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女性たちが山を動かす
「労働安全の男女差」をなくそうと努力する女性達

資料出所:ILO発行「World of Work The Magazine of The ILO」
2000年9月10月号 p.10〜11, 33
(訳 国際労働安全衛生センター)

「労働安全の男女差」をなくそうと努力する女性たち

労働安全に関しては、ILOが小規模ながら率先して力強い運動を進めたおかげで、世界中の女性が体験を共有することで達成できる可能性に目覚めつつある。ILOのSafeWork(安全労働)プログラムに携わるエレン・ロスカムは、どうすれば女性が個人の可能性を広げ、また労働組合や地域社会のための独創的な衛生促進戦略を展開できるかを知る上で、労働安全衛生環境(OSHE)研修プログラムがいかに役立つものであるかを説明している。

ボンベイ(インド)――カルパーナは、初めてワークショップに参加するまでは労働者を教育したことも組織したこともなかった。初めてのワークショップでは、16人のインド女性が直接参加型/能力訓練技術を学び、技術的な内容のOSHE教材を学んだ。この最初のワークショップを修了した時点で、カルパーナには、表舞台に出て地元の組合向けに数多くの労働安全衛生に関する研修会を立ち上げていけるだけの自信がついていた。10ヵ月後に実施された2度目のワークショップで、彼女たちは技術的な内容のOSHE教材についていっそう習熟することができた。2度目のワークショップのあと、カルパーナは国際運輸労連(ITF)の女性運営委員に選出された

現在、カルパーナは労働安全衛生(OSH)に関する労働組合ワークショップの編成と指導に当たっており、イスラエルで開催された3週間の国際OSH労働組合研修コースに引き続き出席し、また、ロンドンのITF 100周年記念世界会議で120ヵ国を代表する3000人の出席者を前に講演を行った。講演に立った84人の中でも、彼女は女性として講演を依頼されたわずか4人のうちの1人であった。彼女はさらに賃金改正のために契約労働者のまとめ役となり、スペインではOSHに関するILO第14回世界会議に参加し、地域社会においてはHIV/エイズについて公に発言している。

労働安全の男女差

全世界の労働人口の約40%を女性が占めているが、女性の仕事や女性に特有の衛生および安全については、ほとんど研究されないままである。そのうえ、企業や政府の政策立案者はまだこうした問題に十分な考慮を払っていない。労働の安全衛生と環境は男性の領域とみなされることが多く、ここでは女性はかやの外である。こうしたあり方は、女性の能力ばかりか、職場の問題を効果的に解決しようとする意欲や活力までも制限する。解決のための方程式は明快なものであり、世界のどこでも、より多くの人々が訓練され、OSHEの重要性を認識すれば、職場での犠牲者、事故、および環境災害の発生数や莫大な社会的コストを著しく減らすことができる。

労働組合のオフィスでも企業の会議室でも意思決定者としての女性の不在が目立つ。女性労働者は多くの苦難に直面しており、労働組合の一般組合員から出世することは難しく、OSHE研修コースを企画し実施するのに男性指導者からの支援が得られず、他の女性がこのような研修コースに確実に参加するようにするのも難しい。表だって特別な能力を発揮したり組合における地位が上がったりすると、同僚からの嫉妬を招くことが多い。女性は、自分が女性であるというだけで目の前に障害が山積していると痛感することすらある。結果として、女性労働者は、技術的な衛生安全の課題に取り組む際に、特に男性労働者たちの前では威圧されていると感じることが多い。

自分たちの衛生に影響を及ぼす問題の解決に女性の参加者が不足しているが、それに拍車をかけているのが、公式に指名される労働衛生安全委員会にかかわることを女性が躊躇することが多いという事実である。女性たちは自分には重要な技能や専門知識が欠けていると感じている。こうした考えは、自尊心の低下と無力感という悪循環を強めるだけだ。

