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NSC発行「Safety + Health」2001年8月号

ヒスパニックを安全に労働力とするために
(Bringing Hispanics Safely into the Workforce)

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety + Health」2001年8月号 p.68-73
(訳 国際安全衛生センター)


ヒスパニック系の人口が急増しており、事業者は文化および言語の壁を越えなければならない

ジョン・ディスリン

先日実施された米国国勢調査の数字から、主に移民流入の結果として、国内のヒスパニック人口が1990年代に58%近く増加したことが判明した。アメリカ合衆国は、東欧、ロシア、そしてアジアからの移民流入も経験しているが、ヒスパニックを安全に労働力とすることは、米国の事業者にとってもっとも困難な課題となっていると、業界筋の専門家は語っている。

これは東欧とアジアからの移民の多くが入国時に既に英語が話せるのに対して、多くのヒスパニックは英語がほとんど、あるいはまったく話せないためである。さらに、ヒスパニック系移民の多くがアメリカ合衆国に来る条件や事情は、他の移民とは大きく異なっている。そのために、シカゴにあるCNAコマーシャル・インシュアランス社の建設損害管理担当副社長であるピート・ルバルカバは、他の国からの移民に比べて、ヒスパニックの血を引く労働者の融合をはかるためには、事業者はいっそうの努力を必要とすると考えている。

「一般に、アジア系やヨーロッパ系の移民は、比較的教育水準が高く、特にアジア系は、工学の学士号や博士号を取得してアメリカ合衆国にやってきており、コンピュータを扱うことができます。さらに、多くの人は言葉が通じます。また、多くのヒスパニック労働者は母国との間を行ったり来たりしますが、アジア系やヨーロッパ系の人々は母国との絆をたち切り、米国にとどまります」とルバルカバは主張する。

事業者は働く姿勢を評価する

このような問題にも関わらず、ヒスパニックはアメリカの事業場において重要な労働力であることを証明してきた。事業者は、ヒスパニックの高い職業倫理と、他の労働者が一般に関心を持たない仕事を引き受ける意欲を頼りにしている。ヒスパニック労働者はまた、特にグローバル市場での競争を念頭においている事業者にとって、金銭的にも魅力がある。1995年の米国国勢調査の数字によれば、白色人種のもっとも多い所得者層の年収が45,000ドルだったのに対して、ヒスパニックの場合は25,000ドルとなっている。

この格差のひとつの理由は、教育である。CNAインシュアランスのウェブサイト (CNA Insurance's Website) によれば、ヒスパニックのうち高校卒業者は53%に過ぎないが、非ヒスパニックでは85%となっている。比較的教育水準が低いことで、ヒスパニック労働者に対する雇用の選択肢が狭められている。重要な労働資源としてヒスパニックを求めている産業では、ヒスパニックは肉体労働者として仕事を引き受けることが多い。

とはいえ、このような事情からヒスパニックが就労し、それを機会として事業者が彼らを高く評価するにいたったことも否めない。

「ヒスパニック労働者は、非常に忠誠心をもって働く傾向があり、そのことに対して値段を付けることはできません」とルバルカバは語っている。「その背景から、ヒスパニック労働者は、創造性や新しいアイデアの要素を持ち込み、その『工具ベルト (tool belt)』からさまざまな成果を生むことができるのです」

ルバルカバは、またヒスパニック労働者が優れたリクルーターにもなると語っている。「いったん忠誠心を固めると、ヒスパニックはさらに質の高い労働者を迎え入れる上で、事業者の助けとなるのです。そうなれば事業者は、会社に残ろうという意向の強い勤勉な労働者のグループを手にすることになります。保険という点から考えれば、忠誠心の高い労働力は、労働者の報酬内容を改善することにつながり、このことが製品の品質改善に結実します。会社は、研修の必要と人材募集の手間が減るので効率化をはかることができ、さらに利益を得ることができます」

また、この忠誠心の高いグループからは、自分たちの力で昇進できる予備軍ともいうべき労働者がでてくると、ルバルカバは述べている。内部からの昇進が実現すれば、経営者と従業員の間に強い結びつきをもたらす。この予備軍からまた、事業者はルバルカバが会社の「宝石」と呼ぶものを見つけることができる。ルバルカバは、この宝石がチームリーダーとなり、グループの指導者的存在となって、ヒスパニック労働者間に忠誠心を養う助けとなると説明している。


一目でわかる特集記事


労働力として加わるヒスパニックが増えていくにつれ、事業者がこうした労働者とコミュニケーションを取って、安全な環境を確保することが重要となってくる。事業者はまた、ヒスパニック労働者の関心に注意を払いながら、文化的な違いに取り組む必要がある。

重要なポイント

  • 1990年代に、アメリカ合衆国のヒスパニック人口は58%急増した。
  • ヒスパニック労働者は、非常に忠誠心が厚く、創造性を発揮しうるが、業務に伴う危険負担を引き受けがちな存在ともなりうる。
  • ヒスパニック労働者の昇進がうまくいくと、労働者の忠誠心があがり、安全が改善され、より高い製品の品質に帰結する。
  • 管理者にとって、ヒスパニック文化を理解することは、言語を理解することと同様に重要である。
  • 事業者は、ヒスパニック・コミュニティ内部で思考様式と文化の違いがあることを理解しなければならない。

