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政府の職場には安全が欠落しているか

政府職員の安全確保と労災コスト低下への取り組み不足を指摘する声

資料出所:National Safety Council(NSC)発行
「Safety + Health」2002年2月号
(訳:国際安全衛生センター)


著者 トニー・デラクルス

ポール・オニールが2000年に新財務長官に任命されて、最初にやった仕事のひとつは、前任者に財務省の1人当たり労働損失日数を問い合わせることだった。約2日という答えが返ってきたが、オニール新長官はその数字を疑った。「これだけの回答に3週間かかった。何かあるに違いない」。そう語ったのは2001年3月だ。

着任早々、オニール長官は自らの安全理念を省内で実行に移した。長官の最大の関心事は金融政策と国内経済にあったが、安全は職場の、しかもあらゆる職場の第一の重要事項であるとの信念は忘れなかった。政府関係者によると、労働省内にはこうしたオニール長官の安全に対する姿勢を快く思わない人もいた。

オニール長官の安全への強い関心がきっかけになって、ひとつの疑問が浮かび上がった。民間の多くの産業や企業は、OSHAの監視のもとで職場の安全性を大きく向上させたが、政府職員の安全はそれほど確保されていないのではないか、という疑問だ。労働組合や労働者の権利運動組織が懸念していることをみると、政府職員には本来保証されるべき安全が確保されていない可能性がある。

安全の水準を見る場合、おそらく業務上の死亡者数を尺度とするのは議論の余地のないものはないだろう。労働省労働統計局による業務上死亡者数全国調査(Census of Fatal Occupational Injuries)で発表された最新データによると、全米の業務上の負傷による死亡者数は、1999年の6,054人から2000年の5,915人と若干減少している。1998年から1999年は、ほぼ横ばいだった。死亡者数総計は1995年から1997年にかけて6,202人から6,275人前後で、この6年は減少傾向が続いている。労働統計局の数値には職場での殺人と自殺が含まれている。2000年の業務上の死亡者のうち、民間産業は5,344人と過去6年で最低になっており、この実績は誇りとしてもよい。

2000年に職場の安全性を顕著に向上させた民間部門に対し、同期間中の政府の数値は、あらゆるレベルでこれを下回っている。政府関連の職場における死亡者数は、1995年の780人が1999年には566人に減少したが、2000年は571人とわずかに増加している。州政府レベルでは1999年が109人、2000年が108人である。州を除く地方政府の職場における死亡者数は、1999年の303人から2000年は310人と実際に増加している。連邦政府職員の労働損失日数のデータは入手できなかった。

いずれにせよ、入手可能な最新の統計データによると、業務上の死亡者数を減らす取り組みで、2000年については民間部門の方が公的部門より大きな成果をあげたものと思われる。だがOSHAのある役員は、統計上はそうであっても、どちらの部門が安全面でよりよい成果をあげたかを結論するのは早計だという。「はっきりした格差があると単純にはいいきれない。民間部門には多種多様な産業があり、不動産業者から保険販売員、重建設部門まで含まれるからだ」

この役員は、職場の安全責任は使用者が担うべきで、民間でも公的部門でも同じだと明言している。「規制機関に、日常的な職場の安全確保の役割を押し付けるのは不可能に近いし、そのために官僚機構への支出を増やしたいという人もいない」

生命を救い納税者のお金を節約する

「政府職員の死亡率は、製造業や鳥肉加工など多くの産業より高い」と主張するのは、ワシントンに拠点をおく「政府の無駄に反対する市民」(Citizens Against Government Waste)という政府監視グループのベテラン会員、ジョン・フライデンランド氏である。同グループは、連邦職員補償法に基づく申請で支払われる何十億ドルもの給付金は、政府が職場の安全訓練プログラムと規則を実行すれば節約できるとも主張する。連邦職員補償法は独占的救済で、連邦職員が職場で負傷した場合、連邦政府から障害、医療、遺族給付を受けられる。

フライデンランド氏は、監視グループの一致した見方として、連邦政府が安全問題への意識を高めれば一石二鳥の効果があると述べた。「何十万人もの政府職員の生活の質を向上させると同時に、負傷による給付申請に支払われる納税者のお金も節約できる」

労働省の労働者補償課によると、1999会計年度の連邦職員補償法の新規申請件数は166,544で、連邦職員26万2,000人の業務関連での負傷または疾病に対し、約20億ドルが給付金として支払われた。給付金のうち、賃金補償は約14億ドル、治療およびリハビリ費用が4億9,300万ドル、遺族給付が1億2,600万ドルを占めた。