ILOは、真の変化を生じさせるためには、安全衛生の専門家が技術分野の正確な知識を与え、労働者に実行力を与え、現場で女性が従事する業務に特有のリスクに焦点を合わせ、衛生安全委員会に女性を関わらせるのと同時に、女性の委員会を活性化することを組合に促す必要がある。これは女性が行う仕事における女性に対する安全衛生上のリスクは、男性が体験するものとは異なるという認識を反映している。たとえば、道具類や個人用保護具(PPE)は男性用に設計されているため、女性はしばしば体格の違いから器具やPPEが使いものにならないという状況に直面し、このために外傷や疾患のリスクが高くなる。さらに、女性に特有の各種の暴露による影響を研究しなければ、労働安全上の男女差が生じ、女性のほうが余計に暴露する状態となる。

ニューデリーからマニラまで:世界規模となる女性のOSHE

女性が職場の衛生安全に参加する際の障害を減らすために、ILOはノルウェイ政府からの助成金の援助を受けて一連のワークショップを後援した。1993年にインドのデリーで開催された初のワークショップの成功が、インドやフィリピンでの新たなワークショップ開催へとつながり、職場の女性を支援・活用することを狙った別の組合安全プログラムをもたらした。

現在までのところ、このILOの努力によって、各組合向けに安全衛生ワークショップを実施しているフィリピンとインドの全国から集まった女性組合員約60人に研修が実施されてきた。こうした女性の影響は大きく、彼女たちは他の数百人の労働者に対し安全衛生問題についての研修を続けてきた。彼女たちは大半が男性である組合と企業経営陣の支持を勝ち取り、その結果自分たちの研修ワークショップの企画が続けられてきている。また、これでも十分でない場合は、さらに地域社会の衛生活動へと延長していき、新たに数千人の人々に影響を及ぼしている。

「私の娘には、私がそうだったように、無能で教養がないと感じながら育って欲しくありません。娘には自分で自分の生活が管理できていると感じて欲しいんです。ですから、私はこうした新しい技能を習得して、この指導に従いたいと思います」。この力強い発言からは、あるフィリピン人労働組合活動家が所属組合のためにOSHE指導者になりたいと願う背景にある動機を見ることができる。

これらの「指導者研修」ワークショップは、女性たちが組合における自分たちの役割の重要性や変化の主体になれる可能性を理解するのに役だった。共に働き、教室における補完的なグループ環境を作ることにより、ワークショップは、新たに育まれた技能を持ち、受け入れられた新たな役割を自分たちの領域で果たしていくという能力を女性に与えた。

ワークショップでは、参加者は、家庭や仕事を離れ、少なくとも週1回ワークショップが開催される都市まで来ることが求められた。それぞれの女性研修生グループの間に強い連帯感を築くには時間がかかり、昼夜を共に過ごす結果となった。多くの女性は人前で話したり指導を行ったりした経験がなく、それまでひとりで、これほど遠くまで旅行したことがなかった女性もいた。訓練期間中の個人的なストレスにもかかわらず、誰もこのプログラムを放棄しなかった。すべての障壁が克服された。

専門的な問題への取り組みをお互いに見聞することは、女性参加者にとってきわめて効果的であった。これは男性や男女混合の労働者グループと向き合うのに必要な自信を築かせた。教室は主人公としての参加者が加わって「安全地帯」となるように設計された。女性たちは、思うとおりに研修スペースを利用するよう奨められた。たとえば、研修生は教室の壁を「危険地図」で装飾し、職場にある種々の危険の位置を示した。

研修生は、参加型の技術とパウロ・フレイレ(Paulo Freire)の「危険意識の教育"education for critical consciousness"」を使用して、教室や職場で議論し実践されたことを自分自身の生活体験に関連づけるプロセスを経験した。レクチャーを基盤とした学習とは対照的に、この意識を確立するプロセスは、研修生に職場や環境の危険性が彼らやその家族にどのような影響を及ぼし得るのかを解釈させ、問題処理の方法を独創的に考えられるという自信を築くことができるようにした。同じように重要なこととして、このプロセスは、グループ活動の原動力をより良く理解させ、同僚と質の高い作業をするために必要な簡素化の技術を修得させた。その後、彼女たちは、職場の安全、衛生、および環境に関する問題の意識を高めるという目標に到達するために、これを活用することができた。教室では、女性労働者が、手厚い支援を行うグループの前でOSHEトレーナーとしての役割を実践するという利点がある。これが自信を獲得し、首尾良い結果をもたらす重要な要素となった。

