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中国 労働災害と慢性的、累積的外傷に関する調査
Surveys on work accidents and chronic cumulative trauma

Liang YX、Xia ZL、Jin KZ、Fu H、Zhu JL(中国)

資料出所:ILO/フィンランド労働衛生研究所(FIOH)発行
「Asian-Pacific Newsletter on Occupational Health and Safety」
2001年第1号(第8巻「Risk Surveys」)
(訳 国際安全衛生センター)

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はじめに

歴史上、感染症と負傷はつねに若年死の2大原因であり、寿命と幸福を決定する要因となってきた。20世紀中頃までは、負傷より感染症の方が、人間に病気と死をもたらす恐るべき原因であった。しかし衛生と免疫、さらに大半の感染症の予防や抑制の分野で公衆衛生対策が奏効した結果、依然として犠牲者の絶えない負傷が主要な公衆衛生対策上の課題となり、「置き去りにされた流行り病」とよばれた。

中国の労働安全の困難な現状

現在、中国は経済発展のなかの特異な移行期にある。労働安全衛生が直面する課題は「諸刃の剣」に似ており、一方では伝統的な生産形態から発生し、他方では近代的な経済成長に起因している。中国全土で建設、運輸、化学、鉱山、小企業が急成長している結果、労働安全の問題はもっとも困難で、急速に波及しつつある課題になっている。1990年代中期から、労働災害は、心臓血管疾患、ガン、脳血管疾患に次ぐ第4の死亡原因になった。災害に伴なう年間死亡者数は、1990年代末以来、10万人を突破した(表1)。

表1.中国での災害関連の年間死亡者数(1998年)

職場 災害件数 死亡者数
道路上での交通事故 346,129 78,067 74.96
鉱業   9,221 8.85
建設その他の産業 >20,000 5,439 5.22
火災(主に労働/商業の現場) 141,305 2,380 2.29
鉄道輸送   8,402 8.07
海上輸送   635 0.61
合計 >510,000 104,144 100

労働災害のうち、もっとも深刻で数が多いのは交通事故である。次いで多いのが鉱業での死亡で、その主たる原因は中国遠隔地の鉱山地域での「違法な鉱業生産」にある。表2のとおり、路上での交通事故(RTA)とそれに関連する死亡および傷害は、1990年代中期から一貫して増加している。RTAは1998年の346,129件から、1999年には412,860件に増え(19.28%増)、これによる死亡者数は83,529人(7.00%増)、傷害者数は286,080人(28.45%増)となった。道路上事故につながる主要なリスクとして、運転手の危険な運転行動、劣悪な道路条件と不十分な管理、歩行者側の傷害回避行動の不足が認識されている。

この他、化学的災害などの労働災害も、たとえば化学物質の製造、貯蔵、輸送、販売、使用、廃棄のどの段階でも発生する可能性がある。インドのボパールで起こったイソシアン酸メチルの流出(1984年)、イタリアのセベソであった爆発によるダイオキシン放出(1970年)、旧ソ連のウファにおけるLPG爆発などは、化学物質の放出によって多数の労働者と住民の双方が傷害を負ったり死亡した大惨事の例である。中国でも、1970年代後期以降、悲惨な化学災害が発生している(表3)。この他の労働災害として、製造、建設その他の産業災害もある(後掲の上海での事例研究を参照)。


表2.中国における道路上の交通事故(RTA)と関連する死亡および負傷(1994年-1998年)

車両(単位1万台) 事故 死亡者数 車両1万台当たりの死亡率 10万人当たりの死亡率 死亡以外の負傷 経済的損失(単位10億元)
1993年 2,331.60 242,343 63,508 27.24 5.36 142,251  
1994年 2,735.60 253,537 66,362 24.26 5.54 148,817  
1995年 3,179.78 271,843 71,494 22.48 5.90 159,308 1.5227
1996年 3,609.65 287,685 73,655 20.41 6.02 174,447  
1997年 4,209.32 304,217 73,861 17.5 5.97 190,128 1.8462
1998年 4,507.10 346,129 78,067 17.3 6.25 222,721 1.9295


表3.中国における重大な化学災害の事例

場所 化学物質 災害の原因 放出された化学物質 死亡者数 中毒/負傷者数
1979年 浙江 液化塩素 爆発による放出 10.2トンの塩素 59 800
1984年 河南 液化二酸化硫黄 輸送中の放出 1.2トンの二酸化硫黄   158
1986年 山東 ホスゲン 保守作業中の放出     41
1987年 安徽 液化アンモニア 爆発による放出   10 87
1991年 山東 30%シアン化水素 交通事故 3.5トンのシアン化水素   154
1992年 上海 硫酸ジメチル 不適切な設備 1.8トンの硫酸ジメチル 1 18
1992年 江西 メチルアミン 輸送中の放出 2.4トンのメチルアミン 41 187
1995年 上海 調理用ガス ガス管からの漏れ   5 13