「政府の無駄に反対する市民」は、連邦職員補償法による20億ドルの給付金を削減するために、政府がもっと本腰を入れるべきだと考えている。「これは氷山の一角にすぎないと考えられる」とフライデンランド氏はいう。「業務上の負傷によって、生産性の低下、勤労意欲の低下といった間接的なコストも発生する。これらを合わせると、補償法による給付の5倍から10倍に達するおそれがある」

この他にも、フライデンランド氏が指摘しなかったコストがある。連邦職員補償制度の運営コストは1999会計年度で1億ドル近くに上り、制度全体のコストの約4.7%を占める。

職場の安全をもっとも脅かしているのは誰か。「反対する市民」によると、連邦職員補償法の申請がもっとも多いのは、米国郵政公社と海軍省である。

記事内容早わかり

民間企業は継続的に職場の安全性を向上させているが、連邦政府は立ち遅れているとの批判がある。

要点

  • 連邦政府職場の死亡者数は、2000年に若干増加した。
  • 連邦職員補償法による申請は毎年約17万件あり、米国の納税者のお金が毎年約20億ドル支出されている。
  • 労働組合はエルゴノミクス的基準で職場の安全性は向上すると主張する。政府職員の負傷では、筋骨格系障害が最大の原因になっている場合が多いからである。
  • 「クオリティ・ケース・マネジメント」は、労働者の迅速な職場復帰と補償コスト引き下げに役立っている。

詳しい情報は以下を参照

トニー・デラクルスは、ニューヨークを拠点に活動するフリーライター。



  負傷/疾病 総数の発生率 労働時間の損失を伴う負傷/疾病の発生率 死亡者数
政府機関名 1998 1999 2000 1998 1999 2000 1998 1999 2000
連邦政府 5.46 3.91 3.95 2.40 1.88 1.80 146 95 85
上院 0.82 0.93 0.82 0.64 0.57 0.57 0 0 0
下院 0.34 0.40 0.46 0.24 0.16 0.18 0 0 0
議事堂建築監 14.70 14.11 17.90 10.35 4.99 2.92 0 0 0
政府印刷局 9.16 7.74 8.41 7.86 6.26 6.30 0 0 1
公民権委員会 4.71 2.47 7.69 4.71 1.23 5.13 0 0 0
農務省 4.16 4.01 4.31 2.03 1.91 2.05 12 15 13
 −林野部 4.36 4.45 4.81 1.69 1.84 2.04 3 7 6
 −食品安全検査部 9.19 8.69 9.38 5.99 5.22 6.02 1 0 2
商務省 1.91 2.13 2.22 0.89 1.01 0.93 5 0 13
国防省 4.24 4.01 4.08 2.24 1.97 1.91 31 30 26
教育省 1.76 2.09 1.80 1.33 1.28 0.93 0 0 0
エネルギー省 2.23 2.30 2.01 0.83 0.84 0.64 1 1 0
保健福祉省 2.92 2.67 2.72 1.50 1.35 1.27 1 1 0
住宅都市開発省 1.95 1.95 1.79 1.25 1.05 0.90 2 1 0
内務省 7.74 7.50 8.40 3.14 2.90 3.30 19 12 12
司法省 7.84 7.54 7.50 3.43 3.10 3.12 7 8 5
 −入国帰化局 14.83 14.14 14.04 5.53 5.44 5.53 3 5 3
労働省 3.58 3.18 3.50 1.99 1.22 1.28 1 3 2
 −鉱山保安衛生局 10.82 9.39 9.85 4.30 2.66 2.94 0 2 2
OSHA(労働安全衛生庁) 3.61 3.18 3.31 2.42 1.56 1.06 0 0 0
国務省 1.36 1.23 1.40 0.84 0.60 0.48 30 8 2
運輸省 3.27 3.20 3.40 1.93 1.82 1.88 5 2 2
財務省 3.69 3.59 3.92 1.98 1.86 2.04 3 5 1
 −証券印刷局 12.06 12.76 12.28 8.16 8.12 6.37 0 0 1
 −合衆国造幣局 8.37 10.52 13.47 3.77 5.39 6.90 1 0 0
復員軍人省 4.42 4.54 4.75 2.53 2.30 2.28 1 2 4
環境保護庁 1.28 1.05 0.98 0.75 0.47 0.41 0 0 0
大統領府 0.62 0.44 0.61 0.50 0.44 0.42 0 0 0
ホワイトハウス事務局 0.51 0.00 0.00 0.25 0.00 0.00 0 0 0


