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記事労働安全衛生の最新動向
−連邦OHS法およびSRC法の改正−

出典:オーストラリア安全評議会 National Safety Council og Australia(NSCA)発行
「National Safety」 2006年5月号
(仮訳 国際安全衛生センター)

掲載日:2007.03.07
この記事が執筆されたときに審議中であった「連邦OHSおよびSRC改正法案2005年(Commonwealth OHS and SRC Legislation Amendment Bill 2005)」は、これらを改正する法律(2006)が成立して、2007年3月15日に発効する。改正の内容、解説等がオーストラリア政府Comcare(労働安全衛生補償庁)のサイト“2006 Amendments to the OHS(CE) and SRC Act (Coverage Act)”のページに掲載されている。
ヘレン・ボーガーは、「National Safety」 2006年4月号でオーストラリアでのOHSの変遷について報告した。今月号では、審議中の最新法規案について考察する。

過去20年から30年間に職場でのOHS(労働安全衛生)は絶え間ない変遷を重ね、諸省庁、労働組合、事業者、労働者に対しさまざまな課題を投げかけてきた。この動きは、すぐには衰える気配は見られない。

州政府や労働組合の安全担当者の感情を著しく害したものは、このほど提案された「連邦OHSおよびSRC改正法案2005年(Commonwealth OHS and SRC Legislation Amendment Bill 2005)」と新労使関係法(new Federal Work Choices laws)である。

成果主義の時代には、OHSは絶えず変化していくのが一般的であるため、多くの事業者は戦略的なOSHMS(労働安全衛生マネジメントシステム);OHS関連の罰則の程度と適用及びそのコスト;“目に見えない”ハザードの増加という課題に依然として悪戦苦闘しながら取り組んでいる。

州政府や労組の安全担当者の感情を逆なでする

現在、上院で審議中の「連邦OHSおよびSRC改正法案2005年」は、某方面には問題の種となっている。

オーストラリア労働組合協議会(Australian Council of Trade Unions: ACTU)のOHS担当官であるスティーブ・マリン氏は次のように語る。この改正法案は、連邦労働安全衛生法(Commonwealth OHS Act)が“骨抜きにされた”以前の変更点と、“可能な限りすべての管理を中央集約化する”という政府の要望を併合し、二流のOHS権限を作り出す。これは連邦関係事業者に限定せず、多州にまたがる適格民間事業者にも適用される。

ACTUは、上院審議に対する提案書で以下のような問題点を提示している。

  • 諸州と連邦間の合意を記した覚書の下では、連邦政府は州のOHS監督官に依存しているが、州のOHS監督官は連邦政府担当官の訴追を勧告できない。
  • 連邦政府当局は監督官の力を十分に活用していない。たとえば、過去5年間でビクトリア州の安全監督官を活用したのは12回未満であった。
  • 連邦政府当局の罰則は不十分であり、ほとんど執行されていない。

連邦労働安全衛生法の執行担当局であるComcareもまた、2003年および2004年に、Comcare内の監督官を16名雇用している。マリン氏は次のように語っている。連邦政府OHS管轄内の職場数や従業員数が増加した場合には、その監督官を増員する意向があるかどうかということを政府は何も示唆してこなかった。

改正法案が通過してしまえば、それにより、現在と前の連邦政府、および、現在と前の連邦政府と競合関係にある企業で、安全・リハビリテーション・補償法1988年(Commonwealth Safety, Rehabilitation and Compensation (SRC) Act 1988)に基づき自家保険に加入しているものは、労働安全衛生(連邦雇用)法1991年(Commonwealth Employment Occupational Health and Safety Act 1991)に基づく権限を持てることになる。

適格民間事業者が、連邦の自家保険制度に移行することができる場合もこれまでにはあった。ACTUの提案書では、このほど15,000人もの労働者が州および準州労働者補償制度から脱退し、連邦政府の管轄に移行したと主張している。

かかる状況から、このような労働者やまたこれ以外の労働者を雇用する多州にまたがる民間事業者は、改正法が通過した後、連邦のOHS権限下に乗り換えることができる。Linfox Australia Pty Ltd、Linfox Armaguard Pty Ltd、K&S Freighters Pty Ltd、Optus社などの企業がこの候補に挙がっている。

しかしながら、フリーヒルズ法律事務所パートナーのバリー・シェリフ氏は、OHSの現在の変化が衝撃を与えているという主張は誇張ではないか、と感じている。「OHSと労働者補償を、ひそかに事実上国営化しようということではない」とシェリフ氏。

