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医療介護産業におけるマニュアル・ハンドリング注)
シェリン・ロス(Sherryn Ross:オーストラリア安全協議会・シニアコンサルタント)

資料出所:オーストラリア安全評議会 (NSCA) 発行
「National safety  THE JOURNAL OF THE NATIONAL SAFETY COUNCIL OF AUSTRALIA
2002年8月号 p.12-13

(仮訳 国際安全衛生センター)

                         
 医療介護産業では、入院患者や施設居住者への介護活動を行うため、障害発生率が非常に高い。事業者は、労災補償金が増大するにつれ、職場の労働安全衛生に取り組む必要性を痛切に感じるようになった。例えば、1995-96年にこの業界で発生した労災補償金額は、全豪で7,800万ドルを上回っている。無論、この金額が、この分野における正確なコストではない。というのも、労働災害に関連して多額の間接的費用−−−罹災者に代わる補充スタッフの雇用費用、補充スタッフの訓練にかかる費用、傷害事故の原因調査に要する費用等−−−が別に発生するからである。

 入院患者や施設居住者への介護活動による危険は、人を物理的に移動したり、支えたりする、他の同じような業務にも存在する。そのような活動は、障害−−−上腕筋の凝りだけでなく、腰部、腱、神経などの障害−−−を発生させるリスクを潜在的に有しており、危険であるといえる。入院患者や施設居住者への医療介護活動が介護者の業務の一部に過ぎず、他にも人力で荷を動かすようなマニュアル・ハンドリング業務を担っている場合、危険度はさらに高まる。このような場合には、仕事を総体的に評価し、介護者の肉体にストレスがかかるような動きで起こるリスクを適切にコントロールすることが非常に重要になるのである。

 職場の設計−−−特に、病室、トイレ、浴室、廊下など−−−への配慮がないことも、その産業の傷害の発生に大きく影響している。スペースが狭ければ、窮屈でぎごちない姿勢で介助を行わなくてはならず、職場の設計が悪いと入院患者や施設居住者に不必要な介護を行うことになりかねない。

 オーストラリア連邦においては、ビクトリア州においてガイドラインがいくつか出されているものの、国全体で救急処置や高齢者の介護活動を行う施設の設計者に役立つようなガイドライン−−−安全に医療介護活動を行える職場を設計するための必要条件を網羅している−−−をひとつも出していない。連邦建築基準(The Building Code of Australia)は、自立している身体障害者のアクセスの問題には対処しているが、介助を必要とする身体障害者には、更に特別のアクセスが必要になることについては配慮していない。

 こうした欠陥はあるものの、医療介護業界が介護活動を行う人々のことを考える際に実行可能なイニシアティブと管理オプションはいくつも用意されている。重要なことは、経営管理に関するオプションを考える以前に、設計管理に関するオプションを検討することである(チェックリストを参照のこと)。
 結論的に言えば、医療や老人介護の分野全体で、入院患者や施設居住者の介護の要件と実際的な業務は、多種多様なのである。今まで論じてきたことを有効に生かすには、まず、問題となっている特定の入院患者や施設居住者のグループが必要としているものを明確にすることが重要である。

患者の介護作業に関するチェックリスト
職場設計

職場の中で、入院患者や施設居住者の介護作業を主に行っている場所を思い浮かべ、チェックすること。

家具や設備品の高さ・・・高さの調節が可能なものは、介護者が作業をしやすい高さに調節できる
家具の幅
被介護者の自立を助ける器具・・・介助の手間を減らすもの
ワークスペース・・・介護作業に重要な場所には十分なスペースを確保し、容易に動かせる家具を配置する
通路・・・十分なスペースを確保する
介護機器・・・すべて業務に合ったもので、操作性に優れ、良好な(身体的)姿勢を保つことができ、よい状態で作業が行えるように整備されている
乗り物の乗り降り・・・ドアが大きい、スライディングドアになっている、車椅子用の傾斜路を備えている


職場環境


床の表面材・・・滑り止め対策を行い、常に乾いた状態にしておく
車輪の付いた器具に適する床の表面
屋外での勤務・・・雨よけを設置し、急な傾斜路や滑りやすい箇所をできるだけなくす
ハウスキーピング・・・廊下や通路を物置にしない。作業場の清掃、整理整頓をする
環境状態・・・介護者は適切な衣服を着用する。換気扇やエアコンを適切な場所に設置している。適当な休憩時間を設けている。外からの騒音をできる限り遮断している。照明設備を改善し、ギラギラする反射光をスクリーンやカーテンによって遮蔽している。


介護作業の方法

 ここでは、職務や介護行為を実施する方法について言及する。介護作業の方法が違えば、介助姿勢も違ってきて、作業を行うために使う筋肉の疲労度も違ってくる。

介護機器の導入・・・リフトや、可動式/固定式ホイストの類
介護補助機器の導入・・・背柱固定板(spine board)、移動用ベルト(transfer belt)、手すりの類
不必要な介護の回避・・・不便な介護環境の除去、適切な器具の導入
介護作業手順の改善
突然転倒する人への対処方法の設計
チーム制による集団介護・・・他に解決策が見つからない場合のみ

 重要なことは、被介護者の特徴を考慮しながら、被介護者と介護者が共に安全でいられるような介護方法を計画するである。介護者は、予測できない動きに備え、被介護者の不安定感を助長するような器具をとりつけることは避け、つかみやすい衣服を選び、患者や被介護者とコミュニケーションをとって、最大限の援助を与え、協力を得られるようにするべきである。

 一方、介護者の特徴も、介護活動によって発生するリスクの大小に影響を及ぼすことがある。そこで、介護者個人の特徴も計算に入れ、介護の方法を決定しなければならない。例えば、介護者にとって、介護作業に適した十分な能力は必要不可欠であり、能力が不足しているとリスクを高めてしまうことにもなりかねない。介護者の身体能力も重要である。例えば若年の介護者は、心身ともに成長過程にあるため、成人の介護者よりも高レベルのリスクを抱えてしまう可能性がある。

 他に考慮すべき要素として、適切な衣服や履物の着用、個人用保護具の使用によるリスクなどがある。個人用保護具(PPE)を装着することで介護活動の要求が増し、結果的にリスクレベルが高くなる場合もある。





注)マニュアル・ハンドリング(manual handling)−−−マニュアル・ハンドリングとは、重い物を持ち上げる、移動させる、押す、支えるといった、体を使っての力仕事を言う。医療・介護施設における介護・介助作業、重い荷物を扱う作業等が代表的であり、力のいるレバー操作をともなう作業なども含まれる。