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「行動」における変化
−「安全行動に基づく安全」の退潮が安全マネジメントに道を譲る−

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety + Health」2002年12月号 P.32-39
(仮訳 国際安全衛生センター)



はやわかり

 1990年代の初めから半ばにかけて、「安全行動に基づく安全」は安全衛生における次の主流と目される大テーマだった。しかしここ数年、その人気は衰え始めている。このプログラムが企業の望む永続的な効果を与えるわけではないということに企業が気が付いたのだ。多くの安全専門家が「安全行動に基づく安全」は特効薬ではないということに同意し、傷害・疾病を減らすためのもっと包括的な安全マネジメント活動を推進している。

キーポイント
  • 安全専門家は「安全行動に基づく安全」はもう終わったと考えている。
  • 「安全行動に基づく安全」は伝統的に危険有害因子の根源にではなく、労働者の問題に焦点を当ててきた。
  • 近年、「安全行動に基づく安全」にバランスが欠如していることがより一層明らかになっている。その結果「安全行動に基づく安全」コンサルタントは、安全に関する他の諸要素をプログラムに組み込み始めた。
  • 行動科学技術株式会社(Behavior Science Technology Inc.)のCEOで共同設立者のTom Krause氏は、「安全行動に基づく安全」本来のコンセプトを企業が利用できなかったのだと主張している。
  • 多くの安全専門家が、「安全行動に基づく安全」は労働者を安全プロセスに真に参加させていないと考えている。インセンティブプログラムは安全衛生の目標に対して有害な場合もある。
  • 安全専門家は「安全行動に基づく安全」がなくなって欲しいと考えている。次のステップは安全マネジメントプログラムであろう。
より詳細な情報は、www.nsc.orgを参照。

筆者Markisan Naso はSafety+Health誌の副編集長である。


 1990年代の半ばには、「安全行動に基づく安全」は、すべての安全衛生専門家の口にのぼる流行語だった。労働者を観察して不安全行動を発見するのが、労働災害や職業性疾病に対する特効薬だ、と企業は信じていた。しかし、かつて人気のあったこの考えも、多くの安全専門家の間では定説となっていること、即ち「安全行動に基づく安全」がすべての問題を解決するわけではないことを企業が認識しだすにつれて、スポットライトを浴びる場から消えつつある。

 「多くの会社にとって『安全行動に基づく安全』は終わったと思う。この方法は見離されつつある。」というのは、全米自動車労組(United Auto Workers : UAW)の安全衛生部次長であり、「安全行動に基づく安全」の反対者の中で最も目立っている一人であるJim Howe氏である。「『安全行動に基づく安全』のトレーニングやセミナーへの出席者は減少している。会社がこれをやってみたが、彼らが真に求めている持続的な効果が出ないということを認識したからだと思う。」

 90年代に「安全行動に基づく安全」が盛んになって以来、Howe氏や他の安全専門家は、これは持続的な結果につながらないとして、ずっとこのやり方に反対してきた。彼らの主張によれば、「安全行動に基づく安全」は不当に労働者に責任を負わせ、よく出来た安全プログラムがあっても、その重要要素に優先順位をつけることができなくなってしまう。「『安全行動に基づく安全』では、対象とすべきものが間違っていることが、根本的に問題となる点だ。我々がしなければいけないことは、危険有害因子を探し、それがどこから来るかを見出すことだ。危険有害因子とは、傷害や疾病を起こす可能性のある状況や環境だ。」

全米安全評議会(NSC)の労働安全衛生トレーニング/コンサルティング部長のRon Miller氏も、「安全行動に基づく安全」が労働者の行動のみに注目しすぎているということに同意見である。「問題を先取りしてなにか行えば、なにがしかの改善はできる。難しいのは『安全行動に基づく安全』が、そこまでで止まっていることを認識することだ。会社が作業環境や設備に目を向けなければ、労働者が間違った道具を使わされるかもしれない。行動観察をいくらやろうが、労働者は不安全な道具を使わされ続ける。」

バランスの欠如

 Howe氏、Miller氏とも、長続きする安全プログラムは、まず経営側が参加し、一時しのぎでない方法を採用する意欲を持たなければならないと信じている。残念ながら90年代半ばに「安全行動に基づく安全」を採用した多くの企業は、これを電撃のごとく安全衛生プログラムを改善し、傷害・疾病に対する経営者の責任を軽減してくれるものであると捉えた。

