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建設作業における労働安全衛生

A. López-Valcárcel(ILO)

(資料出所:The Finnish Institute of Occupational Health発行
「African Newsletter on Occupational Health and Safety」)
2001年4月(第11号、1巻)
(訳 国際安全衛生センター)


問題の大きさ

あらゆる予防対策の出発点は、解決すべき問題について知ることである。労働に起因する傷害と疾病に関する統計データの存在が重要なのは、このためである。建設業は伝統的に危険職種とみなされてきた。その原因は労働災害の発生率が高く、なかでも致命的負傷が多いことにあり、それは関連統計のある国の以下のデータで明らかである。

フランスでは、1996年の全労働力に占める建設業労働者の比率は7.6%(115万人)だが、全労働傷害件数の19%、死亡者数の26%を占める(CNAM)。

アメリカでは、1996年の民間部門の労働者に占める建設業労働者の比率は5.4%(536万人)だが、全労働傷害件数の8.2%、死亡者数の19%を占める(OSHA)。

アルゼンチンでは、1997年の労災保険対象となる全労働者に占める建設業労働者の比率は6.2%(27万2,000人)だが、同保険の記録では、全労働傷害件数の13.8%、死亡者数の16.1%を占める(SRT)。

スペインでは、1998年の全労働者に占める建設業労働者の比率は9.2%(103万1,000人)だが、全労働傷害件数の23%、死亡者数の25%を占める(INSHT、1999年)。

日本では、1998年の全労働者に占める建設業労働者の比率は10.4%(551万人)だが、全労働災害件数の28%、死亡者数の40%を占める(JISHA)。

以上のデータの分析から、雇用創出に占める建設業の貢献度が高いことは、すぐに分かる(アメリカで5.4%、フランスで7.6%、スペインで9.2%、日本で10.4%)。もうひとつの共通点として、建設業での労働災害の発生率が高いことがあり(アメリカで8%、アルゼンチンで14%、フランスで19%、スペインで22%)、建設業の安全確保が緊急の課題になっている。しかし、先のデータでもっともおどろくべき点は、労働災害の死亡者数に占める建設業の比率がきわめて高いことであり(アルゼンチンで16.1%、アメリカで19%、スペインで25%、フランスで26%、日本で40%)、このため労働安全衛生の分野での国内政策とプログラムのなかで、建設業の安全確保が最優先課題のひとつとなっている(図1)。


また統計データは、建設労働者が死亡労働災害を負う比率が、全産業分野の平均的労働者の数倍も高い事実を示している。実際、アルゼンチンでは2.6倍、スペインでは2.8倍、韓国では3倍、フランスでは3.4倍、アメリカでは3.5倍、日本では3.8倍も高い。したがって労働安全衛生に関する国内政策とプログラムで、建設業を特に重視すべきだとする建設労働者の要求には大きな根拠がある(次ページの図2参照)。


しかし、建設労働者死亡労働災害を負うリスクは、どの程度、高いのだろうか。通常、このリスクの測定に使用されるのは死亡災害発生率、すなわち特定の年に労働者10万人当たりで発生する死亡者数である。この数値は、下図3のように国によってさまざまである。



この数値をみると、建設労働者が死亡労働災害を負うリスクは、たとえばアルゼンチンはフランスより約300%高く、スペインはアメリカより40%高い。建設業における職業上のリスクは、国によってまだ大きな差が存在することがわかる。

世界全体の建設業での死亡労働災害の件数は、大半の国で関連情報が入手できないため、測定が困難である。しかし世界中の建設現場で、少なくとも毎年55,000人の死亡者が発生しているという推計は妥当であろう(図4参照)。つまり、この産業では約10分に1人の割合で死亡災害が発生していることになる。


歴史的に、建設業での労働安全衛生プログラムは安全、つまり災害防止に焦点を当ててきた。一定の時間を経過してからでないと影響が現れない疾病と比べ、災害の影響(傷害と物理的損害)はただちに目に見えるから、これはおどろくべきことではない。問題は、職場で特定の物質または汚染物質に暴露すると、何年か後でないと労働者の健康に影響がでない場合があることである。このため、とくに建設業のように労働者が移動し、分散している場合、信頼できる統計データを取得するのがむずかしい。

