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変わりゆく労働現場:安全衛生に関する見通しと課題

資料出所:European Agency for Safety and Health at Work発行
「Magazine」2001年2月号"The changing world of work"より

(訳 国際安全衛生センター)


グローバルな競争、ITの利用拡大、生産性向上、個人と社会の価値観の見直し。これらは労働環境の重要な変化に現在影響しているものの一部にすぎない。

厳しい品質基準と生産日程を維持しながら、顧客の要望にあった多種多様な製品が生み出され新しいものを作り出す期間は短縮化され、また規制緩和が拡大する傾向にあることが、国際市場下の現在の状況の特質である。

世界貿易のグローバル化と自由化が、技術の加速度的な進歩とこれまでにない競争の激化を伴って進展している。今後の事業では、成功は知識と創造性を持った人的資源次第となろう。人的資源を活用するためには、労働者の健康と生産性の安定化と促進に寄与する適切な予防策が必要である。この予防策は、知識集約的な社会を更に確信してゆこうとするとき最も欠くことのできない要素のひとつにまでなっている。


知識集約社会に向けて

世界のすう勢として明らかに、仕事の中味も工業経済から知識集約な経済への移行期にある。こうした移行の顕著な特徴は、情報、知識、創造性が価値創造の決定的に重要な要因になりつつあることである。すでに今日、高度先進国の労働者の職場では、情報が主要な資源、手段、産物となっている。現在の予測では、ほんの2、3年先にも全就業者の80%以上が情報処理に携わるようになるとされている。今後ますます多くの人々がデータを知識に変換する作業に携わるようになるだろう。

今後のビジネス活動に関しては、情報、感情、関係、サービスなどの抽象的な要素や価値が、価値創造のシェアを高める要因となる兆しがある。しかし、これは、モノ作りの重要性が低下することを意味しない。むしろ我々がサービス経済へ移行するにしたがい、社会は生産とサービスを2つの別々の実体と見なす習慣を捨てるようになることは明らかである。 モノとサービスの統合生産によって、顧客ニーズは満たされ、相乗効果が開拓され、新しい市場の可能性が開かれるはずである。快適で娯楽的な形で有形の付加価値をもたらす場所で、成功する革新的製品が見いだされるに違いない。

この他製品分野へ影響を与えているものとして、年齢別人口構成図が徐々に頭でっかちになりつつある動向が挙げられる。これは、雇用構造や保健および年金分野に大きな変化をもたらすだろう。


仕事のやり方が変わって来た

抽象的な価値や情報に基づいたビジネス活動は、モノ作りに適用されるものとは違ったルールが支配している。情報の重要性が着実に高まるにしたがい、従来の社会経済的な区分はあいまいになってきている。と同時に、情報業務の新しいルールが生まれてきている。こうしたルールの最も明白なもののひとつは、仕事が従来より柔軟かつ効果的に構築されなければならないということである。

企業は、大量生産と同じ期間、同じ価格で、包括的なアフターサービスの付いた高品質で個別化された製品を生産するという任務にいっそう取り組まなくてはならなくなってきている。こうした多様化が達成できるのはコンピューター制御の柔軟な生産プロセスだけである。これは大量生産のルールを逆転させることを意味する。機械化の時代では生産規模の拡大は単位コストの低減を意味したが、情報化時代では生産の規模を小さく、工程をカスタマイズすることでコストが節約できる。機械化が大量生産を誕生させたが、コンピューター化は大量生産の終焉を告げることになった。

情報業務のインフラの前提条件となるのはグローバルなデータ交換を実現する情報技術の交流である。モノの物質的な流れを、情報の非物質的な流れが徐々に補うようになっている。商品とは異なり、情報は本来の所有者から奪われることなく送信、分配することができる。情報は、それが生み出す知識の量によってではなく、その適用を通じて価値を創造する。と同時に、知識は使えば使うほど価値が増える唯一の資源である。

