このページは国際安全衛生センターの2008/03/31以前のページです。

Lena Karlqvist
スウェーデン労働生活国立研究所「ジェンダーと労働」

ジェンダーによる格差を調査する

資料出所:European Agency for safety and Health at Work
(欧州安全衛生機構)発行
「Magazine」2001年3号

(訳 国際安全衛生センター)


筋骨格系障害はあらゆる部門の労働者に影響しうるが、女性のリスクはとくに大きいと思われる。

作業関連性の首および上肢の筋骨格系障害は、ジェンダーによる差はあるのだろうか。文献をみると、症状を訴えるのは一般に女性の方が多いことがわかる(Punnett and Bergqvist、1997年)。それはどのような理由によるものか?

理由のひとつは、労働市場がいまだにジェンダーによって分離されていることかもしれない。男性と女性は異なった部門で働いている。もっと正確にいうと、異なった業務を担っている。

業務上のリスク要因に関しては、いままでは身体的に過酷な暴露に関心が集中してきた。手による資材の取り扱い、粉じんと騒音など、一般に男性の領域とされる環境である。こうした種類の暴露は、上肢末端の局所的で反復的なストレスよりも、身体全体の酷使とエネルギーの消耗が重視される場合が多い。

首と肩への静的負荷が大きく、小さな筋肉グループの反復使用を伴なう業務は、上肢末端の障害のリスクが高い。動的な低負荷の手作業を行っているときは、動作速度が早まるほど、また精密さへの要求が強まるほど、筋力の測定値がその能力に比して増大することが判明している(Bernard、1997年、およびSjogaard and Sjogaard、1998年)。女性に集中するこれらの業務の身体的負荷は、(こういった業務に携わっていない第三者からは)男性に多い業務に比べて低いとみられる場合が多い。また一部の調査によると、同一の工場で働く女性と男性が、たとえ職名が同じであっても、身体的負荷が同程度の業務または同じ作業組織で働いているとはかぎらない(Punnett and Herbert、2000年)。女性は、全体として反復性の強い業務に従事するが、男性は女性に比べて座って作業する時間が少ないという傾向があった。

--------------
「女性は、反復性の強い業務に従事する傾向があった。
--------------


缶詰作業と切り傷

スウェーデンの水産業界における調査に具体例がみられる。ここでは男性と女性が同一の職名で働いている。調査したのは、缶詰の作業台での魚肉処理作業である。水産業では伝統的な性別分業が根強い。

男性は魚と魚製品を持ち込み、搬出する。女性は魚肉を洗浄し、さばき、薄く切り分け、それを缶に詰める。缶は製造ラインを移動していく。出来高払制の給与になっているため、作業ペースが上がる。業務上の傷害の統計から、缶詰作業台の労働者は、スウェーデンの平均的労働者に比べて切り傷と身体的ストレスの疾病がきわめて多いことが明らかになった。

手と腕を使った作業でのナイフの役割を調査した後、設計者と共同で加工魚肉産業の特殊作業用の新型ナイフが考案された。新型ナイフは、手の大きさと、各種の製品処理のための身体作業にぴったり合致していた。これにより作業負荷が減り、労働者からは高い評価が得られた。ただし、この調査では作業組織の要因は検討されなかったが、これには当然ながら高度な注意力が必要とされただろう(Karlqvist、1984年)。


作業量と組織

筋骨格系障害の発生に関連した職場のリスク要因には、物理的な作業量と、作業組織一般の両方がある。作業組織とは、生産またはサービス業務の組織化、割り当て、監視のあり方を意味する。具体的には作業空間、反復性、暴露の継続時間、回復時間などといった業務の物理的特性、それに決定における自由度、業務に対する心理社会的要求、監督者と同僚労働者の支援などといった作業環境の心理社会的側面がある。

エルゴノミクスにおける「物理的」なリスク要因と「心理社会的」なリスク要因の区別は困難な場合が多い。心理社会的な面で高い作業負荷は、物理的な作業ペースの速さと、感覚としての時間的圧力の両方を伴なうケースが多い(Punnett and Herbert、2000年)。

作業関連性の症状でのジェンダーによる格差は、スウェーデン統計(Statistics Sweden)(図1)に示されている。疾病休業の統計からも、女性労働者の発症率が高く、期間も長いことがわかる。

しかし、作業関連性疾病の統計に表れないものとは何か?