「見逃せない点は、Comcareの労働者補償制度への移行がここしばらくの間で、すでに実施されてきていることを生産性委員会が2004年度報告書で認識していたことである。連邦OHS法の改正は大きな意味を持っている。労働者補償制度は一つとし、OHSは州毎に分け8制度とすればよいのではないか」とシェリフ氏は語っている。

連邦OHSおよびSRC改正法を、現在議会での審議待ちのその他の連邦OHS改正法案の状況を背景として考察することも興味深い。

労使間協議

議会イメージ

労使間協議制度の刷新のために「労働安全衛生(連邦雇用)改正法案2005年が提示されている。この改正法案では、さまざまな要素の中でもとりわけ“労組”という言葉を“従業員代表”に置き換えているため、事実上労組は骨抜きにさせられている。

この点や、その他にも労組を弱体化させる多くの規定に対し、オーストラリア労働党産業、社会基盤、労使関係管理担当政務次官のバーニー・リポル氏は、最近、連邦OHS改正法案およびSRC改正法案に関わる議会討議の場で問題点を強調した。2つの改正法案は、SRC法に基づき自家保険に加入している多州にまたがる民間事業者にあっては、労組のOHSへの関与を制限するおそれがあるとして、これら改正法案が及ぼす影響についてリポル氏は、「労組の役割を剥奪し、その代わりに安全、健康面双方で職場環境を悪化させることになる経営主導の制度を採用することは望ましくない」と主張した。

一方で「労働安全衛生(連邦雇用)改正法案2005年」に関わる討議の中で連邦政府ケビン・アンドリューズ労使関係相は、リポル氏と同様の反対意見を次のように拒絶した。「この改正法案では、すべての従業員がその職場での労働安全衛生問題に関与できる。事業者は、従業員と直接交渉できることになる。労組やその他代表機関の従業員がその代表者となる」。同改正法案の目的は労組の“規定された”、“特権的な”役割を解消することであって、労組それ自体の役割を剥奪するものではないとアンドリューズ氏は、主張した。

学術研究では、労組が従業員を代表することは安全な職場を作ることを意味すると指摘している。研究論文『現代労働市場における法定OHS職場制度2004年1月』では、職場の安全衛生にとって労組代表つまり“共同の取り決め、労働組合、労組代表者の3要素は、安全衛生問題に優れた成果をもたらすことになる”と記述している。

しかしそれが真実だとすれば、労組による安全衛生問題への関与は1976年には職場の51%であったのに比べ、2005年8月には22.7%になるなど継続的に関与率が低下している現状を見ると安全問題への労組による関与への見通しは厳しいものとなる。

しかし職場の安全は労働組合主義が主導するのではなく、協力が大切であると考えるシェリフ氏は、必ずしもそうではないと語っている。「職場をより安全な場とするためには、職場の人間関係を調和のとれたものとすることが大切で、これには職場をより安全な場所とする可能性のある労組の安全責任者を関与させることである」とシェリフ氏。

労働組合主義の種類も問題となる。RMIT大学経営学部長組織行動学担当教授のジョン・トゥーヘイ博士は、「労組の影響力は一般的にプラスに働いている一方で(労組による協議のスタイルや基準は現在のようなものとはならなかったかもしれないが)、運営水準は若干むらがある。労組がOHSに上手に取り組んでいる地域もある。それ以外の地域では労働組合主義は破壊のための槌として使われている」と語っている。

ACTUのマリン氏は、労使関係協議事項の推進のために労組がOHS委員会を利用するという主張に次のように異を唱えた。「安全衛生の確保のためにはコミュニケーションが重要である。職場では安全衛生に関わる労組代表者をさらに多く必要としている。OHS委員会は労使関係の単なる伝達手段とはなっていない」

興味深いことに、マリン氏はフリーヒルズ法律事務所のシェリフ氏の支援を受けている。「安全管理の役割を公認されている労組代表者は、特権を乱用することはほとんどない。また労使関係の議論からすばやく逃げることができる。労組代表者がどちらであるかは、安全というものの高潔さを信じるか、あるいは安全プロセスを他の目的の手段として使うことで安全プロセスの信頼性を損ねようと機会を待つかによって分かれるのである」とマリン氏。

州法のほうが連邦法より優れているかという問いに狼狽する中で、連邦政府は労働安全衛生(連邦雇用)法1991年の見直しを決定した。報告書は5月末に提出される予定である。

