職場における安全衛生の改善は、企業に経済的利益をもたらし得る。逆に労働災害や職業病は企業にとって大きなコストとなってのしかかってくる可能性がある。特に、中小企業にとって労働災害は財政的に大打撃となるだろう。企業の決断が将来に及ぼす影響に関する情報と認識(金銭的に示せればなおよい)が、事業主の意思決定プロセスの助けとなる。経済評価の真価は意思決定権者および政策立案者の信念に影響を与えることにある。従って最大の効果を得る為に、経済評価は全ての利害関係者の共同作業でなければならない。効果的な手法は財政あるいは経済予測を行い、災害のトータルコストおよび災害を防止することによる利益に対して現実的な概観を示すことである。
労働災害の防止には費用軽減以上の利益がある労働災害、業務上の傷害および疾病を防止することはコストの減少のみならず企業業績の改善につながる。労働安全衛生は多くの点で企業業績に影響を与える。たとえば:
企業の災害コストの推定あるいは災害防止活動の費用便益分析は複雑すぎてはいけない。しかし評価自体は綿密に計画され目的に添ったものでなくてはならない。最大の効果をあげるには、経済評価は労働者(あるいはその代表者)、労働安全衛生の専門家、財政専門家および意思決定権者の共同作業でなければならない。推定は下記の5段階により進められる。表1には企業レベルでの労働災害に関する変動項目の概要を示している。
経済分析の結果は基礎をなす仮定および評価の範囲によりかなりの影響を受けることに留意すること。コスト要因および計算原則はそれぞれの国の慣行に従って調整されるべきである。 |
確立
適切な手法を選択する。
評価を計画し関係者に参画させる。
変動項目の選択
データ収集
どの部分を当該事故(例:病欠)および企業が行う対策項目と関連付けるべきか。
下記の推定あるいは分析手法によって(傷害、疾病、あるいは対策項目の)影響を数量化する。
数量化された指標および変動項目に貨幣価値を付ける。
下記のような結果を理解可能な方式で提示する。
提示した結果について警告をだす。
さらなる行動を決定する。
2種類の評価手法実際には、2つの評価手法が取られる場合が多い。
項目 | 詳細 | 貨幣価値の求め方 | ||
貨幣価値で直接表すことのできない事故等の影響 | ||||
死亡 | 死亡者数 | 関連する活動費用、罰金、および支払いの合計 | ||
欠勤、病欠 | 欠勤により失われた労働時間 | 補充および生産ロス等、損失した労働時間に対処する為に要した活動の総コスト。間接的な影響として、病欠が存在すると予期しない事態への対処の柔軟性および可能性が減少する。 |
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劣悪な労働環境あるいは、早期退職および障害による離職 | 一定期間に(求められずに)退職する労働者の数あるいは割合 | 人事補充、追加研修、生産ロス、広告、採用手続き等、望ましくない離職によって生じる活動の総コスト。 | ||
早期退職および障害 | 一定期間の人数あるいは割合 | 障害あるいは早期退職、罰金、犠牲者への支払いによって生じる活動の総コスト | ||
単純に貨幣価値で表現可能な事故、傷害、疾病の影響 | ||||
医療外リハビリ | 事業主が、職場復帰を円滑にする為に支払う金銭(カウンセリング、訓練、職場の整備) | 請求書 | ||
病欠、傷害等に関する管理業務 | 病欠に関連して企業が行わざるをえない(管理)業務 | 費やされた業務時間に対する総賃金 | ||
設備の損傷 | 業務上の傷害に伴う機械、建物、資材あるいは製品の損害額あるいは修理費 | 交換コスト | ||
その他、健康面以外のコスト(調査、管理時間、外部コストなど) | (事故あるいは疾病の発生による)傷害調査、職場評価に費やされた時間および金銭 | 費やされた業務時間に対する総賃金 | ||
保険料、ハイリスク保険料の可変部分への影響 | 傷害および職業病の発生による保険料の変化 | 請求書 | ||
損害賠償金、訴訟費用、罰金 | 請求書、賠償請求額、示談金、罰金 |
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特別給与、危険手当(企業側に選択権がある場合) | 危険あるいは不都合な業務に支払われる特別手当のための経費 | 追加給与 | ||
損失生産時間、履行されなかった業務 | 傷害を発生させた事例の結果として失われた生産時間(機械の交換に時間を要するあるいは調査の為に生産を中止しなければならいことなどによる) | 総生産価値 | ||
機会費用 | 受注の減少あるいは増加、特定市場における競争力 | 逸失企業収益を表す推定生産価値 | ||
投資還元の不足 | 災害コストによって発生しなかった利益、すなわち利益を発生させるための活動(生産、株式市場、貯蓄など)に投資されずに災害の為に支出された経費 | 支出額の利子(y%の利率によりx年間に渡り投資した場合の) | ||
労働安全衛生に関る企業の支出見積もりに関する指針を表2に示した。表では最も共通性のあるコスト要因についてのみまとめた。これらコスト要因は一般的なものであることに留意すること。状況によって関連性の低い要因もあるし、これ以外の要因を補足する必要がある場合もある。年毎のまとめであれば単年度毎の労働災害に関連した全てのコストを収集しなければならない。単一事故の災害のコストのまとめにも表2は利用できるが、その場合は、その特定の事故に関連するコストのみを指定すること。
I.安全衛生管理 | 費やされた日数 | 1日当たりの 平均コスト |
金額 |
特別業務時間(会議、調整) | |||
−直接の関係者 | |||
−管理職、専門家 | |||
外部の労働安全衛生サービス | |||
防護設備 | |||
代替製品 | |||
社内活動(推進) | (+) | ||
総計 (労働安全衛生管理コスト) | |||
助成金および補償金 | (-/-) | ||
純経費(安全衛生管理コスト) | |||
II.安全衛生関連コスト | 費やされた日数 | 1日当たりの 平均コスト |
金額 |
業務関連欠勤(就業日) | |||
劣悪な労働条件による過剰な離職 | |||
管理諸経費 | |||
訴訟費用、罰金、賠償金 | |||
設備および資材の損傷 | |||
調査 | |||
保険料への影響 | (+) | ||
総計(労働安全衛生関連コスト) | |||
保険よりの補償金 | |||
