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安全衛生のメリット
―企業経営、職場、生活への付加価値―

(資料出所:OSHAホームページ
Job Safety & Health Quarterly (JSHQ) Volume 14 Number 1 Fall 2002
(仮訳:国際安全衛生センター)
原文(英語)はこちら

安全衛生のメリット
―企業経営、職場、生活への付加価値―

 労働災害は、各方面、即ち企業、政府、労働者、安全衛生専門家、業界、各地域の諸団体等との連携した努力により、記録的な低い数字となった。1971年の安全衛生庁(OSHA)設立以来、米国での死亡災害発生率は半分以下となり、傷害及び疾病発生率は40%減少した。

 これらの顕著な減少にも拘わらず、労働省統計局の2000年の数字によると、民間部門雇用労働者の6.1%にあたる570万人が労働災害を被っており、このうち46%の労働者が、療養のための休業または作業制限の状況下にあった。

 スタンフォード大学医療センター(Stanford Medical Center)のポール・レイ(J. Paul Leigh)によると、労働災害に関連する企業コストは、企業収益からの直接出費だけで年間1,709億ドルにも達している。労働災害は労災補償及び再訓練のコスト、欠勤率、不良品等を増加させる。さらに、生産性の低下、勤労意欲の低下を招き、最終的には企業利益を減少させている。

 幸いなことにOSHAの労働災害統計報告によると、安全衛生マネジメントシステムを導入した作業現場では、労働災害コストが20〜40%減少している。ジョン・ヘンショー(John L. Henshaw)OSHA長官は、「今日の厳しい競争下の経営環境においては、労働災害というあざ(the black-and-blue)は黒字経営と赤字経営の差となって現れかねない」と述べた。

 さらに、影響はもっと広範囲まで及んでいる。活発な安全主導が行われている職場では、労働災害が少なく、優良な職場として評価されているし、このような職場には、満足感を持ち、かつ仕事にはげむ労働者が多く、転職も少ない。調査研究によると、このような職場における労働者は、労働災害に被災してもすぐに職場復帰している。また、高い品質の製品及びサービスを提供している。

 これほど明確ではないかもしれないが、同様に重要なことは、職場の安全衛生が労働者個人の生活に与える影響である。マサチューセッツ大学健康政策研究センター(University of Massachusetts Center for Health Policy and Research)のアラード・デンベ(Allard Dembe)助教授によると、労働災害は生活の全ての局面、即ち、キャリア追求、レジャー活動、宗教上の姿勢や実践、個人や集団との関係、家族への責任、政治活動等の面に潜在的影響を及ぼしている。
 「安全衛生は企業経営、職場、そして生活に付加価値をもたらすものである。」このメッセージは、スローガンに留まらず、OSHAが30年以上に渡って事業者と労働者の命を守り、労働災害を防止し、アメリカの労働者の健康を守ってきた礎となっているものである。

企業経営への付加価値

 ヘンショーOSHA長官によると、安全がペイするなら、安全衛生はもっとペイする。包括的安全衛生マネジメントシステムの開発により、数百万ドルの金銭と多くの生命を失わず、多くの労働損失時間も減らすことができる。

 自主的災害防止計画(Voluntary Protection Program: VPP)(模範的な安全衛生計画を持つ現場に対するOSHAの認定プログラム)に参加している864社は直接体験によってこの利点を認識している。この集団を見ると、同業他社より、労働災害が、平均して54%低く、労働損失日数比率で60〜80%低くなっている。この結果、VPP参加者協会(Voluntary Protection Program Participants' Association: VPPPA)の試算によると、これらの企業の現場では1982年以降10億ドル以上節約したことになっている。

 例えば、Mobil Chemical Companyは、工場にVPP基準を導入した結果、傷害で32%減、労働損失日数で39%減、強度率で24%減、労災補償コストで70%減を記録した。

 安全への関心、そしてその結果として生産内容への関心が高まることにより、製品設計の改善、技術革新、勤労意欲の増大につながっている。その結果、生産工程や製品の欠陥の早期発見、コスト削減、生産性の増大及び高い企業収益をもたらしている。多くの企業は、安全衛生マネジメントシステムの実施により、広範な利益を得ていることを認めている。

 コロラド州では、安全衛生計画を実施する企業の労災保険料を低減するプログラムに、500以上の企業―この半数以上は100人未満の小企業である―が進んで参加している。このプログラムがスタートしてから5年間で、これらの企業は年間少なくとも傷害による労働損失時間を率で10%低減し、労災補償請求コストを年間、少なくとも20%低下させた。

