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平成16年度JICAセミナー カントリーレポート(タイ)

資料出所:平成16年度JICA労働安全衛生政策セミナー カントリーレポート(タイ)
(仮訳 国際安全衛生センター)



労働安全衛生センター(NICE)の組織

NICEの使命

  1. 労働災害、負傷、業務関連疾病原因因子の研究と開発。安全監督官と組織のための防止対策およびマニュアル/ガイドラインの作成。
  2. 労働安全衛生(OSH)サービス:
    • 労働環境評価
    • 労働医学
    • 産業中毒研究所
    • 人間工学・ 安全工学:建設、機械、電気など
    • 労働安全衛生情報および相談
    • 労働安全衛生研修
  3. 労働安全衛生の推進
    • ゼロ災害賞、ベストプラクティス賞など労働安全衛生推進運動
    • 全国安全週間
  4. その他
    • 管轄当局間の連携作り
    • ASEAN加盟国間の連携作り(ASEAN OSH NET)
    • 地域安全管理者間の連携の推進


労働安全衛生関連法および規則

 タイにおける労働安全衛生関連法および規則は、主に労働省によって管理されてきた。これら規則の施行は、革命議会布告第103号(1972年労働保護法)に付託される。この声明による労働安全衛生に関する17の告示の内容は次の通りである。

革命議会布告第103号
  • 労働者の健康および衛生に関する福祉(1972年4月16日)
  • 健康を害するおそれのある作業(1972年4月16日)
  • 機械作業の安全(1976年7月23日)
  • 作業環境に係る作業の安全(物理的因子)(1976年11月12日)
  • 作業環境に係る作業の安全(化学的因子)(1977年5月30日)
  • 電気作業の安全(1979年3月8日)
  • 潜水作業の安全(1980年9月17日)
  • 建設作業の安全:運搬用リフト(1981年1月29日)
  • 足場を使用した作業の安全(1982年1月30日)
  • 労働者の作業の安全(1985年5月6日)
  • 建設作業の安全:建設工事現場(1985年9月10日)
  • クレーンおよびデリック作業の安全(1987年4月17日)
  • 杭打ち作業の安全(1988年12月21日)
  • 閉塞空間における作業の安全(1990年8月8日)
  • 有害化学物質に係る作業の安全(1991年8月22日)
  • 高所作業、または落下物、崩壊のおそれのある場所での作業の安全(1991年10月18日)
  • ボイラーに係る作業の安全(1991年10月21日)
  • 職場における防火および防火管理に係る安全(1991年11月21日)
  • 労働安全衛生および労働環境委員会(1995年6月27日)
 1998年、以上の労働安全関連告示は見直され、労働保護法第8章として立法化された。
  • 第8章:労働安全衛生および職場環境
 労働省は、安全委員会および安全管理者の研修に関する新しい法令を、1995年と1997年にそれぞれ施行した。
  • 安全委員会に関する告示(1995年)
  • 安全管理者の研修に関する告示(1997年)
 その他の主要な労働安全衛生関連法
  • 工場法(1992年):工場の施設と操業の管理を規定した工業省所管法令。
  • 公衆衛生法(1992年):健康を害するおそれのある産業活動の管理を規定した保健省所管法令。
  • 危険物法(1992年):有害物質使用の管理を規定した工業省、保健省、農業省所管法令。
労働監督制度の概要

 労働保護福祉局は、労働保護福祉事務所を全国73県に設置している。バンコクには9つの事務所があり、これら事務所は労働者、賃金、労働者保護、児童労働、労使関係、労働安全衛生に関する基本的権利など、労働監督関連を管轄している。労働安全衛生監督課(OSHID)は、労働保護福祉局で労働監督を担当している部署である。OSHIDは安全監督制度の策定、および労働安全衛生を監督する労働監督官の研修を行っている。

 2001年までに労働保護福祉局は「自主監督」と称される新しい労働監督制度を開発した。これは、各企業に配布された自主調査票に基づいて自ら監査を実施し、記入済みの調査票を労働保護福祉事務所に提出するというシステムである。提出を受けた事務所は、調査票から無作為に選んだ企業を対象に再監督を行う。

