香港 飲食業の労働安全衛生
資料出所:香港職業安全健康局発行「緑十字」2001年3月号
(訳 国際安全衛生センター)
オリジナルは下記のサイトでご覧いただけます。
http://www.oshc.org.hk/eng/publicate/publicate.htm
飲食業の労働安全衛生
前書き
飲食業は香港の主要産業の一つであり、従事者は実に19万人に達するが、職場での労働災害も決して少なくない。労働安全衛生局が1999年7月から11月にかけて行った調査から、中国料理店の従業員のうち、8割が飲食業に従事している期間中に仕事のために負傷し、、6割を超える人が職場での労働災害により傷病休暇を取っていることが分かった。労工処の統計資料によれば、2000年第1四半期だけで、飲食業界では労働災害が2800件あまり起こっている。これは建設業よりも300件以上多く、人々の関心を集めている。これから、飲食業従業員が日常的に直面している仕事上の安全と衛生問題について検討するとともに、実行しうる改善方法および制御方法を提起する。業界内部の人々にはぜひ参考にしていただきたい。
1. 厨房
厨房での職種には料理長や調理師が含まれ、盛りつけや調理を担当する。食品関係の従業員は、食物の購入や在庫リストの保存などを担当する。このほか、掃除や日常的なメンテナンスを担当する従業員もいる。
飲食業界における事故の多くは厨房で発生している。切り傷や油による火傷、地面に油が飛び散っていたために滑って転倒したなどがある。事故を減らすためには、滑りやすい床には「滑るので注意」などといった警告板を設置して厨房従業員が滑ってけがをしないように注意を喚起すべきである。また食器は安定したところに適切に格納する、出入口には滑り止めマットや滑り止めフロアを設置して転倒を予防するなども挙げられる。通路には障害物を置かないようにする。その他事故を誘発しやすい状況、すなわち床板がゆるんでいたり外れていたりする、電線が露出している、化学薬品が漏れているなどといった状況がある場合は、すみやかに報告し、早急に処理しなければならない。
また、事故の原因の一つに高いところにあるものを取り出すときの方法が不適切であった、というものがある。高いところにあるものは梯子や踏み台などを使って取るようにし、箱や椅子などに乗って取らないようにする。また梯子や踏み台は必ず整え、取り出しやすい所に置いておかねばならない。
1.1 機器、切断設備や刃物
厨房でよく使われる機械には挽肉機、攪拌機、スライサー、製氷器、食器洗い機などがある。これらの機器の使用方法が不適切だと、切り傷を負ったり、体が機械の回転部に挟まれたり感電したりする。こういった事故の発生を防ぐため、厨房従業員はこれらの設備を使う前に訓練を受け、機器のメーカーの安全操作手順を遵守しなければならない。その他にけがを予防する措置としては、洗う前に電源を切り、コンセントからプラグを抜く、大きな衣服を着ない、設備に挟まれやすいアクセサリーなどを付けない、長髪の従業員は帽子などで髪を覆う、資格を持った者が定期的に機器をメンテナンスするなどが挙げられる。食物を挽肉機に入れるときは手を使わず、棒などで代用しなければならない。
スライサーは厨房ではよく使われている機械だが、すべての厨房設備の中で最も危険なものでもある。スライサーを使うときは、機械の防護カバーを必ず適当な位置に設置する。設備を洗うときは十分気を付け、カッターが露出しているときはさらに注意しなければならない。スライサーを使った後は、電源を切り、必ずコンセントからプラグを抜いておくようにする。刃物は、取り扱い方や保存方法が不適切だと深刻なけがを招くおそれがある。けがを防ぐ方法には、刃物を適切に使用する(例えば、刃物で缶を開けないなど)、刃がなまるとより強い力が必要となり、削りやすいので刃を鋭利に保つ、菜切り包丁を持つときは柄を持ち、刃を下に向ける、使った後は直ちに洗って包丁入れに入れるなどが挙げられる。
1.2 コンロ
コンロの回りで作業をする厨房従業員の主な危険といえば皮膚の火傷である。その程度は軽度の火傷から重度の火傷まで様々だ。これを避けるには鍋の蓋を開けるとき、鍋を持ち上げるとき、ならびにコンロから熱いものを運ぶときなど、いつでも鍋つかみを使うべきである。また、倒れて失火するのを避けるため、コンロのそばに油を置かないようにしなければならない。
厨房でよく使われる揚げ物用の深い鍋に関わる職場での負傷事故には、油のはねによる皮膚の火傷がある。その安全措置を挙げると、油を熱しすぎて火が移らないようにする、揚げ物鍋の近くや床に落ちた油はきれいに洗って乾かす、揚げ物鍋に入れた油は、溢れないよう多すぎないようにする、鍋の油を濾過または交換するときは特に注意するなどがある。また常に断熱手袋、エプロン、長袖の作業服など個人用保護具を付けること。
