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労災補償請求の増大
重い障害が原因で労災補償の請求は、増加しつづけている
Keeping claims in check

資料出所:Safety+Health
April 2006

(仮訳 国際安全衛生センター)

掲載日:2006.11.07

アメリカに労災補償費用の推移について、概況をまとめた資料である。件数は減っているが、費用としては増加しており、その主な原因は筋骨格系および柔組織系の障害にあるとしている。後半は、このような障害の防止対策が述べられている。
筋骨格系障害の防止に関する情報については、海外衛生情報/衛生関係/エルゴノミクス(人間工学)のサイトを参照頂きたい。

 一部の企業ではすでに認識しているところもあるが、2004年〜2005年は前年に引き続き、労災補償費用は上昇し、請求の件数は減少した。経験の浅い労働者、若年労働者、小売業労働者が、特に筋骨格系および柔組織系の障害を生じる数少ない労働者グループに属するが、これらの障害が労災補償請求の原因となっている。多くの企業では事業成長を維持するために傷害発生数と労災補償費用を抑制する取り組みを続けている。

フロリダ州ボカラトンの米国補償保険協議会(National Council on Compensation Insurance: NCCI)の報告によると、2003年の労災補償保険料は過去最高であった1999年の222億ドルを超える310億ドルを記録した。

ワシントンの全米社会保険学会(National Academy of Social Insurance)によると、2003年の全米の労災補償総支払額は、2002年から約3.2%増の549億ドルと推計している。一方、2003年の労災補償の適用労働者数は2002年の1億2,560万人から若干減少し、およそ1億2,520万人となった。

2004年の労災補償請求総件数は減少したものの、NCCIによると依然として軽度傷害による請求費用が全請求の大半を占めている。なぜこのような傾向が生じたのだろうか。NCCIによると、以下の要因が挙げられる。

  • あらゆる雇用階級において、職場安全の強調が継続された
  • ロボット活用の増加
  • モジュール使用の設計および建築技術の増加
  • 動力利用の増加
  • エルゴノミクス対応設計の進展
  • コードレス工具の普及
  • 職業訓練・教育機会の増加と改善
  • 不正請求の抑止力の向上
労災補償請求数は減少したものの、障害補償(永久障害に対する保障)と重度傷害疾病補償にかかる費用は継続して増加している。NCCIは次のことも報告している。
  • 統計では、労働損失時間補償の請求件数では長い労働損失時間にかかる請求案件に比べ短いそれの請求案件が減少していることが明らかになっている。物価上昇と医療サービスの利用拡大により、労災補償請求の一件当たりにかかる費用は増加しているが、相対的には短い労働損失時間の請求案件が著しく減少したことも請求あたり費用増加の一因となっている。
  • 1999年以来、すべての障害等級で、短い労働損失時間にかかる請求件数に著しい減少が見られる。障害補償と傷害疾病補償にかかる請求双方のすべての障害等級において、短い労働損失時間にかかる請求件数が著しく減少していることが明らかであると報告されている。
  • 身体のほぼあらゆる部位及び傷害分類の区分において、労災補償請求数が減少している。
  • 労災補償請求数の減少は、ほぼすべての職業およびあらゆる規模の事業所に及んでいる。
  • 労災補償請求の減少には地域による大きな相違は見られないようである。たとえば、西部の州全体の労災補償請求は、調査した5年間では地域で最大の減少率の23%減であった。一方、南東部の州全体の同請求は同期間では地域で最小の減少率であったが、それでも18%減であった。

「従業員に一貫した教育訓練を実施し、有用な安全方策と職場の安全の重要性を認識させる企業では、労災補償請求は減少していることが考えられる」とイリノイ州モリーンの人材派遣会社ボルトソース社のプログラム・コーディネーターであるト二ヤ・カッスルマン氏は述べている。

全米安全評議会(NSC)の労働安全衛生訓練相談部長のロン・ミラーは、労災補償請求の減少は安全マネジメントに起因すると見ている。ミラーは、「安全管理制度の目的は、傷害や死亡災害をゼロにすることである。傷害を低減またはゼロにすると医療とマネジメントのコストが低減されるのである」と述べている。

請求件数、請求費用、請求理由

請求件数は減少したものの、請求費用は増加しつづけている。全米安全評議会(NSC)によると、2002年から2003年の全請求の平均費用は、2001年の平均費用の15,865ドルから14%増の17,787ドルとなった。

NCCIによると、請求1件当たりの平均医療コストの上昇は著しく、2004年の推定10.5%の増加を含め、2003年から2005年間は平均で9.9%上昇している。1995年から2004年の10年間では、平均医療費コストは、9.5%増となっている。