労働安全の改善に向けた中国での最近の取り組み

結果が出るまでに時間がかかることから、労働衛生は世界的に重視されている。中国も同じ考えであったため、労働安全の分野については研究と人材開発に投入する資源は少なかった。たとえば労働衛生を学ぶ学生の理学修士号/博士号取得のための研修プログラムは、労働安全をそれほど重視していなかった。また医学部でのエルゴノミクスと労働安全に関する研究は、他の労働衛生分野に比べて大きく立ち遅れていた。災害と傷害に関する研究が次第に重視されるようになったことで、この状況は改善するだろう。

中国の復旦大学医学センター(MCFU)公衆衛生学部(旧上海医科大学公衆衛生学部)と、アメリカのLiberty Mutual Research Center for Safety and Health(LMRCSH:安全衛生自由相互研究センター)との協力による最近の取り組みにより、共同プロジェクトである"Pan China Safety Issues(「全中国の安全上の課題」)"に大きな弾みがついた。共同作業としては、科学的調査、大学院生の研修、毎年のChina Safe Work Forum(中国安全労働フォーラムへ)の参加などがある。その結果、2000年6月2日に"The Liberty Mutual Safe-Work Center at MCFU(MCFUにおける自由相互安全労働センター)"に関する協力協定が締結された。

以下は、安全労働センターが実施した労働安全に関する科学的統計の概要である。

労働災害の疫学

上海における労働傷害(FOI)の発生件数

1991年から1997年の期間、労働部が上海の開発特区(EPNA)で収集した、全労働者中426件の労働災害による死亡データを分析した。労働傷害(FOI)の大半は1994年から1995年に集中しており、最高発生率は13.8人/10万人から14.6人/10万人に達した。この時期は市の建設事業が活発で、異常な交替勤務と劣悪な労務管理が横行した。調査期間中の平均年間発生率は9.1人/10万人で、アメリカの1992年から1996年の発生率(5.1人/10万人)の約2倍である(表4)。

表4.上海開発地域での労働傷害を原因とする死亡の分布(1991年−1997年)

全労働者数 死亡者(人数) 死亡(%) 年間発生率(10万人当たり)
1991年 411,900 20 4.7 4.9
1992年 538,400 20 4.7 3.7
1993年 788,800 27 6.3 3.4
1994年 767,100 106 24.9 13.8
1995年 798,900 117 27.5 14.6
1996年 719,600 60 14.1 8.3
1997年 663,200 76 17.8 11.5
合計 4,687,900 426 100 9.1

災害の種類および産業別の分布

主な災害の種類は、墜落・転落、クレーンの衝突、激突され、感電死、掘削孔の陥没、車両事故である。これらが労働関連の死亡全体の87.1%を占める。産業別にみると、建設産業での災害発生率は、墜落・転落、クレーン/車両の衝突、激突され、感電死、掘削孔の陥没の順になる。製造業では、クレーン関連の傷害、感電死、激突され、墜落・転落の順である。倉庫、郵便、電気通信産業は、車両関連の傷害、激突されの順になっている。災害の全被害者中15%が、複数の死亡者を発生させた災害によって死亡している。複数の死亡者を発生させた危険な災害としては、墜落・転落(18/64、28.1%)、火災、化学災害、クレーンの衝突、掘削孔の陥没の順になっている(表5)。

表5.上海開発地域で複数の死亡者が発生した労働傷害の種類(1991年-1997年)

災害当たりの死亡者数 災害の種類 災害の数 合計死亡者数
2 小計 15 30
  激突され 1 2
  掘削孔の陥没 4 8
  クレーンの衝突 5 10
  火災 2 4
  墜落・転落 1 2
  感電死 1 2
  爆発 1 2
3 小計 2 6
  クレーンの衝突 1 3
  掘削孔の陥没 1 3
4 墜落・転落 1 4
5 化学災害 1 5
7 火災 1 7
12 墜落・転落 1 12
  合計 21 64

筋骨格系障害の研究

中国における腰痛の罹病率と関連するリスク要因の分析

中国における作業関連の腰痛に関する16の選択調査(1983年から1997年)の論評的検証を行った。その結果、腰痛の罹病率比は、2つの調査を除いてすべて統計的に増加していることが分かった。身体の曲げとひねりは2.0から8.5、静止姿勢は1.5から4.3、身体全体の振動は1.9から5.5、低温は2.6から9.4の範囲に分布している。

また罹病率見込み比(POR)も計算し、入手できる国際的データと比較した。その結果、先進国の調査に関する従来の発表論文と一致した(表6)。

表6.労働者の腰痛リスク別の影響範囲の概算比較(中国と他国)

  中国   他国* 
リスク要因 調査数 PR**の範囲 PORの範囲 調査数 PORの範囲
曲げとひねり 4 2.0-8.5 3.1-16.5 9 1.3-8.1
静止姿勢 5 1.5-14.3 2.0-19.9 3 1.3-3.3
身体全体の振動 4 1.9-5.5 2.5-14.2 14 1.5-9.0

