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レーザーの安全使用

資料出所:The RoSPA Occupational Safety and Health Journal
2003年11月号 p.26-31
(仮訳 国際安全衛生センター)



今月ニック・クックジョン・オヘーガン(John O'Hagan)に聞く。オヘーガンはレーザー安全全般の専門家で、英国放射線防衛庁(National Radiological Protection Board: NRPB)のレーザー・光学機器線量測定グループ(Laser and Optical Radiation Dosimetry Group)を管理し、またレーザー安全基準を設定する国際委員会におけるNRPB代表をつとめる。

 オヘーガンは、ベネチアンブラインドが適時に上がらなかったとき、すでに何か悪いことが起こりそうだと感じていた。そしてレーザー光線が自分の両耳の脇を通過していったとき、それがどれほど深刻な事態だったかを知った。
 オヘーガンは、「私は幸運でした。レーザーの方向を見ていたとすれば、失明していたでしょう」と、語っている。事故は、オヘーガンがNRPBの研究部門から非電離放射線部門推進担当に異動した1989年に起きた。レーザーディスプレー・イベントで彼が実施した最初のリスクアセスメントでの出来事だった。あやうく最後のリスクアセスメントとなりかねなかった事故を振り返ってみよう。
 彼は率直に認めている。「無知だったのだと思います。物理と非電離放射線に関しては豊富な経験と知識がありましたが、レーザーディスプレーの安全については無知でした」
 その晩のイベントは、成績優秀な保険外交員の感謝パーティーだった。オヘーガンはその日の午後、オペレータが慣例どおりに準備を進めるのを見ていた。
 ステージディスプレーは華々しかった。クライマックスにさしかかると、ステージ上の巨大なベネチアンブラインドが上がり、緑色のレーザー光線のカーテンに置き換わることになっていた。ベネチアンブラインドが完全に上がり切ってから、レーザー光線がパッと輝くはずであった。オヘーガンの説明では、これは絶対条件であった。
 「ステージから天井に向かってレーザー光線が進むだけであれば、リスクは何もありません。ただし、ブラインドが下げられた状態でレーザー光線の電源がオンになると、レーザー光線がブラインドのスラット(細長い薄板)に当たることがあります。スラットには角度が付いているからレーザー光線が屈折して観客に向かう可能性があります。ですから、予防のためインターロック機構がついていると聞いていました。つまり、ブラインドが完全に上がり切ったときにはじめて、レーザー光線のスイッチをオンにできるのです」
 ショーのクライマックスでは、レーザー光線のカーテンからきらめく新車がドラマチックに現れることになっていた。新車はその年の最優秀外交員への褒章だった。
 オヘーガンは、「観客席に下りていき、オペレータにその日の晩にするのと同じように、いつもの手順で操作をするよう指示した」ことを覚えている。
 ブラインドが上がると思われる瞬間まで、すべては非常に規則正しく進行していた。
 「何か問題が起きていると気づいたので、ステージから目を離し、観客席の上部後方にある操作コンソールの方を見ました」。
 まさにその瞬間、ジューという音を立てながらレーザー光線が彼の両耳の脇をすり抜けていった。
 「オペレータがレーザー光線のスイッチをオフにし、急いで下りてきました」。幸いなことにオヘーガンは無傷であった。二人は問題を総合的に判断し、適正な瞬間にブラインドが上がらなかったことが判明した。さらに重大なことは、インターロック機構がついていなかったことが判明した。
 身体への被害は何もなかったが、この事故により彼は大きな精神的痛手を受けた。
 「私の人生で最も大切なことのひとつを教えてもらった事故でした。レーザーディスプレーの設定となると、担当者らが何をしているのか、私には全くわからないことに気づかされました」とオヘーガンは語った。
 彼にとっては一刻も早く埋めるべきギャップであった。ディスプレー用レーザーの安全について知っておくべきことはすべて学ぼうと心に決めた。その後の数ヶ月間、彼はレーザー光線ショーの会場に足繁く通った。レーザー光線を使用するショーではいつもオヘーガンの姿があった。ショー会場の安全管理者と仕事をともにするうちに、彼は自らに見習いとしての訓練を課し、それを実行し始めた。
 しかし、たちまち壁に当たってしまった。「レーザーショー会社は私と話をしたがりませんでした。私を疑っていました。きっと脅威だったのでしょう。レーザーの安全策を課されることを、故意に仕組まれた妨害行為と見る企業も実際にありました」
 しかし、オヘーガンは心に決めていた。英国の企業が協力しないのならば、もっと外に目を向けようと。そして、カナダのある企業に掛け合った。そこで世界トップレベルのレーザーディスプレー専門家集団に出会った。その中にはフロリダのディズニーワールドでマジックショーを手がけるチームもあった。彼らは喜んで彼を支援してくれた。
 オヘーガンは今では、レーザー安全全般の、また特にレーザーディスプレーの安全の第一人者として広くその名が知られるようになった。その結果、レーザーディスプレーの使用申請があったときに地方の環境衛生担当官(EHO)が、真っ先に相談する相手となった。
 レーザーディスプレーの安全評価以外にも、オヘーガンは英国放射線防衛庁(NRPB)のレーザー・光学機器線量測定グループの管理を担当している。このグループはレーザーの安全分野の基礎研究に携わり、レーザー光線の計測法と影響について勧告をしている。またオヘーガンはレーザー安全基準を設定する国際委員会における英国代表をつとめ、最近では国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization)の、空域でのレーザーの安全使用にかかわるガイダンス作成に寄与した。
 レーザーディスプレーでは安全はそうやすやすと確保できるものではない。広範な知識と経験を必要とするが、とりわけレーザーディスプレービジネスの関係者の理解が不可欠となる。だが、まずはレーザー光線そのものの性質を理解することが大切だ。

