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窮地に陥る

「Safety+Health」2003年12月号p.46
(仮訳 国際安全衛生センター)



閉塞空間で緊急事態が発生した際の処置を地域救護隊に頼ると、労働者に危険を及ぼすことになりかねない。

キャレン・ガスパース(Karen Gaspers)


 タンクローリー内部に残留するヒドロ亜硫酸ナトリウムを洗浄しようと、中に入った運転手が、たちまちヒュームにやられて倒れてしまった。マネジャーは地域救急医療隊を呼んだ。救急隊員は自給式呼吸用保護具を装着してタンク内に入り、運転手を運び出した。

 いつものようにセメントミキサー内部を洗浄しようとした作業員が、大きなコンクリートの塊の下敷きになり、身動きできなくなった。監督者はただちに911番(救急電話番号)に電話し、駆けつけた救護隊員が作業員を救出した。

 地上設置型の蓋のない浄化槽の内部を清掃中の保守作業員が、ヒュームを吸い込んで倒れてしまった。現場に駆けつけた消防救護隊は、化学防御服と自給式呼吸用保護具を着用してタンクに入る。そして、保守作業員を運び出すと、衣服を脱がせて、酸素マスクをあてがった。地元の病院の集中治療室に入院した作業員は、その後、無事退院した。


 閉塞空間で緊急事態が発生した際、多くの企業は、地域の消防署や救護隊にこうした処置を頼ることにしている。ほとんどの場合、それは社内での非公式な段取りだが、なかには、閉塞空間マニュアルの中に、事故発生時には911番に通報することと、実際に明記している企業もある。
 だが、いずれの場合にも、企業が忘れていることがひとつある。それは、消防署への事前通知である。
 「消防隊にせよ、救急隊にせよ、また救護隊にせよ、当の緊急対応組織は多くの場合、自分達が相手の計画に組み込まれていることを知りません」と、米ノーザン・イリノイ大学(ディカルブ)準教授で安全コンサルタントのデニス・チェザロッティ(Dennis Cesarotti)は言う。
 救護隊は、事前通知を受けていない限り、特定の作業現場での事故に備えて事前計画を立てることができない。その結果、生死に関る重大な局面で、対応時間や能率に影響が出てくるおそれがある。
 現場に不慣れな救護隊は、ただちに閉塞空間に立ち入るのではなく、いくつか質問をする必要がある。閉塞空間内に入り、患者を運び出すための適切な手段はあるのか。滑車装置やウィンチといった機器の設置が必要な場合、そのためのスペースはあるのか、またどこに設置すべきか。内部にはどんな危険があり、救護隊員はどのような対策をとればよいのか。
 「こういったことを事前に判断しておかないと、緊急対応組織側は目隠しをして作業するようなもので、時間がかかります」と、チェザロッティは説明する。「まさに緊急事態というときに、無駄にできる時間などあるでしょうか」

