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空の旅と窮屈な姿勢の弊害

資料出所:RoSPA発行「OS&H」|2001年3月号 p.12-14
(訳 国際安全衛生センター)


今月は、ロバート・マクマードが飛行機旅行に伴う深部静脈血栓のリスクが10年前に比べて高まった理由を検証する。

あなたがもし豚だったら、飛行機旅行による安全と衛生への最大のリスクは墜落だということになる。ところが人間の場合、墜落と同じ程度に客室での事故でも死ぬ可能性がある。英国航空では毎年3,000人の乗客に健康障害が発生しており、そのうち約10人が死亡している。

ただし豚は、乗客と違って国際民間航空輸送協会の規則で保護されている。搭乗中の動物のために確保すべき条件が定められており、体幅の2倍の空間を確保し、定期的に水を与え、不必要なストレスを課してはならないとされている。

乗客の場合はどうかというと、航空当局には人間を保護する規定はない。人間は、貴重な座席空間を占拠し、高価な空気を吸う厄介者にすぎない。

10年前、飛行機旅行に伴なう深部静脈血栓症(DVT)の例はまれだった。今日、イギリスでは年間3万件もの症例が発生している。なぜか。かつては36インチだった座席間の最低空間要件が、いまでは26インチになっている。この空間縮小は、労働安全衛生法発効から10年以上たった1980年代末に、英国航空が民営化された際に実施された。

売り上げを追求した人たち

英国航空はかつて時代おくれの国営企業であり、国の支援が必要だった。そこで、これを民営化して金融機関からの投資を引き出し、一流の経営陣を招いた。資金は確保できたが、それは座席数の拡大に投入された。経営感覚に長けた新経営陣が、座席数を拡大すればフライト1回当たりの売り上げが増えると計算したからだ。

抜け目ない新経営陣は、売り上げ拡大のためのこうしたわかりやすい方策を講じるだけにとどまらなかった。特別ボーナスを得るためには安全衛生上の義務には目をつむる必要があった。そして民間航空管理局(CAA)に対し、その任務は消費者の保護ではなく、業界の利益を目的とした航空事業の規制であることを確認させようと企てた。この企ては成功し、CAAは座席間の空間を10インチ縮小せざるをえなかった。CAA、または座席スペースの縮小で利益を得る航空会社の誰かが、縮小による血栓のリスク増大についてのリスクアセスメントを実施した事実はあるだろうか。読者はどうお考えだろうか。

さらに、航空会社とCAAだけでなく、安全衛生の第一人者たるべき安全衛生庁(HSE)もまた、安全衛生法を無視した。詳細な情報に基づくリスクアセスメントなしに最低座席空間要件を変更したことが、航空会社とCAAによる公衆の安全衛生確保義務の不履行に該当しないかを、HSEは検討したのだろうか。この点も、読者はどうお考えだろうか。

つまり「安全第一」という当時の当局の理念は、今日と同じく大企業寄りのものでしかなかった。リスクが自明な場合は安全を第一にするが、利益があがるか、または確保でき、危険が明確でない場合は、リスクを冒して思いきってやれということだ。

DVTのオーストラリアの被害者

メルボルンの法律事務所が、狭い座席での長時間フライトが原因となったオーストラリア人のDVT被害者の裁判を起こした。

令状は英国航空、カンタス航空、エールフランス、エミレイツ航空、ニュージーランド航空のすべてに送付された。他の航空会社にも送付される可能性がある。DVTによって親戚が死亡した人、または自分自身が血栓による損害をこうむったが死亡にはいたらなかった人が原告になり、エコノミー・クラスの窮屈な座席での長時間フライトが死亡するおそれのある血栓の原因になることを航空会社は警告しなかった、と主張した。

弁護士事務所のスポークスマンは、入院期間の長さと治療の深刻度に応じ、死亡以外の請求額は約2万ポンドになる可能性があると述べた。現在、この弁護士事務所が代理人を勤めている乗客には20歳台前半から60歳台中頃までの人がおり、これ以外に100人を超える人々から、集団訴訟への参加を希望する連絡がきている。

先ごろ上院は乗客の安全と衛生を「はなはだしく無視した」と航空会社を批判したが、法務長官は、DVTの原因が足を伸ばすための空間の不足に関係しているのか、それとも身動きできない状態に関係しているのか、決定的な証拠がないと発言した。

わたしにいわせれば、そうした区別を論じることは、墜落事故の被害者が死亡したのは飛行機の地上落下を引き起こしたエンジン故障が原因なのか、それとも飛行機が地上に激突した衝撃が原因なのかと論じるのに等しい。

機内の空気

客室での深部静脈血栓症のリスクを別にしても、航空会社とCAAは、空気中の微生物と疾病の伝染に関して、どのように最適な実践指針を順守しているのか。機内では、同じ空気を平均7回吸うことになる。航空会社がエアフィルターを使用していなかったら、同乗の乗客が保有しているかもしれない、あるあらゆる伝染性の病原菌を吸うことになる。フィルターには99.99%の濾過効率のものがある。これを使用すると、空気中に残留する微生物は空気1立方メートル中、平均約7個になる。しかし航空各社はこのフィルターを使用していない。

その代わりに航空会社が一般に使用しているのは濾過効率50%のもので、これだと空気1立方メートル中、約47,000個の微生物が残ってしまう。CAAには、最善の機器の使用を航空各社に義務づける権限があり、そうすれば1立方メートル中46,993個の有害なおそれのある微生物を一挙に除去できるはずだ。飛行機旅行から数日後に発生する目の伝染病や風邪といった病気を排除できる。その結果、国民健康保健のコストを減らし、損失労働日数を減らして経済に貢献することができる。また最良の実践指針に従うことで、同乗の乗客から肺結核などの、めったにないが深刻な疾病が伝染するリスクも大幅に減らすことができる。

いずれにせよ、CAAに消費者団体のメンバーが加わらないかぎり、対立する利益が解決され、航空会社から最良の実践指針を守るとの確約を聞くことはできないだろう。