香港 中国料理厨房における労働安全衛生状況調査
資料出所:香港職業安全健康局発行「緑十字」2001年1月号
(訳 国際安全衛生センター)
オリジナルは下記のサイトでご覧いただけます。
http://www.oshc.org.hk/eng/publicate/publicate.htm
中国料理厨房における労働安全衛生状況調査
序
香港はかねてより食べ物天国と称えられてきた。料理屋が林立し、様々な国の料理が揃い、多くの観光客を引きつけている。数多くのレストランや料理屋が心を尽くして客に快適な環境を提供することを追求している。しかし、様々な美食を提供する厨房が往々にして劣悪な環境にあるとは誰が予想しただろうか。仕事に励む厨房の作業者はいつも酷熱と湿気、油煙が充満し、意外な落とし穴が待つ環境で働かなければならない。事故が頻繁に発生するので厨房で仕事をする人々の健康は大きな脅威にさらされている。労工処の統計によれば、飲食業は香港の職業の中でも事故が頻発する業界の一つであり、その次が建設業となっている。1999年、香港で起きた58,841件の死傷事故のうち12,549件が飲食業で発生しており、実に総数の21%を占めている。香港における現在の飲食業の作業環境や職業の安全および衛生状態についての資料は極めて少ないが、労工処が毎年発表している飲食業界で発生した事故の統計数字は、その業界の安全と衛生状態を理解するには十分役立つ。ただこの資料は事故の数と種類しか記録していないうえに事故の詳細な分析を行っていない。また事故の統計資料自身に限界があり、報告時の誤りもあるため、飲食業の安全と衛生状態を全面的かつ系統的に分析する資料は非常に乏しいと言える。
香港には現時点で中国料理や洋食のレストランが約28000軒ある。人々は一体この19万の従業員を雇用する飲食業にどんな問題があるのか、また何故事故の数は高いままなのかと問いたくなるだろう。
調査目的
この研究の目的は以下のようなものである。
(1)香港における中国料理店厨房従業員の労働安全衛生に害を及ぼす主な要因を系統立てて全面的に検討する。
(2)厨房の従業員の、労働安全衛生問題に対する意識と態度を理解する。
(3)厨房の作業環境の安全と衛生状態、条件を調査する。
(4)戦略的な計画を提起し、飲食業界の安全衛生の水準を向上させる。
調査方法
1999年7月から11月にかけて、主にアンケート調査、厨房の視察および作業環境における職業上の衛生状態測定の3部に分けて行った。調査員が訪問できたのは中国料理店159軒、計471名の厨房従業員である。そのうち34.8%が大型レストランで、40.6%が中型、24.6%が小型レストランであった。
調査結果
1. 回答者の個人データ
回答者の大部分が男性(98.9%)で、女性はわずか1.1%を占めるだけだった。また大多数が中年で31歳から50歳が総数の71%を占め、21歳から30歳が19.9%、50歳超および21歳未満がそれぞれ6.1%と2.4%であった。
中学程度の教育を受けた者が厨房従業員回答者の64.5%、小学校課程を終えた者が30.7%で、教育を受けたことがない、もしくはわずかしか教育を受けたことのない者が4%を占めた。ほかに予科またはそれ以上の教育を受けたことのある者が少数(0.9%)いた。今回の調査に参加した厨房従業員は中国料理店の様々な職位にある人々で、料理長(26.1%)、調理師(14%)、助手(28.9%)のほか、点心の調理師(13.8%)、塩漬けの肉や魚を焼く調理師(10%)、盛りつけや野菜を切る調理師(俗に言う「打可」)(7.2%)もいた。大部分の厨房従業員が(74.3%)10年以上厨房で働いた経験を持っており、勤務経験4〜10年が16.6%、1〜3年が7.2%、まだ1年に満たない者も9人(1.9%)いた。
表1:回答者の職位
職位 |
人数(百分率) |
料理長 |
123(26.1) |
調理師 |
66(14.0) |
助手 |
136(28.9) |
点心の調理師 |
65(13.8) |
塩漬けの肉や魚を焼く調理師 |
47(10.0) |
盛りつけや野菜を切る調理師(打可) |
34(7.2) |
約48.5%の回答者に喫煙の習慣があり、一部の者(4.2%)は作業中に喫煙していた。飲酒の習慣がある厨房従業員は16.3%で、3名の回答者が勤務中も酒を飲む習慣があると答えた(総数の0.7%を占める)。
大部分の厨房従業員(95.3%)は勤務時間が非常に長く、1日の勤務時間は9〜12時間に達した。一部では(1.7%)1日の勤務時間が12時間を超えていた。ほとんどすべての厨房従業員(97.9%)が毎週6〜7日間働いており、大部分の回答者が、1週間の勤務時間が54〜84時間に達すると答えている。
表2:勤務時間
一日の勤務時間 |