タイミングがすべて

 負傷者の命を救うことのできる時間は、ごく短い。数秒で抱き込み(Engulfment)が、数分もたつと酸素欠乏や毒性ガスによる障害が生じるおそれがある。複雑骨折や心臓発症も、閉塞空間で起きると死に至る危険が倍増する。患者の無意識状態が長びくほど、うまく蘇生できる可能性は低くなる。
 したがって、場合によっては救護隊の現場到着に5〜10分かかること、また、ボランティア消防隊が受け持つ地方ではさらに時間がかかる場合が多いことを、知っておくことが重要である。米ピッツバーグ市の救急医療サービス部長を務めるロバート・ファロウ(Robert Farrow)によると、彼の管轄する部隊が5分ないし10分以内に到着できるという保証はないという。また、どんなに早く現場に到着しても、閉塞空間には危険がつきものなので、救護隊員は自らの身の安全も考える必要がある。なにしろ、閉塞空間における死亡者の三分の二を占めるのは救護隊員であり、しかるべき予防措置を講じず、拙速に内部に入ったことがその原因の一部を占めているのである。
 「こうした事実は部下を不安にさせています。私達が閉塞空間に用心を怠らないのも、このためです。誰も次の犠牲者にはなりたくありませんから」と、ファロウは話す。「だから私たちは、準備に時間をかけたり、しかるべき個人用保護具を用いたり、空気モニタリングを行ったりするのです」
 緊急事態の予備計画として911番通報を想定している場合、救護隊が別の通報で出動中のため、即応できない危険性があることも認識しておくべきである。こうした場合、対応時間はさらに長くなる。ファロウによると、彼の管轄する二つの救助隊がともに出動中の場合、いずれかがいったん署に戻り、再出動して現場で準備を完了するには、15分から40分ほどかかるおそれがある。
 民間の救護請負業者エマージェンシー・レスポンス・トレーニング社(ロサンゼルス市ポートアレン)のマイク・ダン(Mike Dunn)社長によると、すでに一部の消防署は、時間の問題を理由に、閉塞空間事故への対応を取りやめているという。「多くの場合、あらかじめ消防署のほうから(地域内の)各業界に対し、"自分たち"は今後、閉塞空間の事故に対応しないとの通知を送っている」と同社長は言う。
 こうした時間の遅れを考えると、閉塞空間で緊急事態が発生する可能性を救護組織側に通知しておかないと、無用の混乱を増し、貴重な時間を無駄にするおそれがある。

情報の共有

 消防隊や救護隊に任務を遂行してもらうには、自分たちの職場に閉塞空間があること、労働者が職務上そこに立ち入る必要があることを知らせておく必要があると、チェザロッティは指摘する。救護隊に連絡を取り、自分達の職場を見に来てもらう必要があると、彼は言う。「迅速に対応してもらうには何が必要か、作業場に変更を加える必要があるか、救護隊のための足場といったものの設置が必要かどうか、尋ねてみるのです。そのうえで一緒に予行演習をし、計画が本当に予定通り運ぶかどうかチェックします。そうしないと、人命救助計画ならぬ遺体の運び出し計画になってしまいます」
 米ミシガン州グランドラピッズ消防署で閉塞空間における救護の訓練を受けた消防士、デービッド・バン・ホルスタイン(David Van Holstyn)によると、いざというときに備えて、地域の救護隊と日ごろから関係を築いておくことが重要だという。そうすれば、救護隊員は事故に備えて事前に計画を立てられるからだ。彼はこう説明する。「企業や現場によっては、なにがしかの特異な事情があるかもしれません。特定の化学物質を使用していたり、変わった構造の閉塞空間があったりするのです。消防署はこうした現場での救護活動を事前に計画できるよう、そうした事情の存在を知っておく必要があります」
 企業はまた、自社の所在地も考慮に入れる必要がある。界隈に閉塞空間が数多く存在し、地域救護隊の注意が分散することはないか。作業員は閉塞空間にどの程度、頻繁に出入りするのか。閉塞空間の危険性はどの程度か。その答えによっては、社内救護隊を訓練したり、現場に駆けつけてくれる民間の救護請負業者を起用することも検討するべきだろうと、ファロウは言う。
 「(救護隊は)閉塞空間への人々の出入りや、閉塞空間に立ち入る人の安全性に、いちいち責任を持つわけにはいきません。そうするだけの人手も資金もないのです。もちろん、緊急事態に対応するべきときに、そうするだけの覚悟はあります。しかし、それ以上のことをするには、さらなる資源が必要です」。ホルスタインはそう語る。
 現場の事前訪問ひとつとっても、「専任の職員が必要になる」と、ファロウは言う。ちなみに、ファロウによると、ピッツバーグ地域では閉塞空間への立入に際して、民間請負業者が通報に待機する場合が大半だという。