厨房ではよく電子レンジを使って食べ物を素早く加熱したり調理したりといったことが行われる。電子レンジのメンテナンスが不適切なために起こる事故として、漏電やマイクロウェーブの漏れがある。その放射量やさらされた時間により、マイクロウェーブは敏感な人体の器官を損なうことがある(目を含む)。電子レンジのドアや密封部分の周りに食物や油脂が残っていないようにすべきである。というのは、これらの残り物がドアのしまりを悪くするために、マイクロウェーブが漏れるからだ。電子レンジの付近には電子レンジを安全に使用するための注意事項を貼り、すべての電子レンジに対してその稼働性能やマイクロウェーブの漏れの定期検査を行い、また有資格者に修理と調整を行わせること。
1.3 テーブル脇での調理
テーブル脇での調理や、フロアで直ちに食物を調理するときなどは、操作を誤ると顧客や店員に深刻なけがを負わせることがある。こういった作業は、テーブル脇での調理や石油ガスの使用訓練を受けた者のみが行うようにする。また近くに二酸化炭素消火器を置いて、万一の時に使えるようにしておく。
1.4 冷蔵庫
レストランなどでは通常人間が入れる冷蔵庫を採用し、購入した食物や調味料を保存している。低温による危険のほか、冷蔵庫に関わる主な危険といえば、従業員が入ってから背後のドアが閉まってしまうことが挙げられる。このため、事故を防ぐためには、人が入れる冷蔵庫の内部には必ずドアを開けるレバーと警報器スイッチを設置するとともに、冷蔵庫を使うすべての者にこれらの装置の位置を知らせておかねばならない。冷却効果のため、冷蔵庫の床は非常に滑りやすくなっているので、庫内で作業するときは十分注意が必要である。転倒したときけがしないよう、床には油脂や食物を置いておかない。またドアを閉めるときは中に人がいないことを確認しなければならない。
1.5 大きな温度差
厨房ではすべての者が高温、高湿といった環境で仕事をしている。料理長や調理師はコンロの最も近くで作業するため、特にきつい環境にある。コンロ付近は気温が高い上に、多くの料理長が厚いユニフォームを身にまとっているため、熱に関わる衛生問題が多く発生している。例えば高血圧、皮膚病、頭痛、疲労などは厨房従業員によく見られる病気である。高熱、高湿度の環境で肉体労働に従事すると熱中症になり、健康が損なわれるため、これは重視されねばならないだろう。
熱中症を防ぐ方法には、適切な通風装置を取り付けて熱気を排出し、休憩時間や作業時に水をたくさん飲むなどがある。また厨房従業員に対しては高温下で作業する場合の危険について訓練を施す必要がある。
冷蔵庫と厨房のコンロを往復して作業するため、雑用係は往々にして大きな温度差にさらされることになる。温度の突然の変化は呼吸困難を引き起こす。調理師や雑用係は包装や冷蔵庫の清掃など、長時間低温下で作業しなければならないことがあるので、このときは適当な保温作業服を着るようにする。
1.6 通風
厨房内のにおいや油煙、有害な空気汚染物質を排出するため、適切な通風が不可欠である。空気中の油煙や埃が設備に堆積すると、これらが効果的に稼働しなくなる。通風システムにはファン、通風管、排気カバーが含まれるが、これらの設備は定期的に清潔にし、保守点検を行わなくてはならない。
1.7 騒音
騒音をひどくする源は、厨房内の蒸気釜、ガスコンロ、排気装置の稼働音、それから調理器具がぶつかり合う音や肉を切ったり骨を砕くときの音などがある。まずやってほしいのは有効な聴覚保護計画を実施し、騒音の源を制限することである。機器の保守点検を適切に行って稼働時の騒音を下げなければならない。騒音が大きすぎる機器についてはできるだけメンテナンスを行ったり交換する。また調理師の作業シフトを調整し、騒音にさらされる時間ができるだけ続かないようにする。最後に、工事や調整措置によって効果が出ないときは耳栓やイヤーマフなど適当な聴覚保護具を使うことも必要である。
1.8 照明
薄暗い作業環境では、視界が判然としないため事故が起こりやすい。照明の光の不足や不均等のほか、厨房内では色々な照明効果の問題が存在する。例えば部分的に光が強すぎたり、光の強さの違いが大きすぎる、影、目がくらむなどだ。これらはすべて視覚を損ない、眼精疲労を起こしたり頭痛の頻発を招く。