人数(百分率) |
1週間の勤務が3〜5日 |
1週間の勤務が6〜7日 |
5〜8時間 |
1(0.2) |
13(2.8) |
9〜12時間 |
9(1.9) |
440(93.4) |
12時間 |
0 |
8(1.7) |
2. 公傷および作業に関連する健康問題
厨房従業員のうち8割が、飲食業に従事している間に、作業中けがをしている。また6割を超える者は、公傷のため欠勤したことがある。過去12ヶ月に発生した、厨房での一般的な公傷は切り傷(62.4%)と火傷(61.1%)である。また魚やエビ、カニなどによる傷や固定されている物にぶつかったことによるけがはそれぞれ29.5%と20.2%だった。滑った(13.0%)、もしくは人力で何かを持ち上げた事によるけが(9.8%)も厨房でよく見られる公傷である。次に、物を移動した際にぶつかった(5.3%)、高いところから落ちた(4.2%)、物が落ちてきた(2.8%)、感電(1.9%)、機器を運転したことによるけが(1.9%)が続く。
表3:様々な厨房職位における過去12ヶ月以内に発生した公傷事故
|
人数(*その職位における百分率) |
料理長 |
調理師 |
助手 |
点心の
調理師 |
塩漬けの魚や
肉を焼く
調理師 |
盛りつけや
野菜を切る
調理師
(打可) |
総人数
(百分率) |
切り傷 |
76(61.8) |
36(54.5) |
84(61.8) |
39(60.0) |
27(57.4) |
32(94.1) |
294(62.4) |
火傷 |
78(63.4) |
39(59.1) |
89(65.4) |
37(56.9) |
30(63.8) |
15(44.1) |
288(61.1) |
動物による傷 |
40(32.5) |
23(34.8) |
38(27.9) |
6(9.2) |
14(29.8) |
18(52.9) |
139(29.5) |
固定物にぶつかった傷 |
16(13.0) |
12(18.2) |
31(22.8) |
17(26.2) |
10(21.3) |
9(26.5) |
95(20.2) |
滑った |
12(9.8) |
10(15.2) |
23(16.9) |
9(13.8) |
3(6.4) |
4(11.8) |
61(13.0) |
人力で持ち上げたための傷 |
15(12.2) |
6(9.1) |
12(8.8) |
9(13.8) |
4(8.5) |
0(0) |
46(9.8) |
移動する物による傷 |
7(5.7) |
5(7.6) |
6(4.4) |
5(7.7) |
1(2.1) |
1(2.9) |
25(5.3) |
高所から落ちた |
2(1.6) |
5(7.6) |
8(5.9) |
3(4.6) |
1(2.1) |
1(2.9) |
20(4.2) |
落下物による傷 |
1(0.8) |
2(3.0) |
6(4.4) |
1(1.5) |
2(4.3) |
1(2.9) |
13(2.8) |
感電 |
2(1.6) |
2(3.0) |
2(1.5) |
1(1.5) |
2(4.3) |
0(0) |
9(1.9) |
運行機器による傷 |
3(2.4) |
2(3.0) |
1(0.7) |
2(3.1) |
1(2.1) |
0(0) |
9(1.9) |
*)表1の回答者数に対する割合
表3から、調理師の公傷事故はその作業と直接的な関係があることが分かる。「打可」は常に包丁を使っており、海産物に接触しているため、切り傷や動物によるけがが極めて高い(それぞれ94.1%、52.9%)。このほか、料理長、調理師、助手、点心の調理師、塩漬けの魚や肉を焼く調理師達も切り傷や火傷の事故記録が多く、けがをした割合は5割から6割以上となっている。つまり、長い経験を積んだ料理長や調理師、塩漬けの魚や肉を焼く調理師であっても、作業中動物が原因でけがをすることがあるということで、けが人はそれぞれの職位の3割を占める。厨房には様々な熱器具、皿、作業台などがたくさん置いてあり、その狭い空間で緊迫した作業を行うため、多くの「打可」や助手、点心の調理師、塩漬けの魚や肉を焼く調理師が固定された物にぶつかってけがをすることになる。これはそれぞれの職位の2割を占める。
アンケート調査から過去12ヶ月以内に厨房従業員によく見られた、仕事に関係する疾病や健康問題を分析し、表4に示した。仕事に関係する最も一般的な疾病は筋骨格系障害(41.2%)と頭痛(37.6%)だった。このほか、消化器系統の障害(胃痛、胃の膨満感、消化不良)が20.2%見られ、呼吸器系統の障害、すなわち咳や鼻づまり、痰なども少なくなかった(15.1%)。厨房従業員の12%に皮膚病があり、そのほか耳の疾患(6.6%)、目の疾患(4%)、熱射病(2.5%)が見られた。
