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教育と思いやりが精神疾患の傷をいやす

資料出所:National Safety Council発行
「Today's Supervisor」 2000年8月号
(訳 国際安全衛生センター )

カリフォルニア州のある大新聞で働くダン〔仮名〕は、酒がすぎるきらいがある。彼はアルコール中毒患者更正のためのグループ、アルコーリック・アノニマス(AA)に定期的に出席している。

彼が通っている精神科医は最近、彼の気持ちの変動を抑えるためにリチューム※を処方した。彼が酒を飲むのは気分の著しい高揚を抑えるため、または落ち込んだ気持ちを高めるためである。

ダンはアルコール中毒と双極性障害(躁鬱病)の二つの病気を持っている。彼は一方ですぐれた才能の熱心な記者であり、同僚や上司は彼が病気を持っているとは、夢にも思っていない。

※リチューム塩剤は躁鬱病薬

◆精神疾患は珍しい病気ではない

職場での精神疾患は、あまり人に気づかれないが、いつも身の回りにある病気である。米国の精神衛生、医薬品乱用などの大手医療機関であるマジェラン・ヘルス・サービスによると、年間に抑うつ症にかかる人は約2,000万人に達している。そのほとんどが仕事を持っている。

「精神疾患に苦しむ人はいつも身近にいます」というのは、メリーランド州コロンビアにあるマジェラン行動衛生研究所(Magellan Behavioral Health)職場部門主任のアン・モンゴメリー博士。「一緒の町の住人、同じ教会の信者、職場の同僚の中にも患者はいます」

統計によると、5人に1人は生涯のうちに診断可能な程度の精神疾患を患うことがあるという。ダンは自分の精神疾患を上司や同僚にはうち明けていないが、そうした人々は多いのである。

「糖尿病やガンといった他の病気とは違って、心の病は人間の汚点と見られることが多い。同僚たちが私の病気のことを知ったら、たとえどんなに私が仕事ができても、尊敬されていても、みなショックを受けるだろう」とダンは言う。

上司にとって、職場での精神疾患の兆候を発見するのは容易ではない。医療専門家はむしろ簡単に病気と決めつけることに警戒的で、診断は専門家に任せるべきだと言っている。

医療の専門家が職場の上司に勧めているのは、具体的な業務の基準を設け、従業員がそれを果たしているかどうかを見ることである。欠勤が多くなる、生産レベルの低下、職場での不適切な行動などは、すべて精神疾患の兆候であることが多い。

◆精神疾患の兆候は多様だ

神経性不安は職場で最も多い精神疾患だと専門家は言う。米国精神医学協会(American Psychiatric Association)の定義によると、不安障害には次のようなものがある。

  • 全般的神経性不安
    全般的神経性不安を持つ人々は、非現実的なまたは過度の不安に苦しみ、生活環境について思い悩む。たとえば、十分な預金を持ち、支払いもできているのに、絶えずお金の心配をするといった人々である。
  • 恐怖症
    恐怖症に悩む人々は、恐れる対象物、状況、活動などに直面した場合、恐怖、心配を抱き、パニックに陥る。自分の仕事、家族、社会的関係に介入してくる恐怖の源を、なんとか避けようと必死になる人が多い。
  • パニック症
    パニック症は半年の間に150万人もの患者を出している。患者ははっきりした理由もないのに、強い、心を締め付けるような恐怖を抱く。恐怖には発汗、動悸、熱感、冷感、ふるえ、無力感などをともなう。
  • 外傷後ストレス障害
    退役軍人に発症することが多く、深刻な身体的または精神的な傷を経験した人は、だれでもかかる可能性がある。たとえば空中衝突を目撃したり、生命に危険のある犯罪から危うく逃れたりした人は、この疾患になることがある。
  • 強迫神経症
    強迫神経症は240万人の米国人を苦しめている。この病気の患者は自分では望まない強い強迫観念にとらわれ、それが繰り返されるため、うつ病や極度の不安に陥る。またこの患者は繰り返し手を洗うといった「儀式」を行うことがあり、それは自分の不安をそれで和らげようとする行為だと見られている。