 Howe氏は次のように語っている。「『安全行動に基づく安全』は労働者側が変わることを求める。しかし、我々が主張しているアプローチでは、経営側が大きく変わる必要がある。もし危険有害因子やリスクを減少させるのが目標なら、これらに取り組まなければならないし、それだけでなく新しい危険有害因子の発生を最小にしなければならない。それには工学的対策もあるだろうし、危険有害物質の評価、より安全な代替策を見つけようとすることもあるだろう。単に、大勢の人間にクリップボードを持たせて現場に送り、不安全行動を探させるということではないだろう。」

 Miller氏は次のように付け加えている。「安全のすべての分野を含んだバランスのとれた全体のマネジメントシステムを持つことが非常に重要だ。これまでの『安全行動に基づく安全』アプローチは安全の一要素のみに注目していて他の重要要素を考えていない。」

 多くの「安全行動に基づく安全」プログラムでバランスが欠如していることは、企業だけでなく、コンサルタントにとっても明らかになりつつある。多くの「安全行動に基づく安全」トレーニング会社は、この人気が落ちるにつれて趣意と作戦を変え始めている。例えば行動科学技術株式会社(Behavioral Science Technology Inc.)のようなパイオニアは、以前に比べて広い範囲の安全問題に焦点をあてているように見える。

 カリフォルニア州オーハイにある行動科学技術株式会社の共同設立者でCEOのTom Krause氏は、退潮をみとめつつも、「安全行動に基づく安全」は誤解されてきた面もあると話す。同氏の主張によれば、「安全行動に基づく安全」の中核的なコンセプトは1990年代初期、「安全行動に基づく安全」の全体ではなく表面部分だけに興味を持った企業によって骨抜きにされてしまったということだ。これが、「安全行動に基づく安全」の退潮とバランスを欠いたプログラムという評判につながったという。

 「残念ながら企業は実際には方法論を学ぶことはせず、『安全行動に基づく安全』の表題だけを採用した。それは一時的な熱中の対象となった。これは、アメリカの産業界ではよく起こることだ。なにかに人気がでると皆がそのことを話し、流行になって皆が便乗する。しかし、トレーニングをしなければならないとは思わないし、他の会社が行ってきた変革をやろうともしない。最表面だけ取り込んで『安全行動に基づく安全』をやっているという。このプロセスを機能させるのには、本当の技術的作業が重要だということは理解していない。その結果、一時的な熱中は皆にとって有害なものになる。つまり、多くの会社がいいかげんな動機で始め、最後にはわけのわからないことになってくるのだ。」とKrause氏は語っている。

 Krause氏は、行動科学技術株式会社は「安全行動に基づく安全」の考え方をサポートして来たし、これからも優れた安全プログラムの一部分としてサポートすると言っている。「『安全行動に基づく安全』を包括的なプログラムだと思う人は間違っている。『安全行動に基づく安全』は重要ではあるが一部分である。それも他の要素に影響を与えることの出来る要素である。中心的要素であると考える企業もあるが、それでも包括的なものではない。」と同氏は語っている。

 このkrause氏の考えは多くの安全専門家が共有するものだ。実際、「安全行動に基づく安全」が今後ある時点で、より包括的な安全プログラムに統合されるだろうと考える人もいる。他方、UAWのHowe氏のようにそのような「統合プログラム」のコストという観点から懐疑的な意見を言う人もいる。「実際問題として、30万ドルもかかる『安全行動に基づく安全』を包括的プログラムの単なる一部として実施するというアイディアを持って工場長のところに行ったら、事務所から追い出されてしまうだろう。現実には「安全行動に基づく安全」の重要さは大げさに言われ過ぎている。『安全行動に基づく安全』プログラムには大変費用がかかるものもあるので、危険有害因子対策のような重要なことを実施するお金がなくなってしまう。」

幻想をなくす

 Howe氏のような専門家は、「安全行動に基づく安全」が衰退してきているのを機に、企業が危険有害因子源を発見し、真に労働者を安全プロセスに参加させることに重点を置くアプローチを採用することを望んでいる。同氏も、いくつかの危険有害因子は人間の行為の結果発生することを認め、また何らかの危険有害因子に関係するリスクはヒューマンファクターによって増大することも認識している。同氏はまた、まずは安全マネジメントシステムが改善されることが必要だと考えている。実際、既存の行動プログラムを変更してこれが機能するようにすることはできないだろうと氏は考えている。