表4:様々な厨房職位における過去12ヶ月以内に発生した仕事に関連する疾病または健康問題
|
人数(その職位に占める百分率) |
料理長 |
調理師 |
助手 |
点心の
調理師
|
塩漬けの魚
や肉を焼く
調理師 |
盛りつけや
野菜を切る
調理師
(打可)
|
総人数
(百分率)
|
筋骨格系障害 |
63(51.2) |
33(50.0) |
44(32.4) |
23(35.4) |
24(51.1) |
7(25.9) |
194(41.2) |
頭痛 |
52(42.3) |
27(40.9) |
48(35.2) |
19(29.2) |
20(42.6) |
11(32.3) |
177(37.6) |
消化器系統の障害 |
32(26.0) |
15(22.7) |
24(17.6) |
9(13.8) |
8(17.0) |
7(20.6) |
95(20.2) |
呼吸器系統の障害 |
22(17.9) |
14(21.2) |
21(15.4) |
7(10.8) |
4(8.5) |
3(8.8) |
71(15.1) |
皮膚病 |
17(13.8) |
7(10.6) |
17(12.5) |
7(10.8) |
3(6.4) |
5(14.7) |
56(11.9) |
耳の疾患 |
13(10.6) |
3(4.5) |
5(3.7) |
3(4.6) |
6(12.8) |
1(2.9) |
31(6.6) |
目の疾患 |
8(6.5) |
3(4.5) |
5(3.7) |
2(3.1) |
1(2.1) |
0(0) |
19(4.0) |
熱射病 |
4(3.3) |
5(7.6) |
2(1.5) |
0(0) |
1(2.1) |
0(0) |
12(2.5) |
様々な職場の従業員の疾病を統計数字から見ると、料理長、調理師、塩漬けの魚や肉を焼く調理師のうち5割を超える人数が過去12ヶ月以内に筋骨格系障害を患っている。常に頭痛がすると訴えている料理長、調理師、塩漬けの魚や肉を焼く調理師も4割を越す。いつも油煙など空気の汚染物質にさらされている上に仕事のプレッシャーも大きい関係からか、料理長や調理師のうち呼吸器系統や消化器系統の障害がある人数が非常に高い。このほか、調理師はいつも濡れた手で塩漬けのものや食物に触れているので、「打可」の半分に近い人数が皮膚病を患った記録がある。
3. 労働安全衛生についての意識と関心
《労働安全衛生条例》は1997年5月に発効した。調査に参加した厨房従業員のうち7割に近い人数がこの条例について聞いたことがあり、そのうち47.7%は条例の中の「一般的責任」の条項について知っていた。興味深いのは、厨房従業員の5割近くが、ほとんどの公傷や事故および職業性疾病の責任を労働者側で負わねばならないと考えており、その次が事業者(39.5%)、政府(13%)の順であった。
厨房従業員の多く(69.7%)が、これまで同僚と労働安全衛生問題について話し合ったことがあるという。もし職業上の安全や健康に関する問題が発生したら、彼らの大多数が上司や同僚の助けを求めると答えており、それぞれ66.1%と10.8%であった。労工処や職安局の助けを求めると応えたものは11.6%で、その次が保険代理店(5.2%)、医師(3.9%)および労働組合(1.1%)となった。
回答者の約6割は、どこで労働安全衛生に関する情報を得られるか知っており、そのほとんどが労工処(45.2%)および労働安全衛生局(44.8%)を労働安全衛生に関する資料を得られる場所として選んでいる。
表5 労働安全衛生に関する情報を得られる場所
機構 |
人数(百分率) |
労工処 |
213(45.2) |
労働安全衛生局 |
211(44.8) |
職業訓練局 |
19(4.0) |
会社 |
16(3.4) |
そのほか |
12(2.5) |
厨房従業員が最も関心を持っている問題は安定した収入(46.5%)で、その次が安全で健康的な作業環境(34.1%)と安定した仕事(12.7%)だった。また約5%が、仕事の満足感が非常に重要であると考えている。この調査結果は、当局が以前建築業の従業員に対して行った調査とはかなりの開きがある。建築業の従業員は作業環境が安全で健康的かという点について、飲食業の従業員よりも強い関心を抱いていた。中国料理店の厨房従業員の大部分にとっては、労働安全衛生の重要性は、安定した収入についての関心に遠く及ばないようだ。
厨房従業員が最も心配している安全衛生問題は、仕事上の意外な事故と職業性疾病(30.6%)で、次がガン(20.6%)および空気環境(19.3%)だった。このほか、大体1割が交通事故と心臓病を心配していた。