追加情報

さらなる研究およびプログラム情報については、以下のウェブサイトを参照のこと。

ジョン・ディスリンは「Safety + Health」誌の編集者である。


高価な忠誠度

しかしながら、会社の宝石を失うことが、その会社の労働者全体を失うことにつながりかねない。それゆえに、忠誠度と労働者の真価を認めることが肝心である。

「ヒスパニック・コミュニティの様々なニーズに敏感な人々を配置することが重要です」と、EPA安全衛生環境管理部長のジュリアス・ジメノは語っている。「全員を一致団結させることができれば、すべての歯車がうまくかみ合うようになり、チームとしての安全かつ効率的な運営を開始する質の高い労働力を得ることができます」

人的資源がものを言うのはこのような場合である。ルバルカバは、人的資源としての個人が、ヒスパニック労働者を会社へと導く扉のような役割を果たすと考えている。「もしその個人がヒスパニック労働者の立場を理解し親身になって語り合うことができれば、信頼と忠誠心と安全な労働力を構築する長い道のりを歩んで行けることになります」とルバルカバは主張する。「労働者は、このように話をすることができる個人が本社にいれば、そこに連絡を取ることをためらわないでしょう。人的資源があれば、移民の入国問題でも力になれるし、労働者とその米国内および祖国の家族に対する配慮を見せることもできます。これも、忠誠心の高い労働力を養う上で後々まで大事なこととなります」

ただし、事業者は、多くのヒスパニック系移民が望む唯一の利益が報酬であることもわきまえておかなければならない。ルバルカバとテランは、多くのヒスパニックの保険制度に対する見方は、他の非ヒスパニック労働者の見方とは異なるという点で考えが一致している。ルバルカバは、医療保険、401(k)、および年金制度は、労働者がその給料の多くを祖国に送っており、冬場には帰国することから、労働者にとってほとんど意味がないという。だからといって、事業者が健康保険制度を無視すべきだという訳ではない。

また、ヒスパニック労働者は個人としては忠誠心が高く、一生懸命働くが、特にメキシコ出身の労働者が、一般に多くの米国人労働者が当然と受け止めている、種類が豊富で品質のよい工具や装置に恵まれてこなかったことも問題である。

「多くの者は、例えば建設現場で一般に見られるような電動工具を使用したことがなく、ヒスパニックの多くは、米国の労働者が使い慣れた保護具のことをよく知りません」とジメノは語る。「事業者が、多くの仕事に伴う危険有害要因についてヒスパニック労働者に教育することが重要です」

それでも、限られた資源で作業することには利点もある。ルバルカバは、ラテン・アメリカ諸国のヒスパニック労働者は、自由になる工具がないことを、創造的なかたちで補うと説明する。ルバルカバは、忠誠心に加え、この「なんとかするという創造力」もまた多くの事業者が高く評価する特徴のひとつであると語っている。



障壁に取り組む

安全への鍵は、言語の障壁を取り除くことから始まる。事業者にとって、労働者に英語を教えることも重要だが、経営者が多少でもスペイン語を理解することも重要である。ただし、ルバルカバは、カギとなる管理者を学校に通わせてスペイン語を学ばせるべきだとは主張していない。

米国の総労働力に占めるヒスパニック労働者
16歳以上
予測




「学校やテキストで教わるスペイン語は、本国で話されている標準スペイン語になりがちです」とルバルカバは説明する。「これはたとえば米語ではなく、英国の英語を教えるようなものです。メキシコや中央アメリカで話されているスペイン語は、これとはかなり異なるものです」

スペイン語でのコミュニケーションは始まりに過ぎない。事業者にとって、文化を理解することが重要であると、ベネズエラ出身でシカゴ地区の化学安全技師を務めるエクトール・テランは語っている。その上メキシコ人、プエルトリコ人、そして中南米の出身者では文化が異なる。

「メキシコ人の労働者は、農村出身者が多く、教育水準もあまり高くありません」とテランはいう。「こうしたメキシコ人は、南米からの移民ほどには、工業というものに慣れていません。このため、事業者が熟知しならなければならない思考様式があります」

テランはまた、メキシコからの移民は、ヒスパニックの移民に比べて安全意識が劣るという。同氏は、自分の指の一部を失ったメキシコ人労働者が、それを大した問題だとは考えていなかったことを覚えている。この労働者は、訴訟を起こすこともなく、回復のために仕事を休もうともしなかった。「彼は『まだ仕事をするための指が9本半残っている』と言ったのです」とテランはいう。

そしてヒスパニックは、危険負担を引き受けがちであるとテランは主張する。「一般に白人のアメリカ人は、タンクの中に入って掃除しろと言われた場合、まず安全か、どのような注意が必要かなど、仕事を行う上での自分の安全についての質問をします。それに対して、ヒスパニックの多くはそのような質問をしません。これは意識の問題です」