 「企業は、『安全行動に基づく安全』プログラムを放棄すべきだといいたい。つまるところ、不安全行動を探すことと危険有害因子を探すことには大きな違いがあると思う。行動を変えたり、インセンティブで労働者を釣ったり、耳栓をしていて偉いなどと背中を叩いたり、労働者を訓練することと、保護具や手順よりも工学的対策の方が効果的だと認識した上で、階層制を利用して、危険有害因子はなにか、危険有害因子に対して最善の対策をとるにはどうするかを問うこととは全然違うのだ。」

 「安全行動に基づく安全」と安全マネジメントプログラムの最大の相違点の一つは、労働者の参加をどう考えるかという点である。NSCのMiller氏は、会社のプログラムの最も重要な点は、それが品質プログラムであれ、安全プログラムであれ、労働者の参加であると思うと言っている。「標準作業手順を策定するためには、労働者がチームに入らなければならない。安全の問題点を見つけ、対策を立てる際の助けになるし、どのように仕事をするべきかでも一役買う。労働者が参加することが重要だ。」

 安全専門家の多くはMiller氏と同意見であり、また「安全行動に基づく安全」は労働者の参加を妨げると考えている。例えば、ある期間ケガをしなかったといって労働者に褒賞を与えるインセンティブプログラムは、単に労働者がケガを報告するのをやめさせるだけだろう。Howe氏によれば、そのようなインセンティブプログラムは「改善の幻想」を与えるに過ぎない。「もし、年末までケガをしなければ$100をあげると労働者に言えば、多数の人がケガや病気を報告するのをやめてしまうだろう。」

Miller氏によれば、インセンティブプログラムを行う正しい方法は、労働者が危険有害因子を見つけ、それに対応するためにはどうしたらいいかを提案したときに褒賞を与えればよいということである。「それがモチベーションという観点からやってほしいことだ。もし数が少なければ表彰するということにすれば、報告される数は少なくなる。それは必ずしも、ケガや暴露が根絶されたということを意味するものではない。彼らは家に帰ってしまって、ケガの報告はしない。褒賞をもらえるかもしれないからだ。」

 さらにHowe氏は次のように問いかける。「安全行動に基づく安全」プログラムのどの部分がケガを減少させるだろうか? 「安全行動に基づく安全」派の人たちは答えを知らない。これは非常に重要な質問だ。これを本当に研究した人はいない。これが残念なことに、安全ビンゴゲームや類似プログラムが出来て非常に普及した理由だ。

レーダーから消える

 同じぐらいに難しい質問が、ここ数年で「安全行動に基づく安全」はどうなるかということだ。Krause氏は「安全行動に基づく安全」の栄光の日々は過ぎ去ったと考えている。「『安全行動に基づく安全』というタイトルはレーダースクリーンから消えてしまうと思う。なくなってしまうとは思わないが、以前のような見方をされることはないだろう。コンセプトは事業場にとりこまれてしまい、プログラムという形で行うものではなくなるだろう。むしろ事業を行っていくことの一部となっているだろう。」

 Jim Howe氏は、今世界中でトータルのマネジメントシステムに焦点を当てようという動きが進行中であると考え、米国ANSIの安全衛生マネジメントシステム標準策定の努力を多くの企業が支援していると指摘する。この安全マネジメントに向けた動きが「安全行動に基づく安全」の地位の変化を助長してきた。

 Jim Howe氏は次のように語っている。「『安全行動に基づく安全』派の人たちは、大々的な再構築を図っていると思う。よりよい形にしようとしているのだ。それがどれだけよく迎えられるか正直わからない。しかし、私は「安全行動に基づく安全」がなくなってしまって、全体の安全衛生マネジメントシステムを改善するような包括的プログラムが実施されるようになるといいと思っている。なぜならそれが永続的な傷害・疾病の減少につながるからだ。もし企業がインセンティブや「安全行動に基づく安全」にお金を使うことをやめて、マネジメントシステムに重点をおくようになれば本当に素晴らしいことだ。」