仕事上の意外な事故と職業性疾病は飲食業の従業員が最も関心を持っている安全衛生問題である。しかし、職安局が以前市民に対して行った労働安全衛生についての意識調査では、最も関心のある安全衛生問題は空気環境であり、職業上の事故や疾病は、安全衛生問題7項目のうち5番目だった。これは社会人と大衆との間に、安全衛生問題の認識に関して開きがあることを示す。
4. 労働安全衛生問題に対する意識および態度
今回のアンケート調査は、いくつかの仮説を立てて、厨房従業員の労働安全衛生問題に対する意識と態度を分析できるよう組み立てられた。大部分の回答者は、非常警告信号に正確に反応することができた。火災警報が鳴ったら、回答者の7割が主なガス栓を閉めてから素早く離れるとした。そのほか14.6%は何も考えずにすぐに現場を離れるとしたが、12.6%は彼らの上司の命令を待ってから離れると答えた。また約3%は火災警報に取り合わず作業を続けた。
もし厨房でガスや液化石油ガスの漏れを見つけたら、厨房従業員の9割が主なガス供給箇所を閉めるとともに窓を開けてガスを拡散させるとした。5割近くは電気機器の電源を落とし、火も消すとした。57.3%の回答者がさらに積極的な反応を示し、客や厨房の従業員に知らせて逃がすとした。しかし3.6%の厨房従業員はガス漏れを大事と見なさずに、ガスは素早く拡散するので何ら危険でないと主張した。
回答者の多く(68.3%)が、厨房での仕事には適当な個人用保護具が必要だと考えている。厨房で一般に使われている個人用保護具はエプロン(54.5%)で、その次がゴム手袋を含む手袋(37.9%)、断熱手袋(25.6%)、綿の手袋(21.4%)、切断防止手袋(3.8%)と続く。ゴム靴(21.9%)もよく使われる個人用保護具の一つで、そのほかの備品には滑り止め安全靴(17.8%)、作業服(15.0%)、袖カバー(8.3%)などがあった。切り傷や切断、火傷は厨房でよく見られる公傷事故である。7割近くの人が個人用保護具の重要性を感じていても、実際に使用している人数は相対的にみてかなり少ない。これは厨房従業員の安全に対する態度を改善する必要性を示している。
飲食業界における公傷率が高いにも関わらず、その大部分の厨房従業員(89.3%)が厨房での作業は安全だと考えている。つまり、回答した厨房従業員に、厨房に存在している労働安全衛生を脅かす原因についての危機感が不足していることを証明している。回答者の8割近くは、より安全で健康的な勤務環境があれば、厨房従業員も作業時にもっと注意するため、少なくとも50%以上の公傷事故が避けられると考えている。しかし、ある程度の人数(5.6%)は公傷事故は避けられないと考えている。
5. 訓練
労働者の安全衛生に関する知識を向上し、彼らの安全を保つ行動と態度を改善し、作業環境における危険要因を識別し、注意する能力を高めるためには適当な教育と訓練が不可欠である。これは安全管理の重要な一環でもある。労働安全衛生に関する法令には、事業者はすべての労働者に必要な訓練と資料を与えるものと明記されている。今回のアンケート調査から、調査に参加した中国料理店の6割が通常の安全訓練を施していないことが分かった。これには初めて職場に就くときの訓練と定期的な安全訓練が含まれる。また中国料理店の6割あまりが作業上の専門的訓練を施していなかった。これには防火知識や機械の安全、人力による運搬、化学品の使用についての訓練が含まれる。さらに、7割半の料理店が、非常事故の発生に対応するための定期的な火災訓練を全く行っていなかった。
調査結果から、通常の安全訓練や作業上の専門的訓練を行っている料理店の大部分(5割以上)が大型中国料理店であったことが分かった。また定期的な火災訓練を行っている料理店でも、大型中国料理店(38.1%)が多い。大型または集団式の中国料理店の方が事故の原因が多いからか、職業の安全や健康管理について比較的積極であると見られる。
表6:安全訓練と火災訓練
|
料理店数(百分率) |
なし |
部分的 |
あり |
通常の安全訓練を実施 |
72(60.0) |
31(25.8) |
17(14.2) |
作業の専門的訓練を実施 |
76(62.3) |
24(19.7) |
22(18.0) |
定期的な火災訓練を実施 |
89(74.2) |
10(8.3) |
21(17.5) |
厨房の視察
6. 中国料理店の厨房の作業環境と条件
