職場における安全衛生の改善は、企業、労働者、また社会全体に対して経済的利益をもたらし得る。労働災害や職業病は企業にとって大きなコストとなってのしかかってくる。特に、中小企業にとって労働災害は財政的に大打撃となるだろう。しかし、経営者や意思決定権者により安全でより衛生的な労働環境がもたらす利益について理解を得ることが困難な場合もある。効果的に理解を得るには、財政的、経済的な予測をたて、災害防止の利益と災害により発生する総コストの現実的な概要を示すことである。総経費および総利益には、容易に数量化可能なコストおよび質的にしか表現できないコストとともに、明白なコストおよび隠れたコストが含まれる。
誰にとってのコストそして利益なのか?多くの当事者にとり労働災害は負担である。企業は多くの場合、職業病、業務上の負傷および職業関連疾病に係るコストの全額は負担しない。災害は他の企業、個々の労働者そして社会全体に対するコストとなってはねかえってくる。たとえば、労働者の医療費を企業が負担しない場合もあるし、障害者年金を労働基金で負担することもある。
コスト内在化の手段 | 原則あるいは例 |
賠償責任 | 労働者あるいは保険会社は業務上の傷害あるいは疾病による損害賠償を請求できる。 |
法的制裁、罰金 | 労働監督局は罰金、改善要求、あるいは暫定的な製造中止を課すことができる。 |
保険料の差別化 | 保険会社あるいは公的基金は労働災害、業務上の傷害および疾病のリスク増加に対して保険料の調整をする。また、過去の実績により保険料の調整をする。 |
病気休暇中の給与 | 病気休暇中あるいは障害に対する給与支払(一部)の義務 |
市場による規制 | 人材の吸引力、公共事業受注の利点、公開入札であれば請負業者の事故率の改善、企業イメージへの影響 |
労働災害、業務上の傷害および疾病を防止することはコストの減少のみならず企業業績の改善につながる。労働安全衛生は多くの点で企業業績に影響を与える。たとえば:
労働災害のコストに関して確かな識見を得る最善の方法は経済的評価を行うことである。この評価は異なるレベルごとに行える。すなわち:
評価に含まれるべき究極的なコスト要因のリストは存在しない。しかし、実践および理論により最低限のコスト要因は明らかになっている。評価目的、当該国の社会保障制度等、により要因の追加および修正がなされるべきである。いかなる経済評価においてもコスト要因のリスト作成が重要な作業の一つである。表2および3は個人レベルおよび社会レベルの評価の手始めとして利用可能なコスト要因の一覧である。(2)
労働災害のコスト効果を推定するにはある程度段階を踏まなければならない。事故の影響には簡単に貨幣価値に換算できるものもある。しかし、死亡、病欠、離職等の影響についてはさらに詳細な検討が必要である。推定結果は意思決定を補佐するものであるが、こうした評価を行う過程自体が、災害から学ぶという観点からとても重要なことである。
経済分析の結果は基礎をなす仮定および評価の範囲によりかなりの影響を受けることに留意すること。コスト要因および計算原則はそれぞれの国の慣行に従って調整されるべきである。 |
項目 | 詳細 | 貨幣価値の求め方 | ||
健康 | 入院(日数)、病院以外での治療および投薬等のその他の医療、恒久的障害(障害者数および患者の年齢)、非医療リハビリ(職業リハビリ等)、住宅改修 | 保険あるいは事業主により補償されない医療費 | ||
クオリティ・オブ・ライフ(QOL) | 平均余命、健康平均余命 質を考慮した生存年数(QALY) 障害を考慮した生存年数(DALY) |
受容する意思、支払意思 ・請求額および補償金の高さ | ||
悲しみと苦しみ | 被害者にとって、また親族および友人にとって | 信頼性のある積算方法がない | ||
現在の所得の減少 | 現在の仕事および副業の所得の減少 | 現在の所得の減少、賃金の損失 | ||
将来見込まれる所得の損失 | 副業も含む | 将来見込まれる所得総額と補償金あるいは年金の総額の差 | ||
保険あるいは保証金で支払われない経費 | たとえば、交通費、通院費、死亡によって生じる葬儀費用などの経費 | 被害者およびその家族がこうむった(補償されない)その他全ての経費の合計 | ||
項目 | 詳細 | 貨幣価値の求め方 | ||
健康関連コスト | ||||
健康面 | 入院(日数)、病院以外での治療および投薬等のその他の医療 、恒久的障害(障害者数および患者の年齢) 、非医療リハビリ(職業リハビリ等)、住宅改修 | 治療およびリハビリの実費 | ||
死亡(数、患者の年齢) | 支払意思あるいは受容する意思 | |||
クオリティ・オブ・ライフ(QOL) | 平均余命、健康平均余命 質を考慮した生存年数(QALY) 障害を考慮した生存年数(DALY) |
支払意思あるいは受容する意思。賠償金および補償金の総額 | ||
悲しみおよび苦しみ | 被害者にとって、また親族および友人にとって | 支払意思あるいは受容する意思。賠償金および補償金の総額 | ||
現在の生産の低下 | 病欠、欠勤、および障害による逸失利益 | 欠勤期間中の逸失利益の総額 | ||
将来見込まれる収益および生産の低下 | 恒久的障害全期間に渡る逸失利益 | 統計数値に基づいて推定された所得および期間による予測障害期間の逸失利益の合計 | ||
健康関連外のコストおよび損害 | ||||
病欠等の管理 | 当該業務に費やされた賃金の総額 | |||
(災害による)設備の損傷 | 設備の更新コスト、市場価格 | |||
就労不能および操業中断による生産の低下 | 生産の低下分の市場価値 | |||
報告書「労働災害の社会経済的コストの明細」(Inventory of socioeconomic costs of work accidents) の英語版の全文は欧州安全衛生機構のWebサイトhttp://osha.europa.eu/publications/reports/ から無料でダウンロードできる。
さらなる情報は本機構のファクトシート28 「企業レベルでの労働災害防止の経済評価」(Economic appraisal of preventing work accidents at company level)に掲載されている。同ファクトシートは全てのEU言語でhttp://osha.europa.eu/publications/factsheets/より入手可能である。
「職場における安全衛生−コストと利益」(Health and safety at work - A question of costs and benefits) 誌(第1号)に専門家による関連記事が掲載されている。同誌はhttp://osha.europa.eu/publications/magazine/ より入手可能である。
報告書「EU加盟国における労働衛生安全の経済的影響」(Economic impact of occupational safety and health in the Member States of the European Union) では加盟国における労働安全衛生政策策定に対する経済的要因の影響を概観している。同レポートはhttp://osha.europa.eu/publications/reports/ より入手可能である。
労働災害防止に関する詳細情報へのリンクは本機構の次のWebサイトにある。http://osha.europa.eu/good_practice/risks/accident_prevention/
本ファクトシートは全てのEU言語でhttp://osha.europa.eu/publications/factsheets/ より入手可能である。
(1) Krüger, W., 'Ökonomische Anreize-Möglichkeiten und Probleme eines modernen Arbeitsschutzsystems', Neue Ansätze zur Kosten-Nutzen-Analyse des Arbeits-und Gesundheitsschutzes, Dortmund/Berlin, Bundesanstalt für Arbeitsschutz und Arbeitsmedizin, 1997, pp. 26-37.
(2) 企業レベルでの災害コストの評価モデルは本機構のファクトシートに掲載されている。(「本機構が提供する詳細情報の入手方法」を参照)