註)
発生率= N X 200,000
(N = 負傷/疾病の数
EH = 暦年の延労働時間)
EH

註)プライベートセクターのデータについては、OSHAホームページ(http://www.osha.gov/oshstats/work.html)を参照して下さい。



「規制機関に、毎日の事業場の安全確保の役割を押し付けるのは不可能に近いし、そのために官僚機構への支出を増やそうという人もいない」
OSHAの一職員


「反対する市民」は昨年、連邦政府に対し職場の安全確保のための取り組み改善を求める声明を発表した。そのなかで同グループのトム・シャーツ会長は「テロとの闘いを弱めたり、国家の安全を犠牲にすることなしに、納税者のお金を節約する方法を考案することが政府指導者の大きな課題になる。職場の安全性の向上は、そのための大きな出発点になる」と述べた。

フライデンランド氏によると、「反対する市民」は今月、連邦機関が労働者保護を強化するにはどうすればよいかをまとめた報告書を発表する。たとえば政府はフェデラル・エクスプレスを見本にすることもできると同氏はいう。テネシー州メンフィスに拠点をおくフェデックスは、米国郵政公社とほぼ同じ業務に従事しているが、安全については表彰に値するほどの実績をあげている。

改善への試み

1993会計年度、連邦職員補償地域事務所は「クオリティ・ケース・マネジメント」プログラムを実施して、労働損失日数と連邦職員補償コストの削減に取り組んだ。クオリティ・ケース・マネジメントは、労働省の労働者補償課が、障害による労働損失日数の縮小のために採用した手法である。

このプログラムでは、負傷事例のうち、賃金補償が請求されながら職場復帰日が特定されていない事案をすべて検証し、早期介入措置を担当する看護師を指名する。看護師は申請者を訪問し、主治医、使用者、申請者と協力しながら、治療体制と軽度の業務のための調整を行う。看護師の業務開始から120日たっても申請者が職場復帰できない場合、早期の職業訓練またはセカンド・オピニオンによる評価を行う。

1999会計年度をみると、同年に発生してクオリティ・ケース・マネジメントの対象となった約12,800件のうち、97%がただちに介入措置を受けた。手続きに基づいて看護師が手配されたのは約11,500件だった。専門家によるセカンド・オピニオンの評価を受けた労働者が約3,200人、職業訓練を紹介された労働者が1,144人だった。

1999会計年度には、約7,400人が契約看護師またはリハビリテーション・カウンセラーの援助で職場復帰を果たした。1999会計年度中に完了したクオリティ・ケース・マネジメント事案のうち、90%が障害発生日から30カ月以内に解決した。1999会計年度の場合、このグループの平均的な障害日数は障害発生年内で173日だったが、1997会計年度の平均は189日だった。労働者補償課によると、短縮された16日間は補償金額にして960万ドルの節約になる。クオリティ・ケース・マネジメントによって職場復帰の件数が増加したため、長期障害給付の受給件数が減ったという。

労働者補償課は、クオリティ・ケース・マネジメントによって、今後も補償対象になる件数が減り、補償期間も短縮されると期待している。それは連邦職員補償法による補償コストと治療費の低下につながり、負傷した労働者にとっても好ましい結果をもたらす。

労働組合の主張

一般に労働組合にとって、昨年の連邦政府をめぐる動きは期待はずれのものだった。とくにエルゴノミクス基準での挫折は手痛い。多くの労組は、エルゴノミクスほど政府職員に直接に影響する職場の安全問題はないと考えている。労組はブッシュ政権を容赦なく批判し、2001年夏に開かれたフォーラムもAFL−CIOの報道陣向け発表は「ペテン」と決めつけた。

AFL−CIOのジョン・スィーニー会長は、エルゴノミクス基準が議会とブッシュ政権に否定された後の昨年4月、イレーン・チャオ労働長官のエルゴノミクスへの姿勢を軟弱だと批判し、こう述べた。「(長官は)長期的な計画も、暫定的な解決策も、また行動のための時間的枠組も提示せず、米国の最重要の労働安全問題に対して、この政権はなんの対策ももっていないという懸念を裏づけた」

全米州・郡・市労働組合連合もこれに同意する。2001年7月16日の報道陣向け発表で、労働省はこの問題に対する長年の慎重な調査や国民の意見を無視し、またエルゴノミクス的負傷についてのフォーラムの回数ばかり増やして、強く求められている是正対策を先延ばししているときびしく非難した。

「これらの公開フォーラムは、知識不足につけこんで幻想をふりまき、業界代表とその利害関係に肩入れするインチキな内容であり、労働者保護に必要な対策をなんらとろうとしない政府の姿勢を隠蔽するものだ」。同連合のジェームズ・オーガスト労働安全衛生プログラム部長は、公聴会での証言でこう述べた。

