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災害ゼロを目指して
安全な企業の形成は、災害を減少させるということだけではない

Striving for ZERO
The making of a safe company means a lot more than just good numbers

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety+Health」2004年4月号p.30-34
(仮訳 国際安全衛生センター)



記事内容早わかり
 安全な企業を形成するための方法は、数字や率を計算することではなく、主体的で災害・事故防止に役立つ総合的安全管理システムを確立し実行することである。

要点
  • 安全専門家を対象としたある調査により、安全な企業では安全実績を高めるためのベスト・プラクティスを作成していることが明らかになった。
  • NSCは、社内における経営・運営・行動の要素を考慮した9つの要素からなる安全管理システムを開発した。
  • 安全管理システムはそれぞれの企業に合わせて調整すべきものであり、同じものをすべての企業に当てはめることはできない。
  • 経営者の関与、継続的な改善、およびシステムの評価は、安全管理システムの趣旨の一部である。
  • 企業が正しい方向に進んでいることを示す指標は、労災補償コストの減少である。
  • 安全管理システムにおいて数字は有用ではあるが、賢明な使い方が必要である。
詳細について
「"0"を目指して:企業の安全衛生のベスト・プラクティス(Driving to "0": Best Practices in Corporate Safety and Health)」は、http://www.conference-board.org/publications/describe.cfm?id=724 で入手することができる。


 安全に関しては、すべてを了解済みの最高経営責任者(CEO)から、安全衛生の専門職、そして従業員自身にいたるまで、あらゆる関係者がかかげる目標は、"ゼロ"というマジックナンバー、すなわち"死亡者ゼロ"、"傷害者ゼロ"の達成である。
 "無事故"など「絵に描いた餅」と言う人もいる一方で、実現可能であると信じる向きもある。"無事故"を目指し、それを実現しようとする信奉者は、OSHAの記録をあらいざらい持ち出し、災害発生率を論議する。多くの場合、このような信奉者たちは、無災害労働時間100万時間以上を実現している。また、これまでの死亡事故が皆無であることを誇らしげに語ることができる。しかしそのうちに、優先すべき事柄が変化し、関心が薄れ、油断が生じ、誤りが起き、企業ではもう一度はじめから無災害労働時間をカウントしなおさねばならなくなる。
 数字で安全を計れないとすれば、どうすれば企業の安全を確保できるのであろうか。企業での傷害及び疾病を予防し、労災補償費を抑え、あるいは、OSHAの自主的保護プログラム(VPP)のスターランクを保持するにはどうすればよいのか。本誌がインタビューした専門家によると、その方法とは、見かけ上は簡単だが実行は極端に難しいいくつかの考え方に要約することができるという。

災害ゼロを目指して

 企業経営トップのリーダーシップ、安全に対する共通の価値観、OHSMSの活用、絶えざる評価、この4つが安全な企業を成功裡に創るために核となる要素である。これは、経営や市場にかかわる情報を作成・広報するニューヨークのNPO法人コンファレンスボード(The Conference Board: CB)が、全米の安全専門家に対して先ごろ実施した調査の結果である。
 調査研究「"0"を目指して:企業の安全衛生のベスト・プラクティス(Driving to "0": Best Practices in Corporate Safety and Health)」は、安全衛生専門家68人に対する調査に基づいたものである。この調査は、コンファレンスボードの環境・安全・衛生のためのタウンリー・センター(Townley Center for Environment, Health and Safety およそ65の米国主要企業に属する環境・安全・衛生の上級専門家で構成されるネットワークグループ)のメンバーが要請し、調査資金はOSHAが提供した。グループメンバーの調査目的は、企業で活用されている方針やベスト・プラクティスがどのようなもので、その中で安全面の業績に資するものが何であるかを知ることであった。
 この調査から、懸命に努力して安全衛生の優れた記録を残そうとする企業は、法規を厳格に遵守するのみでなく、安全衛生面で高い業績を上げるために独自のベスト・プラクティスを作っていることが明らかになった。安全の追及を推し進めるものは、「事故、傷害はともに許容できず、かつコストがかさむものである。しかし企業の安全プログラムにより、このようなコストは削減され、従業員のモラルは向上し、生産性が上がり、結果として収益が向上する」という信念である。
 この調査の回答者のおよそ84%が、安全面で高い実績を上げるためにベスト・プラクティスを活用していると答えた。そのうちの90%が採用しているとした、最も採用率の高かったプラクティスは、安全の作業への組込みという方法であったが、これは、安全施策をすべての作業やプロセスに包括的に組込むことと、この調査では定義している。このプラクティスには、その利用者の75%以上が、ランク1から10の有効性評価段階の中でランク8以上の高評価を与えている。ほぼ30%は、ランク9ないし10、つまり「最高位の有効性」ランクと評価している。
 これ以外で、ベスト・プラクティスのリストの中で高評価を得たものは、経営方針とリーダーシップがはっきりしていること、安全衛生問題に全従業員が責任を有しているという自覚をもつこと、あらゆるレベルにおける責任の所在が明確であること、知識を広く共有することなどであった。
 調査者は、これらのベスト・プラクティスは、核となる4つの要素に区分できると結論した(図1参照)。