調査チームは150軒を超える中国料理店の厨房について実地視察を行い、その厨房の作業環境と条件を評価した。この視察は非常に重要で、香港の中国料理店の厨房の安全状況を全面的かつ系統的に理解することができる。その結果から、8割近くの厨房に非常時の避難経路が示されていなかったことが分かった。また約3/4の料理店では、作業の便のため、防煙ドアを閉めていなかった。厨房の多くは地面が油で汚れており(70.4%)、排水施設も不適(54.0%)だった。また、非常出口が塞がれている(43.5%)、危険なものが積まれている(36.3%)、人力で持ち上げる方法が不適(35.8%)、出口の表示がなく、保守点検されていない(34.7%)、鋭利な刃物を安全でない方法で放置している(31.5%)、換気系統がメンテナンスされていない(27.2%)、電気の操作方法が危険(17.9%)などといった要因も見つかった。
大型中国料理店は資源、人手、設備、作業面積のいずれも小型中国料理店より優れていた。大型中国料理店の厨房には理想的な作業環境と条件が整っており、設備もきちんと配置され、出口や通路も通りやすく、火災時の避難経路図や応急措置が表示してある。また人力で持ち上げる必要を減らすための運搬用補助器具がある、厨房内に安全に関する告示があるなど、すべて安全性を高めるために重要な措置が講じられている。
表7:中国料理店の作業環境状況
|
料理店数(百分率) |
劣 |
可 |
優 |
作業場所が整理されている |
14(11.2) |
55(44.0) |
56(44.8) |
排水設備 |
67(54.0) |
45(36.3) |
12(9.7) |
電力の安全
|
22(17.9) |
59(48.0) |
42(34.1) |
非難出口が通りやすい
|
54(43.5) |
41(33.1) |
29(23.4) |
防煙ドアが閉められている
|
90(72.0) |
14(11.2) |
21(16.8) |
出口の表示が設置されている
|
43(34.7) |
27(21.8) |
54(43.5) |
非常避難路の指示が設置されている |
96(77.4) |
2(1.6) |
26(21.0) |
床が平坦で破損していない
|
10(8.0) |
24(19.2) |
91(72.8) |
床に滑り止めが施されている
|
10(8.0) |
24(19.2) |
91(72.8) |
床が乾き、油汚れがない
|
88(70.4) |
26(20.8) |
11(8.8) |
材料が分類して保存されている |
8(6.5) |
33(26.6) |
83(66.9) |
材料の積み重ね
|
45(36.3) |
44(35.5) |
35(28.2) |
化学品と食物を分けて保存している |
11(8.9) |
24(19.5) |
88(71.6) |
人力で持ち上げる方法
|
43(35.8) |
11(9.2) |
66(55.0) |
刃物の状況
|
3(2.4)
|
20(16.0)
|
102(81.6)
|
刃物の置き方
|
39(31.5)
|
35(28.2)
|
50(40.3)
|
化学品にラベルが貼ってある
|
9(7.3)
|
13(10.6)
|
101(82.1)
|
化学品を火と離して置いてある
|
8(6.5)
|
9(7.3)
|
107(86.3)
|
通風設備が整っている
|
10(8.0)
|
38(30.4)
|
77(61.6)
|
オーブンの換気設備 |
7(6.0) |
9(7.7) |
101(86.3) |
換気系統が清潔である |
34(27.2) |
42(33.6) |
49(39.2) |
厨房内に安全に関する告示がある
|
76(62.3)
|
24(19.7)
|
22(18.0)
|
相対的に言うと小型中国料理店の安全性は劣っている。排水システムが悪いため床に水がたまっている、避難出口や通り道が塞がれている、防煙ドアが閉められていない、出口表示マークの証明が壊れていて適切に修理されていない、火災時の避難経路図や非常時の応急措置が表示されていない、床が清潔でなく、油で汚れている、材料を高く積み上げすぎている、人力で持ち上げる必要を減らす為の運搬用補助器具がない、刃物が作業台や通り道近くに置いてあり、事故が起きやすい、厨房内に従業員の安全を促す告示がないなど、すべて深刻な事故につながるものばかりである。
表8:様々な規模の中国料理店の安全状況
|
料理店数(百分率)
|
大型中国料理店
|
中型中国料理店
|
小型中国料理店
|
排水設備が不適当 |
16(23.9)
|
23(34.4)
|
28(41.8)
|
避難出口が塞がれている
|
11(20.4)
|
13(24.1)
|
30(55.6)
|
防煙ドアが長期間開いている
|
22(24.4)
|
28(31.1)
|
40(44.4)
|
出口の表示が壊れている
|
8(18.6)
|
11(25.6)
|
24(55.8)
|
緊急避難経路の指示が不足している
|
19(19.8)
|
30(31.3)
|
47(49.0)
|
床が油で汚れている |