当然のことながら、見直しの中には、選出された安全衛生代表者の権限の変更を求めるなど新労使関係法を擁護する立場もある。数多くの問題の中でも、今回の見直しで特に問われていることは、安全衛生代表者が暫定是正勧告書を出す権限を保有しているかということである。

新労使関係法によるOHS

新労使関係法は、職場立ち入り権の規定の変更でも、労組のOHSへの関与に大きな影響を及ぼした。

しかし職場立ち入り権の新規定は、労組の可能性を害することではまったくなく、労組への信頼性を高める好機であるとシェリフ氏は見ている。フリーヒルズ法律事務所の最近の発行物でシェリフ氏は、「職場立ち入り権を行使できるのは適正な人間だけであることを知り事業者は大いに安堵するであろう。また、職場立ち入り権の乱用はこれまでより容易に防止できるうえ、罰金を科すことにより、改善されるであろう」とコメントしている。

ニューサウスウェルズ州OHS法の下で職場立ち入り権がもたらす抜き打ち検査効果を新労使関係法が減じてしまうことについては、シェリフ氏は懸念していない。ニューサウスウェルズ州では現在、労組のOHS担当者は文書検査のため24時間前に通知を出さねばならない。シェリフ氏は、「抜き打ちという言葉は戦いを挑んでいるかのように聞こえる。しかし労組は問題解決のために取り組んでいるのであって、人々の不正を暴こうとしているのではない」と述べている。

しかしマリン氏は、即時性が必要であるという。「その日働いていた人間は誰で、彼らがどのようなリスクにさらされていたのか明らかにすることが大切である。そして迅速に対処をすることである」

労組は正規の手続きをする前に綿密な審査をも受けねばならない。新労使関係法では、職場立ち入り権が与えられるのは組織における適正で適切な職員に限定される。適正で適切な職員の選定の際には、登録担当官はその人物が労使関係法違反で有罪になった経緯がないか、また、その他の問題について考慮する必要がある。

 また新労使関係法では、職場立ち入り権を許可された者の違反行為の差し止め、広範な違法行為、違反行為による損害補償付与のためのOHS法に基づく裁判所権限の制限解消も定めている。

職場立ち入り権規定だけではなく、新労使関係法によってOHSにおける責任を考える新時代を迎えたことも検討中の問題となっている。安全衛生上の危険が差し迫っていると従業員が判断しストライキに入った場合、従業員の安全衛生が脅かされたことを証明するのは従業員の責任である。責任を放棄すれば従業員の給与は削減されるのである。

戦略的なOSHMS

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労組は妥当性の維持に、また、事業者はOSHMSへの取り組みにそれぞれ挑んでいる。過去過去20年から30年間に変更されてきたOHS法の一部では、戦略的OSHMSの登場を意味する、規定に対する効果に焦点が当たっている。

シェリフ氏は、制度には一貫性があり、見直しもできるので確かに重要ではあるが、制度そのものが複雑になってしまうこともありえる、と語っている。

OSHMSは戦略的なものとも思われているが、まだその構想に四苦八苦しながら取り組んでいる企業は少なくない。しかし「オーストラリア標準、安全マップ(Safety Map)、安全事例(safety cases)を利用し、自家保険をかけている事業者は、定期的に監査を実施し、一般的に戦略的である」とシェリフ氏はコメントしている。

RMIT大学のトゥーヘイ教授は、OSHMSは合理的に奏功しており、概念上は優れていると見ており、「わたしたちは個別のハザード特定することからはじめ、リスクマネジメントに中に取り入れてきた。」と述べている。

しかし、OHS当局の監督対象はOSHMSではなく、法規への順守や規則であることが問題となっているとする同教授は、「それでも、ビクトリア州政府は監督を容易に実施できる安全マップを支持している」と語っている。

またトゥーヘイ教授は運用方法の欠如についても次のように指摘している。「大企業にはみごとに体系化されたOSHMSがあるが、そのようなシステムは、結局はOSHMSやリスク管理の管轄下となり、日常業務には浸透しない。このようなシステムは、物事を遅らせ、日常の業務戦略や市場競争力にもなっていないと見なされるため、有害と見られるようになる」。

ACTUのマリン氏は、OSHMSは決して規定の代用と見られてはならないと語っている。OSHMSは自主管理するもので、効果的で実施可能な法律により立証されてはじめて有効となるのである、とマリン氏は述べている。

