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全身振動による影響への対応
アソシエート エディター Markisan Naso

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Safety+Health」2005年10月号p.37

(仮訳 国際安全衛生センター)



概要


米国では約700万人を超える重機操作および運輸関係の労働者が全身振動にさらされている。長期に渡る振動周波へのばく露は、腰部椎間板の変性など、深刻な健康問題を引き起こす可能性がある。

キーポイント

  • 全身振動の影響は、他の一般的な疾患と誤診される場合が多い。
  • 最低5年間の日常的な全身振動にばく露すると、組織の損傷が症状となって現れる。
  • 特定の振動周波数に対して人体が同調および増幅する。
  • エアシートは全身振動に対する保護機能を持つ。ほとんどのエアシートは振動を10%から20%緩和する。

車で道路のくぼみを通り過ぎた時の歯が音を立てるほどの衝撃を思い浮かべてほしい。重機や大型車両を運転する労働者は、運転のたびにこのような衝撃を身体に受けているのである。
 この外部的なばく露は全身振動と呼ばれ、米国で600万人から800万人の労働者に影響を及ぼしている。米国海軍の労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Department)によれば、全身振動は、トラック、バス、フォークリフト、電車、ヘリコプター、航空機、農機具、建設機械、および船舶を日常的に運転する労働者に発生する。これらの操作にあたる労働者は、その身体によって増幅される特定の振動周波数に同調する。振動は車両から座席を通じて人体へと伝わる際に、坐骨結節に衝撃を及ぼす。この坐骨結節は骨盤の最下部にあり、衝撃は腰椎を伝って上昇する。このような周波数への長期間のばく露によって、椎間板の変性などの深刻な健康問題が引き起こされることがある。
 アイオワシティにあるアイオワ脊椎研究センター(Iowa Spine Research Center)の衝撃・振動・衝撃緩和剤の研究所(Jolt/Vibration/Seating Lab)でディレクターを務めるDavid Wilder氏によれば、「腰を下ろす」という動作だけでも、椎間板の伸びと圧力の上昇が発生する。「椎間板全体は線維輪と呼ばれる繊維層に囲まれています。この線維輪を構成する繊維は、椎間板の後部では層が薄く、その数も少ないのです。つまり、椎間板の後部は、その側部や前部に比べると高い負荷には弱いということになります。それに加え、振動はこの部分を繰り返し伸縮させるのです。」とWilder氏は語る。
 シンシナティに本拠を置く振動と生物医学技術の専門家であるDon Wasserman氏によれば、振動に対する反復的なばく露によって、腰椎の椎間板は修復不可能な細かな損傷を受ける場合がある。Wasserman氏は、「そのため、椎間板が傷ついている腰椎部分で、‘崩壊’のような突然の座屈が発生する可能性があります。また椎間板では、文字どおりの漏出が発生します。椎間板内部には髄核というゼリー状の物質が含まれるのですが、これが漏れ出してヘルニアが発生することもあります。全身振動は少しずつ身体に影響を及ぼしていくため、このような症状がすぐに現れることはありません。」と語っている。
 Wasserman氏によれば、組織の損傷は関節炎のようにゆっくりと進行し、発症は極めて突然である。「なんの前ぶれもなく、それまでに経験したことがないような強い腰痛に襲われ、その痛みはつま先にまで達することもあります。月曜から金曜まで勤務先でフォークリフトを操作するという日常では、身体の異変には気が付かないのです。その発症は、雷のように突然です。しかもそれは、仕事中とは限りません。」
 Wasserman氏によれば、数年間継続的に全身振動にばく露すると、組織の損傷が現れるが、残念なことに、その影響が必ずしも明確ではないことから、全身振動による損傷の発見やその確認には、困難かつ複雑なプロセスが必要になる。何かを持ち上げるという動作に関連して腰痛が起こる可能性もあるが、これは手腕振動の影響として指の色が白くなるといった特徴的な症状を呈する場合とは異なる。そのため、全身振動の影響は、多くの一般的な疾患と誤診されることも少なくない。Wasserman氏は、次のように語る。「問題は、医学的な診断において、職場でのばく露が必ずしもこの症状に結び付けられないことなのです。つまり、腰痛に対する対症療法が行われるのが一般的であり、原因の特定には至らないのです。」