いまも大半が女性の責任とされている家事労働は、身体的に過酷な活動と心理社会的圧迫への暴露を全体として高め、労働日後の回復の機会を減少させる(Lundberg他、1994年)。有給労働と無給労働のこうした不平等な区分が健康にどう影響するかは、これに対する調査がほとんど行われていないため不明である。

------------------
有給労働と無給労働のこうした不平等な区分が健康にどう影響するかは、不明である。
-------------------

ただ、スウェーデンで最近行われた「MOA調査」(MOA-study: Modern work and living conditions for women and men aimed at developing methods for epidemiological studies(疫学的調査手法の開発を目的とした、現代の女性と男性の労働および生活条件の調査))では、有給労働、無給労働、さらに余暇活動のそれぞれに焦点があてられた(Harenstam他、1999年)。その結果、女性と男性では、各種の活動に費やす時間に差異があることが明らかになった。

図1 スウェーデンの労働人口(12才から64才)における過去12カ月間の作業関連の症状(%)(スウェーデン統計(Statistics Sweden)、1999年)


この図は平均を示しているが、両グループ内では大きなばらつきがあった。ジェンダー、作業態様別、技能水準ごとに同一傾向にあったが、それでも差はあった。筋骨格系障害と、身体的および心理社会的暴露との間には、統計的に有意な関連性がみられた。女性では、有給労働での時間的圧迫、ハンディ、VDT作業、反復動作、身体的に過酷な業務、緊張を強いる作業姿勢への暴露が明らかになった。また家内労働の負担をこれに加えなければならない。

男性では、有給労働における単調な作業条件、社会的支援の少なさ、一般的な身体的負荷、緊張を強いる作業姿勢と言った暴露が取り沙汰されている。労働がいかに健康に影響しているかを理解するには、国民の全生活条件について調査を深める必要がある。


身体の大きさ

多数の労働現場は、肩幅や手が小さいという女性の体形を考慮していない。職場の多くは男性の体形データに基づいて設計され、女性にとってはエルゴノミクス的に不適切なため、女性は男性と同じ業務を遂行していても生体力学的なストレス要因への暴露が大きい場合がある。

------------------
職場の多くは、女性にとってはエルゴノミクス的に不適切である。
------------------

男性と女性では、身長、身体各部の寸法、柔軟性、筋肉の強さなど、身体の大きさと能力の多くの面で、概して大きな差異がある。そのため作業場、道具、装置、手袋などの個人用保護具が女性労働者の身体に適さない場合が多い(Kilbom他、1998年)。ひとつの例がVDT作業である。今日ではほとんどの職場にマウスまたはトラックボールが備わっている。しかし平均的な大きさのキーボードを使用すると、肩幅の小さい労働者(主に女性)は、マウスやトラックボールを使用するために腕を伸ばし、腕に緊張を強いる姿勢を強いられる(Karlqvist他、1999年)。

また、ジェンダーに関連した生物学的差異(筋肉の強度と分布など)があるため、女性は職場の物理的要因の影響の受け方が異なる場合がある。女性の全体的な身体強度は、平均して男性の3分の2である。ただし業務と、関連する筋肉によって異なる。女性は、上肢末端の強度が概して低い。

筋力と筋骨格系障害からの保護の予想値については、研究によって異なった結論がでている。とくに軽労働の場合に予想値が低いことについて、考えられる根拠のひとつは、筋肉収縮の際の筋肉繊維の漸増の生理学的過程に関係している。筋肉繊維群にはジェンダーによる差があり、男女によって、筋肉への静的負荷が高い業務での首/肩の障害の発生状況に差があることの根拠となりうる(Hagg、1991年、およびSjogaard他、1998年)。


負傷の予防

筋骨格系障害は男性にも女性にも発生し、労働者の筋骨格系障害の大部分を防止するための、個別の職業的エルゴノミクス的ストレス要因に関する科学的知識は十分にある。職場から筋骨格系障害をなくすための最良のアプローチは、抑制対策を実行することであり、具体的には、企業のあらゆる階層の人々が参加する包括的なエルゴノミクス・プログラムのなかで、作業場、装置、業務設計、製品設計を変更することなどがある(Messing、1999年)。

図2 MOA調査(102人の女性と101人の男性)において、それぞれの活動に割く労働時間の割合

業務上の暴露が同程度である職種に従事する女性と男性の間で、筋骨格系障害のリスクに差があるかという点、また作業関連性筋骨格系障害は女性と男性で同じ影響をもたらすのかという点を解明するためには、一層の研究が必要である。


