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より長時間働くことが、より良い労働につながるか?
世界の労働の傾向を浮き彫りにしたILOの新調査

資料出所:ILO発行「World of Work The Magazine of The ILO」
1999年10,11月号
(仮訳 国際安全衛生センター)

より長時間働くことは、より良い労働を意味するだろうか。ILOの新しい世界調査は、必ずしもそうは言えないことを示している。労働時間を分析する際には、生産性向上の指標だけでなく、報酬、失業、技術水準、社会保障、雇用安定、さらに仕事と娯楽に対する文化的姿勢まで含めた検討を経て、はじめて意味のある成果が得られることを、この調査は示唆している。この調査は、世界の240の国と地域を対象とした600ページの報告書の要点である。

先進国中、労働時間がもっとも長いのはアメリカで、1997年の年間労働時間は2,000時間近くに達する。1980年以降、徐々に短縮している日本に比べ、年間労働時間は、ほぼ2週間分も長い。国際労働機関(ILO)が発表した世界的な労働状況についての統計調査で明らかになった(注)。

この調査は「労働市場の主要18指標」(KILM)を検証したもので、労働生産性、労働コスト、労働時間などを対象としている。アメリカでの一人当たり年間労働時間の増大(1980年の1,883時間から1997年の1,966時間に約4%増大)の動きは、近年は横ばいか減少が続く世界の先進諸国の傾向と相反するものである。

アメリカと日本(年間労働時間は、1980年の2,121時間から1995年の1,889時間に10%以上減少)の労働時間の長さは、ヨーロッパの労働者と比較したとき、もっとも顕著である。ヨーロッパの労働時間は徐々に減少しており、とくに北欧諸国では、1997年の年間労働時間がノルウェーで1,399時間、スウェーデンで1,552時間という短さである。

先ごろ週35時間労働制を制定したフランスでは、男女労働者の年間労働時間は1980年代で1,810時間だったが、1997年には1,656時間になった。ドイツ(西)の場合、1980年は1,742時間、1990年は1,610時間だったが、1996年には1,560時間弱になっている。

イギリスは、1980年は1,775時間、1997年は1,731時間で、さほど増減はないようである。アイルランドは、1980年の1,728時間が、1996年には1,656時間に減少し、スイス(1,643時間)、デンマーク(1994年の男性労働者で1,689時間)、オランダ(1994年の男性労働者で1,679時間)の水準にほぼ並んだ。

オーストラリア(男性、女性)の年間労働時間は、1996年が1,867時間で、隣国ニュージーランド(同1,838時間)よりわずかに長い。カナダの年間労働時間は、1980年の1,784時間が1996年には1,732時間になり、20年弱で1週間分以上、減少した。

先進国に比べ、途上国では一人当たり年間労働時間のデータが少なく、その傾向を把握するのが難しい。しかし、工業化が急速に進行する国や地域をみると、東アジアがもっとも労働時間が長いと思われ、香港、バングラデシュ、スリランカ、マレーシア、シンガポール、タイの年間労働時間は、すべて2,200時間から2,500時間である。ただし、すべてアジア金融危機の発生前の1996年以前のデータである。データが入手できる国では韓国の労働時間がもっとも長く、1980年が2,689時間で、1996年はそれよりわずかに少ない2,467時間である。

中南米、カリブ海諸国の年間労働時間は、1,800時間から2,000時間で、1980年の水準からやや減少している。

より長時間働くことは、必ずしもより良い労働につながらない

調査結果に関し、ILOのソマビア事務局長は「労働時間は、その国の全体的生産性と生活の質を計る重要な指標のひとつである」としながらも、「長時間労働の利益は明らかだが、より長時間働くことが、より良い労働を意味するとは断言できない」と付け加えた。

そして、「生産性、報酬、失業、技術水準、社会保障、雇用安定、さらに仕事と娯楽に対する文化的姿勢まで含めた数多くの要素を検討して、はじめて意味のある成果が得られる」ことに注意を促した。

同事務局長は、「ILOのKILMプロジェクトの目的のひとつは、世界的な雇用情勢に関して、常に最新の統計的傾向を提供することで、さまざまな労働市場の社会的、経済的影響を、全面的に検証できるようにすることだ」と述べた。さらに「労働の世界における公平と効率の追求は、多数の要素をふまえた慎重な選択の問題としてではなく、二律背反の関係にあるとみられがち」だが、世界の240の国と地域の比較データを集めた600ページの資料が、公平と効率を追求するための価値ある情報源になるよう希望すると述べた。

