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タイの在宅労働
Home work in Thailand

Chaiyuth Chavalitnitikul、タイ

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2003年3月第1号第10巻「Informal sector」)

(仮訳 国際安全衛生センター)

原文はこちらからご覧いただけます


はじめに

 タイでは昔から、インフォーマルな雇用形態として在宅労働が行われてきた。在宅労働は家計が臨時収入を得るための手段であり、失業の重荷を軽くする役割を果たしてきた。在宅で働く家族の一員は、労働のために都市に出ていく必要がない。在宅労働を選ぶことで、人々は家族生活と地域社会での生活の絆を強めることができ、これが多くの重大な社会問題の発生を防いできた。
 タイでは1997年半ばの経済危機以降、経済情勢の悪化に伴う影響が顕著に現れている。多くの企業が閉鎖や規模の縮小、社員の大量レイオフを余儀なくされた。1998年には5,793社が倒産、バンコクとその近隣県では355,260人の職が失われた(1)。その結果、労働力のかなりの部分が内陸の出身地に戻り、そこで従来からの農作業に従事するようになった。その多くはインフォーマル部門へと移動し、多くの事業者はコスト削減の手段としてこうした労働者に仕事を与えた。このため、在宅労働に携わる労働者、すなわち在宅労働者(homeworkers)の数が非常な勢いで増える結果となっている。今や在宅労働は、事業者と労働者の双方にとって新しい魅力的な選択肢になっている。

在宅労働者とは

 在宅労働者を意味する英語には、社外勤務者(out worker)、自宅勤務者(home-based worker)、出来高労働者(piece-rate worker)など、さまざまな言い方がある。しかし、ILOの「在宅形態の労働に関する条約(Home Work Convention)」(1996年、第177号)(2)、および「勧告(Recommendation)」(第184号)(3)の定義によれば、「在宅労働者(homeworker)」とは、「自分の家、または事業者の職場以外に自分が選んだその他の場所において(…)報酬を得ることを目的として、仕事に使う装置・原料・その他の投入物を誰が提供するかにかかわりなく(…)、事業者が指示した製品または役務を生み出す(…)」作業を遂行する者をいう。事業者による在宅労働の与え方は「直接でも仲介者を通じてでも(…)」よい(2)。
 インフォーマルな労働力である在宅労働者は、タイの製造部門においてすでに20年以上にわたって重要な役割を担ってきた。しかし、在宅労働者の数は正式な統計や経済報告にはまだ掲載されていない。したがって、在宅労働者は陰の労働力とされている。
 在宅労働がタイに特異なものというわけではない。在宅労働は、先進国と途上国とを問わず、多くの国に長い間存在してきた。
 タイ統計局(NSO: National Statistics Office)(1)が行った調査によると、ILOの定義に基づく在宅労働者数は合計で約311,790人であった。同局の指摘によれば、このほかに644,038人が在宅労働と自営業の2つの役割を同時に果たしていた。また、158,381人が在宅労働を希望していた。これらのデータに基づいて言えば、タイには約100万人の在宅労働者が存在するといっても過言ではない。
 タイの在宅労働者の大多数は、教育程度が小学校低学年レベルの女性である。

在宅労働の特徴と種類

 在宅労働の作業内容はむずかしいものではなく、必要とされるものはごく簡単な機械または装置だけである。在宅労働は労働集約的である。労働保護福祉局(Labour Protection and Welfare)(1)の報告によれば、在宅労働者によって、国内向けおよび輸出向けに少なくとも34種類の製品が生産されている。業種としては、服飾、製靴、天然素材によるサイフやベルトの製作、絹・綿織物、造花や紙製品の製造、宝石カット、漁網作り、かつらの製作、木製品や粘土製品の製造、金属細工、手工芸品の製作、飲食物の生産、等がある。

労働条件と労働環境

 現在のところ、在宅労働者はまだタイの各種労働法の保護下にはなく、とりわけ、労働の報酬、労働時間、雇用条件、福利厚生施設、安全衛生に関する各種基準を定めた労働保護法(Labour Protection Act)B.E.2541(1998年)(4)の保護対象とはなっていない。労働保護に関する法令は、在宅労働者を雇用された労働者とはみなしていないのである。在宅労働者は、作業を遂行するための教育程度、知識、スキルも低い傾向がある。
 労働保護福祉局(Department of Labour Protection and Welfare)では最近、16県1,108人の在宅労働者から聞き取りを行い、在宅労働に関するいくつかの調査を行った(5,6)。これらの調査が明らかにしたところによると、大半の在宅労働は請負仕事で、労働時間も一定していなかった。聞き取りを行った労働者のうち、53.9パーセントは年間250日以上労働し、70.9パーセントは1日7〜10時間労働していた。
 在宅労働者の大半は、出来高払いの労働者であった。ほとんどの在宅労働者の報酬は低く、月額1,000〜4,000バーツであった。最低賃金より高い報酬を受け取っているのは、全在宅労働者の10.7パーセントに満たなかった。
 雇用が不安定であることも大きな問題で、これが在宅労働者の不安をあおり、低賃金に甘んじることになったり、場合によっては賃金の未払いという事態を招いたりしていた。安売りせざるを得ない弱い立場が、賃金の引き下げ競争と低所得という結果につながっている。
 請負仕事の53.0パーセントは、組織労働者ではない個人の在宅労働者によって行われていた。残りの47パーセントは、組織化された在宅労働者が遂行していた。組織化された在宅労働者の集団の平均規模は41人であった。在宅労働者のほとんどは、女性団体、協同組合団体、貯蓄団体など、地域の組織団体に加入していた。
 在宅労働自体は、一般に自宅で行われていた。在宅労働の労働環境を特徴付けているのは、限られたスペース、不適切な照明、不十分な換気、不健康な労働環境、高温からくる不快、人間工学的配慮に乏しい作業場、不安全な機械と装置、個人用保護具の不在などであった。
 在宅労働者には、大量の危険な仕事がアウトソーシングされてきた。具体的には、危険化学物質への暴露や安全装置なしでの機械の使用を伴う作業、高熱下での作業、粉じんや繊維への暴露、長時間座位を強いる作業などである。この種の危険な作業の影響は、在宅労働者本人だけではなく、その家族、環境、地域の共同体にも及ぶ。
 労働保護福祉局の調査では、一部の在宅労働者が腰痛や疲労などの健康上の問題を抱えており、多くの在宅労働者が労働災害を経験していることも指摘されている。こうした問題は、安全に関する知識や認識の欠如、あるいは適切な設備の欠如が原因だった可能性ある。
 在宅労働者は福利厚生サービスを受けておらず、傷害を受けた人は、医療給付や労働者災害補償などの給付手当も受け取っていなかった。