レーザー光線の誕生

 レーザー光線は比較的新しい発明品で、カリフォルニアのヒューズ・エアクラフト社(Hughes Aircraft Company)の科学者セオドア・メイマン(Theodore Mainman)が1960年に開発した。メイマンが棒状の人工ルビーに強烈な白色光を照射すると、棒状ルビーの一端から高輝度の赤色光が放射された。これが世界初のレーザー光である。
 棒状の人工ルビーに白色光を照射するとなぜこのような効果が現れるのであろうか。ルビーの化学構造にその答えがある。ルビーは酸化アルミの結晶であるが、純粋な結晶ではなく、アルミ原子の約1%がクロム原子に置き換わっている。クロム原子はルビー結晶を赤色に染めるだけではなく、レーザーの特徴も与えるのである。
 人工ルビーに強烈な白色光を照射するとクロム原子が白色光のエネルギーの一部を蓄積する。するとクロム原子自体が励起状態になる。励起状態になったクロム原子のエネルギーは光の光子として放出される。さまざまな波長が混合している白色光と異なり、クロム原子はひとつの特定波長、694ナノメーター(nm);つまりルビー色を放射する。
 白色光をルビーに照射し続けるとさらに多くの光子が生じる。このプロセスはレーザー・ポンピング(laser pumping)と言われている。
 レーザー(laser)という語は、light amplification by the stimulated emission of radiationの頭文字を合わせたものである。レーザーには通常の光とは異なる特徴があるが、それはレーザー光線の生成方法に起因する。レーザー光線を得るためにはまず棒状の人工ルビーを2枚の鏡の間に置く。白色光をルビーに照射したときに上下に激しく動き回っていた光子は鏡に反射して、前後に同じ経路を行き来するようになる。こうしてレーザー光線はひとつの方向性をもつようになり、棒状ルビーの一端から外へ出る(鏡のひとつは、そこを通り越してレーザー光線の一部が外へ出ていく構造になっている)と、ほとんど拡散せず、実質的には一方向に平行に進むレーザー光線となる。
 これは、光子があらゆる方向に放射される従来の白色光とは異なる特徴である。懐中電灯の光は急速に拡散するが、レーザー光線は狭い幅を進み、エネルギーが集中する。したがって、数ワットのレーザー光線は数百メートル離れた距離であっても大変危険なものとなる。
 レーザー光線は非常に狭いスポットに焦点を当てるということにより、リスクはいっそう増大する。人間の裸眼は光のスペクトラムでいう可視光線ないし近赤外線を放射するレーザー光線を集光するのに格好のレンズとなってしまう。遠赤外から可視光領域に含まれるレーザー光線(400〜1400nm)は網膜上で極めて小さい点(直径数10ミクロン)に集光される。その点でのエネルギー密度は、目に入る光のエネルギーの10万倍も高いものになり、裸眼の角膜と水晶体の構造により集光され、わずか数ミリワットのエネルギーのレーザー光線が網膜組織を焼損させるほどの高エネルギーの点に変わる。レーザー光線が網膜のどの部位に集光されるかにより、部分的または全部の視力が失われることがある。たとえば、黄斑に集光されると視界の中心が損傷し、物が読めなくなるおそれがある。視神経に集光されると失明してしまう。