NSCの推計では、2002年から2003年の支払い請求1件当たりの労働損失時間補償請求金額は、自動車衝突事故が最高額であった。2002年から2003年では、自動車衝突事故傷害による平均補償請求金額は32,900ドル以上であった。NSC調査統計部長アラン・ホスキンは、職業上の自動車衝突事故は通常複合的な傷害を引き起こすため、一般的な職業上の傷害に比べ医療コストがかさむとしている。

「自動車衝突事故は欠勤日数も増えるため、損害賠償費用も高くつく。職業上の自動車衝突事故はすべての産業で起こりうるが、特に商業、輸送業、公益事業は、自動車衝突事故が起きる可能性が高いため、損害賠償請求はこれらの産業に集中している」とホスキンは述べている。事業者は自動車衝突事故を必ずしも職業上の問題と見なしていないため、職業上の自動車衝突事故の低減は明らかに進められていないとし、「事業者は、高速道路上の問題へは、ほとんど対処できないか、何もできないと感じている」とホスキンは語っている。

ミラーは、自動車の安全への取り組みは、業務上外の死傷災害問題を考える上で最も重要である、と述べている。ミラーは、「事業者は従業員にどの程度自動車事故のリスクがあるか確認し、リスクを抑制するために安全マネジメントシステムを実施する必要がある」と勧告している。

小売傷業での害

米労働省によると、職業性傷害を最も多く被っているのは経験の浅い労働者であり、それらの労働者の大半は小売業やフードサービス業の被雇用者である。就業後12か月未満の労働者が労働時間損失を伴う傷害の30%を占めている。

ミラーは、「経験の浅い労働者は傷害を被りやすい。その理由は多く挙げられる。第一に経験の浅い労働者は新しい職場や新しい仕事に従事しているが、そこで彼らは潜在的に危険のある機械、化学物質、その他の危険物にさらされている。彼らは十分に訓練を受けていず、また安全面での知識技能が不十分な人間から訓練を受けている場合もある」と述べている。

カッスルマン氏は、企業は、その中で生じた傷害の根本的原因を特定する取り組みをするべきだと述べている。たとえば、企業が根本的原因を従業員経験が浅いことと特定すれば、解決策は、従業員への訓練教育の促進と安全への認識を高めることとなろう。「経験の浅い従業員に教育訓練を提供し、安全への認識を高めることを決めた企業は、現場で経験を積んだ有資格のトレーナーを探し、従業員のために適切な訓練教育方法を確立することを優先すべきである」とカッスルマン氏は述べている。

しかし、企業が実施すべき方策は、これですべてというわけではない。ミラーは、「新しく雇用した従業員へのオリエンテーションと教育の後には、オリエンテーション時に受けた訓練と教育に効果があったことを確認するためのフォローアップを含めるべきである。現在働いている従業員は、他の部署や他の職に異動しても新しい職や危険に対処するために、十分な教育訓練を受けないことが多い」と語っている。

メイン州ポートランドの労働者損害賠償保険会社MEMICの安全管理専門員であるローリー・キャリガン(Lorri Carrigan)氏は、小売業において労災補償請求が最も多い傷害は、筋骨格系または柔組織系の障害であると語っている。これらの障害は、職業上強要される身体作業により筋肉、腱、神経、関節が損傷することが原因で生じる。

キャリガン氏は、人事異動、年齢、経験不足などが、これら障害を引き起こすのに一役買っていると語っている。「人事異動は最も重要な問題であり、安全コンサルタントとして私は『事業者たちは従業員らを訓練しているのか、また継続して訓練を与えているのか』と尋ねている。若年労働者は通常、最初の仕事として小売業やフードサービス業につくため、経験がほとんどないまま仕事を始めることになる」とキャリガン氏。また同氏は、多くの場合、若年労働者は物事を正しく行う方法を理解していないからこそ訓練と再訓練が重要となってくるのだ、と述べている。

シンシナティを拠点とするフェデレーテッド・デパートメント・ストアーズチェーンの一部門であるメイシーズ・サウス(アトランタ)のディビジョン・リスク・マネージャであるトロイ・ホラブ氏は、同社のデパート内の安全管理に最も重要な役割を果たすのが教育訓練であるとしている。ホラブ氏によると、これまででもっともよく見られた傷害は、転落、すべり、つまずきや、身体の屈曲(屈伸)、吊り上げ作業による傷害、捻挫や挫傷である。同氏は、仕事の正確な実施のために従業員を訓練すると、これらの傷害の予防に大きな効果があるとし、「社外の専門家に来てもらい安全訓練を実施するに加え、社内でも各店舗の共同経営者と協力して安全訓練を実施している」と語っている。また同氏は、「小売業では労災補償請求の費用がかさむと保険料もかさむため、商品のコスト増に転嫁されることになる。って従業員への訓練実施は、事業の総経費を大いに低減することにつながる」とも述べている。

