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闘争か逃走か

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety+Health」2004年1月号p.38-40
(仮訳 国際安全衛生センター)



職場のストレスとの戦いにはコミットメントとコミュニケーションが必要である。


 ストレスは人類にとって新たな問題ではない。「ストレスは、人々がジャングルを闊歩し、鋭利な歯を持つ虎に遭遇していた有史以前にさかのぼる」とMichael Toph氏(ペンシルバニア州キング・オブ・プラシアに本拠を置く研修コンサルタント会社Toph Organization社社長)は述べた。

 ストレスにおける現代と有史以前の最大の違いは、人間のストレスへの対応のしかたである。有史以前、人々はストレスから逃げていた。例えば剣歯虎に対しては、登れる木にたどり着くまでひたすら逃走した。この反応は、生き延びるための本能―――闘争・逃走シンドローム(fight or flight syndrome)―――の働きであった。「もしも十分速く走れなければ、彼らは死んだだろう」とTopf氏。

 今日、人々はレイオフの恐怖、危険な作業環境、過重な作業スケジュール、人間関係といった諸問題から単に逃げ出すというわけにはいかない。そして有史以前の獣と同じように、現代のストレッサーは人を殺しかねないのだ。

 Gloria Dunn氏(カリフォルニア州サンラファエルに本拠を置く組織行動訓練コンサルテイング会社Wiser Way to Work社社長)によれば、ストレスは高血圧、心臓疾患、潰瘍や癌にさえも関係している。

 多くの安全専門家は、今日のストレスレベルはかつてよりも高く、また継続性があると考えている。Topf氏は、このストレスの増加をインターネット情報の増大や進化するメディア通信と関係づけている。

「良いニュースにしろ悪いニュースにしろ、我々は経済や国際情勢に関する瞬時的情報に常に攻めたてられている。人々は多くの情報によって右往左往させられ、高度に不安定な状況に置かれている」とTopf氏は説明した。

ストレスはお金のかかる職場の問題

 なぜ、職場はストレスに関心を抱かなければならないのか。NIOSHの調査によると、その理由は以下のとおりである。
  • 従業員のストレスは、企業の生産性や競争力を大きく低下させるものであるとみなされている。
  • ストレスは心身の健康と結びつくと同時に、新規の創造的な仕事に取り組む意欲の減退にも関係している。
  • 米国労働者の25〜40パーセントが経験する燃え尽き現象は、ストレスによるものと言われている。
  • 米国では毎年、3000億ドル即ち従業員1人当たり7,500ドルがストレスにかかわる補償請求費、生産性低下、欠勤、健康保険費、直接医療費(ストレスを訴える従業員に対しては約5割増)、そして従業員の転職に費やされている。
 スペインのビルバオに本拠のある欧州安全衛生機構(European Agency for Safety and Health at Work)の報告によれば、欠勤による米国の年間損失労働時間5億5000万日の半分以上はストレスに関係しており、急な欠勤の5件に1件は仕事上のストレスによるものである。予期せぬ欠勤は、アメリカの会社に対し労働者1人当たり年間602ドルの損害を与え、その金額は、大企業では年間350万ドルに及ぶ。

 要するに、ストレスが注意散漫の原因となり、職場での傷害を引き起こしている。

 「レイオフされるのではないか、仕事を時間通りできるだろうかと心配している時、意識が向かっているのは自分のストレスに対してであり、目の前の仕事ではない。それが道路上であれ、事務所であれ、工場であれ、自分が傷害を負ったり他人に傷害を負わせたりするのはそういう時である」とTopf氏は述べている。

 「こなした仕事量に応じて報酬金をあたえるといったインセンティブ制度を実施することで、会社が知らず知らずに傷害を促進してしまうこともある」とTopf氏は述べた。「従業員は報奨金ほしさに手早く仕事をすませようとし、それが傷害に結びついてしまう」

 「私は"すばやく仕事をする従業員"ではなく"怪我をしないで仕事を行う従業員"にボーナスを与えたい」とTopf氏は言う。

従業員に情報を与えること

 職場のストレスを軽減するために経営者が行える重要な事項の一つは、従業員とより効果的な意思の疎通を図ることである。従業員は多くの情報を与えられるほど、職場での自分の立場をよく制御でき、ストレスは少なくなる。「人間の精神は不確定事項に対してうまく対処できない」とTopf氏は説明した。「人間は物事が黒か白かはっきりしている時には重大局面でも力を発揮するが、物事が灰色の時は、人間の脳はパニックしてしまう」

 Topf氏は、従業員にきたるべきレイオフについて情報を開示しない会社の例を挙げ、「もし今週末に解雇されるということを告げられているならば、ストレスにはなるであろうが、少なくとも何が起こっているかがわかり、次にとるべきステップがわかる」と言い、さらに「多くの会社は、従業員を子供のように扱い、"子供は悪いニュースに対応できないので、子供には何も言うな"という方針で対処している。そして、ほんの少しの情報漏れから噂が広がり、人々は不安の海の中を漂うことになる」

 従業員と会社の幹部経営者のオープンなコミュニケーションは、ストレスを排除するのには良いスタートである。従業員、同僚、監督者間の日々のコミュニケーションをおろそかにしてはいけない、とDunn氏は述べている。それが、混乱状態の労働日と順調な労働日という違いをもたらすかもしれない。

 「今日、多くの労働者は3人分の仕事をしている。それに加えて、非現実的な期限を守らなければならず、上司や同僚との難しい人間関係があり、不明確な指示への対応がある」とDunn氏は言い、「人々が、同僚や上司と話しあう権限を与えられず、彼等の要求が認めてもらえないと感じたとき、ストレスはプレッシャーへと高まる」