知識集約的な経済では、大企業とまったく同様に個人も市場に貢献することがある。製品を開発するための時間は、製品の品質に次いで成功の鍵である。サービスを提供する場合、企業のサイズやコストはもはや決定的な要因ではなく、むしろ柔軟性やイノベーションの方が重要である。構造間の競争は行動パターン間の競争に道を譲りつつある。企業が競争優位を獲得できる唯一の方法は、蓄積した知識をできるだけ早く有望なイノベーションに変換する方法を身に付けることである。それには新しい思考法と新しい労働文化が必要である。

新たな展開は、工業化時代の当初に発達したある種の硬直的な階層構造から脱却する企業構造の変革と軌を一にして進んでいる。その後メーカーは、これまでになく低い単位コストでこれまでになく多くの製品を生産しなくてはならないというプレッシャーと、命令系統の束縛が少なく、関与する範囲が大きくなり、実務レベルで意志決定を行い、さらには異業種に接する多機能の作業ユニットを備えた、顧客中心のオープンなシステムに移行しなくてはならないというプレッシャーを受けるようになった。この情況の中で死活問題となるほど重要なのは積極性と独立独歩の原則を守ることである。労働者は自分の仕事を、業務を維持するために行う作業というだけでなく、意義ある各自の課題であると見なすようになる。

社内プロセスの再構成に加え、先見的な組織開発戦略も企業間の協力関係の形成に関係している。会社の様々な業務とプロセスを付加価値ネットワークへ統合する目的は、自律的な組織単位を仮想ネットワーク網に組み込むことにより可能な構成形態の幅を広げることにある。

活動組織の革新的形態を象徴的に具現した仮想企業は、グローバル規模で考え、行動するようになり、グローバリズムをその価値システムに組み込んだ。それは人間的な要因と個性に特別の注意を払っている。仮想企業では、ネットワークの様々な部分が、個々の活動とチームワークとの相互作用により発展する。情報の効率的な流通が活動の連携と迅速な決定を可能にする。そのようなネットワークの参加者は従属者の原則に基づいて活動し、言いかえれば制度化や包括的な一連の規則を必要とする特定の状況が一般に回避され、市場の需要にできるだけ効果的に対応するためにネットワークやその構成部分に依存できるようなら、ネットワーク参加者は単により高いレベルに任務を渡すだけでよい。

ネットワーク化した情報活動の利益の中には、これまでのものに代わるライフスタイルと解決パターンの機会を提供したケースが少なからずある。つまり決まった時間や場所でのサービス提供があまり重要でなくなってくる。工業生産では労働者を生産工場に集めることが必要だったが、コンピューターを介した生産関連情報のアクセスにはいかなる時間的、地理的制約もない。テレワーキングや一定の地点に集まることを必要としない形態の仕事は、集中的な作業形態の制約から人々を解放し、家庭と仕事の間の統一性を再構築することができる。適切な場所での仕事を探す従来の発想に代わり、人々はいまや、生計を立てることができるスキルを得るという観点で考えることができる。しかし、柔軟な仕事が通常のものとなり、もはや物理的な存在や有効性が生産性と混同されない価値観やキャリアパターンを受け入れる問題に比べれば、技術的手段がそれほど問題にならないようになるまでにはどれくらいの時間がかかるだろうか。


人的資源としての知識

知識集約型サービス社会では、価値創造の最適化は生産量の増加ではなく、より大きな差別化によってのみ実現できる。競争優位を永続させる保証として、組織のスリム化や優れた技術だけではもはや不十分である。本来のビジネス業績はますます、企業の意思決定者に利用可能な、顧客中心の最新知識の活用に基づくようになっている。情報業務では、人々――いわゆる「人的資本」――は価値創造の決定的な要因である。一方、原材料や機械類、エネルギー、土地所有権、資本は各々に関連した経済理論とともに重要性が低下すると予想されているのかもしれない。