罰則か、穏やかなしかり方か

ここ数年、ニューサウスウェルズ州は企業に対し、そのOHS法に基づき55万ドルの罰金を、またその職場死亡災害法に基づき165万ドルの罰金を科す可能性を検討してきた。ビクトリア州では企業に92万ドルの罰金を申し渡すことができる。両州とも個人に罰金を科したり、投獄したりできる。しかし最大限の罰金を科すことは既定の事実とはなっていない。

シェリフ氏は、「職場の安全に関わる罰金を査定し科すことは難しい。事業者というものは十中九の物事を正しく実行し、十中一つを失敗することもありえる。災害発生直後には迅速に対処することと、特別に思いやりのある者となることに労力を傾けている。しかし一般の人々はそのように見てはいないのである。事業者は有罪を認めるやいなや罰金が25%から30%引きとなる。罰金の効用や、罰金が事業者に安全問題改善を促させる効果を一般の人々は理解していない」と述べた。

過失法の登場は歓迎すべきなのであろうか。シェリフ氏はそのように思っていない。過失法ができれば事業者が弁護士事務所の下に駆けつけることになるだけである。しかし、過失法が複雑であるうえ、高額であることだけに意味がある罰金のために、過失法による訴追は普通に行われるようにはならないとシェリフ氏は考えている。「過失法による訴追はほとんどなく、過失の程度が非常に重い場合や、当局が事業者を見せしめに懲らしめようとする場合に限り実行されるものとなろう」

ACTUのマリン氏は、罰金を高額にして、被害者のために正義を確保することをさらに強調するべきだと語っている。「正義は現在行われていない。事業者は十分に罰せられていない。職場では安全がさらに重要視されるようになるまで、わたしたちはまだ相当努力する必要がある」とマリン氏。

マリン氏は、職場には変動要素があまりにもたくさん存在するため事業者が見守っていくのは困難であるという見解を退けている。マリン氏は、「『自分たちの行為に気づかず、ご子息の命を奪ってしまったことをお詫びいたします』と言うだけでは不十分である」と語っている。

“目に見えないハザード”に対する本能的な反応

この20年間、精神面のハザードなどの“目に見えないハザード”に関わる議論が増えてきた。

しかし精神的ハザードの特定の側面を見えなくするような障害があった。たとえば、ニューサウスウェルズ州では、従業員はストレスによる労災補償請求はできない。しかし、うつなど診断可能な症状は請求が認められている。

2004年には全豪で9,496件の精神疾患が労働者災害補償請求を認められている。しかしこれ以外にも未報告の災害は非常に多くあるとされている。そのような災害のトップに上がっているのがストレスによる労災補償請求で認定されないものである。

1994年〜1995年、および1999年〜2000年の各期間に、労災補償請求を許可された精神疾患数が減少している。しかしそれ以降は、2003年と2004年に若干落ち込んだことを除き、漸増している。

シェリフ氏は、精神面のハザードは事態を混乱させるものである、としている。たとえば、いじめを受けたとして不正な補償請求がなされ、労災処理の過程で処罰された事例がある。これにより不信感が蔓延した。

精神面のハザードは現実的な問題であるため、法律問題を別にすれば、事業者にとって最善の方法は職場での精神的なハザードを確実になくすことである、とシェリフ氏は確信している。

多くの事業者が精神的ハザードを重視するようになってきたと感じる一方で、精神的ハザードの種類や許容の基準はさまざまであるため、特定の場やグループによっては他よりも厳しい規則の励行や厳しい調査が必要となる場合もある、とシェリフ氏は語っている。

マリン氏はこれに反論し、多くの職場では精神的ハザードについて否定しているため、問題を公衆衛生制度での処理に委ねている、と述べている。

「過去10年から15年間に問題が著しく急増した。たとえば、現在はいじめの問題については多くの規定がある一方で、いまだに適切な対応がなされていない。つまり、いじめる側はたいてい事業者であるという問題である」とマリン氏。

不当解雇補償に代わる“いじめ”補償

『ジ・オーストラリアン(The Australian)』の最新レポートでは、新労使関係法の施行により、不当解雇法の廃止で補償手段が途絶されてしまった従業員が代替策を模索する中で、いじめに関わる労災補償請求と差別補償請求が増大することを事業者は懸念しているとしている。

このようなさまざまな状況変化の中で(あるいは混乱という向きもあろうが)、職場災害による人的物的経費は依然として高水準にある。オーストラリアでの安全衛生上の災害経費は年間310億ドルから700億ドルに上ぼる。果たして20年、30年後は改善されるのであろうか。