 エンターテイメント業界のディスプレーで使われるレーザー光線の大半は目を損傷させるほどの大きなエネルギーを放射する。
 ところで、レーザー光線は単一波長であるため、一般的に単一色である。ルビーは最初に使われたレーザー媒体であるが、レーザー媒体を変えることで波長(または可視色)が変えられるということだ。複数のレーザー光線を放射するレーザー媒体もあるが、それぞれのレーザー光線の波長は個別で単一である。
 とはいえ、単一色のレーザー光線はスペクトラムでの可視域に限定されるということでもない。たとえば、二酸化炭素を媒体とすると赤外レーザー光線が生成される。エキシマー(一般的には2つ以上の気体の混合体)を媒体とすると、紫外域レーザー光線が生成される。紫外レーザー光線はエンターテイメントで素材を蛍光発色させる際に使うことがある。
 表1に一般的に使用するディスプレー用レーザー光線の例を挙げる。

表1         一般的に使われるディスプレー用レーザー
レーザー

種類
主な波長
(nm)
その他
の波長
(nm)
出力
(ワット)
用途例
アルゴンイオン 488(青緑)、514.5(緑) 457.9(青)、467.5(青) 数10ワットまで パソコンによる走査型光学装置またはPC制御のサーボ搭載走査型光学装置(galvos)用。ディスコ、クラブなどで使用。高出力タイプは野外ステージ用。
銅蒸気 510.6、578.2 - 数10ワット 現在は野外ステージ用に限定されている。コンサートや市民イベントなどの大規模なレーザーディスプレーに最適。維持と取り扱いが難しいため用途は狭い。
色素 多波長 - 一般的には数ワットまで 現在は時折使用されるにすぎないが、多色を作成できるため、今後開発が進み、用途が広がることが予想される。
ヘリウム−カドミウム 441.6(青)、
325(紫外)


用途が減りつつある。
クリプトン−イオン 647.1(赤) 530.9(黄/緑)、
676.4(赤)
数10ワット 遠距離から光が届く高出力が必要な野外ステージ用。
ヘリウム−ネオン 632.8(赤)  
10mW 走査型光学装置で移動する幾何学模様を作成(画面上にリサージュ図形や文字を描くなど)。
ミックスガス 488(青緑)、
514.5(緑)
457.9(青)、
467.5(青)
1〜20ワット 白色光様の光の作成。白色レーザーといわれる。基本照射線を分割・再融合させて多色の光を作成できる。
ネオジウム−YAG 1064(赤外) 532(倍周波)(黄/緑)
野外レーザーディスプレー光源。フラッシュランプ励起型に代わり、レーザーダイオード励起型が主流となっているため小規模ディスコなどでの利用が増加。