図1 安全衛生のベスト・プラクティスの核となる4つの要素
リーダーシップ 価値の共有 安全システム 評価
企業のトップは、企業戦略の価値を信じ、他の管理職に期待し、かかる期待事項を追求し、適切なリソースを与える。こうすることで、共通の信念、規範、実践、つまり、安全文化の発展に結びつく。 すべての人々が安全衛生に力を注ぎ関与する。従業員は、企業が安全と衛生を他の価値と同等に重要視しているということを信じ、期待された成果を上げる方法を理解する。 企業は、自らのニーズに即した安全管理システムを作り、実施する。これには、2つの方法が可能である。焦点を定めた安全衛生管理システムの開発、あるいは安全実績を総合的な管理システムに統合する方法である。 企業は継続してその規範を評価し、すべての従業員と社外の利害関係者に常に
フィードバックする。

出所:The Conference Board、2004年

 これらの要素は一見簡単に実行できそうであるが、これは、どの企業にも適用できる解決策に行き着くものではないと、先の報告書(「"0"を目指して〜」)の共同報告者メレディス・アームストロング・ホワイティングはコメントしている。安全プログラムは、企業の業務内容に合わせて独自のものを策定するべきである。
 CBの上級研究員であるホワイティングは、「事故・傷害ゼロを目指している企業の事業の主な基本方針は似通っているが、共通の雛形はない。それぞれの企業には独自のニーズとビジネスチャンスがあるが、それらは、事業内容、事業環境、企業文化によって固有のものである」と語っている。
 たとえば、それが自社に有益となるという理由で、モトローラ社(Motorola Inc.)は自社の安全プログラムの具体化に際し、OSHAのVPPに大きく依存しているとホワイティングは指摘している。調査を実施した企業の多くは、OSHAのプログラムを高く評価している。その一方でホワイティングは、アルコア社(Alcoa)は自社のニーズに特別に合わせた非常に整然としたプログラムを作っていると語っている。このプログラムでは、事故の迅速な報告と追跡、作業分析、評価、研修・訓練にウェートが置かれている。
 企業がどの方法を選択するにせよ、ホワイティングは、この調査で次のことが明らかになったとしている。「主要企業の中には、『安全を中核的価値とみなし、その前提をあらゆる業務と従業員とのあらゆるコミュニケーションに浸透させると、法規に固執せずに(法規も必要ではあるが)従業員と経営者の「安全な企業を作り上げたい」という望みが高まる』という実績を上げているところもある。」
 しかし、これを効果的に実行するために、企業は関係者全員を関与させる必要がある。
 ホワイティングは、「一般的に言えることは、安全プログラムの核となる要素が効果をもつには、会長から工場作業者まですべての従業員が献身しなければならないということである。このような安全への全社的取り組みを社の基本方針とすることこそが、安全な企業となるための最優先要素である」とコメントしている。

安全管理

 他社に比べ、より整然とした安全管理システムを構築している企業はあるものの、CBの報告書に示されたベスト・プラクティスは、安全管理システムを構成する要素として受けとめることができるとホワイティングは述べている。
 NSCが見るところでは、安全管理システムは安全な企業を構築するためのスタートラインである。NSCは、安全管理システムを「組織が高水準の安全実績を達成し、それを維持できるようにするための、系統的で体系化された方法」と定義している。このようなシステムは、主体的で災害・事故を予防でき、企業業務全体の中に組み込まれ、全社の関係者が関与するものである。また、個人および企業全体の安全実績を評価・測定できる明確な方法でもある。
 NSCは現在の安全管理システムを構築する前に、ベンチマーキング調査で、デーレ社(Deere & Co.)、ゼネラルモーターズ社(General Motors Corp.)、ダウ・ケミカル社(The Dow Chemical Co.)などの主要企業の安全管理システムを評価し、NSCのシステムが包括的なものであろうことを確認している。これら企業の情報を集約し、NSCは9つの要素で構成される安全管理システムを開発した(図2参照)。
 NSC労働安全衛生グループ、製品開発担当部長のドン・オストランダーは、優秀な安全管理システムは、「企業の組織に骨組みを与えるべきものであって、全従業員が使いこなせるツールである必要がある」と言う。たとえば、NSCのシステムを利用する企業は、9つの要素をひとつずつ考察し、自社ですでに実施している要素と、まだ実現できていない要素を評定することができる。「大切なことは、自社の方針や手順と実績との違いを分析することである」と、オストランダーは言っている。
 安全管理システムは、柔軟である必要もある。オストランダーは、「自社に合わせたシステムを構築し、自社のために運用できるようにすることができる。そのために、アセスメントの実施が重要となるのである」と述べている。
 この9つの要素を実行することは必ずしも簡単ではないことをオストランダーは認めている。たとえば、安全管理に責任を有する監督者や工場管理者などに安全上の責任を課すことになる現実的な達成基準を設定するとなると、多くの企業はどこから手をつければよいのか途方に暮れてしまう。「有意義な方法はなかなか考えつかないものである」とオストランダーは語る。
 しかし、着手することは、何もしないよりましである。オストランダーは「どのような試みであれ、システムの構築を始めることは正しい取り組みである」としている。