EPAのジメノは、ラテン・アメリカにおける安全衛生の問題の多くがここでも当てはまるかどうか考えることが大切であるという。「文化的であれ、人種的であれ、人々が仕事にどのように取り組むかを調べ、普通より危険負担を引き受けがちか、あるいは自分ができないことを進んでやる傾向があるのか、といった点を調査することが必要です」とジェメノは語る。

ルバルカバは、中間管理職は、休日も含めて、ヒスパニック文化を理解し、細かい注意を払うよう努めることと言う。例えば、母の日はヒスパニック・コミュニティでは重要な祝日である。

安全:両方通行の通り


現状ではヒスパニック労働者を援助することが関わる者すべてに利益をもたらしうる。米国における安全な労働環境は、国内ばかりでなく海外のヒスパニックに対しても利益をもたらし、また米国経済にとっても有益である。

米国労働省および米国移民帰化局による連邦支援プログラムがH2-Bプログラムである。このプログラムの下では、アメリカ人労働者だけでは仕事に必要な労働力が不足し、一時的、季節的な助力を事業者が必要とする場合に、メキシコ人を雇用することができる。労働者はメキシコから米国に合法的に入国し、最長10カ月間、同一の事業者の下に滞在することができる。また労働者は、少なくとも3年同一の事業者の下で勤務することができる。このプログラムは、ブッシュ政権下で見直しを進めている。

「ブッシュ大統領は、アメリカ経済のニーズを満足するために、移民プログラムおよび政策をより効果的で利用者への配慮が行き届いたものにするための方法を探っているのだと思います」とシカゴのCNAコマーシャル・インシュアランス社の建設損害管理担当副社長、ピート・ルバルカバは語っている。「今のところ、H2-Bプログラムが可能な限り配慮の行き届いたものとなっているとは思えません。ブッシュ政権は、プログラムをよりなじみやすいものにして、労働者と事業者の双方に利益をもたらすものとするよう努めているように思えます」

EPA安全衛生環境管理部長のジュリアス・ジメノも、ブッシュとメキシコ大統領ヴィセンテ・フォックスとの緊密な関係が、メキシコの事業場における安全衛生問題の前進に役立つと語っている。同氏は、両国はさらに結びつきを強め、情報共有を進めなければならないとも言う。「私たちは、自分たちが知るかぎりの知識を分かち合う必要があるのです」と同氏は語っている。

状況を改善する

ヒスパニック・コミュニティにおいて安全意識の向上をはかることは、複数の組織ばかりでなく、バルカバ、テラン、ジメノのような個人にとっても目標となっている。事実、テラン自身が共同創設者となっている国際ヒスパニック・アメリカン安全評議会という安全関連組織の事業計画が完成に近づいている。テランによると、イリノイ州デカルブのノーザン・イリノイ大学、シカゴのセント・オーガスティン・カレッジ、そしてコスタリカに拠点を置く全国保険協会が、その発展を支援しているという。

テランはまた、企業が自社のヒスパニック労働者を理解するための安全プログラムを開発している。労働者同様、事業者は、一般にその安全プログラムを素直に受け入れているという。「ヒスパニック労働者が理解できる言語や場にプログラムを配置し、是正措置を通じて、あらゆるギャップを埋めることが大切なのです。事業者は熱心であり、自らが雇用するヒスパニック労働者向けの安全研修を受け入れています」

CNAインシュアランスはまた、英語の話せない労働者を対象とする安全プログラムを積極的に開発しており、「英語の話せない労働者のためのイニシアティブ」の一翼を担っている。全米安全評議会(NSC)、建設安全協会、ゼネコン協会、米国安全技術者協会、労働安全衛生庁(OSHA)、国立労働安全衛生研究所(NIOSH)、そして米国公益事業請負企業協会(National Utility Contractors Association)が、このイニシアティブに関わっている。

ジメノは、全米安全評議会と共同で、ヒスパニック労働者のニーズ、そしてヒスパニック労働者の安全な労働力への融合というニーズに取り組む場を発展させている。

1990年代のヒスパニック人口の58%近い増加を受け、事業者が自社のヒスパニック従業員を理解するニーズと、ヒスパニック労働者を安全に労働力へと融合させることの重要性はもはや無視できなくなっている。他の移民の労働力への参入がさらなる言語および文化上の問題を引き起こす可能性はあるが、ヒスパニック労働者の融合をはかることは、直ちに取り組むべき問題である。


第89回年次総会および2001年博覧会

全米安全評議会の第89回総会および博覧会(9月24〜26日、アトランタ市)で催される以下の関連セッションをご検討ください。

  • 事業場における事故防止、パート1(スペイン語、9月24日(月)午前10時)
  • 事業場における事故防止、パート2(スペイン語、9月24日(月)午後3時15分)
  • ヒスパニック労働者の訓練(9月25日(火)午前10時)
  • 疾病予防:労働衛生と職業性疾病(スペイン語、9月25日(火)午前10時)
  • 国際フォーラム(9月25日(火)午後1時30分)
  • ヒスパニック・フォーラム:最新の活動について(9月25日(火)午後3時15分)




この記事のオリジナル本は国際安全衛生センターの図書館が閉鎖となりましたのでご覧いただけません。