 NICEは、労働監督官の知識を養成し、技術的支援を行っており、例えば、教本の開発や、労働安全衛生分野における労働監督官の研修、また、案件調査に必要な労働環境測定や、生物学的ばく露資料の分析などを行っている。


労働災害補償保険スキームの概要

 1994年に施行された労働災害補償基金法(B.E.2537)は、労働災害および職業性疾病の被災者である労働者と、その扶養家族に対するリハビリテーション費用や葬儀費用などの補償金支給について定めた法律である。本法は1名以上の従業員が勤務している全ての職場を対象とするが、自営業者および船員は含まれない。
 本法により事業主は、毎年全従業員の賃金の0.2%〜1%を年金に支出しなければならない。支出金割合は業種、危険度、およびこれまでの補償金請求履歴により決定される。
 業務関連の事故、負傷、疾病、死亡が発生した場合には、雇用主は被災者である労働者を病院に搬送して治療を受けさせ、報告票第16番と医療記録などの全関係書類を最寄りの県社会保険事務所に提出しなければならない。
労働者補償に関する調査プロセスは以下の通りである。

  • 第一段階:補償基金担当官による調査。第一段階では事故、あるいは疾病に関する全ての記録が病院あるいは事業主から社会保障事務所に送付される。熟練の担当官が調査基準・指標を用いて調査を行う。全ての関連記録により、当該事故、あるいは疾病と業務との関連が示された場合、労働者は補償金その他の費用の支給を受けることが出来る。
  • 第二段階:専門家、医療専門委員会による調査。補償基金担当官による案件の調査が不可能になった場合、それ以降の調査については、全ての関連記録が専門家、医療専門会委員会に委ねられる。全関連書類は、委員会に提出される。専門家、医療専門委員会は大学の22分野における56名の専門家で構成されており、医療専門委員会は2000年までに32の職業性疾病に関する調査基準を設定した。労働者および事業主が調査結果に不満があった場合には、全ての証拠を再提出し、労働法廷で争うことができる。
 調査後、労働者には以下の基準に沿って補償金が支払われる。

  • 労働者が死亡した場合、扶養家族は月間所得の100倍に相当する葬儀費用一時金と、月間給与の60%に相当する手当て(2,000〜9,000バーツ)を8年間に渡って受け取ることができる。
  • 業務に関連した負傷あるいは疾病を被った場合、労働者は医療費と補償金が以下のように支給される。
    - 病気休暇の期間中、日額賃金の60%(2,000〜9,000バーツ/月)の支給を受けることができる。
    - 何らかの障害が認められた場合、月間賃金の6割を15年間受けることができる。
    - 障害、もしくは身体器官の一部損失に対する補償金額は、労働者補償金制度の比較基準に従って決定される。
    - 医療費(80,000バーツまで)
    - リハビリテーション目的の手術費用(20,000バーツまで)
    - リハビリテーション費用(2,000バーツまで)
労働災害データおよびデータ収集システムの概要

 労働災害データは全て労働者補償事務所に収集される。調査対象となった労災は全て記録され、毎年年末までに統計データとして再表示される。1993年から2003年までの労働災害および職業性疾病の動向は以下の数値が示す通りである。

表1 労働災害および負傷の発生率(1993〜2003年)


表2 休業4日以上の労働災害および負傷の発生率

 タイの十大労働災害要因は下表に示す通りである。


表3 タイにおける労働災害および職業性疾病の十大要因(2003年)
要因 死亡(件) 障害(件) 身体器官の損失(件) 休業4日以上 合計(件)
鋭利なものによる身体部分の切断および貫通 4 - 863 13,309 52,249
物との衝突 24 2 639 9,345 36,340
化学物質 - - 28 1,218 35,987
落下物 58 2 1,078 10,701 28,318
機械への巻き込まれ 4 - 971 5,559 13,783
職業性疾病 - - 20 778 8,460
高所からの墜落 102 4 37 3,326 7,923
自動車事故 421 4 81 3,325 6,792
足を滑らせての転倒 1 3 26 1,511 5,265
火傷 2 - 25 1,665 5,194