このプロジェクトは、ILO、経済協力開発機構(OECD)、さらに多数の各国機関と国際機関が協力し、世界の労働市場の傾向を抽出、解明した成果である。

生産性のパズル

分野別、国別の情報を提供した第1回目のKILMは、多くの点を解明しているが、それと同じくらい多数の問いを投げかけている。とくに、激化する世界的競争のなかでの生産性、雇用、経済的圧力に、いかに労働資源を対応させるかといった問題である。

KILMプロジェクトを指導したILOの労働経済学者、ローレンス・ジェフ・ジョンソン氏は、労働時間の長さには開きがでているが、労働生産性の面では主要先進国間の差がなくなりつつあると語る。

同氏は「現在、他の先進国に比べて労働時間の長いアメリカは、生産性の面でも先行している」という。

そして「1996年の時点で、アメリカの労働者が生産する付加価値は、日本の労働者より1人当たりでほぼ1万ドル、1時間当りでほぼ9ドル高いが、近年、その差は急速に縮まっている」と付け加えた。

この点は、アメリカの最大の貿易相手国であるカナダでも同じで、同国の労働生産性は日本以上に速いペースで上昇しており、1時間当りの付加価値はアメリカの123.4ドルに対して、カナダは120.3ドルにまで接近している。それでも、1997年時点での1時間当りの付加価値は、アメリカの方がカナダより5ドル以上高い。

ジョンソン氏は、「生産性の競争は終わりのないマラソンのようなもので、現在ではアメリカの労働者がリードしているが、日本、韓国、さらにヨーロッパの主要国も、アメリカを射程圏にとらえてスピードを速めている」と語る。

KILMのデータは、西ヨーロッパ諸国の労働生産性の伸び率が、平均してアメリカ(22%)より高いことを示している。アジア諸国(日本を除く)の伸び率は、先行する各国を大幅に上回っている。1980年から1997年までのアジアの労働生産性の伸び率は、先行する諸国より約2%高く、アメリカとの生産性格差は5%近く縮小した。

各国での労働時間短縮の実施など、労働市場の戦略には多くの差異があるものの、上述の事実から、現在は労働生産性でリードするアメリカを、復活しつつあるアジア諸国だけでなく、ヨーロッパ諸国も急速に追い上げていることがうかがえる。

ヨーロッパ諸国のなかでは、アイルランドの労働生産性の伸び率が群を抜いて高く、1980年から1997年の間に82%も上昇した。これは、同国の労働生産性が他のヨーロッパ諸国より低かったことも一因だが、教育水準の高さと急速な経済成長も貢献している。ヨーロッパで労働生産性が著しく向上している国としては、この他にフィンランド(1980年から1997年に54%)、スウェーデン(同39%)、スペイン(同38%)、デンマーク(同34%)、ベルギーとイギリス(両国とも同33%)などがある。フランスの同じ期間中の伸び率は約30%、ドイツは31%である。

労働生産性向上に向けた動きは、先進国、途上国の双方でみられる。タイの労働生産性は、1980年から1997年にかけて大きく上昇し、一人当り付加価値の伸び率は241%に達した。一人当り付加価値は、基本的には1国の国内総生産を被雇用人口で割って、労働者1人当たりの平均生産量を算出したものだが、技術や資本へのアクセスといった潜在的要素は無視されている。それでも、全体的な経済成長との関連で、労働者の効率性を示す有効な指標であることは間違いない。

一人当り付加価値を基準にすると、フィリピン労働者の生産性の伸び率は、1980年を100として1995年には84にまで低下している。インドネシアの場合は、同期間に49ポイント上昇した。香港は1980年から1996年にかけて91ポイント上昇し、台湾は同じく120ポイント上昇した。アジアのその他の国では、インドが1980年から1995年にかけて64ポイント、スリランカが同じく58ポイント上昇した。

途上国では、中南米諸国の労働生産性が、この20年間、ほとんど上昇していない。ただし、チリとコロンビアは例外で、生産性は1980年から1996年にかけて20ポイント以上の伸びを示した。平均すると、中南米諸国の労働生産性は1980年から1996年にかけてわずかに低下しており、ブラジルの場合は1980年代からほとんど横ばいである。

労働市場のその他の重要な傾向

世界的な雇用の中心は、モノの生産(農業と工業)からサービス分野に移行した。この現象は、先進国と旧社会主義国でもっとも顕著で、サハラ以南アフリカと一部のアジア諸国は、それほどではない。それでも、若干の例外を除いて、農業関係の被雇用者数は世界各国で減少しており、先進国の場合、サービス業が被雇用者総数の半分以上を支えている。

KILMのデータによると、1996年と1997年の失業率は大半の国でかなり高く、調査対象の半数近くの国で7%を超えている。先進国の失業率も高く、29ヵ国中14ヵ国が7%以上である。失業率のデータが入手できる国のほとんどで、女性の失業率の方が男性より高い。最も目立つ例外はサハラ以南アフリカで、男性の失業率が女性より高い国がほとんどである。

