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ベビーブーム世代(アメリカ)の安全ノウハウの継承
(共同編集者:ジェームズ・G・パーカー)

資料出所:Safety+Health
February 2006

(仮訳 国際安全衛生センター)

掲載日:2006.09.07

編注
わが国では、「団塊の世代」(「1947年から1950年頃までに生まれた人々」の大量退職による影響が取り沙汰されているが、アメリカでも、1946年から1964年の間に生まれた人々がベビーブーム世代と呼ばれ、わが国と似た現象が生じている。この記事は、アメリカにおいて職場の安全衛生において、生じている問題点とその対策について述べたものであり、わが国と共通した部分のあることがうかがえる。
事業者はベビーブーム世代が退職する前に安全にかかわるノウハウを受け継ぐ必要がある。

アメリカの労働力が高齢化していることは、安全専門家には周知のことである。ワシントンを本拠地とする全米退職者協会(AARP)の2001年度報告書「高齢化する事業場での安全衛生問題」によると、2000年には約182万人であった55歳以上の労働者数は2025年には250万人超、2035年には319万人超にまで達するとしている。これは25年間で実に75%増となる計算である。

米労働長官のElaine Chao(趙小蘭)は、フロリダ州オーランドで2005年9月21日に開催されたNSC93周年年次安全総会および博覧会における基調講演でこの問題を取り上げた。Chaoは、「大量の高齢者の退職は、安全衛生をはじめとするほぼすべての主要公共施策のかかえる問題に影響を及ぼす。ベビーブーム世代が、その職業人生の間に彼らが蓄積してきた安全衛生のノウハウを持って事業場を去っていく。彼らの代わりに新世代の若年労働者が入ってくるが、若年労働者は安全衛生関連の経験が比較的乏しい。従って、わが国の課題は、将来の新世代労働者に対する安全衛生関連の教育訓練プログラムを強化して、過去50年間の成果と経験を保存していくことである」と述べている。

多くの企業では、熟練労働者が確実にその職にとどまり、安全対策を実施できるようにすることを考慮しているが、さらに、1946年から1964年生まれのベビーブーム世代の人々が今後数年の間に退職し始める際の「頭脳流出」(大量の経験や知識の損失)の恐怖にも直面している。

事業調査を主に行う、ニューヨークを本拠とする非営利団体のカンファレンス・ボードが最近実施した調査では、全米労働者人口のおよそ4割を占める6,400万人のベビーブーム世代が今後10年間で退職し始めると報告されている。「アメリカにおける高齢化する労働者人口が企業に投げかける、 “熟練労働者の活用”という新しい可能性と課題」と題する報告書では、調査対象企業の50%が熟練労働者の退職により「潜在的な知識の脆弱性」が発生すると考えているとしている。

「頭脳流出」は生産性と仕事の質だけではなく、安全にも影響を及ぼす。NSC労働安全衛生グループ担当ディレクターであるロン・ミラーは、「仕事を始めたばかりの労働者は経験のある労働者に比べ、負傷する確率が高い。彼らは仕事にまだ慣れていず、ハザードになじむ途上にあり、事業場の機器や配置に慣れる途上にある」と述べている。労働統計局によると、2004年における雇用後1年未満の労働者の、就業不能を伴う疾病負傷率は全件数の33.4%を占めている。これを被雇用者の人数と比較したとき、雇用後1年未満の労働者数の全被雇用者数に対する比率の25%を超える数字である。

安全専門家は、経験豊かな従業員の大量損失とそれに代わる未熟な従業員の大量流入の双方がもたらす安全衛生問題を憂慮している。

次世代の労働者に安全を提供する事業者がもつ強みとは、事業者が年齢の高い、経験豊富な従業員を現在雇用しているという事実である。若年労働者に組織の安全文化を継承し、安全をひとつの価値として植え付けるために、企業はこの資源を活用する必要がある。

全米退職者協会(AARP)事業場イニシアティブ担当ディレクターのエミリー・アレンは、「事業者は知識の損失に関心を持ち、損失を防止する努力を払わねばならない。熟練労働者の強みのひとつは、物事の進め方に習熟しているのみではなく、さまざまな方針や手順が最初に定められた理由を理解するために、十分な長い期間にわたり、就労しているケースが多いということである」と述べている。

早期に教育訓練を実施する

NSCのミラーは、教育訓練プログラムに熟練従業員を参加させることは、「頭脳流出」を防ぎ、組織全体の安全を強化するための効果的な手段であると語っている。安全に関して、教育訓練から最大の成果を得る秘訣は、明確な安全文化を適所に定着させることである。教育訓練を通じて、組織の熟練従業員と同様に、新しい従業員も、安全をひとつの価値として確実に認識するようになる。「事業者にとって最大の課題は、経験豊かな従業員に彼らの仕事を確実に正しく行ってもらうことである」とミラーは述べている。