それでも、作業関連疾病の実像は明らかにされつつある。たとえばイギリスでは、現在建設業で働いているか最近まで働いていた労働者の約20人に1人が、作業関連性筋骨格系障害にかかっていると推計されている。また同国の建設労働者は、他の産業の労働者に比べて作業関連疾病にかかる確率が2倍も高い(Caldwell)。

一方フランスでは、労災補償制度が作業関連疾病と認定したもののうち、20%が建設業で発生している(Pele)。


計画立案と調整:建設業の安全に関わる二つの必須課題

建設労働者が直面するリスクの大部分は、計画立案が貧弱であったことの結果である。したがって適切に組織化した建設現場は、一般的に安全な現場であり、また広い意味では適切に管理された現場(適切に計画立案、組織、監督、管理された)も安全な現場である。

建設作業の組織化には、つねに計画立案が必要になる。それぞれの建設作業単位(掘削、組み立て、屋根など)、それぞれの工程(資材の貯蔵と供給、破片の廃棄など)などは、事前に計画立案すべきである。また労働者の安全と生産性、作業の質は、十分な熟練労働者が存在し、必要なときに適切な工具と装置があってはじめて保証される。

建設業での適切な計画立案にとって、障害となる要因は多い。業務の多様性、内容の異なる建設プロジェクト、入札と作業開始までの間の時間の短さ、プロジェクトの不明確さ、またはその変更、予想外の天候の変化などである。しかし、どんな場合でも基本的な安全計画は作成できるし、したがって潜在的な災害要因の多くは排除できる。

建設業での安全な計画立案への最良のアプローチのひとつは、個別の現場を対象に決定されたリスク防止対策を具体化することである。それが「安全プロジェクト」の目的である。

安全プロジェクト」は、個別の建設現場用に立案された予防対策(集団的防護、信号、個人用保護具、研修、救急設備)と福祉施設(飲料水、衛生施設、洗浄施設、更衣室)を決定、定義、定量化し、予算化する。

建設プロジェクトに参加する各企業間の予防策の調整は、この産業での安全衛生のためのもうひとつの基本的側面である。数社の企業が同じ時期に同じ場所で作業を行う際に、1企業の労働者が他企業の労働者の発生させたリスクに暴露することは、よくみられる。また、1企業が採用する予防・保護対策が、同じ現場の他企業の労働者に影響する場合もある。ときには、他の請負業者が現場を引き上げる際に残した可能性のあるリスクに対し、これらのどの企業も責任をとろうとしないために、問題が起こる場合もある。


独自なアプローチの必要性

建設作業には多くの業務上のリスクが伴なう。たとえば高所作業(足場、通路、はしごの使用、屋根の上での作業)、掘削作業(爆発物、地ならし機の使用)、資材の持ち上げ(クレーン、ホイストの使用)など、この産業に特有のものである。

建設業の労働安全衛生のために独自のアプローチが必要なのは、職場の臨時的性格の結果でもある。職場が臨時的であるということは、福祉施設、現場の施設(照明、電気)、集団的防護(フェンス、支柱、ガードレール、足場、安全ネット)なども臨時的であることを意味する。作業現場がつねに変化するため、建設業での安全のための独自の業務管理システムが必要であり、そこでは計画立案、調整、予算措置がきわめて重要になる。

いくつかの国は、すでに建設業を対象とし、独自に考案された労働安全衛生政策とプログラムを実施している。この建設業の安全衛生に対する独自の取り扱いには、一般に、建設業固有の規則、技術的基準、助言および監督サービス、出版および情報サービスが含まれる。ただし途上国の場合はほとんどがそうなっておらず、国内の労働安全衛生対策は経済部門による違いがほとんどなく、建設業独自の労働安全衛生プログラムがない場合が多い。


ILOの基準

ILOは、一貫して建設業の安全衛生問題は独自の取り扱いが必要であると認識してきたし、1937年には第62号条約「建設業における安全規定に関する条約」を採択した。これは経済活動のうちで特定の産業を対象にした労働安全衛生のILO条約としては2番目のものだった。