レーザーの安全使用

 ある特定の光線が安全であるかどうかを見分けることは簡単なことではない。最大許容暴露量(MPE)---人間の眼や皮膚に当たった時に許容できる安全なレベル(測定単位:ワット/m2、またはジュール/m2)---を算出する必要がある。暴露量がMPEを下回っていれば、その光線は安全といえる。

MPEの算出

 特定の光線のMPEを算出するには2つの係数を考慮する必要がある。
 ひとつは波長である。傷害の程度は波長により異なる。たとえば近赤外及び可視光線は網膜を傷つけるが、紫外または遠赤外光線は角膜や虹彩を焼損させる。
 もうひとつは予想暴露時間である。レーザーショーで使用されるレーザー光線は大半が可視光線である。これらのレーザー光線の予想暴露時間はおよそ0.25秒---目をつぶるか、目をそらすのにかかる時間---である。さらに、損傷を受ける器官を考える。近赤外や可視領域のレーザー光線のMPEは皮膚より眼に与える損傷が大きい。
 やっかいなことにMPE の算出は簡単にできるものではない。算出方法はBS EN 60825-1の2つの表に詳述されているが、それぞれの表に、眼と皮膚それぞれの暴露に対するMPEの計算式が記載されている。
 レーザー光線の種類は出力と精密度により多岐にわたる。だが種類が豊富であるからこそ、レーザー製品の売り手買い手双方ともにリスクを負うことになる。
 オヘーガンは、次のように指摘した。「安価なレーザーは問題となります。400ポンドも出せば小規模なディスコ用のディスプレーが買えますが、その多くは極東の国々の製品です。メーカー自身も自社製品の危険性を正しく認識していません。CE表示がないものさえあります。客は、眼に重篤な傷害を及ぼす危険性があるレーザー製品とは認識していないまま、家庭用や小規模ディスコ用として買っていきます」
 大規模なショーで使用する場合、重大な安全上の問題となることは、ショーの中でレーザー光線が観客を走査すること(言い換えれば、照射したレーザー光線が直接観客の眼に入る可能性)の有無である。観客への走査がなければ、安全面の問題は簡単に片付く。しかしこのような場合でさえ、課題なくしてリスク管理は達成できない。つまりレーザー光線と人間を隔離するためには細心の慎重さが必要となるのだ。
 HSG(95)(安全衛生ガイド)には次のようなガイダンスが紹介されている。MPEを超える光線は、観客が立ち上がる可能性のあるあらゆるポイント(たとえば床、台、客席)から垂直に3メートル以上の距離が保たれていなければならない。光線が3メートルより低い位置を通る場合は、水平方向に2.5メートルの位置に立入り禁止区域を設けなければならない。
 レーザーショー実演の前には、試験運転して調整されているか確認し、潜在的な問題には対策を講じておく。試験運転は誰も周りにいないことを必ず確認してからショーの開始よりもかなり前に行う。ただし、いつでも簡単に事が済むというわけではない。
 「公園での野外コンサートを考えてみてください。たとえばショーの開始時刻が午後9時だとして、レーザーオペレータは午後4時に装置の調整をするとします。でも気持ちの良い夏の午後であれば、午後4時にはたくさんの人が公園にいます。こんなときオペレータは非常な労力を使って光線の行方を確認しなければなりません」とオヘーガンは言っている。
 また一度光線を全部正しく調整できたとしても、それをショー本番まで維持しておくことはまた別の課題となる。「野外コンサート用の調整で、問題となったことがります。担当者が機材を調整したときはすべて正常でした。光線の進路は規定どおり3メートル以上上空となるよう設定しましたが、その日途中で雨が降ってしまいました。夕方になり、雨でぬかるんだ地面の中に機材がわずかに沈下していることに気づきました。若干ですが下方に傾き、光線の進路が低くなり、危険なレベルになっていました」とオヘーガンは回想している。
 光線を偏向させる鏡の取り付けも確実に行われているか確認が重要である。規定の位置から鏡がずれると光線は観客のほうに向かってしまう。
 また光線は拡散しにくいので、観客だけ配慮すれば十分というわけでもない。レーザー光線の危険が相当遠方にまで及ぶことは、1995年の事故が実証している。ラスベガスの仮設滑走路から操縦してきた航空機のパイロットがレーザーディスプレーの閃光で一時失明してしまったのである。幸いにも飛行機は同乗のパイロットが操縦を代わり、事なきを得た。
 この他にも常設されたレーザー設備付近を航空機が飛行する場所などで起きた事故の記録が残っている。