経験の浅い労働者の傷害者数は、
全傷害従業員に占める割合が高く、傷害者総数の減少は鈍い
被雇用年数

全従業員に
占める人数割合*

傷害した従業員
に占める人数割合**

1992-1993から
2000-2001への
傷害者数減少率

就業後12か月未満   25% 30% -28%
就業後13か月〜59か月 32% 33% -34%
就業後60か月以上 44% 24% -34%

* 2002年1月現在の国勢データによる。
** 2001年現在。全人数からの差分12%については、報告されていない。
出所:労働省


筋骨格系障害(MSD)とは?
ワシントンを拠点とする北米合同食品商業労働者組合(United Food and Commercial Workers International Union)によると、筋骨格系障害(MSD)にはさまざま症状がある。以下にそのいくつかを紹介する。

腱しょう炎:手首が緊張の多い動きを反復することで手や手首の腱が炎症を起こすことが原因となる。治療せずにいると腱の状態が恒常的に悪くなる。

腱滑膜炎:手首の使いすぎで腱を取り巻く膜が炎症を起こすことが原因となる。この膜は液体が満たされており、激しい痛みを伴う。このむくんだ膜は、神経節嚢胞という皮下隆起を生じる原因となることもある。

手根管症候群:この潜在的な障害は、手首を反復して屈伸したりひねったりすることが症因となる。手や手首を反復屈伸させると腱が圧搾されたりはさみつぶされたりする。神経がはさみつぶされると、手が麻痺する。手根管症候群は肩痛や手や手首の痛みの原因ともなる。

デュケルバン腱しょう炎:手首の側面や親指の付け根の腱が、手首の反復的屈伸で炎症を起こすことが原因となる。この症状をもつ人は急激な痛みや手首の側面の腱の緊張感を感じることがある。

回旋腱板筋腱炎:これは、肩の緊張性障害のうちもっとも多く見られる症状である。

弾撥指:腫れ、赤み、指が曲がったままの状態や、引き金を引くような状態に固定されることを特徴とする、指の腱しょう炎。


労災補償保険料の総額

(民間保険会社)

年労災補償保険料(単位:億ドル)

1990年310

1995年262

2000年248

2003年310

出所:1990年〜2002年AMベスト社、「A.M. Best Aggregates and Averages」、米国補償保険協議会(NCCI)およびEconomy.com、2003年仮集計データ。

キャリガン氏は、事業者は持ち上げ作業を減らすことで筋骨格系障害の低減を促すこともできる、と語っている。この他に障害を低減させる方法としては、安全な吊り上げ作業のための訓練を従業員に提供することがある。キャリガン氏は、「フォークリフトやその他の持ち上げる機械を使用すること。荷物の移動の際には、他の作業員を同行させて場所を決め、一度下ろした荷物を再度移動するようなことはすべきではない」と述べている。

ワシントンを拠点とする北米合同食品商業労働者組合(United Food and Commercial Workers International Union)は、筋骨格系障害を予防する方法として、工具、作業場および作業内容の見直しを挙げている。企業がとるべき最初のステップは、リスクの高い仕事を特定し、有資格のエルゴノミクス専門家にそれぞれの仕事の危険因子について分析してもらうことである。リスクの高い仕事につく従業員の意見も検討し、分析には安全委員会や労働組合も参加させるべきである。

また、従業員の意見は大変貴重なものとなる。たとえば、レジカウンターの秤を低い位置に置き、レーザースキャナーと同じ高さにする、などがある。こうすることで、秤に食品を乗せるために肩より上の過多の繰り返し作業を防ぐことができる。

これ以外の見直しの取り組みには、繰り返し作業の低減、調整可能な足場の設置、あらゆる工具の保守維持の検討に従業員を参加させることがある。人間の手や手首は、細かい神経、腱、骨、じん帯、血管の集まりで構成されているため工具や作業機器のデザインが悪いと、特に障害を受けやすい。手や手首の障害を防ぐために工具や作業機器のデザインは、手や手首をまっすぐに保てるものとするべきである。調整可能な作業台やチルト機能のある作業台を従業員に使用させると効果が得られる。