 マサチューセッツ州では、同様の州プログラムに登録した1,800の企業が、このプログラムの最初の2年間で労災補償請求が年間で20%以上低下させることができた。

 ヘンショー長官によると、労災補償費は、米国の労働災害関係全コストの40%を占めているので、登録企業及びその他の企業のこのコスト削減がきわめて重要である。企業にとっての直接的労災補償コストは600億ドルと見積もられている。

 しかし、1999年のミシガン州立大学の調査研究によると、労働災害の40%は労災補償請求に至っていないということである。米国安全技術者協会(American Society of Safety Engineers)は、それでもこれらの傷害は企業における欠勤率の増大や全ての保険契約者に対する高い健康保険料という形で事業者のコストとなっていると主張している。

 また、コストは企業が労働災害による労働損失日数を臨時労働者の採用及び教育訓練によって代替しなければならないような、生産性の低下といった形でも現れる。リバティ・ミューチュアル安全衛生研究センター(Liberty Mutual Research Center for Safety and Health)の最近の報告によると、労働災害の3分の1以上は、休業災害となっている。

 また、生産性は失敗を減らすことによっても増加する。フォード自動車工業(Ford Motor Company)のニュー・ホーランド工場(New Holland Plant)では、強力な安全衛生計画により、不良品を16%も減少させた。他の多くの企業も、リスク低減戦略の導入により、同じ様な利益を得ている。VPP参加のある中小工場の経営者は、1つの対策を実施しただけで、生産性を高め、不良品を減少させ、たった1年で265,000ドルも節約したと述べている。

 建設車両用部品を生産している、シカゴ近郊にある家族経営企業DACO社のケン・ラングレン(Ken Lungren)もまた、「不安全工程で品質の良い製品はできない」と述べている。

 ハーバード・ビジネススクール(Harvard Business School)のマイケル・ポーター(Michael Porter)は、コストの節約は安全衛生に重点を置いている企業に象徴されるという考えを発表している。つまり、生産の細部に注意を払うことで、製品設計の改善、技術革新及び高い勤労意欲につながり、この結果として生産コスト削減となるのである。

 健康にあふれた作業態度で良質の製品を作り、良質のサービスを提供している企業は、社会から前向きな評価を得る。しかし、この良い評判も、たった1つの不幸な出来事により、すぐに落ちることになる。安全衛生成績が良くない企業は、社会から孤立し、ボイコットされ、あるいは労働者を採用するのに高い給料を払い、企業経営のために高い料率の保険料を支払わなければならなくなる。一方、すぐれた安全衛生計画を導入している企業は、現在の労働者及び将来の労働者並びに地域社会から前向きに見られていることが分かる。

職場への付加価値

 全米独立経営連盟(National Federation of Independent Business)の調査では、事業者は、安全衛生計画を実施する上位4つの理由の中に、労災補償コスト、収益性、連邦及び州の安全規則を挙げている。また、回答者は、労働者の福祉及び作業環境条件への関心についても述べている。この調査では、安全衛生対策を採用した上位5つの理由の中に、「実施するべきことだから」及び「労働災害が多すぎるから」が挙げられていた。

 調査参加者の回答は、彼らが職場(作業する場所、作業環境及び労働者と事業者間の交流)を安全衛生に関連する価値評価の重要な要素として認識していることを示した。

 安全で、満足した生産的な労働者は、自分の仕事に引続き留まろうとし、より良い仕事を続けて行く。このことは、生産および訓練関連のコストの削減、企業価値の増大、作業環境の改善につながることになる。

 多くの研究によると、人間優先の風土があり、前向きな職場復帰計画を持ち、積極的な安全指導努力等を有する企業は、このような計画を持たない作業現場と比べると、ずっと高い職場復帰率を示している。また、時機をえた労使間調整及び良好なコミュニケーションは、労働災害被災者の職場復帰を早めることができる。早期職場復帰率が高いということは、代替要員の訓練に要するコストを考えると、一般的には生産性の増加に寄与することとなる。

 一方、労働者が仕事上で傷害を被ると、回復するまで休業する、労働時間を短縮する、新しい仕事を探す、あるいは完全に就業をやめなければならないことになる。1998年のコネチカット州上肢調査プロジェクト(Connecticut Upper-Extremity Surveillance Project)によると、通常の労働災害で被災した後に職場復帰した労働者の3分の1以上は、障害によって作業のペースおよび作業量が低下している。

 そして多くの人々が、作業の質、労働への意欲、仕事の満足度、仕事に対する責任遂行能力が低下したと報告している。これらの労働者はまた、自分の傷害を報告することに屈辱的なものを感じ、あるいは自分の状態を正当化することの困難さを感じるという経験がある可能性もある。テキサス州調査委員会(Texas Research and Oversight Council)によると、これら及びその他の要素が原因で、労働者は労働災害被災後に仕事を変える傾向があるという。

