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HEALTH IN PRACTICE
騒音による聴力損失

資料出所:「OS&H」2000年5月号
(訳 国際安全衛生センター)


聴力損失の症状は加齢に伴なって発生することが多いが、それほど注目されていない。そのためか、労働における危険要因として多方面に及んでいるにもかかわらず、その人的コストの大きさが見過ごされている。「これは非常に残念なことだ」と語るのはエリザベス・ゲイツ氏である。労働衛生の専門家なら、騒音による聴力損失は防げるという。

『HSE(労働安全衛生庁)』によると、約130万人の労働者が、職場で聴力に悪影響を与えかねない騒音水準にさらされているとみられる。この数字は、労働組合会議(Trade Union Congress)の推計では200万人近くになる。聴力が悪影響を受けると、労働者の生活の質はかなり低下する。難聴者たちは年齢にかかわらず、つねに社会的疎外とストレス、効率の低下と闘わねばならない。

1999年3月に、聴覚障害者のためのイギリス国立研究所と労働組合会議のために作成された報告書『Indecent exposure(限度を越える暴露)』は、多数の事例を示して問題点を明らかにしている。

アンディ・ニコル氏は、エジンバラの慈善研究団体である労働医学研究所(Institute of Occupational Medicine)の上級顧問インダストリアルハイジニスト(senior Consultant Occupational Hygienist)兼エルゴノミストである。同氏は二つの重要な問題があると考えている。第1に、事業者も労働者も、騒音を不可避のものととらえるべきではない。「たとえば瓶詰め工場の生産ラインで働く労働者は、騒音には慣れてしまうという話を聞くが、慣れるとは、つまり聴力障害になるということだ」と同氏は語る。

第2に、労働衛生の専門家が他の分野の専門家とチームを組んで活動すれば、騒音に起因する問題の解決はもっと進むと同氏は主張する。

具体的にいうと「チームのなかで、インダストリアルハイジニスト(Occupational Hygienist)は問題点を的確に把握し、解決策を提示する役割を担えるし、技術的な抑制策の設計も手助けできる。そして技術者はこの設計を設備に活かせることになる」

続けて同氏は次のように言う。「チームが重視すべきなのは、保護というより発生源またはその波及過程で騒音を抑制することだ。保護では、せいぜい個人を守ることしかできず、間接的に危険にさらされる人たちには役立たない。丸ノコなどの機械は、最大100デシベルに達する断続的な騒音を発生することがあり、会社に行く際に職場を通過する人にさえ悪影響を与える場合がある。したがって第1の目標は、発生前に騒音を抑制することにおくべきだ」

「最大の問題は、騒音の発生源を正確につきとめることにある。機械の一部が振動し、騒音を発生しているが、それが全体の中に覆い隠されているケースもある」

「もっとやっかいなのは、騒音が伝播する可能性があることだ。職場の天井や壁が音を反射しやすいときは、音が跳ね返りながら離れた労働者に影響することもある」

同氏は技術的解決策を検討すべきだと提案する。技術的な抑制策には高価なものもあり、まったく新しいシステムが必要となるかもしれない。たとえばユナイテッド・ディスティラーズは、ウィスキーの瓶詰めコンベヤーの管理をコンピューター化するために投資している。以前は、ラインに乗せられた瓶が前方の瓶と激しく衝突し、聴覚にダメージを与えることがあった。コンベヤーを覆って労働者を騒音から隔離するのは不可能だった。瓶が落ちたり、機械の調子が悪くてラインが停止したときは、コンベヤーの上に登って調整する必要があったからだ。現在はシステムがコンピューター化され、瓶がコンベヤーに乗る速度を敏感に調整することで、瓶同士の衝突が大幅に減った。

ただし、安価な解決策もあるとニコル氏はいう。同氏が調査を依頼されたホテルの騒音はその一例である。スコットランドのお城を改造したホテルで、近代的な寝室のブロックに騒音が発生し、宿泊客と従業員を悩ませていた。

例えばスターリングへ行く国道9号線から来る寝室の暗騒音を計測すると、25〜30デシベルあった。ところが、それより4デシベルも高い「必然性のない、不可解で、予測不能で、断続的な雑音が、様々な音質で発生していた」。宿泊客が眠れないほどの強い騒音だったため、ホテル経営者は建設会社に支払う建築費から、原因究明までの解決金として6万ポンドを返金させた。

ニコル氏とそのチームが発見した騒音源は、寝室のブロックにあった2個の温水ポンプだった。それはコンクリート床に金属板を敷いた上に設置されていた。ポンプの振動が建物全体に伝播していたのだ。

解決策としてコンクリート製の土台を造り、ポンプと金属板と建物の間にゴムを敷いてクッションにした。費用は材料代の約50ポンドだった。

『Noise at Work Regulations 1989(1989年労働規制における騒音)』」に基づいて技術的な解決策を検討するにしても、労働者の保護はなお必要である。

