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「安全」は切り捨てられているか

人員の削減同様に、安全もリストラの対象となるのか?

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety+Health」2002年3月号
(訳 国際安全衛生センター)


ジョン・ディスリン

職場の安全に対する経済の影響をとりあげた連載の第1部

9月11日の同時テロ以降、100万人を越える労働者が失業した。ここ数カ月はレイオフ(一時解雇)*のペースが落ちて、景気も徐々に上向き始めているが、大半の専門家は、状況が好転する前にもう一段悪化すると予想している。景気後退期に一番遅れて影響があらわれるのが雇用指標であり、回復も最後になるのが普通だ。

*訳註)レイオフ−−−日本では解雇せずに一時帰休の意味にも使われる

だが人員削減は職場の安全にどのように影響するのだろうか。たしかに、企業の人員縮小で安全担当管理者のスタッフが減らされる場合がある。安全担当管理者自身が解雇される場合もある。人員が減れば生産性を維持するのがきびしくなり、残った労働者は労働時間を延長するか、労働密度を高めなければならなくなる。

最近の経済指標によると、労働生産性は向上しており、同時に労働時間も伸びている。労働者が、1日8時間の労働時間にできるだけ多くの作業を詰めこんだり、あるいは残業を延長して人員削減の穴埋めをしようとする結果、安全が犠牲にされることはないのだろうか。答えはそれほど簡単ではない。

複雑に絡み合う要素

安全が犠牲にされているかどうかに結論をだすのは時期尚早である。解雇の多くは2001年に発生したからだ。したがって今年後半にならないと負傷や疾病数の傾向は判断できない。また、たとえこれらの数値が明確になっても、いくつかの要素がデータにゆがみをもたらす。

そのひとつは、記録管理の新しい基準だ。全米自動車労組(デトロイト)の安全衛生部長、フランク・ミラー博士は「負傷と疾病の記録方式が変更されたため、解雇の影響を判断するのがむずかしくなる」という。「また新しい規則では、使用者が一部の負傷と疾病の記録を回避できるようにもなっている。いずれにせよ、すべての当事者が新しい記録管理規則を全面的に理解するには数年かかるだろう」

これとは別に、とくに景気が低迷する時期にはエルゴノミクスの問題も懸念材料になる。ミラー氏によると、筋骨格系障害は実体より少なく報告される傾向があるため、安全衛生に対する経済面の影響を正確に把握しにくくなる。

また解雇の多くは、伝統的にブルーカラーの製造業と建設部門で発生しており、サービス関連部門の雇用数はそれほど変わらない。サービス部門はもともと製造や建設部門より安全度が高いため、主要な負傷や疾病については報告件数が減少する。ところがエルゴノミクス的な負傷の発生水準をみると、サービス部門の方が高い場合が多いのである。

「サービス部門は危険度の低い職務が多い。そのため重大な負傷の件数は少ないかもしれないが、エルゴノミクス的な負傷はむしろ多いのではないか」とミラー氏は主張する。「報告される負傷のうち、一般に激しい労働や疲労などを原因とする筋骨格系障害を、急性の外傷性負傷と区別することがとりわけ重要だ。筋骨格系障害は、職場に残った労働者に今までどおり発生しているのではないかと思う。発生の原因はそのままだからだ」

ミラー氏は、過去の景気後退は、今回のものを含めた将来の景気後退の影響を探る際の参考にはならないという。たとえば1991年の景気後退はそれほど深刻ではなかったため、職場の安全への影響は、あったとしてもごくわずかだったと指摘する。だが1981年から82年にかけての景気後退は深刻で、災害発生率は5倍に膨らんだ。ミラー氏は、発生率の増大の大半は、新たに筋骨格系障害が認定されたことが原因だったとみている。そして今回の景気後退で、それほど大きな影響があるかは疑問だと考えている。

「コスト削減の圧力が強まって解雇が増え、人的資本への投資が減少するのは間違いないと思う。ウォール街は企業に財務の安定を迫るだろうし、それが職場の安全面に悪影響を及ぼしかねない」とミラー氏は明言する。「しかし長期的視点をもち、製品の質を重視する企業は、安全への自覚を忘れないだろう。1ないし2四半期のことしか考えない過半数の企業にとっては、影響は小さくないだろう」