労働省のアプローチ

 一般にインフォーマル部門、具体的には在宅労働は、とりわけ最近の経済危機以降、雇用の場として重要になっている。在宅労働は、地方においてもバンコク首都圏においても、タイ社会の恵まれない人々の収入源でもある。タイ政府は在宅労働の重要性を認識し、第9次国家経済社会開発計画(the Ninth National Economic and Social Development Plan)(2002-2006)(7)において、在宅労働者の生活の質の改善を最終目標に掲げた「在宅労働者の推進および保護(Promotion and Protection of Homeworkers)」というプログラムに着手している。さらに、第1次労働開発計画(the First Labour Development Plan)(2002-2006)(8)では、一般的な保護と労働安全衛生上の保護の両方に関し、在宅労働者とその他の労働者集団を平等に保護するようなシステムの開発が重要であることが強調されている。この目的のために、労働省(Ministry of Labour)は特に次のようなアプローチを取っている。

  • 労働省は、在宅労働者の労働保護に関する省令案をすでに内閣に提出済みである。
  • 労働省は、在宅労働に携わる人々(在宅労働者)の労働条件を推進、開発、保護するための計画を作成している。この計画には次のような方針が盛り込まれている。
    • 技能とキャリア開発に関する教育訓練を通じて、在宅労働者の能力を開発・推進すること。
    • 在宅労働者が自信を持ち、長期にわたってその力を発揮できるような団体の形成・発展を促すことで、在宅労働者向けの組織を推進・支援すること。
    • 在宅労働者の保護が可能になるような国のしくみ、たとえば立法措置や労働安全訓練、その他の制度的手段を通じて、雇用と労働条件、権利、各種給付、労働安全衛生、社会保険を守ること。
    • 可能なあらゆる手段を通じて在宅労働者の所得と生活水準の向上を図り、在宅労働者に社会的利益を与えることを目的とした公共部門と民間部門間の協力を推進すること。
  • 在宅労働者の自宅の労働条件および労働環境を改善するために、ILO小規模企業労働改善(WISE: Work Improvement for Small Enterprises)プログラムを教育訓練の道具として活用している。一部の教育訓練活動は、バンコクおよびその他の県ですでに開始されている。
  • 労働保護福祉局は、在宅労働者とその使用者および雇用契約者についての情報を収めたデータベースを開発している。
  • 労働保護福祉局は、組織化された在宅労働者集団に対し、地域の保健スタッフ、特に村の保健所およびバンコクの公衆衛生サービスセンターと密接に協力するよう促している。


参考文献

  1. Ministry of Labour and Social Welfare. Situation of Home Work during economic crisis: A document submitted to the Cabinet in 1999. Bangkok, Thailand; 1999 (in Thai).
  2. International Labour Office. Convention 177, Convention Concerning Home Work. Geneva, Switzerland; 1996.
  3. International Labour Office. Recommendation 184, Recommendation Concerning Home Work. Geneva, Switzerland; 1996.
  4. Department of Labour Protection and Welfare. The Labour Protection Act B.E 2541. Bangkok, Thailand; 1998.
  5. Department of Labour Protection and Welfare. Study on Legal Framework for Protection of Homeworkers. Bangkok, Thailand; 1999 (in Thai).
  6. Department of Labour Protection and Welfare. Study on Development Model for Homeworkers in Thailand. Bangkok, Thailand; 1999 (in Thai).
  7. National Economic and Social Development Board. Government of Thailand, the Ninth National Economic and Social Development Plan (2002-2006), Office of The Prime Minister. Bangkok, Thailand; 2002.
  8. Ministry of Labour. Labour Development Plan (2002-2006). Bangkok, Thailand; 2002 (in Thai).


Chaiyuth Chavalitnitikul博士
労働安全衛生専門家
労働社会福祉省労働保護福祉局勤務注)
8 Fl., Mitmaitri Rd, Dindang
Bangkok 10400
Thailand
E-mail: chaiyc@mozart.inet.co.th


注)現在は労働保護福祉局は、労働省所属となっている