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事故現場調査員
ISI: Incident Scene Investigators

資料出所:American Industrial Hygiene Association (AIHA)発行
「The Synergist」 2003年 10月号 p.28

(仮訳 国際安全衛生センター)



職場の災害を調査するOEHS専門家(OEHS Professional: Occupational and Environmental Health and Safety Professional)は、関係者をとがめることなく根本原因を突き止めなければならない。
著者 クリスティン・アンブレル(Christine Umbrell)


 業務上の事故や傷害が発生した場合には、次のような基本的な問いに答えることが非常に重要である。すなわち、誰に、どこで、いつ、どのようにその災害が発生したか、そして予防の観点から最も重要な、なぜ起きたのか、という問いである。
 これらの問いに答えるために、OEHS専門家は探偵になったつもりで、偏見を持たずに事故の事実を見極めるよう努めなければならない。この作業は時として困難である。責任を問われたくないのは労使どちらも同じだからである。
 このような労使間のジレンマを解決するには、公平な調査を行うスキルに加えて、調査に関わる可能性のあるほかの従業員を教育するスキルをOEHS専門家が身に付けていなければならない。


アプローチの決定


 「最良の事故調査プロセスは融通の利くものでなければなりません。あらゆるケースに適用可能な万能のアプローチは存在しないのです」。カリフォルニア州オーハイにある行動科学技術社(Behavioral Science Technology)のドナルド・グルーバー副社長はいう。
 調査を成功させるには、人々の当初の反応にとらわれずに面接をし、耳を傾け、物事の真相を見抜く能力を持った人物、すなわち根本原因の分析(事故の直接の原因にとどまらず事故が発生した本当の理由を把握すること)を理解している人物が調査を行う必要がある。
 残念ながら、多くの企業はOEHSの素養を持たない人物に事故調査の任務を委ねており、もしこの人物が適切な訓練を受けていなければ問題が起きることがある。事故調査をどんな人物に任せるかは、「スキルと知識ではなく、組織の中での身分に基づいて判断される」ことが多い、とグルーバー副社長は嘆く。
 たとえば、しばしば第一線の監督者に調査を実施するよう命令が下るが、さまざまな理由からこれがふさわしくない場合がある。もし当該人物に職場の安全に関する背景知識がなければ、おそらく徹底的な調査を実施することはできないであろう。また、第一線の管理者は、事故の起きた部署を立て直して操業を続けるなど、種々の差し迫った問題に対処する責任があり、これが調査よりも優先される場合がある。さらに監督者は、懲罰(正当なものかどうか見極める必要はあるにせよ)を下す立場にある場合もある。調査を担当する人物からの懲罰を恐れる気持ちが従業員側にあれば、従業員は真実を話さない可能性がある。
 「負傷した従業員が事故調査報告書に協力することは重要です」、カナダのオンタリオ州ベルビルにあるElectroLab Training Systems社の「行動に基づく安全」コンサルタント、ラリー・ウィルソン副社長はいう。従業員は、懲罰に対する恐れ、さらには失業の不安によって、事故調査への協力に消極的になる場合があるので、「従業員が安心して進んで情報を提供できるよう、企業側は早めに手を打つ必要がある」、とウィルソン副社長はいう。
 グルーバー副社長は、企業から従業員に対し、事故調査は犯人探しや懲罰を下すことが目的なのではないというメッセージを伝えるとよい、という。ただし、ごくわずかなケースでは、調査が終わった後で使用者が懲罰を下す場合もある。
 「適切なものなら懲罰には意味があります」、安全衛生環境(EHS)スペシャリストのデービッド・スタインはいう。ただしスタインによれば、根本原因の分析が適切に行われている場合、労働者への懲罰が行われる事故の割合は全体のわずか5〜10%程度だという。

事故調査員の七つ道具

以下のものを収めた道具箱を手元に置き、緊急時にすぐ持ち出せるようにしておく。
  • 立ち入りを制限するためのテープ
  • デジタルカメラ
  • 懐中電灯
  • 巻き尺
  • 大中小のビニール袋(証拠品収集用)
  • ライトグローブ(light gloves)
  • 標本瓶
  • ラベルテープ
  • ペンと鉛筆
  • 方眼紙
  • クリップボード
  • 当該企業の事故調査手順
  • 緊急連絡先の電話番号のリスト