 遠距離まで届くレーザーの危険に曝されるのはパイロットだけではなく、このリスクのある人々には、近隣の建物の住人、道路の通行人なども含まれる。調整中に足場上でほかのショー設備の部品を設定している担当者もリスクに曝されている。オヘーガンが以下に回想するように、リスクを負っている潜在的な対象者(対象物)の特定は、いつも簡単にできるとは限らない。
 「土曜の夜開催される予定のショーがありました。その前の晩に環境衛生担当官が、私に検査を依頼してきました。レーザー機器自体はポールの上に取り付けられ、光線が近隣のレストランの屋根に据え付けた鏡に当たるよう設置されていました。この光線は大きな出力のものでしたが、観客の頭のはるか上を光線が通過するよう十分な高さを確保した設置方法でした。レストランの客のことももちろん配慮する必要がありました。この光線の出力を考えると、レストランの客も潜在的にリスクを負っていました。レストランの上空に安全限界を決める必要がありました」
 オヘーガンは"安全限界(safe margin)"とは何かについて相当の議論があったが、その夕方までに安全面はすべてうまく調整が付いたのでホッと胸をなでおろしたと語った。
 しかし、翌日、彼は衝撃を受けた。「土曜日に現場にもどると主催者が遊園地を設置していました。問題は、遊園地自体ではなく、レストランの真後ろに螺旋すべり台を設置したことでした。すべり台のてっぺんに立った子供とレーザー光線の間には、レストランの屋根に設置した鏡以外遮るものが何もなかったのです」
 この件については、問題はあっけなく解決した。レーザーショーの間はすべり台の使用を禁止するよう、彼が強く主張したのだ。
 ただし、問題は別にあるとオヘーガンは言った。「もし私が金曜の晩に帰宅し、土曜に現場にもどらなければ、すべり台のこどもたちは相当の危険に曝されたことになる。これもいい教訓になった」
 これを受け、現在オヘーガンはショーの事前点検の後、最後に次のことを確認する習慣をつけた。「このレイアウトは、ショー当日のものと全く同じですか。今後変更することはありませんか」
 最終確認後も、運を天に任せるのではない。ショーの前に調整を確認するだけでなく、ショー当日も現場に来るのだ。
 監視は必要であるものの、観客を走査しないショーの場合は、リスクアセスメントは比較的簡単に実施できる。レーザーが観客に向かないようになっていることを確認するだけでいい。しかし、オペレータが観客全体への走査を希望する場合は、リスクアセスメントは格段に難しくなる。MPEを念入りに算出しなければならないからだ。
 (安全面から見ると)やっかいなことに、オペレータは観客への走査を好む傾向が強い。観客の希望だからとオペレータは主張する。閃光でショーの臨場感が高まるということなのかもしれない。光がトンネルや大きなカーテンのようになって自分に向かってくることがドラマチックと感じることもあろう。
 全員の安全確保に大切なことは、全員の暴露量を確実にMPE以下とすることである。ただ残念なことは、専門家以外には言うは易く、行うは難しということだ。MPEの計算と測定は容易ではなく、レーザー安全の専門家以外には無理である。
 ただ、さしあたっての手段はある。危険度による製品の区分け(クラス1[特に危険はなし]からクラス4[危険])がレーザー機器メーカーに義務付けられているのだ。表2に危険のクラス区分を示す。BS EN 60825-12に各クラスの管理方針が規定されている。クラス1のレーザーには防護対策は不要であるが、クラス3Bと4ではインターロック、ビームストップ、警告灯が必要となる。
 だが、クラス分けに依存できない場合も少なくない。実際、区分がない場合も多い。
 オペレータは、理論上は、走査自体がある程度の防護策となっているはずで、動く光線に眼がさらされている時間は、固定された光線を見るより必然的に短いと言う。
 だがオヘーガンは懐疑的だ。「光のカーテンの効果をつくるためには光線が目の上を1秒間に30回以上走査されなければなりません。この速度であれば、目は光線のピーク出力に何回も曝されることになります。光線を走査させることで、安全性はほんの2、3倍高まるだけであることを算出しました。もっと高出力のレーザー光線では、これでは不十分でしょう」
 選択肢はない。MPEの測定と計算、MPEへの参照は避けて済ませられない。だからこそオヘーガンのような専門家の出番となるのだ。
 レーザーディスプレーの使用申請を受けた環境衛生担当官の多くがオヘーガンに相談し、彼の見解に従って取り扱い免許を与える。おそらく、オヘーガンがほとんどの場合について観客への走査をしないようにと忠告している事実が、適正なリスクアセスメントの重要性をもっとも明確に表しているであろう。

