の細目にとらわれないようにする必要がある。従って、自主的安全衛生計画の規定については、成果方式の方向に向かっている米国の安全衛生法を参考にするよう提案する、例えば書面による聴力保護計画,危害認識計画,労働安全衛生教育講習計画・・・など、成果方式によって事業場の安全衛生業務の計画能力を高めなければならない。
4.
労働安全衛生委員会
我が国の労働安全衛生法施行細則は、労働安全衛生委員会を事業場の諮問機関とし、事業者が議長、労働者代表が委員の
3分の1を占めると定めているが、労働者参加の目的を完全には達していない。法改正を提案する時は、英国,カナダ,オーストラリア,オーストリアなどの国の規定を参考にして、労働者代表が半数以上を占める民主的な参加制度を作り上げることを検討する必要がある。
5.
急迫した危険
我が国では、事業者及び検査員は作業場で急迫した危険の心配がある場合に直ちに作業を止めさせ労働者を安全な場所へ退避させると定め、これに違反した事業者には
1年以下の懲役・拘留を処す或いはNT$9万元以下の罰金を科すか併科すると定めており、その刑事罰は妥当なようであるが、米国労働安全衛生法は1日5万ドルの罰金を定めており、罰金額の増額及び講習を受けた労働組合代表者に急迫した危険時の操業停止権を持たせることを提案する。
6.
労働災害,職業病の報告と調査
事業場で労働者が 1人死亡或いは3人以上が罹災した場合、現行の規定では事業者は24時間以内に検査機関に報告することになっているが、8時間以内に報告しなければならないとしている米国の規定を参考にするよう提案する。南アフリカでは、1人の罹災が9等級以上の場合は報告しなければならないと定めており、書面報告については、事業場は厳重な事故の調査報告を労働部に提出するとしているフランスの規定及び48時間以内に検査機関に報告書を送るとしているカナダの規定をそれぞれ参考にして、事業場の災害調査とその分析の能力を高め、類似の災害の再発を防止するよう提案する。英国の傷害,疾病と危害事故の報告を定めた法規であるRIDDOR95及び単一窓口として設立された突発事故傷害通報センター(Incident
Contact Centre、ICCと呼ぶ)は作業中に起きた突発事故,疾病或いは危害の通報システムであり、その通報関連のモデルは我が国の参考になる。また、我が国の労働安全衛生法には、職業病報告に特別の規定がなく、職業災害統計月報作成のため検査機関に調査準備を依頼するとだけ定めている。事業場が職業病に気づいた時、その届出時間は長すぎる。しかも、30人以下の事業場には届出の義務がなく、職業病の発生状況を十分に把握できずまた必要な予防措置を取ることができない。法改正時は、スウェーデン,カナダの関連規定; “医師が職業病と認めた時の事業者への通知義務及び通知書面の様式と内容”を参考にするよう提案する。 職業病報告の体制については、事業者の報告責任を強制する他、事業者は医療機関の医師との連携により報告体制を互いに補完すべきである。
7.
労働者の自発的参加を認める労働安全衛生事項
各国では労働作業の環境が日増しに重視されてきており、特に米国は労働者が事業者の労働安全衛生事項に積極的に参加するよう奨励しており、検査結果が資本家側と労働者側のどちらにも偏らない公正な意見になるよう、検査機関の検査とその結果の報告会に労働者が参加する権利を明文で規定しており、我々は労働者が積極的に参加する傾向にあることに注目しまたそれを見習う必要がある。
8.
法規の立法手続き
米国の労働安全衛生法の立法過程においては、自ら規則を立案公布し、公聴会を開いたが、労働者側と資本家側団体から多くの意見が出され、規則を最終的に煮詰めるまで難航、とりわけ労働衛生基準に対しては長期にわたり慢性的に影響が及び、基準の最終決定の期日はないがしろにされた。例えば、米国の国立労働安全衛生研究所(
NIOSH)は、1978年、労働安全衛生庁(OSHA)に石綿の許容濃度について、空気1立方センチメートル当たりに占める2本の石綿繊維の濃度基準値を0.1平方根まで下げるよう提案したが,
労働安全衛生庁は基準決定を延ばし延ばしにして、1987年にやっと基準値を0.2平方根まで下げると決定した、 これは安全衛生法令の立法化に極めて時間を要した一例である; 我が国では、行政手続法施行後、法規の改正には官報掲載,公聴などの手続を必要とし、その過程では国民参加の法令制定を求めるけれども、国情の違いにより官報に掲載しても全く反応がなかったというような過去の経験があり、その点まだ立ち後れており、移り変わりの速い安全衛生の環境に直面して、我が国が上述の米国の二の舞を演じて時代の進歩に後れをとるようなことがないかと危惧する。
9.