21(23.9) |
28(31.8) |
39(44.3) |
材料を高く積み上げすぎている
|
11(24.4)
|
15(33.3)
|
19(42.2)
|
人力で持ち上げる方法が不適切
|
5(11.6)
|
11(25.6)
|
27(62.8)
|
刃物を適切に置いていない
|
8(20.5)
|
14(35.9)
|
17(43.6)
|
安全を推進する意識に欠ける
|
12(16.7)
|
25(34.7)
|
35(48.6)
|
職業上の衛生について
今回の調査では、大中小型中国料理店40軒前後の厨房の照明、騒音、熱、空気環境など環境上の衛生条件について調べ、香港の中国料理店の作業環境および状況を把握する資料とした。
7. 明るさ
表9に厨房の作業範囲の平均的な明るさと均等率を示した。この表から厨房従業員は様々な照明条件で仕事しており、その差は110から995ルクスと広範囲にわたっている。北米照明学会(IES)は商業用の厨房の内部照明レベルを750ルクスにするよう提起している。抜き取り調査した中国料理店の92%が、これには大型中国料理店の厨房83.3%、中型料理店100%、小型料理店87.5%が含まれるが、厨房の作業に十分な照明を提供していないことが明らかとなった。
このほか、厨房照明の平均分布状況を分析した。測定結果から、均等率は0.11から0.96の間で、平均値は0.48となった。測定データの92%が最低合格比率0.8を割っており、厨房の照明がひどく不均一であることが分かった。
表9:中国料理店厨房の照度評価
(調査した料理店数:37軒)
照度(lx) |
範囲 |
平均値±標準偏差 |
IESが提起する照度(lx) |
110〜995 |
480±192 |
750 |
均等率 |
範囲 |
平均値±標準偏差 |
最低合格比率 |
0.11〜0.96 |
0.48±0.21 |
0.8 |
8. 騒音評価
今回の調査では厨房従業員が作業中受けている騒音による影響も測定した。表10から、調査した厨房従業員は個人毎に毎日69〜95dB(A)の騒音暴露(LEP,d)を受けており、平均値85dB(A)は一応の措置を講じなければならない段階に達している。ピーク値の音圧レベルは96〜121dBで、平均値が109dBとなっている。
表10:中国料理店厨房の騒音評価
(調査した料理店数:37軒)
個人毎の毎日の騒音暴露量dB(A)
|
ピーク値の音圧レベルdB
|
範囲
|
平均値±標準偏差
|
範囲
|
平均値±標準偏差
|
|
85 5
|
96〜121
|
109 5
|
中国料理店15軒の調理師が毎日受けている騒音レベルが「一応の措置を講じなければならない段階」の85dB(A)に達している数は、調理師全体の41%に達した。うち大型中国料理店が50%、中型が41%、小型が25%となっている。このほか、中国料理店9軒(24.3%)の調理師は毎日90dB(A)以上の騒音暴露を受けており、規定の「中級措置を講じなければならない段階」を超えている。これらの結果から、中国料理店の厨房従業員は日常的に騒音による危害と脅威にさらされていると言える。現場を調査した記録によれば、高レベルの騒音源は蒸気釜、ガスオーブンおよび排気装置の騒音、ならびに調理器具がぶつかり合う音や、肉を切ったり頭の骨を砕くときの音などだった。大型および中型の中国料理店は規模が大きく、調理器具や炉、蒸し器が多く排気設備も大型であるため、騒音レベルも小型中国料理店より高くなっている。
9. 温熱条件について
厨房従業員の体温を測って彼らの熱負荷を分析するという方法は難しいため、生理反応に最も影響を及ぼす環境要因、すなわち温熱条件の測定を主な方法とした。現在では湿球・黒球温度指数(Wet
Bulb Globe Temperature Index WBGT)が高温環境を測定する最も簡単で適した方法の一つである。この指数は測定しやすい上にアメリカ産業衛生専門家会議(American
Conference of Governmental Industrial Hygienists(ACGIH))および国立労働安全衛生研究所(National
Institute for Occupational Safety and Health(NIOSH))の正式な認可を受けている。
チームは中国料理店35軒に対し温熱条件の測定を行った。測定場所は厨房従業員が日常的に作業をする場所とし、釜やオーブンの近くおよび作業台などが測定された。測定したパラメータには自然の気流に暴露されたままで測定された湿球温度(Natural
Web-Bulb Temperature=WT)および黒球温度(Globe Temperature=GT)が含まれ、室内の湿球・黒球温度指数は上述したパラメータを元に方程式WBGT=0.7WT+0.3GTにしたがって算出する。