表2 レーザー光線のクラス分け(最近改定)
区分 危険評価の概要
1 すべての合理的に予測可能な条件下で安全なレーザー
1M 302.5〜4,000nm範囲の波長のレーザーで、光学機器が光線内で使用される場合は危険のおそれがあるとされるもの
2 400〜700nm範囲の波長の低出力レーザー(可視光)で、光学機器が光線内観察に使用される場合であっても、目の反射応答(まばたきなど)により十分目の保護がなされるもの
2M 2と同様だが、光学機器が光線内で使用される場合は不安全とされるもの
3R 光線内観察は危険のおそれがあるが、3Bレーザーより危険度は低いとされているもの
3B 光線内観察は通常危険のおそれがあるが、拡散反射光を見ることについては通常安全とされるもの
4 高出力拡散反射光は危険のおそれがある。この光線は皮膚傷害をひきおこし、火災を発生させるもの

その他の危険

 リスクはレーザー自体によるものだけでなく、副次的なものもある。
 たとえば、電気系統のリスクがある。光源を励起するには高電圧が必要となることが多い。パルスレーザーは大量の電荷を蓄積・放出できるコンデンサーバンクを利用する。それでもなお電圧が不十分な場合、レーザー機器の多くは水を必要とする(冷却用水)。
 さらに、有害物質管理規則(CoSHH)違反のような問題もある。レーザー媒体も毒性を持ちうる。たとえばエキシマーレーザー、色素レーザー、化学レーザーなどがある。この他にも、回転機や紫外線放射に曝されること、光学レーザー励起用ランプが爆発することなども危険に含まれる。
 また、人災も考えられる。特に危険を伴うリスクアセスメントを実施中に人が関与したリスクを目の当たりにした。
 「その一週間で、問題が蓄積していました。わたしが現場に到着する以前から問題はすでに起こっていました。慈善事業でレーザーショーを開催したいという主催者が地方のラジオで苦情を言っていました。概して不必要と思われる官僚的な形式主義と、とりわけ不要な安全衛生上の制約のせいで、計画が頓挫していると彼は言うのです」
 先行きが思いやられるスタートだった。「わたしはビルの上で鏡を点検していました。この鏡で光線を反射させるつもりだったのです。これはだめだと思いました。鏡の取り付け位置が低すぎると感じました。ちょっと下方に向けただけで光線がビル内の人々の目に損傷を与えかねません。わたしは鏡の位置を上げるようしつこく言いました。」
 次に起きた出来事が脳裏に焼きついている。ショー主催者は優に6フィートはある男で、ビルの端まで歩いていき、地上を指差した。「ここは相当高い。おまえが見つかるころには、俺はすでに20分は高速道路を走ってるって具合だ」
 オヘーガンは言う。「さいわいにもいっしょにいた環境衛生担当官の方も大きい人でした。ショー主催者と私の間に割って入り、もどって梯子を降りるようにとわたしに言いました」
 ショー主催者は後で冗談として受け流させようとしていたが、オヘーガンの中にはありありと不快感が残っている。
 「問題は、ディスプレー用レーザーのオペレータの中には私たちを脅威とみている人たちがいるということです。私たちが彼らの望みを止めさせるので、競争の激烈なこの業界で切り詰められた採算をさらに削ろうとする脅威とみなされます。しかし、その逆も正しいと固く信じています。プロ意識のあるイベント主催者や現場管理者にとっては、管理が万全で安全なショーの方が、説得力があります」とオヘーガンは説明した。