 Dunn氏は、監督者、安全管理者、人事担当重役が従業員とのコミュニケーションや人間関係を改善するための目的の4ステップを提案した。
  1. ある仕事に人を雇うとき、その仕事に適した人を雇うことに最善をつくす。その仕事に適していない従業員はストレスに持つ従業員となり、同僚のストレスの原因となる。
  2. 新任従業員のこととその行動スタイルの特徴を知るようにする。これがいかに効率よく管理するかを決めるのに役立つ。例えば、最低の監督指導でもうまくいく人と多くの援助が必要な人がいる。
  3. 期待事項を常に明確にする。従業員に対し、どの期限は厳守でどの期限は融通がきくかを知らせる。また、優先するプロジェクトを知らせる。
  4. 従業員にその進展状況に対するフィードバックを与え、感謝することを忘れてはいけない。「時々ありがとうと言いましょう。もし何も言わなければ、従業員は自分たちが良い仕事をしていることをどうして知ることができるでしょう」とDunn氏は言う。

 事業者も職場におけるストレス兆候を認識できるよう訓練を受けることをTopf氏は提案した。従業員のストレス兆候には、仕事の業績の低下、気分の変化、いらだち、個人的習慣の変化などがある。監督者が従業員のストレス兆候に気づいたとき、企業の従業員支援プログラムを利用できるようにしておくのが良い方法である。「このほか、従業員に対してストレスに関する教育訓練をすることなども、会社が実施できる良いことである」とDunn氏は言う。

従業員への投資

 経営合理化と予算削減のため、少ない労働者でより多くの仕事をすることが求められている今日、事業者は労働者に投資しなければならない。「人間よりも利益を重視するという狭い考え方がある。しかし、企業が利益を達成するのを助けているのは従業員であることを会社は忘れている。従業員を消耗させてしまうと、利益は達成できなくなる」とDunn氏は言っている。

 デラウェア州ウィルミントンに本拠を置く世界的な製造販売会社であるデュポン社の安全衛生担当重役Deborah Grubbe氏によると、同社は従業員の健康に真剣に投資している会社の一つである。「当社では、従業員の健康について、完全な心身の健康と社会福祉を含むWHOの定義を採用している」

 その計画の一つとして、1日1時間勤務時間内に体操することに対しても給料を支払っている。「我々は体操も職場での義務の一つとしており、それが傷害の減少につながっている」とGrubbe氏は言った。

 デュポン社は約70種類の健康プログラムを用意している。それらは、減量、栄養、禁煙クラスからヨガ、ストレッチ、心臓系健康クラスなどがある。「これらのプログラムは、休憩時間や通常の勤務時間内にでも受けられる。また、こうした情報のいくつかは安全会議で伝達される。デュポン社の全ての社員は、毎週1回安全会議に出る。また、毎日1回出る人もいる。

反対論者との対決

 現在の職場文化は、従業員に就業時間中に健康づくりをさせることに対して寛大ではないとGrubbe氏は言う。この文化を変えるには、安全専門家及び上級管理職を教育することが必要であるとGrubbe氏は確信している。

 「通常の反応は、『ここではうまくいかない』というものだ。私は、もしあなたたちの態度が変われば、これらのプログラムがうまくいくことが分かるだろうと彼らに言う」とGrubbe氏は言った。

 多くの会社の一般的な言い訳は、この種のプログラムを提供するほど会社には余裕がないというものだ。「しかし、医療費が上がっているというのに、どうしてプログラムを実施する余裕がないのか理解できない」とGrubbe氏は言った。

 しかし、会社が賢明にもこれらのプログラムを提供しようとしても、参加を渋る従業員もいる。「彼らの言い分は、『あなたはこうしなさいと私に命じることはできない』というもので、たしかにその通りである。しかし、大半の従業員がプログラムが役に立つとわかったとき、彼らも最終的には参加する」とGrubbe氏は言った。

 もちろん「なぜ従業員が体操をするのに給料を払うのか」と質問する人もいる。「そういう人に私は答える。『今は、喫煙は良くないと知っていても、従業員がタバコを吸うあいだも給料を払っている。タバコを吸うのに払うのをいとわないならば、体操をするのに払うのもかまわないはずだ』と」



低ストレスの職場の特徴


低ストレスの職場の特徴NIOSHの調査によれば、高い生産性を誇る健康的で低ストレスの職場の特徴は以下のとおり。
  • 良好な成果をおさめた従業員を評価する
  • 従業員にキャリア開発の機会を付与する
  • 個人の労働者を尊重する企業風土
  • 企業の価値と一致した管理活動


まとめ

欠勤による米国の年間損失労働時間5億5000万日の半分以上はストレスに関係するもの。予期せぬ欠勤は、アメリカの会社に対し労働者1人当たり年間602ドルの損害を与えている。

キーポイント
  • ストレスは高血圧、心臓病、潰瘍、癌といった病気の原因となりうる。
  • ストレスはまた、労働者の注意を散漫にさせ、職場内外での傷害の原因となる。
  • 噂が流れるままにせずに従業員と良くコミュニケーションが行える組織では、ストレスをかかえる労働者が少ない。
  • 従業員のための安全衛生計画に投資する企業は、より健康でストレスの少ない労働力を持つ。

更なる情報
・ NIOSH Stress at Work report at www.cdc.gov/niosh/stresswk.html
・ American Institute of Stress Website at www.stress.org
・ Wiser Ways to Work Website at www.wiserwaystowork.com/workplacestress.html
・ Topf Organization Website at www.topforg.com