問題が起きる前に、一貫した教育訓練プロセスを実施すれば、安全面での潜在的な問題は解決できる。「新人を経験豊かな従業員とともに訓練教育することは、ごく一般的なことであり、適所に優れた教育訓練プロセスが存在する限り、この方法は順調に成果を挙げるのである」とミラーは語っている。

ミラーによると、組織は確立された標準作業手順書(SOP)を保持する必要があるという。効果的な教育訓練プログラムは、このようなSOPに基づき実施するべきである。「最も重要なことは、正しい仕事の進め方を判断するしっかりしたプロセスを有しているということである。われわれが常に推奨していることは、ひとつの仕事や課題を終えるたびに仕事上の安全分析も完了させることと、情報をSOPに取り入れていくことである。このようにすれば、教育訓練を実施する誰にとってもこのSOPはよい手引きとなる」とミラーは述べている。

教育訓練を効果的に実施するための2番目の鍵は、教育担当者自身にある。組織は新しい従業員にメッセージを伝えることのできる適切な人材を確保しなければならない。このような人材は、適正手順や安全対策指針を認識、理解し、これに従うべきことはもちろんであるが、それ以上のことが必要となってくる。

仕事や課題の進め方を非常によく知っていても、その知識を他人に伝えることは重荷という向きもある。「教育担当者は手引きや手順に従い、それを的確に伝えられなければならない。また、教育訓練の場で働いている同僚や、仕事を教育している従業員から尊敬される必要もある。尊敬されなければ、彼らの教育が軽視されてしまうからだ」とミラーは述べている。

ここで大いに役立つのは、人柄である。誰もが教育担当者にふさわしいというわけではない。効果的なコミュニケーション能力に加え、教育担当者には忍耐力が必要となる。ミラーによると、「短気な人間はふさわしくない」。新しい従業員はミスを犯しても、再びトライさせる。他人と違った方法で他人より早く理解できる人もいる。教育プロセスを通して、教育担当者は新人を指導するために、忍耐力と理解力を併せ持つ必要がある。2回以上プロセスを繰り返さねばならない場合もある。

ミラーは、教育が浸透し、従業員が適正に仕事を進めているか確認するために、事業者は最初の教育訓練に加えフォローアップを実施する必要もあると語っている。安全対策指針や手順を従業員が順守しているか査定することは、フォローアッププロセスの必須事項である。

ミラーによれば、フォローアップの時期は、仕事の複雑さや危険の度合いに左右されるという。「最初の教育終了後2、3週間後であったり、1か月後であったりする。また複数のフォローアップを実施することもある。従業員が適切に仕事を進めているか確認するために1か月後、3か月後、6か月後にそれぞれフォローアップを実施することもある」とミラーは述べている。

フォローアップは、監督者や別の教育担当者が行う。監督者や教育担当者はSOPに基づき監視する。「SOPをチェックリストのように書き出して、それを基にするので、『これが、あなたが履修済みの教育内容で、これがあなたの実際の行動です』とか、『あなたはこれを正しく実施していないので、問題を解決してください』などと言えるのである」とミラーは述べている。

さらに優れたマンツーマンの接触:メンタリング(*訳注)

教育訓練に加えて、メンタリングプログラムが若年労働者や新入従業員に安全の価値と仕事や組織にかかわる知識を植え付けるためのもう一つの方法である。全米退職者協会(AARP)のアレンは、ビジネス上の関係であると同時に個人的な関係であることが、メンタリングが教育訓練と異なる点であり、「絶対の信頼が必要となってくる」と述べている。一定期間、メンタリング担当者一人が新入従業員一人の傍らに付き添い、教育担当者と同様に仕事の進め方とその理由を説明するが、メンタリングの基本は、自ら実例を示してリードするということである。メンタリングとは、他人に情報や手順を伝える以上に関与することであるが、それでも、メンタリングには教育訓練の基本方針が確実に生かされている。教育訓練と同様に、メンタリングには特定の目標や目的があり、その目標達成のための日程表を設定する必要がある。

アレンは、「メンタリングは明確な目標を設定した体系化したプロセスとしなければならない。『あなたは1か月後に退職しますから、今までの知識を誰かに伝えてください』と単純に言えばすむというものではない」と語っている。

現在働いている従業員と新入従業員から同様の賛同を得ることが重要であるとアレンは語っている。事業者は、メンタリングプログラムを必要と考える理由を従業員に明確に伝え、このプログラムが従業員にどのようなメリットをもたらすかという理解を促さねばならない。新入従業員がメンタリング担当者の経験、知識、助言を得られるというメリットがその一例である。

「メンタリング担当者にとっては、新入従業員に単純に情報を伝える以上のメリットがある。この事業場の将来に影響を及ぼすことのできる好機なのである。メンタリングプログラムを活用すれば、高齢の従業員が自分の働く組織内に自分の財産を残すことができる」とアレンは述べている。

*訳注
メンタリング(mentoring)とは、成熟した年長者(メンター)が若年者や未熟練者(メンティー、プロテジェ)と、1対1で、継続的、定期的交流し、信頼関係をつくりながら、メンティーのキャリア支援と、精神的、人間的な成長を支援することをいう。