「ゼロ」からボンベイの「名誉市民」まで

ボンベイ港のコンピュータ作業者カルパーナは、自身が「ゼロ」と表現する出発点から始まって、ずっとボンベイの港湾運輸労働組合(Transport and Dock Worker's Union)と都市に働きかけ揺さぶり続けてきた。カルパーナは、所属する組合の中で女性活動家としての重い責任を担ってきた。彼女は非組合港を組織するという個人的な構想に着手した。組合の他のメンバーがこれまでしようとしなかったことに挑んだため、カルバーナはレッテルを張られ、中傷され、自身の評判は傷ついた。しかし、彼女は改革推進運動家であり、活動を継続している。2000年2月1日には、地方自治体が彼女を「ボンベイの名誉市民」であると認めたのである! この栄誉に対し、彼女はボンベイ市長邸で市長より証明書を授与された。

カルパーナと彼女の姉妹たちは、OSHE情報への興味を起こさせ広める役割を堂々と自ら務めるようになり、飛躍的な効果をもたらした。フィリピンで女性労働者の研修を行った経験が、同様の成果をもたらした。

一握りの女性グループが、最終的には文字通り幾千人もの労働者研修を実施することができる。先進国でも、結果は同様である。ガス会社に勤務するアメリカ人ラ・ベルヌ(LaVerne)は、平均して1分と100分の69秒ごとに1回の電話で顧客の苦情に答えなければならないが、いつも変わらず気さくである。彼女は、組合からOSHの指導者研修ワークショップに送り込まれた。研修、実践、そして支援環境により確固たる自信を得たラ・ベルネは次に所属組合の国内研修ディレクターとなった。今日、さらなる山に挑みつつあるラ・ベルヌは、労働衛生センターのディレクターとなっており、市全体の責任者である(それでも気さくな人柄は変わらない!)。

障壁に立ち向かう、無限の可能性

こうした女性たちの成功が、他の領域に進出するという着想を女性労働者に与えてきた。たとえばブラジルでは、労働災害によって配偶者を失った女性には、工事現場の安全研修への関心を喚起し情報を伝達する役割を担う機会が与えられ、土木建築組合から報酬を受ける。このプログラムは、薬物濫用や売春に身を沈めることで社会から疎外されたり、時には自分の子供を道連れにする可能性もある、職のない未亡人を往々にして襲う貧困を緩和するという役割も担う。

そればかりか、このプログラムの女性は、労働安全衛生によって職場での読み書き研修に参加するよう奨励され、研修セミナーに参加するようになり、そこで予防活動、リハビリテーション、職場復帰の方針、治療サービスの利用について話し合うことができる。

これは崖っぷちで暮らす女性に新たな未来を提供するための革新的な方法のほんの一例であり、ここで女性たちは労働上の安全性の男女差という別の問題がもたらす孤立感を脱して、同様の状況に直面した人との連帯感という新たな意識へと移行することができる。フィリピンでは、女性の研修生が、姉妹関係にある別の大陸の労働組合員と自分たちが想像上のへその緒でつながっていることを描いた心情的に訴えかける絵でこの連帯意識を表した。ILOのワークショップ修了生の多くが、他のクラスメイトとの交流を続けている。たとえて言えば、この世界的規模の村では、女性労働者の一グループの体験と成功が、別のグループの生活に直接影響を与える可能性がある。実際、これらの女性グループの間には目に見えないへその緒があって、彼女たちの努力に滋養をもたらし、遠い場所でおそらく会うことはないであろう他者に生きる力を与えているように思われる。障壁は数多いが、可能性は無限に思われる。

―― ILO SafeWorkプログラム MPH
エレン・ロスカム