スリップが深刻な事故につながるとき
転倒しにくい住宅にするための基本
シャロン・ルイス
資料出所:「Family Safety & Health」2000年秋号
(訳 国際安全衛生センター)
ダラスに住むドロレス・アルフォードさんほど、家庭内での転倒防止について熟知している人はいない。登録正看護師であり、高齢者看護コンサルタントとして企業内で転倒の危険性を評価するとともに、病身の夫の世話もしている。「夫はがん患者で身体のバランスがとりにくいのです」という。
アルフォードさんは、夫がつまづかないよう通路にこまごまとした物を置かず、床を滑りにくくし、むき出しの角のあるガラステーブルは使わないなど最大限の注意を払っている。夫がひとりでいるときに転倒した場合に備えて、家のあちこちにコードレスホンを置いている。「転倒を防止するということは、身の回りの状況に目を配るということです」と強調する。National
Center for Health Statistics(全米保健統計センター)によると、転倒関連の死亡事故の41%は家庭内で発生していることから、アルフォードさんの懸念は当を得たものと言える。
転倒事故は年齢を問わず起きるが、アメリカ整形外科学会(American
Academy of Orthopeadic Surgeons)によると、その大半は65歳以上の人が家庭内で日常的に生活しているときに発生している。転倒事故による死亡者の8割が65歳以上で、80歳以上の高齢者の負傷による死亡の最大原因が転倒である。また高齢者の負傷と入院治療の最大の原因でもある。
第1歩は玄関から
家庭の転倒防止策の第1歩は、玄関からである。「夫は姪や甥の家をたずねることもできないんです。玄関先の階段に手すりがないからです」とアルフォードさんはいう。 しかし階段の両側に手すりをつけても、玄関ドアのわき柱と床が接する箇所に色彩のコントラストがないと、家に入るときにつまづくおそれがある。床の色と材質を変えて、段差がはっきりわかるようにすべきである。
リビングルームを快適にする
いまではベルボトムなどの70年代型ファッションはみられなくなったが、「厚く毛羽立ったカーペットや敷物はやめるべきです」とアルフォードさんは強調する。分厚いカーペットは装飾品としては魅力的かもしれないが、転倒の危険性も高まる。靴、足の爪、歩行器がひっかかるためである。
リビングルームや家族室の転倒防止を考えるときは、以下の点を考慮すべきである。
- ガラスのテーブルはとくに危険。ガラスの上に転倒してガラスが割れると、ひどいけがをする可能性があるとアルフォードさんは指摘する。最適なのは、がっしりとした木製テーブルで角が丸いもの。
- 通路が広くなるように家具を配置する。
- 電気コードや電話の配線は通路を避ける。
- 危険物を置かない。子供のクレヨン、雑誌など、安全に見えても床に置くと簡単に転倒する原因になる。
水をふき取る
キャスリーン・ミソビックさんは、こぼれた水をふき取ることの大切さを知っている。17歳のとき、ひどい転び方をして後頭部を3針も縫った。地下室のシャワー近くの、一見何ともない水溜りに足を踏み入れた瞬間、ひっくり返って頭を床にたたきつけたのである。「最悪だったのは、頭を縫ったために5日も髪を洗えなかったことです」と彼女はいう。
塗れた床がいかに危険かは、その上を歩いて転んではじめてわかる。台所とバスルームを安全に保つには以下の点に注意すべきである。
- 油脂、水などの液体はすぐにふき取る。床にワックスをかけない。
- 高い場所にある戸棚によじ登ったり、手を伸ばしたりせず、手すりのついた頑丈な踏み台を使用する。
- バスルームの終夜灯は常に点灯しておく。
- 裏にすべり止めのついたバスルーム用の足拭きを使用する。
- トイレわき、シャワー、バスタブに握り棒をつける。
- バスルーム内の色に変化をつける。アルフォードさんはバスタブ、トイレ、壁を白一色にすると危険性が高まるという。「すべてが同じ色の場合、はっきりした柄をつけるか赤テープを貼って、高齢者でも境界線がわかるようにすべきです」
- シャワー区画には規定に準拠した標準の破砕防止ガラスを使用すること。
危険! 氷に近づくな