知識集約的サービス社会への移行は新たな研修の基準を必要とする。そこでは従来の専門知識およびルーティンの技術は、資格を得るための一部でしかない。例えば、情報を処理したり、目的に応じて用いる能力はその他すべての価値創造の手段を使いこなすための鍵となる。自己管理や社会的能力は企画力や管理能力とまったく同じだけの重要性を持っている。

ビジネスプロセスが複雑さを増しており、必要な知識の量は絶えず拡大している。と同時に、蓄えられた知識の寿命はかつてないほど短くなっており、常に更新する必要がある。情報の洪水は衰える様子はなく、利用できるように貯えてきた知識の的確性が規則性の増大とともに問題となってくる。企業が知識を有用なものにしたければ、人的資源の開発に必要な包括的なナレッジ・マネジメント・システムを構築しなければならないことは明らかである。人が持つ知識を価値創造の支配的な要因にまで発展させたければ、それ相応に促進のための適切な手段を見つけなければならない。精神的な能力は、健康と幸福という要因に大きく依存している。健康かつ意欲のある個人だけが、その知的で創造的な潜在能力を常に活用でき、従って、仕事でその実力を存分に発揮することができる。


職場での安全と衛生の展望

将来の雇用形態では、個人の健康が大きな重要性を占めるようになると予想される。物理的、精神的、社会的に健康を維持することは至上命題となりつつあり、そうした健康を欠いては、労働者が要求された業績基準や職場の課題を達成することはできなくなる。人口動向と労働関連の衛生問題の内訳予測を見ると、健康な状態で引退するという理想を達成しようと思うなら精力的な努力が必要である。しかし実際には、労働関連の衛生リスクの面で、種々の要因により生じた特に心理的、社会心理的ストレスが、慢性病とともに今後ますます顕著になることは確実視されよう。

仕事の新しい形態が、関連する法令(ヨーロッパ基本指令89/391/EECを参照)とともに主導的な役割を演じ、また経営システムの不可欠な部分として安全と衛生を確立することを命じる規制が増加しつつある。その狙いは、職場での安全衛生におけるこれまでの姿勢、行動パターン、組織を再考し、現代的な管理・参加モデルが秘めるメリットをもっと引き出すことにある。

災害よりも労働関連の衛生の危険有害要因を主要なリスクと見る先見的な予防策では、個人は保護が必要な危険にさらされる人々とは見なされず、むしろ自分自身のために行動できる人々であると見なす。したがって、知識と創造性を吸収する労働者の能力――テーラーリズム(科学的管理システム)が支配的だった時代にはおおむね無視された資産――は、労働者の参加やボトム・アップ組織のシステム(「サブシディアリティ」)が徐々に定着しつつある労働環境での予防策においてもっと積極的に活用されなければならない。安全衛生予防策が成功するためには、社内のすべてのプレーヤーが与えられた役割に応じて社内の改革プロセスに参画することが至上命題である。

予防戦略を社内のビジネスプロセスに統合する目的は、トータルな幸福を促進し、スキル、能力、責任に対する意識という点を発展させることにある。EC職場衛生促進ネットワーク(EC-Workplace Health Promotion Network)のルクセンブルグ宣言は、衛生促進の目的は労働者の積極的な参加と、労働条件と作業プロセスの改善につながる調整措置によって達成されるべきであり、経営者、労働者、社会が共同で対策を講じなければならないと規定している。これは、安全で衛生的な労働条件の確立に加えて、個人の能力開発や研修、ビジネスプロセスの緩和、企業方針の決定過程等のテーマを取り上げることにもっと前向きでなければならないことを意味する。

知識の伝達不足に対して挙げられた理由。ヨーロッパの機械・工場建設業者71社での回答率(%)
知識と創造性の開発は、労働者の安全および幸福に大いに依存している。これらの財産を活用する適切な措置を見出す必要がある。