「あたかも、筋骨格系障害については厳しいエルゴノミクス基準を発表するだけの知識が不足しているかのように装うことは、職場の現実と、労働者の正義への期待を無視するものだ」とオーガスト部長は警告した。また同連合は130万人の組合員が州と市政府、または医療・保健当局のもとで働いているが、深刻な筋骨格系障害による労働損失日数が異常に多いとも指摘した。

全米州・郡・市労働組合連合ワシントン事務所の委員長で、議会図書館職員のソウル・シュナイダーマン氏は、図書館での最大の問題はエルゴノミクスだという。「まさに深刻な問題だ。知らない人も多いが、肉体作業の量、たとえば郵便物の取り扱い、コンピューターのキー操作、記録の保守作業などがきわめて多い」という。

シュナイダーマン氏は、人員削減も安全をおびやかすと主張する。政府職場の安全性が低下したとの見方は当を得ていると同氏はいう。政府の規模が縮小するにつれ、さまざまな原因での災害が発生しているからだ。「職員数が縮小されるときは安全は二の次になる」。したがって労働組合は「安全衛生の確保にきびしく目を光らせる必要がある」と主張する。

連邦機関は安全衛生問題をもっと重視すべきというのがシュナイダーマン氏の意見だ。2000年4月、同氏の労組は、米国議会の建物を保守管理する議事堂建築監での災害発生率の高さに抗議した。「議事堂建築監は、何年も災害発生率がきわめて高かった」と同氏はいう。「樹木を切り倒す作業が危険なことははっきりしているが、他にも問題を抱えた分野はある」

基準があろうがなかろうが、安全確保はあらゆる職場の義務だと同氏は主張する。「制度が不十分であるというのは誰もが直面している問題だ。重要なのは継続的に改善を積み重ねることだ。つねに積極的な対策をとるよう努力しなければならない」

シュナイダーマン氏は、官僚機構に屋上屋を重ねるのではなく、職員の参加に基づいて、簡素で実現可能な解決策を考案することを主張している。「政府機関は手作業があまり多くない職務の一覧を用意し、軽作業の必要な職員が発生したときに就業できるようにしておくべきだ」と同氏はいう。「やる気さえあれば、比較的簡単にできるはずだ」

同氏は、そうした方法で安全プログラムを実行すればなんら実質的な障害はなく、あるとすれば政府規模の縮小に伴なう困難だけだという。「政府を縮小合理化した結果、未処理の業務が増えた。政府内では、迅速に業務を処理する必要が強調されすぎている。銃を突き付けられたような危険な状態では、創造性を発揮する余地はない」

シュナイダーマン氏は、もうひとつの重要問題があるという。緊急避難の問題だ。「9月11日の同時多発テロの発生時と、その後のワシントンでの避難のあり方には問題があった」と同氏はいう。「多くの政府機関は同じ手続きを繰り返している。テロであれ火災であれ、これは問題だ。同時多発テロで、ひとつ幸いだったのは各種の機関が避難手続きを再検討するようになったことだ」

全米州・郡・市労働組合連合が2000年に記録した5件の業務上の死亡のうち、3件は職場の安全性に疑念を抱かせるもののように思える。アイオワ州の男性は硫化水素に暴露して死亡した。これは下水道と工業廃棄物に含まれることの多い有毒ガスだ。ウェストバージニア州の男性は窒息死だった。労組によると、この男性は機械の危険部分にはさまれた。ウィスコンシン州の男性の場合、乗っていた車が充電線に接触して感電死した。残りの2人は警察官で、一人は自動車の衝突事故、一人は刑務所内の暴動が原因だった。

解決策を求めて

「政府機関は、政府の内外での成功事例に目を向けることを学ぶべきだ」とフライデンランド氏はいう。そして同氏のグループの力で、政府の一部部門の自己改革を後押ししたいと考えている。「グループでの調査をもう少し積み重ねて、職場の安全確保に成功した事例の特徴を把握したい」

「政府の無駄に反対する市民」グループの使命は政府支出の削減なのだが、皮肉にもこの問題についていえば、目的達成には資金が必要だとフライデンランド氏は語る。「安全面で高い実績を残すにはある程度のお金が必要だとしても、この問題の場合、コストしか頭にない人たちの近視眼的思考がひとつの問題なのだ」と同氏は説明する。「大局的な見地に立って、安全性の向上のためにお金を投資すべきだ。われわれが正しければ、連邦政府の職場の安全性が向上して、納税者に無限の利益をもたらすはずだ」