結論

結論として、筋骨格系障害とジェンダーとの関連、筋骨格系障害と業務上のエルゴノミクス的暴露との関係は、それぞれ別個に調査し、女性が男性と同じエルゴノミクス的ストレスに暴露したときに女性の方がリスクが高いかどうかを判断すべきである。ジェンダーに層化したデータの提示は、暴露と反応の関係における差異を検証できるため、有意義である。

参考文献

  1. Bernard B.P他(1997年)"Musculoskeletal Disorders and Workplace Factors: A Critical Review of Epidemiologic Evidence for Work-related Musculoskeletal Disorders of the Neck, Upper Extremity, and Low Back.(「筋骨格系障害と職場の要因:首、上肢末端、および腰部の作業関連筋骨格系障害の疫学的証拠に対する批判的検証」)“アメリカ保健・福祉省国立労働安全衛生研究所(オハイオ州シンシナチ)

  2. Hagg G(1991年)"Static work loads and occupational myalgia - a new explanation model. In Electromyographical Kinesiology (「静的作業量と職業性の筋肉痛−新しい説明モデル」『筋電図記録運動生理学』より)"(P.A.Anderson、D.J.Hobart、J.V.Danoff他)pp.141−144

  3. Harenstam A、Ahlberg-Hulten G、Bodin L、Jansson C、Johansson G、Johansson K、Karlqvist L、Leijon O、Nise G、Rydbeck A、Scheele P、Westberg H and Wiklund P(1999年)「MOA-projektet: Moderna arbets- och livsvillkor for kvinnor och man. Slutrapport I 」『Rapport fran Yrkesmedicinska enheten』1999年8月号(ストックホルム、スウェーデン)

  4. Karlqvist L(1984年)"Cutting operation at canning bench. A case study of handtool design.(「缶詰作業台における魚肉加工作業。手工具の設計に関する事例調査」)""Proceedings of the 1984 international conference on occupational ergonomics, Volume 1(『1984年労働エルゴノミクスに関する国際会議の議事録』第1部)"452p−456p

  5. Karlqvist L、Bernmark E、Ekenvall L、Hagberg M、Isaksson A、Rosto T(1999年)
    "Computer mouse and trac-ball operation: Similarities and differences in posture, muscular load and perceived exertion.(「コンピューター・マウスとトラックボールの操作:姿勢、筋肉への負荷、顕著な酷使における類似性と差異」)""International Journal of Industrial Ergonomics"23:157p−169p

  6. Kilbom A、Messing K、Bildt Thorbjornsson C.他(1998年)"Women's Health at Work. (「女性の労働衛生」)"国立労働生活研究所(ストックホルム、スウェーデン)

  7. Lundberg U、Mardberg B and Frankenhaeuser M(1994年)"The total workload of male and female white collar workers as related to age, occupational level, and number of children. (「男性と女性のホワイトカラー労働者の年齢、職業水準、子供の数別の総作業量」)"『Scandinavian Journal of Psychology』35:315p−327p

  8. Messing K他(1999年)"Integrating Gender in Ergonomic Analysis. Strategies for Transforming Women's Work.(「エルゴノミクス的分析への性差の統合。女性労働の転換戦略」)"欧州労連安全衛生テクニカル・ビューロー(ブリュッセル・ベルギー)

  9. Punnett L and Bergqvist U(1997年)"Visual Display Unit Work and Upper Extremity Musculoskeletal Disorders.(「VDT作業と上肢末端の筋骨格系障害。疫学的研究結果の検証」)"国立労働生活研究所−エルゴノミクス専門家委員会文書No 1、1997年:16

  10. Punnett L and Herbert R(2000年)"Work-Related Musculoskeletal Disorders: Is There a Gender Differential, and if So, What Does it Mean?"(「作業関連性の筋骨格系障害:性別による差異はあるか、あるとするならその意味は?」)"Women and Health.(『ジェンダーと健康』)"(M. Goldman and M. Hatch他)474p−492p

  11. Sjogaard G and Sjogaard K(1998年)"Muscle injury in repetitive motion disorders. (「反復性動作障害における筋肉の傷害」)"『Clin. Orthop. Relat. Res』 351:21-31

  12. Sjogaard K、Christensen H、 Fallentin N、 Mitzuno M、 Quistorff B、Sjogaard G(1998年)"Motor unit activation patterns during concentric wrist flexion in humans with different muscle fibre composition.(「異なる筋肉繊維組織をもつヒトの手首の同心円的屈曲に際しての運動器官活性化のパターン」)"『Eur.J.Appl. Physiol』78:411-416