厨房の照明状況を改善するため、すべての照明設備に対して定期的に検査と保守点検を行わなくてはならない。例えば、壊れた照明はすぐに交換する、照明カバーが古いと明度が下がるため定期的に清掃し、交換する、照明施設(人工照明と自然光を含む)を適切に配置し、快適で均一な明るさを保つなどがある。事実、作業場所に十分かつ適当な照明条件を提供するのは極めて重要であり、調理師の作業効率を高め、目の疲れや不快感を軽減する。最も重要なのは、視覚による強い感知能力で事故の発生を防げることにある。
1.9 清掃
食器洗い機の中から熱い皿を取り出すときは、皮膚を火傷しないように気を付けねばならない。食器洗い機には詰め込みすぎてはならない。というのは、そのために機器が詰まったり停止してしまうからだ。直接食器洗い機の中から皿を取り出すときには鍋つかみなどを使う。
環境を清潔に、衛生的に保つため、いつでも厨房内で何種類かのクリーナーを使うようにする。アンモニア溶液はコンロの油脂を取り除くのによく用いられるが、皮膚や目を刺激するため、使うときには必ず換気扇などを利用して通風に気を付ける。そのほか凝縮クリーナーを含むクリーナーはアルカリ性で、皮膚がただれたり目を傷つけたりする。化学薬品が飛び散らないよう、使うときにはゴム手袋やマスクをつけなければならない。クリーナーの気体を吸い込むと呼吸器や器官を損なうおそれがあるので、化学薬品に敏感な者は呼吸用保護マスクを使うこと。
クリーナーやその他の化学薬品ははっきりとラベルを付けた容器に入れ、食物やコンロから遠ざける。異なるタイプのクリーナーを混ぜてはならない。特に漂白剤を他のクリーナーを混ぜると有毒ガスが発生するので絶対にしてはならない。従業員は使っている化学薬品の特性、危険および正確な使用方法を理解し、化学薬品メーカーが提供する化学物質等安全データシート(MSDS)を参考にすること。
厨房で使う殺虫剤のうち大多数はほとんど人体に危害を与えないが、従業員の中には皮膚炎や体調を損ねるような敏感な者がいるかもしれない。殺虫剤の使用方法を誤らないよう、使用者は必ず訓練を受けること。大規模な殺虫作業は、資格を持った殺虫会社に行ってもらう。またすべての殺虫剤容器に使用説明を付け、使う前に必ず読むようにする。特に食物を処理したり保存する場所の近くで安全に使えるかどうかを確認しなければならない。
2. フロアサービス
フロアサービスにはウェイター・ウェイトレス、バーテンダー、清掃係、レジ係、マネージャー、宴会での給仕係、自動車管理者が含まれ、これらの従業員は料理や飲み物の給仕、顧客を席に案内、勘定や清掃などを担当する。彼らも様々な職業上の安全衛生を害する危険に直面しているため、業界は十分注意しなければならない。
2.1 滑ったりひっかかって転倒する
滑ったり引っかかって転倒する事故はフロアサービスでよく見られる。湿ったフロアで滑ったり、平らでない床や者にひっかかって転ぶと、従業員が捻挫、骨折、頭部または背中のけがを負ったり、あるいは尖ったものの上に転倒して切ってしまうなどといった危険もある。こういった事故を防ぐため、従業員は滑り止めの付いた安全な靴を履くことが必要である。床の水や油、食物は直ちに掃除する。緩んだコードはテープで地面にしっかり固定する。また従業員が滑ったりつまづいたりした床、階段の破損やカーペットの捲れなどは詳しく検査する。カーペットや地面のコンセントにははっきりとラベルを付け、フロア係の注意を喚起する。
レストランの配置は事故防止に非常に重要な役割を持っている。狭い曲がり角、暗い室内、厨房出入口の狭さなどはいずれも従業員がぶつかったり、固定した物にぶつかってけがを負ったりする原因となる。曲がり角の空間を広くしたり、はっきりとした表示を付ける、明るい出入口などはすべて安全な作業環境を提供することになる。
2.2 火傷
フロア従業員はあふれ出た熱湯やコーヒーなどで火傷を負ったり、テーブルの照明に使っているロウソクなどで火傷を負うことがある。液体が飛び散らないよう、フロア従業員は顧客に熱い飲み物を出す場合、手を遠くに伸ばしすぎないようにする。また湯を注ぐときは飛び散らないよう注意し、あふれ出ないよう注ぎすぎに注意しなければならない。またレストランに熱いコーヒーやティーポットを運ぶときは、タオルなどで手を保護すること。
2.3 筋肉、骨格の障害
フロア従業員は常に皿などを持ち上げたり、腰を曲げて拭いたり、椅子やテーブルをセッティングしたり、食物や飲み物を運んだりしているため、動作を繰り返すことによって起こる損傷や、その他筋肉、骨格の問題が生じるおそれがある。作業のシフトや休憩を調整することによって(フロア従業員間で持ち場を交換して重複した作業を減らすなど)リスクを減らし、筋肉や骨格の損傷を防ぐことができる。