オハイオ州パルマのダスティ・ケラーさんは71歳の元気のいいおばあさんである。自立してひとり暮らしをしており、いまもプロのダンサーとしてダンスを教えている。
昨年の冬、ケラーさんが郵便箱を開けに行こうとして氷に足を滑らせ、腰を打ちつけたときいて、家族はおおいにおどろいた。しかしAAOSによると、全米で腰の骨折で治療を受ける年間30万人のうち、90%は転倒が原因である。 ケラーさんは、腰にプレートを埋めてネジで留める手術を受け、3日間入院した。「おどろくほどの回復力でした」というのは、嫁のマイケル・ホバネックさんである。しかし、ケラーさんのように強運な高齢者はまれである。全米骨粗しょう症財団(National
Gerontological Nurses Association)の報告によると、腰の骨折による合併症で毎年約35,700人が亡くなっている。おどろくことに、腰を骨折した人の24%が、骨折から1年以内に死亡している。残りのうちの50%は、骨折以前のレベルでの動作、あるいは自立した生活ができなくなっている。
散らかったものは片付けること
「高齢者は何でもため込むのが得意だ」と指摘するのは、全米高齢者看護協会のバージニア・バーグラフ理事である。子供や友人が、余分な家具や小間物を安全な場所に片付けてあげれば、高齢者の転倒防止に役立つ。
また元気のない高齢者、病気がちあるいは孤独な高齢者のなかには、掃除の回数が減って物が散らかりやすくなる人がいるとバーグラフ氏はいう。他人との交流があれば、肉体的にも精神的にも元気になれる。
ピッツバーグのトライ・リバース外科医師会の整形外科医、ウィリアム・アブラハム博士も、活動的になることで関節の柔軟性を維持し、転倒防止につながるという。
アブラハム氏は、高齢者をできるだけ活動に参加させるよう提案する。「高齢者を誘ってください。『外出するけど、いっしょにどう?』と声をかけるのもいいでしょう」と同氏はいう。
子供も転倒の原因になる
ペット、子供、木の葉。この3つの共通点は何か。いずれも、ひどい転倒の原因になりうることである。「木の葉が濡れると、まるでバナナの皮のように滑りやすくなります」とアルフォードさんはいう。
子供とペットも、しばしば人をひっくり返してしまう。アルフォードさんは「高齢者にはペットを飼うよう勧めていますが、飼い主に飛び掛らないようしつける必要があります」という。「子供が足にしがみつくと簡単にバランスを崩します」。子供が訪ねてきた後も、おもちゃが散らかって大人が転倒するリスクが高くなる。孫が遊びにきたときは、ちらかしたおもちゃをきちんと持って帰らせるべきである。
正しい方向への第1歩
「ほとんどの転倒は、置くべきではない場所に置いた物につまづく、滑りやすい床で滑るなどの原因で、または骨粗しょう症に関連する要因があって起こります」とバーグラフ氏はいう。また好むと好まざるとにかかわらず、加齢につれて視力、聴力、筋肉の調整、反射神経が衰え、転倒の可能性が高まる。 全米安全評議会(NSC)の安全専門家、ローラ・ウィルキンソン氏の82歳のおばあさんは、はしごに登ってりんごを摘んでいるときにバランスを崩した。転落して頭を打ち、脳に恒久的な負傷を負った結果、歩くことも話すこともできなくなった。「この悲劇に見舞われる前は活動的で、元気いっぱいの人でしたのに」と同氏はいう。
バーグラフ氏は「転倒は防げるのです」と主張する。ひとりひとりの自覚的な努力により、住宅から転倒やスリップの危険をなくすことは可能なのである。
詳細については以下を参照のこと
全米安全評議会(National Safety Council):www.nsc.org アメリカ整形外科学会(American Academy of
Orthopeadic Surgeons):www.aaos.org 全米骨粗しょう症財団(National Osteoporosis
Foundation):www.nof.org トライ・リバース外科医師会(Tri Rivers Surgical
Associates):www.tririversortho.com
【グラフ】
米国における家庭および地域社会における不測の負傷による死亡の主な原因(年齢別)
1998年(出典:全米安全評議会)
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