振動の範囲と共振

  Wasserman氏は、全身振動の原因の解明には、振動と共振についての概念を理解することが重要だと指摘する。振動とは、その影響の振幅もしくは大きさと、周波数(単位:ヘルツ)もしくは1秒あたりの発生回数という2つの概念から成る。したがって、0.1gの重力加速をピークとする5ヘルツの鉛直振動を受けるということは、重力の10分の1の加速をピークとして、1秒あたり5回の上下振動(周波数)を受けるということである。また共振とは、特定の周波数範囲を意味し、この範囲内で人体は加えられている振動に対して無意識に同調したり、これを増幅したりする。
 Wasserman氏によれば、振動の方向には、上下、左右、前後の3つの方向がある。身体はそれぞれの方向の振動について特定の振動範囲を感じ取り、これに同調して振動を増幅する。例えば、4.5ヘルツから5.5ヘルツの狭い範囲での上下(鉛直)振動が発生しているトラックやバスに乗っている場合、身体がこの振動を増幅する。前後または左右の振動は1ヘルツから2ヘルツの周波での共振を引き起こす。「共振は極めて重要なポイントです。加えられている振動が小さな場合でも、身体がこれを増幅して実際よりも大きな振動を生み出すのです。」
 Wasserman氏は、共振以外の周波数でも振動が発生する場合には、その振動へのばく露が大きくなり、悪影響を生むと付け加える。この共振現象は、あらゆる場面に見られる。「インターネットで‘mechanical resonance(機械的共振)’を検索すると、これに該当するあらゆる現象が表示されます。この共振によって、橋が落ちるのです。この共振があるからこそ、軍隊は橋を渡る時には歩調を合わせて行進せず、バラバラの足取りで歩くのです。歩調を合わせて行進すると、橋は規則正しい衝撃によって発生する振動を取り込み、橋の上部が揺れ始めます。橋はそのエネルギーを吸収して、増幅するのです。」とWasserman氏は語っている。
 Wasserman氏によれば、人体は特にこの共振周波数での振動に弱い。そして、多くのトラックやバスなどの車両には、4ヘルツから8ヘルツでの鉛直方向の振動を引き起こす部品が組み込まれている。Wasserman氏によれば、この破壊的な影響から人体を保護するためには、事業者は全身振動を可能な限り低減する必要がある。

<P38 写真内コメント>
各方向の振動について、身体は特定の振動範囲を感じ取り、これに同調する増幅器として機能する。

エアシートの利用

  全身振動から労働者を保護するための最も効果的な方策のひとつとしては、車両や重機の座席にエアシートを採用することである。エアシートは、4ヘルツから8ヘルツの鉛直方向の共振振動を解消するように設計されている。空気のクッション効果による保護作用を活用するものである。オハイオ州ニューアルバニーのCommercial Vehicle Groupで調査開発およびエンジニアリング部門を担当する副社長のLogan Mullinix氏は、エアシートは車のサスペンションのようなものだと語る。これは、サスペンションには制動のためのスプリング材や緩衝装置が使用されるためである。この座席シートと人体をひとつのシステムとしてとらえると、このシステムはトラックを通じて加えられる周波数とは異なる周波数に同調する。Mullinix氏は、「まず、車両がどのような振動を発するのかを把握する必要があります。そして次に、人体が反応する周波数と人体への振幅に目を向けます。この2つが最も重要な特徴なのです。この2つのポイントを勘案して、振動を可能な限り最小化するための座席シートを設計します。」
 Mullinix氏は、一般的なエアシートは振動を10%から15%低減し、なかには低減率が20%に達するシートもあるが、いずれにせよエアシートは機械的なスプリングシートよりも高い保護効果を発揮するとして、次のように語っている。「機械的なスプリングは、シートに座る人に合わせて変化しません。いつでも同じなのです。例えば、体格の大きな人が座る場合には、座席の位置が中間になるようにスプリングを堅くする必要があります。もちろんそのような対応は可能ですが、スプリング比は変わりません。実際には、自然周波数はスプリング比と座席に座っている人の体重の相関関係で決まります。スプリングは変化しませんが体重は変化するので、実際の自然周波数はドライバーによって変わるのです。これでは効果は望めません。」
 Mullinix氏は、理想的には車両の座席シートを使用者全員に対して適切に調整する必要があるとして、次のように語っている。「エアスプリングとその機能を見てください。このシートには空気を出し入れするためバルブが付いています。つまり、体格の小さなドライバーの場合には、体格の大きなドライバーよりもこのシートに入れる空気の量は少なくなります。実際に、このスプリングはドライバーの体重に合わせて変化するのです。この相関関係は正確に1:1の関係ではなく、若干の補正要因が関係します。しかし、スプリング比はさまざまな体格のドライバーに対して比較的一定しています。」
 Wasserman氏は、運送会社の多くはすでに振動の影響を緩和するために、調節されたエアシートを車両に装備していると付け加える。また、ほとんどのエアシートは購入コストや取り付けコストが低く、さらにはトラックトレイラーであれば100万マイルの走行が保証されていると語る。「このシートの購入価格は400ドルから500ドルです。走行距離が300,000マイルから400,000マイルに達すると、そのトラックの使用は取り止めることになりますが、このシートはまだ使えます。つまり、次のトラックにこのシートを取り付けることができるのです。これこそ、考えられる限り、最も低いコストで高い効果を実現する振動の遮断方法と言えます。」
 この他に、エアシートよりもコストがかかるものの、効果的な保護方法として、サスペンション調節シートがある。これは、車両のシャーシから運転席を分離する方法で、Wilder氏は次のように説明している。「運転席の前部をヒンジの上に取り付け、座席の後部に2つのガススプリングを配置します。ドライバーと振動源の間の質量が増加すると、ドライバーに合わせてその質量が遮断され、これによって振動の影響を緩和できます。」