またミラー氏は、職場で発生するおそれのある安全問題に対し、OSHAがどれほどの対策がとれるか疑問だと考えている。同氏は、この4〜5年でOSHAの立ち入り検査回数は減ったという。「経済が拡大している時期に立ち入り検査回数が横ばいということは、対象となる企業の比率は減っていることになる」との主張だ。またOSHAの立ち入り検査回数自体も、企業の災害発生率と同様に操作できるという。

OSHAの第5地方事務所のマイク・コナーズ所長は、これに異論を唱える。同所長は景気低迷がOSHA係官への圧力を強め、問題分野が拡大する可能性があることを認める。しかしOSHAが確立したパートナーシップとプログラムで職場の安全は改善しており、今後も向上するだろうという。

「とはいえ、企業の安全専門家がわれわれに仕事を持ち込んでくることは、決してよいことではない」とコナーズ所長は語る。「景気にかかわらず、企業がどれだけ安全を重視するかが問題だ。安全に対する企業文化がなければ、問題は発生する。企業文化があれば、問題発生の確率も低くなる」

コナーズ所長がもっとも注意しているのは、OSHAの監視体制が十分か、安全衛生専門家の懸念に十分に耳を傾けているかという点である。景気低迷で拡大する可能性があるのは、請負業者が日雇い労働者と派遣労働者への依存を強めるという問題である。

「心配なのは、派遣労働者と移民労働者への依存度が高まることだ」とコナーズ所長は指摘する。「これらの労働者は、常用労働者に比べ、業務上で負傷する確率が9倍も高い。日雇い労働者の存在は問題を一層むずかしくする。訓練を受けていないのが普通で、われわれとしても実態を把握しにくいからだ」

安全は後回しにできない

ミラー氏は今後の職場の安全を楽観視していないが、現実はそれほど暗澹たるものではないかもしれない。米国安全技術者協会(イリノイ州デプレーンズ)の会員調査によると、効果的な安全プログラムを重視する企業が増えている。衛生管理と労災補償コストの増加など、コスト競争力にかかわる問題に直面しても、企業は安全に対する意識を低下させていないと協会はいう。調査に回答した安全専門家のうち、昨年、職場での労働安全衛生のための人員を減らしたと回答したのは30%未満だった。20%近くが、社内の安全衛生および環境に携わる人員を増やしたと回答し、変化なしとの回答は50%を越えていた。

2002年に安全衛生担当人員の採用数が増えると予想する回答者は35%、減ると予想する回答者は31%であることもわかった。不明と答えた回答者は約34%だった。

「大半の企業は安全専門家を最大限に活用している。みんな安全な職場環境を望んでいるからだ」と語るのは、米国安全技術者協会のエディー・グリアー会長だ。「これまで安全専門家の数が増えてきたのは規制があったからだが、今日では職場の労働者の保護は企業利益に合致したことなのだ」

こうした考え方を実践しているのがボーイング社である。昨秋、同社は3万人のレイオフを発表した。その大半は商業航空部門だ。2001年12月14日時点で、同社の商業航空部門の労働者の約10%が失職した。

「だれも同僚や友人が退職するのを望んではいないが、レイオフはわが社の安全目標にとって障害にはならなかった」と語るのは、シアトルにあるボーイング・コマーシャル・エアプレインズの安全衛生・環境部長、ダグラス・ブリッグス氏である。「わが社の安全プログラムは十分に成熟しているので、どんな問題にも対処できる。ボーイングは、幹部以下の全社員が安全衛生を必達目標にしており、一貫して人間を第一に考えることを主眼としている」

ブリッグス部長によると、ボーイング社は10年前に安全テンプレート*を作成し、経済状況がどうなろうと、このテンプレートは改善する場合を除いて変更しない。「われわれは職場の安全という必達目標を後回しにすることはない。つねにレーダー画面に明示されている」とブリッグス部長は断言する。