 レーザー会社自身がリスクアセスメントを実施するときでさえ、何らかの注意が必要な場合がある。数年前、オヘーガンは架空のリスクアセスメントを実施したことがある。リスクアセスメントの原則を実例で示そうと、ラフバラ大学でジョン・タイラーとともに講師を務めたレーザー安全コースで実施例として行ったものだ。その内容の資料を作成し、参加者にわたした。
 オヘーガンはこの資料の内容が単なる実施例であることを強調するのに非常な苦労を要した。それぞれのショーには、周りの環境や条件を考慮に入れ、それに見合った個別のリスクアセスメントが必要なのだ。にもかかわらず、不幸にもその大切なメッセージは届かなかった。そのアセスメント結果がそのまま戻ってきて、オヘーガンは悩まされることがたびたびだった。オヘーガンが作成したリスクアセスメント例の資料の表紙に、ただオペレータのロゴがつけられただけで、何も変わっていないものも多かった。
 「問題は、レーザーを理解していない人間にとって、わたしのリスクアセスメント例は非常に技術的で、真正なものに思えるということです」とオヘーガンは言った。
 営業妨害として法的手段をとると脅すオペレータもいた。彼には、こうした態度がこの業界の一部に広く蔓延しているように思えた。
 安全衛生を確保する責任をとるという意識が確立していない特定の社会に対しては、今後どうするべきなのだろうか。
 オペレータに免許を交付するという構想は必ずしも解答とはなりえないとオヘーガンは考えている。米国で過去に実施された案だが、成否の判断がつかなかった。
 オヘーガンは、方法は2通りあると考えている。第一は認識を高めること。NRPBがすぐに推進役となりうる。「われわれのウェブサイトはレーザーの安全にかかわる情報を得るための最良の入り口となる。レーザーディスプレー会社からの安全なディスプレーにかかわる個別の問い合わせ、相談に対する窓口業務も始める」
 興味深いことに、レーザーディスプレー会社にリスクアセスメント実施を強化することは解答になりえないとオヘーガンは考えている。もちろん、レーザーディスプレー会社がもっと関心をもち、かかわっていくべきだとは考えている。
 オヘーガンは語る。「レーザーディスプレー会社は、リスクを低減することが自分たちの利益を確保することと認識し始めてはいます。他人の利益を考えるだけではなく、自分たち自身の責任ということについてもとても敏感になっている。」
 責任感に敏感になっていることを如実に示す特別な出来事があった。「あるレーザーオペレータがレーザー機器を設置していました。観客を走査するにはそのレーザーでは不適切だと私が指摘すると、現場管理者はすぐ行動しました。ショーを安全に実施できる別のディスプレー会社を使ったのです」
 レーザーディスプレーの安全確保のために主催者が発揮する影響力は侮りがたいものがあるとオヘーガンは見ている。
 レーザーは近年における最大の技術進歩のひとつであるが、その安全にかかわる問題は実に複雑である。人々が科学によって---文字通り---盲目になることのないように、オヘーガンのような専門家がこれからも必要とされているのである。