表4 労働災害発生件数の高い十大産業(休業4日以上)
2001年 2002年 2003年
業種 件数 業種 件数 業種 件数
飲食 3,843 飲食 3,646 飲食 3,619
建設 3,082 建設 3,029 建設 3,204
木材加工 2,946 木材加工 2,960 木材加工 2,899
繊維 2,793 繊維 2,439 繊維 2,400
プラスティック 2,257 プラスティック 2,131 電気機器製品 2,383
電気機器製品 1,530 電気機器製品 1,830 プラスティック 2,165
金属(プレス) 1,469 金属(金型) 1,600 金属(金型) 1,987
金属(金型) 1,483 金属(プレス) 1,520 小売建築 1,824
ゴム 1,363 ゴム 1,322 金属(プレス) 1,685
ホテル、レストラン 1,337 小売建築 1,312 ホテル、レストラン 1,378


労働安全衛生に関する研修・教育制度

 タイでは、以下に述べる2つの制度によって安全衛生管理者を養成している。一つ目は大学での高等教育を受ける方法である。現在、11の大学で労働安全衛生の学士号を取得することができる。この分野の課程を修了した者は工場におけるプロの安全管理者としての就職が可能である。
 労働安全衛生研修に関する告示(1997年)の規定に依れば、工場の安全管理者は、以下の3レベルの人材で構成されなければならない。1) 基礎レベル安全管理者(ライン管理者)、2) 管理職レベル安全管理者(工場の管理職、政策立案者担当)、3) 専門職レベル安全管理者(工場における全ての労働安全衛生担当)。
 もう一つは、政府公認の訓練士について研修を受ける方法である。訓練士は労働省から認可を取得し、2年毎に更新しなければ研修を施すことができない。訓練士による研修は、養成レベル、管理レベル、専門レベル(180時間)に分かれている。NICEは、訓練士の優秀さを監査し、訓練士による研修を受けた専門レベルの安全管理者を対象とした試験を実施している。

タイが現在抱える労働安全衛生の重要課題

 産業と経済の急速な成長と多様化により、タイは繁栄に向けた大きな前進を遂げることができた。しかし、同時にこうした成長の中で、労働安全衛生に関する新しい課題に向かい合うことになった。新しい方式、新しい産業、そして新しい発展は常に新たな危険性を伴っている可能性がある。そのような危険性に対応するには、政府、事業主、労働者の三者が積極的に関わっていくことが重要である。
 タイ政府は、国家経済社会開発計画の中で、防止可能な労働災害の削減を開発目標のひとつに掲げており、労働安全衛生の重要さを認識している。第9次国家経済社会開発計画(2002年〜2006年)における労働安全衛生管理の指針では、防止可能な労働災害を削減し、国際基準に準じた労働安全衛生の国家基準の策定に焦点をあてている。
 労働保護福祉局は、国家経済社会開発計画に掲げられた目標を達成するため、労働安全衛生マスタープランを設定した。その概要は以下の通りである。

計画1:労働安全衛生基準の開発
- 労働安全衛生法の公布
- 労働保護法(B.E.2541)下での省告示の公布
- 労働安全衛生マネジメントシステムに関する告示の公布
- 国際労働機関(ILO)の労働安全衛生条約の批准
- 労働安全衛生勧告基準の策定
計画2:法律の施行
- 一般職場監督の実行
- 特に高度の危険を伴った産業に対する特別監督の実行
- 農業従事者および在宅勤務者に対する労働安全衛生監督の実行
- 報告システムの法令化
- 認証・認定システムの開発
- 監査システムの開発
計画3:労働安全衛生組織の再編成
- 労働安全衛生活動を管轄する新しい部署の設立
- 労働安全衛生活動を促進する支援組織としての独立機関の設立
計画4:法令に基づく安全保護の拡大
- 農業従事者
- 在宅勤務者
計画5:人的資源開発
- 政府労働安全衛生監督官
- 企業安全管理者
- 技術的労働安全衛生研修
- 労働安全衛生評価士
- 労働安全衛生ネットワークの構築/連携
計画6:労働安全衛生情報システムの開発
- 労働安全衛生情報ネットワーク
- 特殊労働安全衛生情報/データベース
- 情報の普及/アクセスのしやすさ(アクセシビリティ)の向上
計画7:労働安全衛生における研究開発
- 業種、労働者の種類ごとの研究
- 基準確立のための研究
- 労働安全衛生監督システム、情報システム開発のための研究
計画8:労働災害、職業性疾病の防止および管理