表11:中国料理店厨房の温熱条件評価
(調査した料理店数:35軒)
湿球・黒球温度指数( ) |
範囲 |
平均値 標準偏差 |
許容できる温熱条件暴露閾値( ) |
21.2〜37.3 |
28.2 3.2 |
26.7 |
ACGIHのガイドによれば、厨房従業員が連続8時間働き、作業量が中等レベルであったとき、厨房従業員が着ている作業服の断熱係数(Clo
Value)は0.6で、温熱条件暴露許容閾値は摂氏26.7 である。この温熱条件閾値を守れば、ほとんどすべての厨房従業員がこの温熱条件のもとで働いても健康に何ら不利な影響は出ないはずだ。つまり、厨房従業員が適当な水分と塩分を吸収していれば、湿球・黒球温度摂氏26.7 未満の環境で効果的に作業できるということになる。
表1から、中国料理店の厨房の湿球・黒球温度指数はほとんどが摂氏21.2〜37.3 の間にあることが分かる。気象台の資料を見ると、調査期間の平均日中最高気温(Mean
Daily Maximun Air Temperature)は摂氏26.2から29.2 なので、厨房で記録された高温は室内の熱源によってもたらされたものであることが分かる。現場を観察すると、若干の中国料理店の厨房内に空調が取り付けられており、そこでは環境温度が一定の範囲内に保たれていた。しかし多くのの厨房に効果的な換気システムが設置されていなかったため、湿球・黒球温度が摂氏37.3 という高温を記録してしまった。調査に参加した中国料理店の実に7割近くで、湿球・黒球温度が温熱条件暴露閾値を超えており、大型中国料理店では63.6%、中小型中国料理店はそれぞれ68.8%と75.0%となった。
小型中国料理店の4分の3で、湿球・黒球温度指数を閾値内に抑えることができていない。これは厨房面積が小さいため、熱い空気が効果的に拡散できないことと関係していると言える。また、大型中国料理店の厨房では通常排気システムが整っているため、調理時に出る熱気や蒸気が迅速に吸い出される。これも室内の温度を下げる役目を果たしている。ガスで肉を焼いたり、油で揚げるなどが主な熱源となる。高温の作業環境では熱射病など深刻な温熱条件による疾病が生じる可能性があり、健康にもよくない。温熱条件による疾病には、このほかに熱性疲労、熱けいれん、ならびに高温下での滞在時間が長すぎるために起こる熱虚脱が挙げられる。これには電解質のアンバランス、脱水、皮疹、高温性水腫が含まれ、ひどいときは作業能力が失われる。
10. 空気環境について
われわれは調査に参加した中国料理店30軒の空気環境について調べた。測定の目的は、厨房の空気に含まれる揮発性有機化合物の発ガン性物質濃度が高く、厨房従業員の労働衛生に危害が生じていないかを調べるところにあった。オーブンの前の、調理師が呼吸する区域ならびに厨房のそのほかの場所で測定を行い、サンプリングした空気を、認可を受けた化学実験室に送って精密な化学分析を行ってもらった。
ホルムアルデヒドは食用油から揮発する一種の化合物である。長期にわたる科学実験と疫学の研究から、ホルムアルデヒドがガンを発生させると指摘されている。オーストラリア国立労働衛生安全委員会(NOHSC)およびアメリカ産業衛生専門会議(ACGIH)はいずれもこれを発ガンの可能性のある物質の中に入れている。労工処が1998年に制定した「作業環境内の化学品(職業衛生標準)参考資料」では、職業上のホルムアルデヒドの許容濃度(天井値)(OEL-C)を0.3ppmと提議している。野菜を炒めるときの油煙に含まれるホルムアルデヒドの濃度は0.03ppm〜0.63ppmで、平均0.20ppmである。3割(28.5%)近くの中国料理店で、空気中に含まれるホルムアルデヒドの濃度が上述した職業上の許容濃度(天井値)を超えていた。注意すべきは、厨房内のオーブンから遠いところでもホルムアルデヒドが少量検出された(0.03ppm〜0.14ppm)ことである。これは、ホルムアルデヒドが他からも出ている(二次的な煙や家具、屏風、絨毯など)可能性を示している。しかしやはり主な汚染源は調理と言える。
中国人は食について「鍋からでる煙」を重視し、特に油で挙げたり炒めたりする方法を好む。食物と油が高温で調理されると油煙が生じ、その中には人体の遺伝子を変えてガンを発生させる物質が含まれている。事実、炒めるときに出る油煙は厨房の空気を汚染する主な物質で、測定結果から、調理師達がさらされている油の濃度は0.5mg/m3〜7.10mg/m3の間で、平均値は1.32mg/m3で、修正後の職業上の許容濃度(時間荷重平均値)(OEL-TWA)は2.1mg/m3であった。中国料理店の約2割(23.3%)が空気中に含まれる油の濃度がこの職業上の許容濃度(時間荷重平均値)を超えていた。厨房の中で、オーブンから離れたところでサンプリングした空気には油煙や油が検出されなかった。これは、一般的な中国料理店に備え付けられている油煙排出システムが効果的に空気中の油を除去していることを照明している。しかし、調理師達はオーブンの前で長い間油煙に接触しているため、健康に対する危害は深刻と言える。