図3:「なぜ、知識をもって仕事をする人々は知識を人に渡したがらないのか?」 出所:Wissensmanagement in der investitionsguterindustrie
Kienbaumのナレッジマネジメント調査"Answering the Global Challenge(「世界的課題への回答」)"に関するレポート
Kienbaum Consultants International、デュッセルドルフ、1999年


イノベーションにおける予防の役割と変化のマネジメント

労働条件を改善し、生産能力を増強する予防的措置は、企業の競争力を高めるのに役立つはずである。したがって、経済目標の追求と、安全で衛生的な労働条件を構築するための社会的義務は相容れないものではなく、むしろ両者はコインの裏表の関係にある。予防はこれまでにもまして、経済的配慮の結果であり、また企業の革新力と将来展望への投資であると見られるようになっている。

現在では、ほとんどの場合、製品のイノベーションと組織のイノベーションがしっかりと定着している。これらのイノベーションと、将来の可能性すべてに関わる企業の変化をマネジメントするという能力は区別されるべきである。スタッフの研修や柔軟な生産システムの開発などの潜在的な資産に投資することにより、企業は、将来の変化に迅速かつ的確に対応する力を強化しようと努力している。

変化を取り入れマネジメントする企業の能力は、様々な資源を所有しているかどうかに左右される。そのひとつに順応性(adaptability)がある。労働者の順応性は、変化をマネジメントする企業自身の能力と同様、企業の戦略や組織に加えて企業のエトス(社風)にも影響される。企業の基本的なエトスが労働者にアイデンティティの感覚、一体感、共通の価値観を注入すれば、戦略は十分な弾みをつけて推進される。共有の価値観が定着していない組織は革新に向けた潜在力を存分に発揮することができない。企業の組織構造とエトスが噛み合わないと、社内の様々なプレーヤーが抱く期待は対立し、失望がもたらされるだろう。

協力と信頼のエトスの確立は、安全衛生予防策の面で新たな機会を生み出すことにもつながる。この相互信頼のエトスが社内に存在すれば、「企業を往々にして麻痺させる作業マニュアル、検査員、業績指標をすべて省くことができる」。(8)こうした評価は、ユートピアのように思われるかもしれないが、しかし、人的資源と人間の行動の優先権を強調することにより基本的な指針として役立つ。一方で、これは、予防の将来の進展に向けた選択肢、企業の人材や組織的資源、労働倫理を永久に守るための鍵のひとつとしてその地位を確立する可能性のある選択肢となる。他方、企業のエトスの確立、またはその新生面を開くことになれば、予防がきわめて重要であることを示すことになる。


展望

予防対策が提供する革新的な可能性を十分に活用したければ、安全と衛生を企業の精神的基盤、風土の不可欠の構成要素へと高めていかなければならない。予防的戦略や対策は既存の構造やプロセスに甚大な影響を及ぼしうる場合があるので、予防策が企業内のすべてのレベルのプレーヤーに確実に支援されるようにするために注意しなければならない。こうした発展プロセスはそれぞれ企業独自のものが必要であり、画一的な「既製の」戦略は適用できないことが明らかになってきている。ここではロールモデルは学ぶ組織のモデルとなっている。こうして予防は、目先の利益を期待できない企業資源に対する中・長期的な投資としてにわかに注目を集めている。

予想される発展パターンも予防の新しい局面を開く。企業が製品および組織のイノベーションという面でその可能性を存分に発揮する上で有用であり、さらに予防は、行動面のイノベーションを予想する段階で主要な役割を担うことができる。安全、幸福、職務効率の体系的な追求によって特徴づけられる行動面のイノベーションは、知識集約型サービス社会における社会参加および創造性の発揮に対する新たな要求を生み、その過程で、付加価値を生み出す巨大な可能性を開くことができる。

出所:Hemmer、1998年 ドイツの工業、商業、サービス企業974社に対する調査

図4:安全衛生対策の利益に関する企業の期待
出所:E Hemmer, Arbeits- und Gesundheitsschutz: eine Unternehmensbefragung. Deutscher Instituts-Verlag、ケルン、1999年