*訳註)テンプレート−−−製造工程で用いる手本

ボーイング社は労組、とくに同社最大の国際機械運転者組合との間でパートナーシップを築いてきた。1989年に同組合との交渉を通じて設立された安全衛生研究所は、ボーイング社の経営陣と組合指導部で構成されている。参加者は、同社のすべての施設で、すべての作業手順を検証し、監視し、分析している。業務責任者だけでなく、安全衛生・環境チームのメンバーとも協力し、安全衛生のための作戦を実行している。たとえばエルゴノミクス的なリスク要因を評価し、解決策を立案している。ブリッグス部長は、同社はあらゆる安全手順を職場に工学的に取り入れる方針だという。

「1989年の交渉の成果として、『訓練による質の確保(Quality Through Trainning)』というプログラムも創設された。職務の変更が必要になった機械工を支援するものだ。彼らが新しい職務を習得するのを援助し、作業の内容を理解して新しい部署で安全に働けるようにする」とブリッグス部長は説明する。「『訓練による質の確保』プログラムと安全衛生研究所は、今日のような困難な時期には一体となって活動を進め、すべての労働者のために訓練と安全な作業を確保する」

ブリッグス部長によると、企業では人員削減を採用増が上回る拡大期の方が、どちらかというと安全問題が発生しやすい。そして意思疎通を密にし、誠実に対応すれば、労働者は明日は仕事があるだろうかと気もそぞろになることはないという。「わが社の労働者はみんな、うまく対処している。航空産業は景気循環型の事業だということを理解しているのだ。しかし同時に、同僚や友人が解雇されるなかでも社員の一体性を保てるよう努力している。安全に対する方針は変わらないということ、その方針を商用航空部門のアラン・ムラリーCEO、ボーイング社のフィル・コンディットCEOらの幹部が率先して実行していることを、すべての社員が理解している」とブリッグス部長は語る。

ブリッグス部長は、負傷と疾病の報告につねに目を通しているが、レイオフの発表後も特別な兆候はみられないという。それは今後もないだろうとみている。

米国安全技術者協会の調査も、景気の失速が職場の安全低下に必ずしも直結しないという考えを裏付けている。事実、安全衛生専門家にとって、今ほど良い条件だったことはないとする回答もあった。さらに、経済が低迷していても自社の安全衛生方針には一切変わりはないとする回答もあった。

OSHA第4地方事務所のシンディ・コー所長は、結局は企業文化の問題だという。「企業に人員削減は付き物だし、その結果、安全担当者が失職することもある。コンサルタントも削減される。だが安全が最終的な利益に与える影響を理解している企業は、正しい方針を掲げ続けるものだ」とコー所長は断言する。「安全は、必ず成果をもたらすのだから」

記事内容早わかり


経済が職場の安全にどのような影響を与えるかは、企業の幹部と労働者によって、そしてひとりひとりの姿勢によって決まる。

要点

  • 過去の景気後退は、職場の安全に対する経済の影響を予測する際の参考にはなりにくい。
  • 記録管理の基準が改訂されたため、景気後退が労働者の安全に与える真の影響を測定するのがむずかしい。
  • サービス業への就職が増えているため、エルゴノミクス的な負傷の件数は横ばいか、増える可能性がある。
  • 派遣労働者や日雇い労働者への依存が強まる結果、業務上の負傷が増えるおそれがある。
  • 企業全体の文化が、職場の安全度を決定する最終的要因になる。
  • 米国安全技術者協会の調査により、今回の景気後退は安全にそれほど深刻な影響を及ぼさないことがうかがわれる。

詳細については

  • 米国安全技術者協会のウェブサイト「www.asse.org」を参照
  • 全米安全評議会のウェブサイト「www.nsc.org」で、労働者の安全確保に関する一連の情報を提供している
  • 新しい記録管理の基準については、OSHAのウェブサイト「www.osha.gov」または全米安全評議会のウェブサイトを参照

編集者のメモ:本レポートの第2部は、『Safety + Health』誌の4月号に掲載し、ここでは派遣労働者の安全について検証する。