純経費(労働安全衛生関連コスト) | (-/-) | ||
III.災害が発生した場合の 企業業績への影響 |
費やされた日数 | 1日当たりの 平均コスト |
金額 |
生産への影響 | |||
−生産低下(減産) | |||
−受注の減少 | |||
品質への直接的影響 | |||
−補修、修理、廃棄 | |||
−品質保証 | |||
業務への影響 | |||
−業務増加(例:安全手順によって) | |||
無形効果(企業イメージ) | |||
−潜在顧客の誘引 | |||
−労働市場における地位、新規採用者の誘引 | |||
−企業の革新能力 | |||
総計(企業業績への影響) | |||
費用便益分析
費用便益分析を行う方法は次の通り3つの部分から構成されている。(表3)
パート1:対策項目の投資に関連するコストの概観。それぞれのコスト要因について当該状況との関連性をチェックする。関連性があれば、コストの見積もりをする。表1をコストの計算あるいは見積もり方法の参考として利用できる。
パート2:潜在利益および年間の利益あるいは節約の概要の総括。当該投資に直接関連する利益のみをここでまとめる必要がある。この年間のまとめでは、毎年繰り返し発生する追加コスト(保守費など)も含まれる。
パート3:キャッシュフロー表、数年に渡る支出および収入についての概要。
約束事として、全ての支出はマイナス符号をつけ、経費節約および臨時収入はプラス符号をつける。全ての投資は0年度末に行われたものと想定する。
表計算ソフト(マイクロソフトエクセルあるいはロータス123)を使用すればどのような財務指標も短時間で計算可能である。割引指標の計算は膨大なため、表計算ソフトは非常に便利である。
カテゴリー | コスト項目 | 関連(y/o) | コスト見積 | 備考 |
企画 | コンサルタント経費 技術 内部活動 |
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設備投資 | 建築物、住居、基礎 土地 機械 試験機器 輸送機器 施設、作業環境 作業場 |
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撤去 | 設備 輸送 |
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人件費 | 解雇コスト 採用 研修 |
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予備コスト | 品質低下 臨時給与(残業) 資材 臨時操業 組織的活動 生産低下、作業休止時間 |
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収入 | 重複生産設備の売却 | |||
総計 | ||||
カテゴリー | コスト項目 | 関連(y/o) | コスト見積 | 備考 |
生産性 | 製品数 生産休止時間の減少 バランスロスの減少 在庫品の減少 その他、特記すべきこと |
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人件費 | 労働安全衛生業務 従業員数減少による節約 臨時代替人材 離職および採用コスト 間接費の減少 病欠関連コストの減少 保険料への影響 その他、特記すべきこと |
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保守 | コストの変動 | |||
資産、施設 および資材 の利用 |
資産運用コストの変動 暖房空調 照明 資材利用の変動 エネルギー、圧縮空気 廃棄物処理コスト |
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品質 | 補修作業量の変動 |
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総計 | ||||
0年 | 1 | 2 | 3 | 4 | |
企画 投資 撤去 人事 予備コスト 雑収入 |
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生産性 人件費 保守 資産、施設および資材の利用 品質コスト |
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総計 | |||||
累積キャッシュフロー | |||||
報告書「労働災害の社会経済的コストの明細」(Inventory of socioeconomic costs of work accidents) の英語版は欧州安全衛生機構のWebサイトhttp://osha.europa.eu/publications/reports/ から無料でダウンロードできる。
さらなる情報は本機構のファクトシート27 「労働災害の社会経済的コストの明細」(Inventory of socioeconomic costs of work accidents) に掲載されている。同ファクトシートは全てのEU言語でhttp://osha.europa.eu/publications/factsheets/より入手可能である。
「職場における安全衛生−コストと利益」(Health and safety at work - A question of costs and benefits) 誌(第1号)に専門家による関連記事が掲載されている。同誌はhttp://osha.europa.eu/publications/magazine/ より入手可能である。
報告書「EU加盟国における労働衛生安全の経済的影響」(Economic impact of occupational safety and health in the Member States of the European Union) では加盟国における労働安全衛生政策策定に対する経済的要因の影響を概観している。同レポートはhttp://osha.europa.eu/publications/reports/ 入手可能である。
労働災害防止に関する詳細情報へのリンクは本機構の次のWebサイトにある。http://osha.europa.eu/good_practice/risks/accident_prevention/
本ファクトシートは全てのEU言語でhttp://osha.europa.eu/publications/factsheets/ より入手可能である。