現在、第62号条約は30カ国で批准され、うち9カ国はアフリカ諸国(アルジェリア、ブルンジ、中央アフリカ、コンゴ民主共和国、エジプト、ギニア、モーリタニア、ルワンダ、チュニジア)である。

1988年、ILOはこの問題に関する新しい基準として第167号条約「建設業における安全及び健康に関する条約」を採択した。従来の第62号条約は、この重要な経済活動部門のリスクに関する規則として適切ではなくなったと判断したことによる。

第167号条約に含まれる新しい内容のひとつは、現場での安全衛生のための計画立案と調整の必要性である。具体的には、同一の建設現場で複数の企業が同時に作業を行う場合、(a)主要な請負業者が、安全衛生のための措置の調整と、そうした措置の遵守を確保する責任を負う。(b)使用者は、それぞれ自己の管理下にある労働者について、所定の安全および健康のための措置の適用について責任を有すると定めている。また建設プロジェクトの設計と計画立案にかかわる者は、建設労働者の安全衛生を考慮にいれなければならないと定めている。今日まで、第167号条約は14カ国が批准しているが、そのなかにはレソトも含まれている。

1992年、新しいILO「建設における安全衛生の実践基準」が採択された。この基準でも計画立案と調整の問題が指摘され、さらに設計者と発注者の責任も新たに指摘された。とくに以下の点は強調しておく価値がある。

  1. 主要な請負業者がいない場合は、適格者または適格な機関を現場で指名し、安全衛生措置の調整と遵守を確保するために必要な権限と手段をもたせなければならない。

  2. 建設プロジェクトの設計と計画立案にかかわる者は、建設労働者の安全衛生を設計と計画立案過程に統合しなければならない。また、その後の保守業務に特別の危険有害要因を伴なう場合、関連した安全問題を考慮しなければならない。

  3. 発注者は、(a)建設プロジェクトの期間中、あらゆる安全衛生活動を調整するか、または調整するための適格者を指名しなければならない。(b)プロジェクトのすべての請負業者に対し、発注者が知り、または知るべき安全衛生上の特別のリスクを知らせなければならない。(c)応札者に対し、建設期間中の安全衛生費用を準備するよう要求しなければならない。


まとめ

労働安全衛生は、なによりも労働者の権利であるととらえるべきだが、労働災害の防止は建設会社が競争力を高めるための手段であるという事実も、忘れるべきではない。

建設過程にかかわるあらゆる当事者(労働者、事業者、設計者、発注者)が、労働安全衛生上の責務と経済的効率性は矛盾しないだけでなく、一体なのだということを認識してはじめて、建設作業に安全衛生を組み込むための断固たる措置がとられることになる。


参考文献

Caldwell, Sandra. Taking Construction Health & safety into a New Millennium. 1999.

CNAM. Les statisques technologiques 1996(Travail & Securite, July - August 1998, No.574)1998.

INSHT(Institutio National de Seguridad y Salud en el trabajo). Estadisticas de accidentes de trabajo y de enfermedad profesional en Espana . 1999.

ILO. Safety and Health in Construction. Report V (1) 73th Session 1987 ILO, Geneva, 1987.

ILO. Convention No.167 and Recommendation 175. Safety and Health in Construction ILO, Geneva, 1988.

ILO. ILO Code of Practice, Safety and Health in Construction. ILO, Geneva, 1992.

JISHA(中央労働災害防止協会)「日本の労働災害統計」。。1999年。

OSHA. Workplace Injury and Illeness Statistics Information for 1996.1998.

Pele, Andre. 1,512 maladies professionnelles indemnisees en 1994(Cahiers des Comites de Prevention de BTP, No.5/96) 1996.

SRT(Superintendencia de Riesgos del Trabajo). Infoeme Siniestralidad Laboral 1997. de Argentina. . 1999.

Alberto López-Valcárcel
上級労働安全スペシャリスト
国際労働機関(ILO)
4, route des Morillons
1211 Geneva 22
Switzerland
lopezv@ilo.org



JISHA(中央労働災害防止協会)「日本の労働災害統計」、現在下記のページでご覧いただけます。

http://www.jicosh.gr.jp/english/statistics/1998/index.html