図2 NSCによる安全管理の主要素

経営者のリーダーシップと関与 − 経営者は、安全の重要性を認識するとともに、その重要性を全社内に浸透させる管理上の諸要素にも自ら責任を持たなければならない。上級管理職は次のような多様な方法で自らの責任を具体的に示す。すなわち、安全プログラムの目標を明確に定める、安全衛生方針をすべての従業員に明瞭に提示する、ラインによって安全管理が実践されるようにすることなどである。
全社的コミュニケーションとシステムのドキュメンテーション化 − コミュニケーションは、経営者から従業員へトップダウンでなされ、また逆に従業員から経営者へボトムアップされなければならない。ドキュメンテーション化については、分析、意思決定、継続的な改善の評価のための信頼できる情報を作成するために、正確な記録とその管理が必須である。
アセスメント、監査、継続的な改善 − 企業は、自社が方針と手順をどれだけ守っているか、安全方策実施の質と有効性はどの程度かを評価し、落差がないかどうかを審査しなければならない。
ハザードの認知、評価、管理 − 企業は継続してハザードを特定し、管理の計画を立案し、計画を実行に移し、その計画の有効性を再評価すべきである。
事業場の設計とエンジニアリング − ワークステーションや設備の設計・計画段階から存在するハザードに対処することで問題を事前に解消する。
運営上の安全プログラム − リスク管理に対する法規制遵守の先を見る。法律の遵守だけでよしとしない。法律は最低限の条件を定めたものである場合がほとんどである。
従業員の関与 − 作業者は、関与することで実績が向上し、安全に対する受容範囲が広がり、安全管理を支援するようになる。
従業員のモティベーション、行動、ふるまい − モティベーションを与えると、従業員には自覚と関心が生まれ、安全に対する取り組みを推進して企業の目標達成にすすんで協力するようになる。
研修とオリエンテーション − 研修とオリエンテーションを計画し、実施するべきである。それにより、一貫性が確保できる。研修の方法と学習目的を考慮すること。研修内容は詳細に記録し、評価すること。