計画9:労働安全衛生の推進
- 全国安全週間
- 政府組織内における労働安全衛生活動の推進
- 労働者、これから労働者になる人の意識の向上
- 労働安全衛生基準の遵守の認証
- 事故と負傷を最低限に抑えるための職場における労働安全衛生活動開始の奨励
タイにおける労働安全衛生政策の運営に関する問題点

 私の個人的観点から見ると、タイにおける労働安全衛生政策の運営には、労働者、事業主、政府三者それぞれが以下のような問題を抱えていると思われる。

労働者側からの障壁

 私は、工場の労働者が個人用保護具(PPE)を使用してくれない、安全指示を守ってくれないといった安全管理者からの不満の声を常に聞くが、おそらくタイの労働者は健康や安全に対する意識が低く、従来からの働き方を改善しようとしないのが原因かもしれない。また、タイはミャンマー、ラオス、カンボジアからの移民労働者を受け入れている。彼らの多くは建設、海運、農業の分野で就労しているが、言語の違いがこれら産業において労働安全衛生の発達を妨げていると考えられる。非識字率の高さ、産業労働への知識の低さも問題である。また、経済的に貧しいがために、危険を伴い、労働条件、労働環境が劣悪な仕事に就いてしまうという問題もある。
 タイの労働組合は、労働安全衛生にそれほどの関心を払っておらず、組合の団体交渉の焦点は常に賃金、福利厚生であり、労働安全衛生を求める声は小さい。

企業からの障壁

 タイ企業の大多数を占めるのが小規模企業である。これらの企業は全体として労働条件が悪く、労働環境における危険度も高い。基本的な設備が欠如していることが多く、このような企業が規則への遵守を怠っている。中小企業の安全管理者は、技術者としての仕事や、人事の仕事などと兼業していて、安全管理業務を満足に行うことができないので常に問題になっている。また、中小企業の多くは中古の機械を輸入しており、労働者、監督者、技師への安全な使用法、維持管理方法に関する研修を行わずに使用している。特に中小企業における事業主の問題は、安全と健康を向上する基本的な対策に関する知識を往々にして持ち合わせていないというところにある。

政府からの障壁

 第一の障壁は政府における人材の問題である。労働保護福祉局では、労働安全衛生担当者が不足している。現在、労働保護福祉局には600人の労働監督官が勤務しているが、彼らのほとんどが社会科学の知識しか持ち合わせておらず、技術や科学、保健科学の知識がある人材は全体の2%でしかない。この問題は労働監督に従事する際に自信不足となって現れている。また、業務量が多すぎるという問題もある。労働監督を行うにしても、労働安全衛生は対象のほんの一部でしかない。更に、エイズ、労使関係、女性と児童の労働などに関する労働保護福祉局主催の企画運営も監督官が担当している。このように、資源、時間、人材の限界が監督官にストレスを与えている。
 労働保護福祉局はこのような問題を認識しており、労働安全衛生の分野で他組織と効率的な協調関係を構築することで解決を図っている。労働保護福祉局は、保健省、マヒドン大学、工業省との覚書に署名し、労働安全衛生に関する連携について合意に至った。これら覚書により中央では部署間の技術的連携が進んだが、地方ではうまく機能していないのが現状である。