罰金による処罰
労働安全衛生法に違反した場合の罰金については、ドイツが 5万マルク(約NT$80万元)で最高、日本が200万円(*)(約NT$50万元)、米国が7万ドル(NT$210万元)で、また法規違反の労働者数を掛けて計算され、我が国のNT$15万元よりずっと高額で、罰金額の上限が高く、故意に違反した事業所に対しては威嚇作用となり、我が国が法改正をする時は、罰金額の上限をNT$30万元以上に増額し、また処罰の前に改善の猶予期間を設けないよう提案する。
(*)訳註−前述の如く日本は現在 300万円
10.技術的な資源
英国は、政府が事業所に安全衛生の講習カリキュラムモデル,コンサルタント・サービスなどを提供する場合、その費用を徴収し以降の支援サービス拡充に当てている。米国は、 1992年職業安全衛生法の改正時、鉛を含む油性塗料メーカーの鉛中毒予防のため、新設した国立労働安全衛生研究所(NIOSH)が鉛を含む油性塗料メーカーの指導及び教育講習計画に経費上の補助をしなければならないと定めた。更に、1998年の法改正時、OSHAは、合法的な協力計画(Compliance
Assistant Program)を策定しなければならないという規定を新たに追加し、事業場は州政府の関係窓口に労働安全衛生に適したコンサルテイングと協力を求めることができるようになったが、事業場が指導に協力することを理由に労働検査を回避することのないよう当計画を労働検査から独立した活動とした。また、事業場に「使用者が費用を負担する」の理念を示し、技術支援の対象を拡大するために必要な費用を徴収する方法は、我が国が将来技術支援を拡大する時のよい参考となる。
四.結論
政府機関の役割と機能
台湾の産業は中小企業が多数を占めている形態であり、事業場内で職業安全衛生を進める上で人力資源に限りがあり、労働安全衛生の管理制度は政府及び外部の専門機関に頼って実行されてる。政府の予算及び資源に限りがあるにもかかわらず、民間が政府のサービスを切実に求めている状況下、政府機関は、強制執行法のやり方の他に、労働災害率が高すぎる事業場の検査実施に資源を集中して、またその事業場に改善指導と資金協力を行わなければならない。
労働安全衛生の施政目的は、ほかでもなく、労働災害率を継続的に下げることと国の貴重な労働資源を確保することである。世界各国はどの国も労働検査の人力と資源に限りがあるという共通した問題に直面しており、限りある労働検査の人力で事業場を監督管理し、事業場が自主的に進める労働安全衛生制度を奨励且つ指導し、限りある労働検査の資源を使って、検査を必要とする危険な作業場に対して期限を切って作業場の改善を行わせ、また労働提訴事件の検査業務を行わなければならない。何れにせよ、労働安全衛生管理体系が永遠に追及する目標のために、世界各国の労働安全衛生制度がどう変わろうと、労働者の労働傷害,疾病或いは死亡率を減らす絶えまぬ努力を続ける必要がある。
法規基準の成果管理目標
米国が推進した労働安全衛生業務の経験を拠り所にして、近年の労働安全或いは労働衛生基準は、成果基準方式が採用され始め、多くの労働衛生基準は労働安全衛生の管理目的を弾力的手法により達成すること及び目標達成のため過度な細則を作らないことに重点を置いている。
自主的な労働安全衛生管理
各国が進めている労働安全衛生業務の経験から、政府機関が関連する基準を定め、業界がその法令の規定を守るよう強制的に要求するという命令及び規制
(command and control)の管理方式は、その初期においては一定の効果をもたらすが、労働災害率が大幅に低下した後では、この種の受動的な管理方式で労働負傷率を減らし続けることができない。この見地から、多くの国及び世界の基準団体は、労働安全衛生管理システム(OHSMS)の立法化を採用或いは推進、または管理基準の研究討議をしており、奨励策,指導策或いは国際貿易化により、事業場が積極的且つ継続的に改善を行う品質管理手法を用いて、労働安全衛生管理制度を推進し、労働災害率を低減する管理目標の達成を計らうことができるよう希望する。