ゴールを見つめる

 事故調査を成功させるには、複数の当事者との面接を通じて、まず何が起きたのかを明らかにし、ついで災害の根本原因にたどり着く必要がある。
 通常、負傷者が提供する情報に含まれているのは、災害の表面的原因、つまり直接の原因だけである。グルーバー副社長は、保護めがねを着用していなかったために化学物質の飛沫が目に入って負傷した従業員の例を挙げる。この従業員は、たとえば、保護めがねが「備品箱に一つも残っていなかった」のでメガネを着用しなかったと言うかもしれない。これは表面的原因である。
 事故調査を徹底的に行うには、備品箱に保護めがねが一つもなかったのはなぜかということ、つまり根本原因を探らなければならない。ここで重要なのは、調査員が偏りのない目を持ち、結論に対して先入観を持たないことである。たとえば、安全関連の支出を減らすという経理上の決定が行われていて、保護めがねが発注されなかった可能性がある。また、安全装置の発注担当管理者の物忘れがひどくなっていた可能性もある。再発防止措置を講じることができるようにするには、根本原因を特定する必要がある。
 グルーバー副社長は、事故調査においては事故を誘発したと考えられる労働者または経営幹部の特定の行動をあぶりだす作業もあわせて行うとよい、とアドバイスする。「しばしばさまざまな行動が重なって事故に結び付いているのです」、とグルーバー副社長。当該従業員は事故前にどういう判断プロセスを経たのか、その判断にひそむリスクおよび起こりうる結果について従業員はどう考えていたか、管理者の行動の中に事故を誘発する要素はなかったか、などについて考える必要がある。
 引き続き保護めがねのケースを例にとれば、従業員はこんなふうに言うかもしれない。「保護めがねが一つも残っていなかったので使いませんでした。前にも保護めがねを使わずに作業をしたことがあるので、今度も大丈夫だと思っていました」。グルーバー副社長によれば、このような発言は事故の周辺事情について非常に多くのことを調査員に教えてくれるという。調査チームは、こうした情報を手がかりに、職場の安全文化の弱点を突き止めることができる。保護具を身に付けずに従業員が作業することが頻繁に行われているか、従業員が個人用保護具を着用していない場合に監督者はどのような対応をしているか、調査員はこれらの問いに対する答えを手に入れることで、傷害の発生防止と職場の安全文化の改善方法について、互いに有機的に結び付いた一連の勧告を用意することができる。

段階的アプローチ

 ミネソタ州コテージグローブの3M Cottage Grove 社に勤務するスタインは、傷害のフォローアップに関してある方法を用いて実績をあげている事故調査員の一人である。約800人の従業員をかかえるスタインの部署では、電子文書による追跡システムと従来型の手段やテクニックとを一つにまとめたシステムを導入している。
 スタインは、事故発生時に4つの文書、すなわち初期警報(initial alert)、リスクアセスメント、事故調査報告書、およびアクションアイテム報告書を作成することを勧めている。
 スタインは、事故から24時間以内に、「誰が/何を/どこで/いつ」の基本情報を文書化した初期警報を書き上げる必要があるという。可能であれば、現場の写真、関係者の証言と供述も初期警報に含めるとよい。
 ついで事故から72時間以内に、管理者が初期警報の見直しを行い、リスクアセスメントを書く必要がある。リスクアセスメントには、リスクの程度(事故の深刻度)、徹底調査が必要か、小規模な調査でよいか、または調査はこれ以上必要ないかについての管理者の判断を盛り込む必要がある。徹底調査が必要な場合には、チームリーダーを任命する必要がある。
 チームリーダーは、事故に直接関与していない者をチームメンバーに選んで、事故調査報告書を作成する必要がある。チームは、さらに証拠集めを進め、面接をこなし、関連文書(MSDS、許可証、設計図)に目を通し、事故時に使われていた個人用保護具と本来用いるべき個人用保護具を見極め、事故発生時の人員および装置の配置について調べる必要がある。これらのデータは証拠分析にかけて、出来事を継起順に並べた詳細な記録を作成する必要がある。この記録は、根本原因のブレーンストーミングに使用できる。根本原因が特定されたら、結論を導き出すことができる。スタインによれば、ほとんどのケースで複数の結論が出てくるという。それぞれの結論には、事実による裏付けがなければならず、再発を防ぐための勧告を添えなければならない。
 報告書が完成したら、経営幹部が見直しを行って、アクションアイテムを決定する必要がある。アクションアイテムが決まったら、各アクションアイテムを適切な担当者に割り当てる。アクションアイテムの実施が終われば、調査を終結することができる。
 スタインの会社では、4つの段階に分けて文書化を義務付けたシステムの導入により、問題のある分野を特定して災害を防止することに成功している。現実のアプローチは組織によって異なるものになるであろうが、文書化を具体的に義務付けることによって、システムをより有機的なものにし、結果としてより安全な職場を実現することができる。

事故の備え

OEHS専門家は、思いがけない事故の発生に備えて組織が以下の準備をしておくようアドバイスしている。
  • 組織の要所要所に事故調査員の七つ道具を多数常備しておく。
  • 事故調査に関わる可能性のある従業員を対象に、証拠品の収集と面接の実施方法について教育する。
  • 災害発生時に事故現場に手を触れないよう従業員を指導する。
  • 事故時は負傷した従業員の手当てを何よりも優先させる。
  • 労働者にヒヤリハットの報告を促し、リスクが高い場合にはヒヤリハットを調査する。
  • 労働者の安全衛生を最優先課題とする文化を創り、適切な個人用保護具の着用を常に呼び掛けて安全文化の徹底を図る。
  • 調査の目的はとがめることではなく事故の再発防止であることを従業員に伝え、実際にそのような立場に基づいて行動する。