 「要するに、安全な職場は良い職場であり、そこで労働者はよく働き、企業の利益のために精一杯貢献するのだ」と、ヘンショー長官は発言している。職場の安全衛生に対する高い関心により、勤労意欲、作業遂行能力、生産性は急速に増加する可能性がある。OSHAでは、生産損失率を年に2%減少させるという目標を定めた。これが達成されれば、米国の経済および消費者に多大な利益をもたらすことになるだろう。

生活への付加価値

 多くの労働者は、労働を自分自身及び家族の生活の質並びに尊厳を維持し向上させるための手段であると考えている。労働災害は、収入面、メンタルへルス面及び家族の幸福という面で、労働者の生活の質に重大な衝撃を与える。安全で健康な職場であれば、当然、この反対になる。安全な職場は生命を守り、順調で活気のある生活を促進する。

 労働災害は労働者の収入に重大な衝撃をもたらし、数々の財政的困難を引き起こす。平均して、障害を被った労働者の収入は、障害のない労働者に比べて46%低くなっている。労働災害で部分的障害を被った労働者は、5年間で収入の約40%を失っている。研究者の見積もったところによると、10年間で8,000ドルの収入が失われており、特に男性よりも女性の方がその損失率が大きくなっている。

 このような損失により、労働者はしばしば支払いのために貯蓄を取り崩したり、借金をせざるをえなくなる場合が多い。更に家を引っ越したり、家や車を手放したり、健康保険までも失うことになる場合がある。

 労働災害は、典型的に所帯の全収入を減少させ、障害者となった家族の世話のために仕事を辞めなければならなかったり、あるいは減った収入を埋めるために、長時間働かなければならない場合がある。ランド研究所(Rand Institute)の研究によると、同居人による障害者の在宅ケアに要するコストは、年間労働日数で620万日、金額にして1億6,200万ドルに及ぶ。

 特に労働災害で1年以上職場を離れている場合には、重大なメンタルへルス面の問題が発生することがある。労働災害に被災した人は、傷つきやすくなり、悲しみ、怒り、屈辱やストレスを感じやすくなる。

 このストレスは最初の問題と重なり合って、再び労働災害が発生する原因となりうる。国立労働安全衛生研究所(NIOSH)によると、職業性ストレスは、気分障害や睡眠障害などの感情的、生理学的、かつ行動学的な問題の原因となりうるのに加えて、家族や友人との関係にも歪みを生じさせる場合がある。労働による疾患や障害を被った労働者は、家庭でのストレス度が高くなり、家族との摩擦が増大し、高い離婚率を示している。このような人々はまた、心臓血管疾患、筋骨格系障害及び心理学的障害という慢性的な健康問題が起こり易くなる。

 このような要因は同時に事業者にも重大な影響を与える。高いストレス度を訴える労働者に対する医療出費は、約50%増大するので、この問題に注意を向けることは事業者の出費を大きく減らすことにもなる。

 全般的に、職場の労働災害を減少させることは、感情的、生理学的かつ行動学的面から健康増進を図ることになるため、事業者にとってかなりの利益となり、良い経営にもつながるのである。

 Genessee Stampings社のダン・ファーガス(Dan Fergus)はこう語る。「効果的な安全衛生計画を実行することは大変意味のあることだ。、労働者はその恩恵を受けるべきであるし、顧客はそれを要求する。それを行わずして、ビジネスや企業の将来は成り立たない。」

安全衛生推進への取り組み

 安全衛生は、経営に、職場に、そして生活に重要な価値を与える。その利益は、労働者と事業者、企業と地域社会、政府と民間産業へ等しく広がる。安全衛生マネジメントシステムは、労働災害を範囲と傷害の程度の両面で大幅に減少することができる。このシステムは、事業者と労働者の双方に、企業経営を成功させ発展させるために力を注ぐとともに、健康でかつ充実した生活を楽しむ権利を与えるものである。

 OSHAは、米国の労働者の安全衛生の改善に取り組んでいる。利害関係者集団と協力し合い、必要に応じて監督手段を行使し、援助と教育を拡大し、パートナーシップと提携を育成すること等により、OSHAは、職場での傷害、疾病及び死亡災害を大幅に減少させる努力を引続き行う。安全衛生の価値を育成する使命を果たすために、OSHAは、米国の労働者の生命を守り、傷害を防止し、健康を保護し続ける努力を行う。