実業の現場から

 Superior Bulk Logistics社(イリノイ州、オーク・ブルック)の環境・衛生・安全担当取締役サル・カッカバーレ(Sal Caccavale)は、安全な企業をつくるための基本となるものは、強固な安全管理システムの構築であることを個人的経験から学んだと語る。カッカバーレの職歴は、まず総合的な安全管理システムを有する化学工場での操業業務から始まった。彼は、次のように語っている。「われわれは自分たちの安全管理の実績に責任を持っており、それが誇りであった。このシステムは企業の強みであった。わたしにとって安全に作業することは重要であった」彼は、安全を確保するという形で企業が彼に投資してくれたことを十分に理解している。
 安全の専門家として、彼は7つのステップで構成される安全管理システムを自らの経験に基づき開発した。実際、そのシステムが効果的であることを彼は確認している。「要素のひとつひとつを元にしてシステムを構成するときこそ自社の文化が変化するときである。そうすれば、適所で優れたプロセスが実践され、誰もがそのシステムを受け入れることであろう」とカッカバーレはコメントした。
 またカッカバーレは、最も重要な要素は経営者の関与であって、それが欠けていれば、「安全は歯のないサメのように脆弱である」と語っている。また彼は、最高経営責任者(CEO)を含めた上級管理職が安全管理へ関与することで、安全衛生の管理体制が整い、安全に対する取り組みが成功するのに必要な資源を獲得できるとも語っている。
 ただ、管理職の関与だけでは企業の安全対策にはなりえないことを彼は認めている。「安全対策は、トップダウンとボトムアップの方法論で決めていくべきである。まず組織のトップが着手し、組織全体に徐々に浸透させ、次に逆にボトムからの意見を集約し、トップに返すようにするのである」
 「本誌編集アドバイザーのメンバーであるカッカバーレは、化学会社からトラック輸送会社まで、彼の雇用主であったどの企業に対しても、彼が策定した安全管理プログラムを利用してもらうことができたと語る。カッカバーレは続ける。「管理職の関与とは、文字通り、管理職の責任への取り組みである。個人の説明責任とは、文字通り、自らが責任を持つことである。安全な職場条件とは、作業場所にかかわらず安全な職場に必要な条件を意味する。優れた環境安全衛生システムの基本原則は、あらゆる状況に適用できるものである。ただ職場環境に合わせてシステムをうまく調整しさえすればよいのである」
 換言すれば、安全管理システムの要素自体は普遍的であるが、要素を実際に導入するに際しては、事業形態と、問題とするハザードの種類によりさまざまに調整する場合があるということである。
企業が正しい方向に進んでいることを的確に示してくれる指標は、従業員に対する補償コストであって、OSHAの記録ではないとカッカバーレは指摘する。OSHAの規則を遵守していたとしても、その従業員に支払う補償コストが高額である企業は、従業員を負傷させていることになり、安全とはとても言えないとカッカバーレは語る。OSHAの監督を受けないから、あるいは、死亡者が出ていないからという理由で自社が安全であるという企業は、安全に関してはまだ前途遼遠であるとカッカバーレは語っている。
 「"ハインリッヒの法則"を覚えているか。1件の大事故が起きるかと気をとられているうちに、たくさんの軽度な事故を見落としてしまい、それが命取りになるのである。大事故が1件発生した場合、上司は、「どうしてこのような事態が起きたのか」と不審に思うであろう。ニアミス、危機一髪の事態、応急手当で済む事態など、毎日小さな事故が起きているが、このような小さなことこそ、重大事故の発生を懸念しないで済むように、つねに対処していなければならなかったものなのである」
 このシステムでは、傷害や疾病の発生件数といった数字も有用ではあるが、安全担当の専門家はこれら数字には過剰に依存すべきではないとカッカバーレは留意を促している。
 「わたしは、あらゆる目的や目標を数字で設定する必要はないと思っている。わたしはそういう方法は好きではない。『事故発生率は2.0にしなければ。どうぞ神様、お助けください。目標が達成できないと、ボーナスがもらえないんです』こういう具合になると、従業員は隠し立てをする。わたしはこういう事態が起こってほしくないのだ」
 安全管理システムに数字による評価を採用する際の賢明な方法は、数字を自社の実績に対するベンチマークとみなすことだとカッカバーレは語る。たとえば、会社の事故発生率が6.0、5.2、6.3と推移してきた場合、この数字の推移を考慮して目標を立てるのである。戦略としては、事故発生率を漸減していくという方法を考える。カッカバーレは、自社の数字を基準として「毎年20%程度ずつ発生率を減らせればと思っている。私は5カ年計画で、毎年20%ずつ減少させようと考えている」とコメントしている。
 また同業他社の実績に対するベンチマークとすることも可能である。「わたしは同業他社と自社の実績を比較して、自社のレベルを把握している」とカッカバーレは言う。
 結局は、関心の的である唯一の数字"ゼロ"を達成するのに最良の方法は、数字に執着することをやめ、安全管理の裏の側面を見るのではなく、真正面から安全に取り組み安全プログラムというものを構築することである。
 映画「フィールド・オブ・ドリームズ」の中でケビン・コスナー演じる主人公の耳に聞こえてくるフレーズのように、「お前が作れば、彼らはやってくる(If you build it, they will come.)」ものである。安全では、「彼ら(they)」とは、傷害・疾病発生率の減少、労災補償コストの減少、労働損失日数の漸減である。

NSCのその他の参考文献

Basics of Safety and Health
中小企業が安全プロセスを確立するのに役立つ一冊。企業内で現状から安全プログラムを組み立てていく過程を順を追って示すガイド。メンバー価格:&49.95(#17646-0000)

Techniques of Safety Management: A Systems Approach (4th Edition)
産業、政府、保険業界における安全専門家の実務について書かれた名著の完全改訂版。メンバー価格:&79.95(#12131-0000)

14 Elements of a Successful Safety and Health Program
昨今の安全衛生上の問題が企業収益に及ぼす影響を概観する。メンバー価格:&34.95(#12139-0000)

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