賃金水準の傾向は、世界的にかなり多様であることが明らかになった。ヨーロッパの主要国の賃金水準は一貫して上昇しているが、ヨーロッパの旧社会主義国では、一般に横ばいか低下している。経済危機以前は、東アジアと東南アジアの賃金も一貫して上昇しており、堅実な経済成長を反映しているが、同期間の南央アジアの賃金水準は横ばいか低下している。中南米諸国の賃金水準は、各国ごとに差があり、サハラ以南アフリカでは一貫して低下している。

途上国の多くでは、都市部のインフォーマル・セクターが経済の主要部分を構成している。調査した42ヵ国中13ヵ国で、都市部のインフォーマル・セクターの被雇用者数が全被雇用者数の50%以上を占めている。具体的にはアフリカの9ヵ国(カメルーン、コートジボワール、ガンビア、ガーナ、ケニア、マダガスカル、マリ、タンザニア、ウガンダ)、中南米の3ヵ国(ボリビア、コロンビア、ペルー)、アジア1ヵ国(パキスタン)である。国内生産に占める都市部のインフォーマル・セクターの比率がもっとも高い(70%以上)のは、ガンビア、ガーナ、マリ、ウガンダである。

貧困と不平等が労働市場の機能に影響を及ぼし、同時にそこから影響を受ける事実は、よく知られている。KILMのデータによると、貧困線以下の人口比率が50%を越える国が9ヵ国ある。具体的にはギニアビサウ(88.2%)、ザンビア(84.6%)、マダガスカル(72.3%)、ウガンダ(69.3%)、ニジェール(61.5%)、セネガル(54.0%)、インド(52.5%)、ネパール(50.3%)、ケニア(50.2%)である。

ILO広報部ジョン・ドゥーハン

一人当たり年間労働時間
  1990年 1991年 1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年
オーストラリア 1,869 1,858 1,850 1,874 1,879 1,876 1,867 1,866
カナダ 1,737.6 1,717.2 1,714.1 1,718.4 1,734.7 1,737.2 1,732.4  
日本 2,031 1,998 1,965 1,905 1,898 1,889    
アメリカ 1,942.6 1,936 1,918.9 1,945.9 1,945.3 1,952.3 1,950.6 1,966
ニュージーランド 1,820.1 1,801.4 1,811.8 1,843.5 1,850.6 1,843.1 1,838  
                  
フランス           1,638.4 1,666 1,656
ドイツ 1,610 1,590 1,604.7 1,583.7 1,579.5 1,562.7 1,559.5   
アイルランド 1,728 1,708 1,688 1,672 1,660 1,648 1,656   
ノルウェー 1,432 1,427.3 1,436.9 1,434 1,431 1,414 1,407 1,399
スウェーデン           1,544.4 1,553.8 1,552
スイス   1,640 1,637 1,633 1,639 1,643 1,732 1,731
イギリス                 
デンマーク
(男性)
1,644.5 1,620.15 1,669 1,660.55 1,688.85       
オランダ
(男性)
1,619.3 1,623.55 1,689.25 1,684.2 1,679.35       
一人当り付加価値(1990年時点の米ドル換算)
  1990年 1991年 1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年
ベルギー 43,911 44,554 45,510 45,384 46,947 47,676 48,193 49,187
デンマーク 34,543 35,351 35,404 36,778 38,804 39,119 39,780 40,214
フィンランド 33,287 32,518 33,760 35,512 37,481 38,518 39,199 39,722
香港 36,009 37,280 39,759 41,293 42,462 43,864 44,412  
アイルランド 34,603 35,534 36,049 36,827 38,469 40,792 42,916 44,253
日本 36,669 37,406 37,407 37,374 37,597 38,134 39,434  
韓国 21,243 22,374 23,016 23,971 25,261 26,787 28,166  
スペイン 36,782 37,538 38,618 39,924 41,203 41,245 40,997 41,138
スウェーデン 33,768 34,168 35,192 36,416 37,975 38,796 39,619 40,741
台湾 25,258 26,496 27,649 29,006 30,252 31,679 33,438  
イギリス 35,001 35,164 35,744 36,775 38,047 38,419 38,890  
アメリカ 45,377 45,606 46,434 47,350 48,043 48,493 49,150 49,905

注:『労働市場の主要18指標』(1999年)。KILMは、標準の印刷版とCD-ROM版の2種類がある。KILMプロジェクトの詳細と指標類は、ILOの専用ウェブサイト(http://www.ilo.org/public/english/60empfor/polemp/kilm/kilm.htm)で閲覧できる。


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