空気サンプル中の多環芳香族炭化水素(PAH)成分を化学分析したが、この目的は調理時に出る油煙に発ガン物質がないか、そして厨房従業員の健康を害していないかを調べるところにあった。分析結果を見ると、調理師が調理するときに呼吸する区域からナフタリン、Benzo(b&k)fluoranthene、Benzo(a)pyrene、およびBenzo(ghi)peryleneなどの揮発性化合物が検出された。一割あまり(13.3%)の中国料理店の厨房で、ナフタリン濃度が職業上の許容濃度(時間荷重平均値)21.8μg/m3を超え、ひどい所では58μg/m3に及んだ。このほか、他の3種類の多環芳香族炭化水素濃度がそれほど高くなくても、Benzo(b)fluorantheneとBenzo(a)pyreneはホルムアルデヒドと同様にACGIHから発ガンの可能性のある物質と定められているため、個々の厨房のBenzo(a)pyrene濃度が1.0μg/m3に達していれば、スウェーデン職業衛生標準(時間荷重平均値)(CEL-TWA)2.1μg/m3に近く、決して軽視してはならないと言える。この空気測定結果から、高濃度のホルムアルデヒド、多環芳香族炭化水素、そしてとりわけ油が、高い確率で中国料理店厨房従業員の呼吸器系統にガンを発生させる主な原因となっていることが言える。
アンケート調査によれば、15%を超える厨房従業員が過去12ヶ月以内に呼吸器系統の故障を訴えている。また20%の厨房従業員が最も関心を持っている安全衛生問題は空気環境であった。さらに今回厨房内の空気環境を調べた結果を考え合わせれば、中国料理店で調理する際に出る有害な空気汚染物質が厨房従業員の健康を脅かしていることは明らかである。
結論
今回の調査を経て、われわれは飲食業従業員の勤務環境データおよび彼らの労働安全衛生に対する意識および態度を知ることができた。また、厨房の作業環境についても全面的に理解することができた。厨房従業員の大部分が法令の要件を知っていて、なおかつ公傷事故や職業性疾病を予防する上で負わねばならない責任を認識していることが分かったが、それならばどうして飲食業界の事故発生率が依然として高レベルを保っているのだろうか。ここで、その原因について分析を試みた。
まず、厨房従業員の危機意識が低い事が挙げられる。回答した調理師の大部分(89%)が自分の作業が「安全」だと考えている。しかしながらわれわれが現地で調査した結果、厨房の作業環境は決して安全ではなく、床に水がたまっていて滑りやすく、避難経路が塞がれ、材料が高く積まれすぎているばかりか、明るさも不足しているうえに不均一で、高温かつ室内の空気環境も悪い。いずれも厨房従業員の安全衛生を脅かす原因である。
第二に、今回の調査では厨房従業員の危機意識が低いのは、労働安全衛生に関する教育や訓練が不足しているからであることが実証された。中国料理店の大部分で従業員に対する一般的な訓練が不足しており、ひどい場合は仕事に必要な技術訓練さえもおろそかにされていた。
第三に、今回の調査で飲食業界の従業員に安全に関わる行動や態度上の問題があることが分かった。政府および職安局が長い間行ってきた安全推進キャンペーンにより、飲食業界の従業員の多くが仕事の安全の重要性を認識するようになっていた。しかし、「知っているだけで実行しない」状態であり、いざ行動する時には安全規則を守らず、できるだけ簡単に、時間をかけずに作業を終わらせようとして安全を顧みない。このため、飲食業界においては安全性を重視する文化を定着させることが重要と言える。
最後に、安全に関わる行動や態度を改善すれば仕事上のあらゆる安全衛生を促進できるとは限らない。われわれは仕事の安全を改善するには制度、環境、設備および人の4面から着手し、まず仕事上の安全衛生を管理する制度を確立し、十分な安全訓練を提供するとともに作業環境を改善し、危害を加える要因を除去し、不適当な作業設備を改良するか、もしくは交換するところから始めるべきであると考える。
政府、飲食業の事業者、労働者および関係機関が密接に協力し、同じ意識を持って自らを管理する安全管理制度を制定すれば、おそらく飲食業界全体に安全を重視する文化が育まれ、業界における公傷の数字も減少するだろう。
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