影響への対応

  エアシートとサスペンション調節シートは、健康面の問題から労働者を保護するだけでなく、安全の確保にも有効である。Wasserman氏によれば、4ヘルツから8ヘルツの共振範囲で振動が発生すると、ドライバーは振動しているハンドルを握り続けることが困難になる。Wasserman氏によれば、この現象は数年前にオハイオ州デイトンのライトパターソン空軍基地で米国空軍によって発見された。「戦闘パイロットがジェット機で飛行中に共振状態に陥ると、操作のコントロールがきかなくなって任務を遂行できなくなる恐れがあります。これは安全面での問題なのです。戦闘パイロットのような健康な人間であっても、十分な注意を要する重大な問題です。」
 この他に、運転終了後に大型車両から飛び降りたドライバーが負傷する場合がある。アイオワシティにあるアイオワ大学で生物医学技術を研究するWilder助教授によれば、これは、振動にばく露することによって筋肉が疲労し、身体がスムーズに動かなくなることによるものである。「車両から飛び降りず、筋肉が身体を安定させることができるように注意してください。車両からはゆっくりと降りてください。」
 Wilder氏は、振動にばく露した労働者にとっては、腰をかがめたり、何かを持ち上げたりする前に、まず歩くことが重要だとして、次のように語っている。「座って振動を受けている間、椎間板の中の水分が移動しています。水分はある場所から搾り出され、他の場所で吸収されます。その平衡を取り戻す必要があるのです。また少し歩くことで、筋肉の機能回復にもつながります。」

基準の設定

  Wasserman氏によれば、人体への深刻な振動の影響についての米軍の発見をきっかけとして共振についての研究が始まり、これが最初の安全基準へとつながった。「米軍はこの全身振動が、航空機だけに関連する問題ではなく、軍用車両にも当てはまる問題だという認識のもとに、高度な振動研究施設を作りました。世界でも最高レベルの施設です。」とWasserman氏は語っている。
 1970年代半ば、これらの施設で収集された情報の一部(機密度の低いもの)が公開され、振動についての知識や振動からの人体の保護方法、そして労働者の保護方法についての知識が普及する。最初に作成された基準は、国際標準化機構(ISO)のISO 2361である。米軍は直ちにこの基準と米国規格協会(ANSI)が定めたANSI 3.18を採用した。このANSI基準は数年のうちに改訂および変更を経てきたが、Wasserman氏によれば、これは画期的な基準であった。「この基準は、基本的に3つの測定値を同時に得る3軸測定です。この3つとは、上下、前後、左右の3方向で、一連の曲線から共振の問題を識別できます。これに、各ドライバーの日常的なばく露データをリンクさせ、各方向の振動周波数データを個別に基準と照らしあわせて影響が最も深刻な振動方向を求めます。そして最終的には、各ドライバーについて、個々のトラックやバスの最長運転時間を決定できるのです。」
Wasserman氏とその同僚(Wilder氏を含む)は、いくつかの基準を改訂し、「ACGIHの全身振動基準」を著している。こ の他に、ANSI基準S3.18や、ISO 2631などの国際基準もある。ただし、米国国立労働安全衛生研究所(NIOSH)と米国労働安全衛生局(OSHA)は、全身振動についての基準を定めていない。
 Wasserman氏によれば、これらの基準は全身振動問題の解決のためには有効な基盤となっているが、健康面での影響については詳細な検討がなされていないとして、次のように語っている。「健康は重要な議題にはなっていません。安全性と性能測定が重視されているのです。これは、初期のデータの大部分が安全性などをベースにしていることが原因となっています。しかし、健康面での研究を進めることによって、現在の基準の妥当性を高めることができます。今後も、新しいデータを利用して、これらの基準を見直していきます。」  Wasserman氏は、安全性や性能面での問題を解決していくことが、必ず健康問題の解決にもつながると確信している。
 確かなことは、全身振動は累積的な障害を引き起こし、トラック、バス、鉄道機関車、重機、その他の大型車両を日常的に運転および操作する労働者に深刻な健康被害を与える可能性があるということである。米国だけでも600万人を超えるばく露人口が存在する現在、その保護と予防は不可欠である。Wasserman氏は次のように語っている。「振動を避けることのできない職業が実際に存在するのです。私たちは何年にも渡り、振動を観測、テスト、測定してきました。この振動の中には有害なものも確実にあり、労働者はその振動から守られるべきなのです。」

  全身振動の詳細については、www.nsc.org/plusを参照してください。
 
 

専門カウンセリング:シンシナティで活動する振動と生物医学技術分野の専門家Don Wasserman氏が、あなたの質問に回答し、アドバイスを提供します。

 

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