コンピューター化の推進

 事故調査の電子文書化はすべての企業が行っているわけではないが、プロセスをコンピューター化する傾向はますます一般的になっている。
 スタインの勤務する会社では、コンピューター追跡システムを内部で開発することができたという。スタインの会社は規模が十分大きいので、電子システムのことを理解しているスタッフがおり、必要な場合にはシステムに調整を加えることができる。
 企業によっては、事故調査ソフトウェアパッケージを購入するという選択肢もある。グルーバー副社長は言う。「事故調査を適切に処理するのに役立つさまざまなシステムが市販されています。私はカスタマイズの自由度が大きいソフトウェアを外部から手に入れるべきだと思います。すぐにはなくなりそうにない、名のある企業のものを購入し、それを出発点にするとよいでしょう」
 電子文書化システムは、説明責任を果たし、経営幹部の関与を確実にするのに役立つが、それだけでなく、パターンの特定にも活用できる。グルーバー副社長は言う。「事故そのものも大事ですが、その事故が職場での事故のあるパターンに合致するかどうかを調べることも同じくらい大事です」。パターンというのは、安全に関する規則の違反が通常より多い時間帯あるいはシフトのパターンであり、また特定の装置や監督者が関与する一定種類の傷害の反復的な発生である。「ソフトウェアを使えば傷害の発生傾向をつかむことができ、これを傷害の発生率の抑制につなげることができます。特に結果として重大な傷害が予想される場合には、安全のための資源を傷害抑制の効果が大きいところに集中的に投入することができます」、とグルーバー副社長。

ヒヤリハットを手がかりにする

 事故の電子的な追跡は、重大な傷害の記録に役立つだけでなく、現実の傷害に結び付かない事故の文書化にも役立つ。
 ヒヤリハットの過少報告は、OEHS専門家が職場の事故発生率の把握に取り組むときに直面する最も大きな問題の一つである。グルーバー副社長によれば、ヒヤリハットで済むか、それとも傷害になるかは、単にタイミングの問題か配置の問題にすぎないという。ヒヤリハットでは、「たくさんの要因が重なって、すんでのところで従業員が怪我をするところまでいくのですが、たった一つの要因で助かるのです」、とグルーバー副社長。
 グルーバー副社長は、すべての事故を報告することが大切だとする一方で、重大な傷害に結び付く可能性がきわめて低いヒヤリハットを、重大な事故と同じレベルで調査する必要はないという。たとえば、従業員が机の裏で手にひっかき傷を作った場合には、わざわざ根本原因を特定する必要はない。しかし、この事故を報告することは重要である。なぜなら、もし同じパターンが見つかるようなら有益な情報となりうるからである。グルーバー副社長は言う。「もしデスクで手を怪我したという報告が5人の従業員からあれば、デスクに問題がないかどうか調べる必要が出てきます」
 スタインも同意見で、「ヒヤリハットは問題がひそんでいることの徴候です」という。従業員がヒヤリハットを報告し、誰も怪我をしていない場合には、企業は「事故調査のあらゆるメリットを痛みを伴わずに」享受できるという。企業は、潜在的な問題を抱えている分野について学習し、実際の事故に結び付くことを防ぐことができるからである。

行動に基づく安全を事故調査に組み入れる

 事故のことで従業員をとがめないのは大切だが、一部のOEHS専門家は、労働者もある程度自分の行動の責任を負うべきであり、とりわけ自分たちをよりリスクの高い状態に置くような危険の徴候を察知することは大事だと指摘する。
 「行動に基づく安全」コンサルタントで、ElectroLab Tranining Systems社のラリー・ウィルソン副社長は、事故はどのように起きたのかだけでなく、何が背景で起きたのかを調査するよう勧める。つまり、事故が起きたとき、従業員は焦っていたのか、それともイライラ、疲れ、あるいは油断した状態だったのかを調べるのである。ウィルソン副社長によれば、ここに挙げた4つの状態は、従業員に「仕事の内容を注視し、精神を集中する」ことをおろそかにさせる可能性が高く、災害を招きやすくするという。
 ウィルソン副社長は、「調査をする側では従業員をとがめることに対して恐れの気持ちが常にあるので、"システムの方を整えよ"というのが長年の合言葉になってしまっています」、と言う。ウィルソン副社長はOEHS専門家に対し、従業員も事故の根本原因になりうることを認めるよう促す。「装置や部品の故障ではなく、落ち度のある人物がほかにいなければ、該当する従業員の状態に着目し、なぜ人為的ミスを犯したのかを考える必要があります」、とウィルソン副社長。
 こうしたケースでは、「"あなたはミスをしたか?"ではなく、"なぜあなたはミスをしたのか?"を問いの中心に据えることが大切です。そうすれば、今回と同じような状態に陥っているとわかったときに事故の再発を防ぐにはどうすればよいか、従業員に考えるヒントを与えることができます」、とウィルソン副社長はいう。
 ウィルソン副社長によれば、企業が行動に基づく安全を自社の事故調査プロセスに組み入れ、「行動に基づく安全は労働者をとがめない」ことを従業員が理解できる文化を創ることが大事だという。

結論

 事故調査は傷害を防止するうえで不可欠である。きちんと文書化された調査プロセスを持ち、OEHS専門家を関与させることのできる組織は、より安全な職場の実現へ向けて着実に歩を進めているといえる。