神経性不安に続いて多いのはうつ病である。人々の感情、考え方、行動に悪影響を及ぼす面倒な精神疾患である。人事管理担当者の8割が過去3年間に従業員の中にうつ病の患者がいたと、バージニア州アレキサンドリアにある人材資源管理協会(Human Resources Management)の1999年調査は述べている。

うつ病の発症が最も多いのは37歳から44歳の男性で、うつ病による生産性の低下は年間238億ドルに達する、とコネチカット州ハートフォードにある教育研修プログラム社のマラリー・ティテル社長兼CEOは言う。

その他にも職場に多い精神疾患があり、たとえばアルコール、麻薬、とばく、セックス、買い物などにおぼれてしまう、中毒症、精神分裂症、多食症や食欲不振症などの食生活不全、アルツハイマー病などの痴呆、行為障害(攻撃的または暴力的行動など)などが目立っている。

◆問題を無視してはいけない

職場の監督者たちは精神疾患についてある程度のことを学んでいるが、精神疾患に関連するさまざまな治療、支援措置などについて、従業員に伝えておくことが大切である。多くの事業者が外部の従業員支援制度を契約、活用するようになっている。それらの制度は特に精神衛生の管理、物質乱用の対策などを取り扱っている。精神衛生上の問題は労働関連の保険コストの10%を占めるに至っているとティティル社長は言う。

「より多くの情報が提供され、一般の認識が進めば、精神疾患の傷も軽くなって行くだろう」と同社長は言う。彼の会社は健康および人材管理を専門とする非営利法人である。

事業者はまた、ストレス管理やその他の福祉上の問題について、セミナーやその他の活動を支援することもできる。また秘密を守りながら24時間体制で従業員からの電話相談を受けつける、フリーダイヤル制度もある。

「残念なことに、人々はどうすればよいのか分からず、弱虫と思われたくないと思い、また精神疾患は治療できることを知らないために、必要以上に苦しんでいる。治療を受ければ、すべての人の状況が改善される。労働時間の損失は大幅に減り、職場でけがをすることも減り、生産性は著しく向上する」とティテル社長は述べる。

◆治療は成功している

精神疾患に苦しむダンやその他の人々は、医療のおかげで引き続き仕事ができるようになっている。ほとんどの精神障害が治療の対象になっている。

ボストン大学の精神医学リハビリセンターの調査によると、重い精神疾患でも労働者に悲劇的な運命をもたらすことはない。重い精神疾患を患った500人の職業人や管理職の調査によって、そのうちの73%が看護師、管理職、弁護士、会社経営者など、多くの常勤職に復帰していることが明らかにされている。

調査参加者の84%が、双極性障害、精神分裂症、重いうつ病、外傷後ストレス障害などの病気に、向精神薬を使っている。これらの参加者は職場に復帰すること自体が快復のプロセスで大きな役割を果たした、と調査は指摘している。

監督者は精神疾患が原因で従業員が能力を失った場合、次のようなステップを取るべきだと、CIGNAグループ保険などの専門家は言っている。

  • 従業員の生活状況を調査する。治療も職場復帰計画も病気自体とともに、社会心理的な要素に対応しなければならない。
  • 従業員が発病前に従事していた職務に復帰させることを主眼にする。
  • 病気自体よりも、従業員の力、能力を中心にする。

ジャーナリストのダンは、アルコール中毒や双極性障害に苦しんだが、自分を「気違い」と思ったことはないという。治療や薬には感謝している。おかげで気持ちが落ち着いたという。

「仕事ができなくなった時のことはよく覚えている。毎日のような二日酔い、気持ちの激しい動揺、仕事の後の気分の高まりは、酒を飲まなければ収まらなかった。今は頭もすっきりし、酒からも離れることができた。仕事、そして生活全体も、自分の手に負えるものになったという感じだ」とダンは言っている。

この記事の出典[英語]は国際安全衛生センターの図書室でご覧いただけます。