筋肉が過労により損なわれないよう、自分の力で何かを持ち上げる場合の安全訓練をすべての飲食業従業員に施すことが大切である。背中や頸部の損傷の多くは、持ち上げ方が不適切だったために起こっている。フロア従業員が、皿や椀、ガラスの食器などを載せた非常に重いトレイを不適切な方法で持ちあげると手や背中をひねり、さらにはトレイや食器を落として他人にけがを負わせることもある。正確にトレイを持つ訓練は、事故の発生を防ぐのである。例えばガラスの食器や皿は均一にトレイに分布させる、片手はトレイの中央に、片手はトレイの縁をつかむ、できるだけ機械的な補助やワゴンを利用するなどは理想的な運搬方法である。
フロア従業員は長時間立って仕事をするため、血液が脚にたまって静脈が湾曲したり張ったりする。ひどい場合は脚の血管内で凝固した血液の塊により心臓病を誘発する。ストレッチ運動を行ったり長時間同じ所に立たない、休憩をとる、体重を調節するなどといった方法で脚の負担を効果的に軽減することができ、脚の静脈の問題を予防することができる。
このほか、レジ係も持ち場の設計が不適切であったり頻繁な仕事によって動作が重複し、健康を損なうことがある。予防措置としては、レジのカウンターに対して適切な高さの可動式椅子を用意するなどによりレジ係の腰や脚の圧力を軽減することができる。
2.4 精神的緊張
飲食業界は非常に緊張する仕事である。特に客が多く人手が不足し、仕事が詰まりすぎているとプレッシャーが生じやすい。もちろん従業員の精神的緊張をもたらす原因には他にもあり、時間外労働の連続、粗暴で嫌がらせをする顧客への対応などがある。このほか、レストランにおいても騒音や劣悪な空気など物理的刺激も存在している。よく見られる精神的緊張による症状には頭痛、動悸、怒り、不眠、気力の喪失がある。
プレッシャーを防ぎ、処理する方法として、雇い主や管理者、最前線の従業員との意志の疎通を強化し、従業員が作業環境改善に関する意見を十分に言えるようにする、仕事のプレッシャーに対処する討論会を開く、空気の質や騒音を改善する措置を講じるなどが挙げられる。会社は、遠足やクルーズなど従業員が参加できるような余暇活動を開催し、仕事のプレッシャーを緩和することができる。
2.5 防火
飲食業に従事する者はすべて消防設備の使い方について訓練を受け、すべての火災報知器の位置を知っておかねばならない。非常時の対応措置として、消火や非常事故を正確に処理する訓練を行っておくべきである。非常時に対処するチームの名簿や救援を呼ぶときの手順を作成し、目に付くところに張っておく。そして従業員は全員避難計画と避難経路を頭に入れておくこと。厨房従業員はさらに、厨房でぼやが発生したときどのように消化するかの訓練を受けておくべきである。
作業場の管理制度を整えることが防火を成功させる鍵となる。適宜ゴミや油、洗浄剤や油で汚れた雑巾など可燃物を始末しておかなければならない。通風管、防塵ネット、ファンに油がたまっているときは定期的に清掃する。そうすれば通風システムの効率も向上する。
同じく重要なのは、消防非常出口を明示しておき、出口と通路を通りやすく保つことである。さらに煙感知器、スプリンクラー、消火設備、非常照明を定期的に検査し、保守点検を行っておかなければならない。常に非常事故演習を行い、従業員がどのように自分を守り、客を非難させるか訓練し、火災やガス爆発などの時にもパニックに陥らないようにしておく。
結論
飲食業界の職業上の安全と健康水準を効果的に向上させられるかどうかの鍵は、安全作業手順を標準化し、適切な訓練を施すとともに厳しく監督するところにある。従業員は入れ替わりが激しいため、定期的に繰り返し訓練を行う必要がある。訓練内容は安全見回りなどの実習を組み込み、作業場がよく管理され、潜在的な危険要素をなくすようにする。このほか、適切な設計や、定期的な非常事故演習などの予防措置は従業員のけがの機会を減らすのに役立つだろう。
実際は、飲食業に従事する者の健康と安全が保障されているかどうかは、顧客に対するサービスの質にも影響する。また従業員が安全かつ健康的な作業環境で仕事をしていれば、彼らの会社に対する帰属感や志気を高めることにもつながる。欠勤や病欠が減り、間違いなく生産力も上昇する。業務も自然と上り調子となり、最終的には従業員、雇用主ともに恩恵を被ることになる。このため飲食業の雇用主および被雇用者は、業界内の安全性を向上させるために力を合わせていくべきである。
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