* 腰痛と各リスク要因との明白な関連が示された調査に基づく。
ただし、他国に適当な比較グループのない要因の低温は除く。
** PR=罹病率比、POR=罹病率見込み比


上海における産業横断調査

合計6ヵ所の労働現場で383人の調査対象者が参加した。調査対象を3つの暴露グループに分けた。(1)グループA(衣料品業界労働者)。座った姿勢で作業中に胴体を前方に少し曲げる(胴体と体軸との角度が約10度)。(2)グループB(バッテリーと耐熱性資材を製造する労働者)。肉体的要求がきびしく、身体の曲げとひねりの回数が多く、1人が1勤務中に持ち上げる荷重が10トンを超える。(3)グループC(初等学校の教員)。柔軟な姿勢と軽微な荷重。

職業別の腰痛罹病率

全労働者中の腰痛罹病率(LBP)を、罹病の定義分類別に調査した。その結果、罹病率は以下のように差があった。(1)「腰痛になったことがある」が60.0%。(2)「過去12ヵ月内に腰痛になった」が50.0%。(3)「過去7日以内に腰痛になった」が20.1%だった。グループ別の分布では、グループAは(1)が79%、(2)が74%、(3)が33%で、グループBは(1)が60%、(2)が46%、(3)が13%、グループCは(1)が50%、(2)が40%、(3)が22%だった。

グループAの罹病率をグループCのそれと比較すると、3つの罹病定義のすべてで有意に上回っている(P<0.05)。グループBの罹病率をグループCと比較すると、「腰痛になったことがある」だけが有意に上回っている。調査対象者を年齢別に階層化すると、交絡効果はグループごとに異なるが、全体として年齢の影響は比較的低い(表7)。

表7.グループと年齢分類に関連した腰痛の罹病率(人数、カッコ内は%)

  腰痛になったことがある   過去12ヵ月以内に腰痛になった   過去7日以内に腰痛になった  
年齢 グループA グループB グループC グループA グループB グループC グループA グループB グループC
20-29 22(73) 11(61) 17(33) 21(70) 7(39) 14(28) 10(12) 1(0.6) 3(3)
30-39 34(85) 50(59) 17(57) 33(83) 41(50) 11(37) 14(17) 9(5) 9(7)
>40 8(73) 48(59) 26(65) 6(55) 36(44) 23(58) 3(4) 14(8) 13(11)
合計 64(79) 109(60) 60(50) 60(74) 84(46) 48(40) 27(33) 24(13) 26(22)
PR* グループA対C PR=1.6(1.3-2.0)     グループA対C PR=1.9(1.4-2.4)     グループA対C PR=1.6(1.0-2.6)    
  グループB対C PR=1.2(1.0-1.5)     グループB対C PR=1.2(0.9-1.5)     グループB対C PR=0.6(0.4-1.1)    
*PR=罹病率比。カッコ内の数値は95%の信頼区間。

腰痛の罹病率に影響する要因

ロジスティック・モデルを使い、過去12ヵ月の腰痛罹病率の共分散を分析した。その結果、年齢、仕事の満足度、業務の種類が、過去12ヵ月の腰痛の主要な共変量であることが示唆された。また仕事の満足度は保護要因として作用していた(表8)。

表8.ロジスティック・モデルを使用した分析の結果

変数   OR 95%CI
年齢   1.04 1.01-1.08
仕事の満足度      
  低い 1  
  中間 0.85 0.44-1.64
  高い 0.42 0.21-0.86
業務の種類   4.13 <0.05
  軽作業と柔軟姿勢 1  
  固定姿勢 3.86 2.00-7.46
  重作業 0.89 0.52-1.51

科学的調査に関する予備的結論

  1. 科学的調査は、われわれが共同プロジェクトに取り組むに当たってのバックボーンとなっており、これを通じて上海の自由相互安全労働センターとマサチューセッツ州ホプキントンの自由相互研究センターとの関係が深まった。
  2. 研究結果から、中国の労働安全衛生にとって、深刻な労働災害と、慢性的な累積的外傷の両方が、取り組むべき課題であることが明らかになった。
  3. 労働関連の死亡災害の大半は、適切な安全作業慣行、予防対策、安全教育があれば防ぐことができた。
  4. 腰痛は、劣悪なエルゴノミクス的設計と労働組織に関連している可能性がきわめて高い。エルゴノミクス/生体力学に基づいた、荷重とその影響に関する質的、量的評価についての調査が、引き続き実施されている。
Liang YX、Xia ZL、Jin KZ、Fu H、Zhu JL
復旦大学公衆衛生学部(旧上海医科大学公衆衛生学部)
中華人民共和国、上海200032
e-mail: yxliang@shmu.edu.cn