それでも見直しはひとつのステップに過ぎない。監督者とマネージャ、安全衛生専門家、作業編成、仕事設計、機器購買、在庫売買の各担当者も参加する適正な教育をすべての新しい従業員に提供するべきである。

キャリガン氏は、「安全の確保には多くの余計な仕事が必要になるという誤解があるが、より高い安全を確保している企業は、業績や生産性にも優れている」と述べ、要するに、「最初に適切な措置を講じるべきだ」と語っている。

950以上の店舗を運営するフェデレーテッド・デパートメント・ストアーズでは、最初に適切な措置を講じることが最善の方法である。任意自動車保険、自賠責保険、労働者賠償保険請求担当ディレクターであるアン・シュニューレ氏は、企業は、傷害の発生を迅速に報告すると賠償請求への対応、処理、管理がより迅速に実施できることを認識し、すべての傷害を発生から24時間以内に報告する義務があると述べている。

フェデレーテッド・デパートメント・ストアーズには、デジタルカメラも備え付けられているため、災害時の写真を撮影し、傷害報告書に添付することができるようになっている。また各ストアでは、広い通路の整備、通路にあるテーブルの移動、特殊な滑り止めのついたタイルの敷設などの「改革」も実施した。シュニューレ氏は、「この措置により、お客様と当社の従業員の双方にとり、より安全な状況を確保できることが明らかになった」と語っている。

フェデレーテッド・デパートメント・ストアーズでは、医薬品オンライン管理システムという仕組みも始めている。また別のプロジェクトでは、傷害報告書で使用するために、証人や労災補償を請求する労働者による、電子記録ステートメントを許可するというものもある。

最終損益

すべての企業にとり、労災補償費用の増大はどのようなことを意味するのであろうか。「零細企業では、フォーチュン500企業に比べ労災補償の負担感は大きいため、深刻な問題となっている。不正手段による請求があるため、多くの企業では労災補償請求について調査する費用を若干増やそうとしている。補償請求が低減すれば保険料も下がるか安定するため、すべての請求案件を詳細に検討しようとしているのだ」とカッスルマン氏は述べている。

またミラーは、「安全担当者の多くは、労災補償費用を、安全マネジメントシステムの改善を促すための経営上の刺激策として利用している。また労災補償費用は、安全マネジメント活動のための経費を正当化するためにも参照されている」と語った。

本記事の執筆者(Audrie Armes)宛て電子メール:新規メールを作成します armesa@nsc.org

職種別労災補償請求度数率(全米規模)
2002年保険契約期限分
職種 支払給与総額
(単位:百万ドル)
労働損失時間を伴う
補償請求件数
請求度数率*
事務職 559,195 31,124 0.06
セールスパーソン(外勤) 127,509 9,974 0.08
大学職員 72,012 7,544 0.10
内科医 59,692 4,737 0.08
小売店 33,737 17,808 0.53
病院専門職 29,027 8,517 0.29
弁護士 26,651 967 0.04
会計監査/会計士 30,464 496 0.02
ケータリングサービス 22,918 16,509 0.72
自動車整備/修理業 16,532 11,053 0.67
建設/エンジニアリング業 15,751 1,763 0.11
電気配線業 12,686 8,825 0.70
ファストフードレストラン 11,630 7,689 0.66
運転士 10,653 11,511 1.08
洋品店 9,090 3,653 0.40
上記職種合計 1,037,547 142,170 0.14
全職業合計 1,680,251 622,164 0.37

*請求度数率(frequency)=労働損失時間補償請求件数/支払給与総額(インフレ調整後支払給与総額)
出所:米国補償保険協議会(NCCI)、2004年労災補償請求データ


筋骨格系障害のリスクの判定

ワシントンを拠点とする北米合同食品商業労働者組合(United Food and Commercial Workers International Union)は筋骨格系障害のリスクをもつ可能性のある労働者を確認する方法を提示している。同労組は、以下の質問にひとつでも「はい」と答えるようであれば、事業者は是正措置を講じるべきだとしている。

従業員は作業中に反復して以下のを行うことが必要か。

  • 手首を屈伸したり、ねじったりする
  • 腕をねじる
  • つまんだり、はさんだりする工具を使用する
  • 身体をひねって、背後に手を伸ばす作業がある
  • 肩より上の高さで作業を行ったり、物を持ち上げたりする
  • 振動する工具を使用する
  • 手でハンマー動作を行う
  • 背中をひねったり屈曲したりする
  • ひざより下にある物を持ち上げる
  • 首を曲げながら作業する