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企業のリスク管理

資料出所:RoSPA発行「OS&H」|2001年6月号 p.57
(訳 国際安全衛生センター)


RoSPAの労働安全アドバイザー・ロジャー・ビビングスは、企業のリスク管理に関しては機は熟しており、以下の話も時期尚早ではないと云う。

証券取引所上場企業は今年から、イングランド・ウェールズ公認会計士協会が1999年に発表したターンブル・レポート記載の勧告に従い、「内部管理」システムについて報告を行うこととなった。ターンブル・レポートは、コーポレート・ガバナンスに関して以前出された各レポート − キャドベリー、グリーンベリー、ハンペル(1998年合同法)を含む − を基にしており、「企業の総合的リスク管理」の考え方を推進するもので、企業によるリスク管理の健全な原則であるとして政府が推賞しているものである。

対象となるリスクの範囲は当然のことながら非常に広い。最も理解しやすいのは財務上の決定に伴うリスクであるが、その他に企業の存続に悪影響を与えかねない事柄や株主の利益を損ないかねない事柄すべてが含まれる。

安全衛生委員会(HSC)もこのような状況において、上位350社と全ての公共機関に対し、年次報告に労働安全衛生の実績に関して報告する最低基準を満たすよう求めて、ターンブル・レポートを好機として捉えようとしていることは注目すべきである。(HSCはRoSPAのレポート「最善の慣行を目指して」 − レポートは実績の測定と報告に対するより綿密な取り組みを提唱している − にも注目している。)

労働安全衛生(OS&H)は企業における10を超える重要なリスク項目の1つに過ぎないが、多くの上級労働安全衛生アドバイザーが担当している企業組織の中にターンブル・レポートの勧告を導入するよう求められているのは興味深い。例えば労働安全衛生協会(IOSH)の長期メンバーであるスチュアート・エムスリーは今年前半のIOSH会議で国家医療制度(NHS)の「コントロールズ・アシュアランスプログラム(管理レベル確認プログラム)」について興味深い発表を行ったが、このプログラムは、院内感染、診療上の過失、食中毒、患者の安全と事故などの広範囲のリスクをカバーしている。

しかし、狂牛病(BSE:ウシ海綿状脳症)や列車衝突事故、口蹄疫などの悲劇に直面すると、英国企業が直面している大きなリスク全体を政策で管理する総合的アプローチを政府自身が何故なかなか開発しないのかと思う人もいるかも知れない。

政府が大手企業と同じようにリスクに対する体系的な「クオリティー・ループ」アプローチを未だに採用していないのには多くの理由がある。英国という存在はどんな企業よりもずっと大きく多様である。市場経済では国家が使用できるマネジメントの働き方は、最大手企業の上級経営陣が使用できるマネジメントに比べてもはるかに直接的ではない。安全に関する長期的視点は短期的政治的現実の前で傍らに押しやられることが多い。

有力政治家や政策立案者の「リスク・リテラシー(リスクに対する認識)」の一般的なレベルについて疑問を持つ人もいる。公職にある人で、事故は予測できない例外的出来事だと言う人が依然としてあまりに多い。災害直後に「異常な事故」などという言葉がよく使われるが、事後調査や公的な取り調べの結果とはいつも大きく異なる。調査の結果では、事故がどうすれば予測可能であったかばかりでなく、回避しようと思えば簡単に回避できたことを必ず示している。

事故は異常な出来事ではなく、ごく自然な出来事である。世の中は過誤とそれによる災害の可能性に満ちている。どんなシステムも混乱と無秩序を内包している。事故が今程度におさまっているのは、間違いの起こりそうなところを先読みし、それを防ぐ方法をとったり、事故を軽微なものとする手を打っておくと云うことに、なんとか成功しているからである。

現在口蹄疫の悲劇に関して行われている調査は、リスク管理の大失敗を間違いなく証明するであろう。リスクアセスメントが正しく行われたか(及び発生した事故への対応) − 国内の家畜がウイルスに感染するルートと見込みだけでなく、家畜の輸送やその他の伝染経路による感染拡大の当然の帰結を含めて − に関する疑問に対して明快な解答が必要であろう。我が国の畜産業保護制度は機能しているのかという質問対して重要な問題が提起されたのに対策が取られていないことを示唆する報告が既になされている。

労働安全衛生は、企業のリスク管理項目の中で唯一相対的にマイナーな項目と見なされているが、潜在的な貢献力は非常に大きい。労働安全衛生はほとんど全ての形の経済活動を対象としており、長い歴史を持っている。そして、人々の活動のある側面に焦点をあてており、そこでは物事がよりシステマティックに、より多くの人材と専門知識をもって、政策的方向づけによって運営されている。労働安全衛生はリスク管理の一般原則を開発するための実験室のようなものである。HSE(安全衛生庁)は、より厳格な、リスクを基盤とする国レベルの政策決定に対するアプローチの推進を目指して多くの有益な仕事を行ってきた。

HSEは昨年、「リスクの低減、国民の保護」と題する文書を発表して、「リスクの許容度」について国民的論争を再活性化させようとした。HSEは2年前、省庁間リスクアセスメント・グループ(ILGRA : Interdepartmental Group on Risk Assessment)*の報告を発表した。政府の各省庁がリスクアセスメントのために採用している様々なアプローチの比較を試みたものである。HSEはその後、原子力発電所や危険が予想される大規模プラント、鉄道の安全などの「高度災害」を規制する方法に関する討議文書を発表した。

後者の議論は重要である。リスク管理計画を政府の最高レベルで検討するさらなる機会を提供するものだからである。HSEがリスク管理に関して蓄積した経験から抽出された普遍的教訓は、他の全く異なる領域のリスク管理体制の強化に大いに貢献しうる。要するにHSEは、教室から内閣に到るまで安全とリスクの概念について啓発を推進するという重要な役割を持っている。

HSEは、調査方法の比較検討により、事故からの学び方の「省庁横断的検討」を調整する有力な役割を演じることもできよう。

「コントロールズ・アシュアランス」で大きな問題となるのは「能力」である。企業レベルでは、役員はリスクの理解についてより厳しく問われることになるだろう。従って、閣僚や上級公務員が安全とリスクに関する基本的概念を実際に理解していることを示すために、彼らの責任を問うことはもっとずっと重要になる。

RoSPAは5年近く前、報告書「労働衛生安全:今後の進歩のためのオプション」で、安全衛生システムが新たな課題を予見して迅速に対応することを可能にするためには、十分なリスク情報が重要であることを強調した。RoSPAは、迅速な情報交換を可能にし、共同プロジェクトによる効果的な協力を可能にする全国的(国際的とはいかないまでも)リスクアセスメント・センター協会を設立するために、このことを前面に押し出した。そうした協会は新しいリスクアセスメント技術の開発を促進するであろうし、大事故や健康上の悲劇が実際に起こる前に重大なリスクをも見つけ出す責任を負うことになるだろう。

英国で近年起こっている多くの災害について考える時、こうした「考えられないことを考える」ことを託された専門家のネットワークが今ほど緊急に求められている時はない。


*JICOSH註):ILGRA : Interdepartmental Group on Risk Assessmentの報告はこちらからご覧頂けます。



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