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ランス労働法典 安全衛生関係部分 解説



 フランスの労働法典は既存の関係諸規制が整理されて1919年に制定され、その後、1976年12月6日法により現行の安全衛生体制が整備されている。この法律においては労働災害及び労働に起因する健康障害を防止するために、安全と衛生に関する規制の統合、労働監督官の権限の強化、事業者の責任による労働者に対する安全教育実施の義務化、産業医による労働衛生サービスの提供などを定めている。以下、これらについて簡単に説明する。

 まず、安全と衛生に関する規制の統合であるが、労働法典では産業構造の高度化とそれに伴う技術革新による労働災害の多様化に対処するために、統合された安全Securite integreeという概念を採用している。これはL230-2条の規定事項に示されているように

a) リスクを回避すること
b) 回避しえないリスクを評価すること
c) 発生源においてリスク対策を行うこと
d) 労働内容を人間に適合させること。とりわけ、職場の設計について、および、労働設備と労働・生産の方法の選定にあたって、単調な作業や反復作業を制限し、こうした作業の健康への影響を低減するようにすること
e) 技術進歩の状態を考慮すること
f) 危険な事柄を危険でない事柄又は危険性の低い事柄で置き換えること
g) 技術、労働組織、労働条件、労使関係、および、環境諸要素の影響、これらを首尾一貫性のある全体として統合して、予防を計画化すること
h) 個別的保護の措置に優先させて集団的保護の措置を取ること
i) 労働者に適切な指示を与えること

等といった労働条件や作業方法の改善も視野に入れた総合的な安全衛生対策を強調するものである。そして、以上の対策が適切に行われるために各事業所においては安全衛生計画が作成されなければならず、この確実な実施のために安全衛生・労働条件委員会の設置が義務づけられている。そして、特に注目すべき点としては建築現場のように元請企業のもとに複数の下請企業が参加している場合には、全労働者を対象とした包括的安全衛生計画が作成されなければならず、また安全衛生・労働条件委員会の連合体の設置が義務づけられていることがあげられる。なお、安全衛生・労働条件委員会の委員は施設の責任者又はその代理人と労働者の代表を含み、さらに後者のメンバーは、企業又は施設の委員会からの選出メンバーと労働者代表から構成される調整委員会により指名されることとなっている。

 第二の労働監督官の権限であるが、まず労働監督官は労働災害や労働に起因する健康障害を防止するために、調書を作成する前段階として、事業者に一定の行為を命ずる催告(mise en demeure: 行政庁が、法令によって定められている場合に,私人又は公共団体に対して、義務として課されている措置を講じること又は違法な行為をやめさせるために発する命令)を行うことができる。そして、この催告手続については、監督官の確認した事実が労働者の身体的安全にとって重大かつ差し迫った危険を呈するときには、催告の手続きを経ることなく、ただちに調書を作成することを許可されることとなっている。

 第三の事業者の責任による労働者に対する安全教育実施については、労働法典L231条3-1により、業種の如何にかかわらず、すべての事業者に義務づけられており、事業者の負担により終業時間内に行われることになっている。安全教育の対象者は新規採用者、職場及び生産技術を変更する労働者、臨時労働契約により雇用されている労働者、21日間以上休業した後労働を再開する労働者のうち、産業医がその必要性を認める者である。この義務を怠った事業者は罰則の対象となる。

 第四の産業医による産業医療サービスについては、まずフランスにおいては業種の種類及び従業員数によらず、すべての労働者が産業医によるサービスを受けられるシステムとなっている。各事業所において専属の産業医が配置されるか、あるいは企業間産業医療局(わが国の企業外労働衛生機関に類似した組織)によるサービスを受けるかは、リスク別の従業員数から算出される産業医サービス時間による。
 産業医の任命及び罷免については、経営側と労働者側双方の委員から構成される企業委員会への諮問が義務づけられている。産業医療サービスにかかるコストは事業者の負担であり、また、複数の企業が登録している企業間産業医療局の場合には、この費用は労働者の人数に応じて登録企業間で比例配分される。
 産業医の役割は、労働に由来する健康傷害を回避する予防医学であり、臨床行為は救急時を除いて行わない。産業医は、当該労働者の年齢・物理的抵抗力あるいは健康状態を根拠として配置転換や部署の変更のような個別の措置を提案する資格を有している。事業者はこの提案を考慮しなければならず、拒否する場合には、取られるべき処置に対して反対する理由を明らかにしなければならない。そして、産業医と事業者との間で意見の不一致が生じた場合には、労働監督医の意見を聴取した上で、労働監督官が決定を下すこととなっている。

 また、法典においては労働安全衛生における労働者の権利と義務についても言及している。例えば、労働者は、その生命ないし健康にとって重大で差し迫った危険を呈すると考える合理的な理由があると判断したあらゆる労働状況、保護システムの中に確認されるあらゆる欠陥を、事業者又はその代理人に直ちに通報することとし、労働者が各人の生命と健康にとって重大で差し迫った危険を呈すると考える合理的な理由がある場合には、当該労働から撤退することができるとしている。そして、撤退したことをもって、事業者は、これらの労働者又は労働者のグループに対していかなる処分も、いかなる給与の差し押さえも行ってはならないとされている。

 以上のようにフランスの労働安全衛生制度は、法規により詳細に規定され、また産業医療サービスが専門医資格を有する産業医によって独占的に提供されるというように、非常にしっかりしたシステムとなっている。国際的に自主対応型のマネジメントシステムが主流となりつつある今日、フランスの労働安全衛生制度が今後どのように展開されていくのかは非常に興味深い点であると思われる。

 なお、今回紹介している部分は労働法典における法(Partie Legisratif: L)部分のみで、産業医制度等の詳細に関する規則(Reglement)等が記載されているR部分(Partie Reglementaire)は含まれていない。R部分はたとえて言えば、わが国における労働安全衛生法に対する労働安全衛生規則に相当するものであり、フランスにおける労働安全衛生制度を理解する際には重要な部分である。


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