もっとも効果的な保護策の一つは、すでに聴覚に悪影響が出ている労働者と、その危険性がある労働者を把握することである。オーディオメーターによる聴力検査は、労働衛生看護師(Occupational Health Nurse)またはオーディオメーターの使用法の研修を受けた技術者が1名いれば実施できる。結果は労働衛生専門医が分析する。

ニコル氏は「採用および初期研修の際と、2年おきに聴力検査を実施すべきだ。そうすれば、通常より早く聴力が低下している個人を把握できる。大半の聴力損失は採用から2年以内に発生するため、早期発見が可能になる。しかし聴力検査は、職場全体の傾向を把握し、問題のある場所を把握するためにも不可欠だ」という。

労働組合会議も、騒音は可能なかぎり85デシベルに抑制し、新しい機械と工程については(法律によって)すべて80デシベル(A)を基準にすべきだと考えている。また作成中の安全責任者(Safety Reps)向けの指針でも、おそらく職場での聴力検査 が義務づけられるだろう。

こうした最善の策は、すでに一部の組織で実現されている。ウェストミッドランズ州警察では、ジェット機の騒音にさらされる空港勤務の消防士と警察官、交通機動隊員には全員、定期的な聴力検査が義務づけられている(警察犬担当者、サイレン音にさらされるパトカー運転者も、間もなく対象になることを望んでいる)。こうなったのは、1998年に交通機動隊員のローダーリック・リー巡査が、警察から5,500ポンドの補償金を受け取ったことが発端だった。巡査が正規の職務を遂行するため、最高時速128キロで走行しているうちに、ヘルメットの風切り音、無線機、車の騒音によって聴力が低下したことが認められたのである。聴力損失は、32歳のときに警察の労働衛生部による定期健康診断を受診して明らかになった。

巡査の代理人になったラッセル・ジョーンズ&ウォルカー弁護士事務所のジェフリー・ジンダニ弁護士は当時、「裁判所が補償金支払いを認めたのは画期的で、法律としての重みがあり、将来予測される同様の事件の判例とされるだろう」と語っている。

リー巡査は1995年から刑事捜査課に勤務している。パブなどの騒音のなかでは話し相手の唇を読まなければならない場合もあるが、取調室は防音措置が施されているし、事情聴取は相対して行うので証拠調べに支障はなく、聴力障害は仕事に影響しない。しかし「もしわたしがバイクでの仕事に戻りたいと思っても、警察は認めないだろう」と巡査は付け加えた。

警察は現在、ヘルメットと耳栓の改良にも投資している。

訴訟の発生(およびその後の保険料の上昇)は、騒音抑制を推進する強力な根拠になっている。HSEのデータによると、騒音関連の民事請求は職業性疾患に関する全請求件数の74%を占め、認定金総額に占める比率は約31%に達する。

規則をどう実施するかも問題になる。ニコル氏は「木材加工やペンキ塗装などの小企業の経営者も、規則を順守しなかった場合の問題をよく承知しており、いまでは積極的に助言を求めるようになっている」と語る。

事業者の法律上の責務はきわめて明確である。騒音抑制を進めると同時に、従業員への情報提供、個人用保護具の支給、保護具の使用と保守の研修、日常的な騒音レベルが90デシベル以上の箇所での「聴覚保護区域」の表示なども義務づけられている。詳細はHSEのリーフレット『聴覚保護』に記載されている。

とはいえ、約15年前に英国シェル石油の Exploration and Production事業部の労働衛生部が導入、運用している「聴覚保護プログラム」は事業者の適切な実践の見本である。事例研究4は、RNID/TUCの報告書『Indecent exposure(限度を越える暴露)』からの抜粋である。


事例研究1

ロンドンのディスクジョッキー、フィル・ベネディクトス(28歳)は、1980年代にダンスホールで毎日のように115デシベルの騒音にさらされたため、いまではオーダーメードの耳栓が手放せなくなった。プロのディスクジョッキーにとってはハンデといえる。「耳栓をしてDJをやるのは楽じゃない。最初は音楽が遠くで鳴っているようだった。だけど、そのうちに慣れて、耳を守るにはある程度の犠牲は仕方ないと思うようになったんだ。DJの仕事は長くは続けられないと思う」


事例研究2

貨物トラックの運転手、グリムズビー・ジョン・ロバートソン(57歳)は、騒音による耳鳴りでよく眠れない。聴力が低下(37%)してテレビの音量をあげるため、妻は電話も、ドアーのベルも、上空を飛ぶヘリコプターの音さえ聞こえないほどだ。ロバートソンは、貨物トラックの運転手にいまも残る古い体質を悔やむ。「騒音なんて当たり前だと思っていた。トラックの騒音が大きいほど、エンジンが強力な証拠だという感覚があったんだ。カッコ良く見せたくて不満なんて言わなかった。いまでは若い連中が耳を守ることに無頓着なことが、だんだん気がかりになってきてるんだ」