社内救護隊の難点

 社内救護隊を訓練することによって、リスクを軽減する方法もあるが、こうした方法にも難点はある。「いくら訓練されていても、実地にそのスキルを使う機会がなく、アメリカ労働安全衛生庁(OSHA)の基準に沿って年に一度、予行演習するだけでは、救護隊員の安全面や福利面がかなり心配です」と、チェザロッティは注意を促す。経験不足で器具や手順にも不慣れなため、効率よく活動できないおそれもある。閉塞空間への立入の頻度が低ければ、なおさらだ。しかも、訓練や器具の購入には費用も時間もかかる。
 ファロウによれば、消防隊員や一般の救護隊員も、閉塞空間での救護経験が豊富とは限らない。ファロウの管轄する救護隊も、閉塞空間で救護活動を行うのは年に一回程度だ。だが、他の任務で呼吸用保護具やウィンチなどの器具を日常的に使用しているため、こうした必要な機器の装着や使用には慣れている。
 どの方法をとるにしても、企業は地域救護隊に自社の閉塞空間のことを通知してほしいと、ファロウとバン・ホルスタインは口を揃える。「たいていの消防署は企業を訪問し、その設備を確認したいと思っているはずです。なぜなら、どちらに転んでも結局は自分達が出動することになるとわかっているからです」と、バン・ホルスタインは言う。
 さらに、作業員が閉塞空間に立ち入る時には、必ず救護隊に通知しほしいとファロウは言う。「閉塞空間への立入に備える社内救護隊があっても、多くの場合、いついつの時間帯に閉塞空間に立ち入る予定だと、緊急対策センターにご一報いただけるようお願いしています」と、ファロウは言う。連絡を受けた緊急対策センターは、閉塞空間への立入が予定されていることを救護隊に知らせる。
 しかし、米国内の一部の地域では、こうしたやり方さえ実際には不可能である。ダンによると、ルイジアナ州には多数の化学設備があり、閉塞空間への立入が日常的に頻繁に行われているため、いちいち救護隊に連絡すると、地域消防署の負担になるおそれがあるという。
 残念ながらピッツバーグでも、救護隊への連絡に同意している企業のうち、実際に実行している企業は50%にも満たないという。ダンは語る。「おそらく、計画に書き込んだだけで満足し、それを実行していないのでしょう。わからないではありませんが」。


まとめ

労働者の安全を確保するためにも、企業は消防救護隊に自社施設の閉塞空間のことを知らせておく必要がある。

重要ポイント
  • 地域救護隊側に閉塞空間のことを伝えていないと、緊急時に消防士や救護隊員が不利な立場に置かれる。
  • こうした情報不足による悪条件は、救護側の対応の遅れによってさらに悪化する。また、救護隊員の安全面への不安や、救護隊が別の通報に対応している可能性により、対応はさらに遅れる。
  • 企業は救護隊員を招いて閉塞空間現場を検分してもらう必要がある。そうすれば救護隊側は、その現場特有の必要性に応じた緊急対策を立案できる。
  • 企業は、社内救護隊の訓練や民間の救護請負業者の起用を検討することもできる。
  • 社内救護隊の短所の一つは、職務経験の不足である。
  • 社内救護隊や民間請負業者を利用する企業も、閉塞空間に立ち入る際には地域救護隊に連絡する必要がある。


[P.29写真キャプション]
救護隊員が安全確保に必要な個人用保護具を着用するには時間がかかる。

現場を知っていれば、救急隊員はより効率よく救出の準備を整えられる。

救急隊員が閉塞空間に入る際には、救護隊員が終始、電動送風機で閉塞空間内の換気を行い、抜き取りホースと四種の気体の計量器のついた検査器で内部の空気をモニターする。

救護隊員は閉塞空間への立入を重く考えている。なにしろ犠牲者の三分の二近くは救護隊員なのだ。


訳注)アメリカでは最近「ヒューム」は割と幅広い意味で使われているようです。