事例研究3

マージーサイドのモーレーン・ドーマン(48歳)は、かつて郵便局の発送作業を担当していた。彼女の聴覚障害の原因は25分間で6000枚の紙を処理する裁断機で、裁断のたびに金属同士の打撃音を発生していた。彼女が扱う機械の歯には欠陥があったため、騒音は94デシベルに達していた(1997年7月時点の調査)。室内にあった他の14台の機械も、歯に欠陥はなかったものの83〜91デシベルを発生していた。この状況のもとで、ドーマンは週60時間働いていた。

その結果、「仕事が終わったときには耳が聞こえなくなり、ブーンというような耳鳴りが数時間もやまなかった。それが止んだと思うとシューという音が続くようになって眠れなくなった…。そのうち、人と話していると、相手が口の前に手を置いてしゃべっているように聞こえるようになった」

ドーマンは、両耳に補聴器が必要になるだろうといわれた。彼女は、誰も耳栓をしろといわなかったことに「腹が立ち、落胆した」。現在、使用者に対する賠償請求を考えている。


事例研究4「聴覚保護プログラム」

シェル・エクスプロはイギリスシェル石油の石油の探鉱部門で、北海での石油とガスの採掘を行っている。そのすべての設備から高い騒音が発生する。以下がその原因である。

  • 移動、回転する機械設備
  • バルブなどの障害を通過するパイプ内の石油の流れ
  • ガスの燃焼
  • 動力工具の使用

プログラムの目的

  • 聴力を低下させ、または通常の福利厚生を害する音量に、社内の一人も暴露しないようにすること。

プログラムの内容

  • 音響技師による2年間の騒音調査の実施
  • もっともリスクが高く、問題が発生する区域の従業員のデータ分析
  • 問題発生区域と設備を対象とした騒音低減措置(コスト効率分析を伴なう)
  • 階層化した対策の実施(効率性の監視を伴なう)

行動計画

  • 発生源での騒音低減:音量の低い設備への代替、スケジュールの変更と円滑化、ゴム製ライニングの追加など。
  • 騒音伝播の低減。人間への騒音を遮断(ロボット、または音響ブースの使用)
  • 個人用保護具の提供(イヤーマフ、耳栓などで、必要な場合は個人の体形に合わせる)。装着を忘れるなどの人的要因がからむため、これは「最小限の騒音抑制策」である。
  • 聴覚保護区域と表示された指定区域で保護具を使用しなかった従業員は、重大な規律違反とみなす。
  • 採用前の健康診断では、最低条件として、また適切な環境に配置するために、聴力検査を実施する。(たとえば聴覚障害者は、障害が悪化するような場所に配置しない)
  • 雇用期間中の定期的な聴力検査。
  • 聴力損失の事例の調査と、当該従業員の配置換え。
  • 継続的な教育プログラム(入門教育から開始)による騒音とその被害への認識喚起。
  • 英国シェル石油のExploration and Production事業部によると、このプログラムの成果の一つとして、110デシベルの区域でもスタッフは聴力損失を心配することなく作業ができるようになった。

各種情報源

  • HSE Infoline: 0154 645500
  • RNID Helpline: 0870 6050123 (同Fax: 0171 296 6199および and Text: 0870 60 33 007 PO Box 16464, London ECIY 8TT)
  • RNID, 19-23 Featherstone Street. London EC1Y 8SL Tel:0171 296 8000 Fax: 0171 296 8199 Text: 0171 296 8001
  • RNID Website: www.r.nid.org/uk
  • HSE Website: www.open.gov.nk/hse/hsehome.htm

参考文献

  • 1998 Reducing noise at work Guidance on the Noise at Work Regulations 1989 L10B HSE Books ISBN 0 7176 1511 1(Part 6は'Selection and Use of Personal Ear Protection - Advice for employers.'に選定)
  • 1999 Ear Protection - Employer's duties explained. INDG298
  • 1999 Protect your hearing? (Pocket Card) INDG299 HSE Books ISBN 0 7176 2484 6の('Wear ear protection property' MISC 185)のリーフレットおよびポスターとのセットで一部無償提供
  • HSEの出版物およびカタログは、以下から無償提供:HSE Books, PO Box 1999, Sudbury, Suffolk CO10 6FS. Tel: 01787 881165 Fax: 01787 313995. 有料出版物は大手書店で発売中。
  • 1999 Noise at Work - Are your staff being fealt a fair hand? Free from RNID (上記)
  • 1999 Noise at Work - Is hearing loss on the cards for you? Free from RNID (上記)
  • 1999 Indecent Exposure - a joint report on noise at work. RNID and TUC (UKOOAからもサポート)
  • 1999 Hazards at Work (最新版). TUC, Congress House, Great Russell Street, London WC1B 3LS. Tel: 0171 636 4030 Fax: 0171 636 0632
  • 2000 The shouting's got to stop - 安全担当管理者向けガイダンス。TUC(上記)


この記事のオリジナル本は国際安全衛生センターの図書館が閉鎖となりましたのでご覧いただけません。