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インド 建設業における安全:背景情報

建設業における安全:背景情報

資料出所:National Safety Council (NSC)発行
「Industrial Safety Chronicle」2002年1-3月号 p.45-50
(訳 国際安全衛生センター)


概略

建設現場の安全を確保し、建設産業が災害による影響と損失から打撃をこうむるのを防ぐ必要がある。

しかし小規模の建設業者は、この事実に対する理解がまだまだ不足しており、建設現場の安全確保に必要な費用を投じることに消極的である。

第2に、大規模な建設業者は、インド経済の自由化に伴なって国内に参入してきた外国業者との競争に勝ち残るために、革新的な建設技術を導入した結果、新たな危険有害要因に直面している。この新たな安全への危険有害要因に対処するためには、こうした建設業者の安全マネジメントシステムを改善しなければならない。本稿は建設業界、政府、建設業に関連した他の部門が、建設現場での安全確保のためにとるべき対策を示している。

はじめに

建設業は、農業に次ぐインド第2の産業である。被雇用者数は2,450万人、2000〜2001年の総売上高は2兆4,800億ルピーである。国内総生産に占める割合は約6%になる。

建設業は年平均約11.5%で成長しているが、多くの問題もかかえている。労働生産性は低く、機械化は不十分で、必要な資金が調達できないために革新的な建設技術を導入できないでいる。また建設業界の成長に伴なって建設関連の災害が増えている。

しかし建設業者は、品質、工事進行、納期とコスト面での必須条件をクリアしながら建設工事を遂行し、競争力の維持に取り組んでいる。そのためには、現場で労働者に負傷を負わせ、建設機械や設備に損害を与え、建設中の構造物が崩壊するような事故や災害を決して起こしてはならない。事故や災害の直接、間接のコストはあまりに大きく、建設業者が負担できるものではないからである。したがってプロジェクト管理には建設現場での安全確保が必須であり、安全管理機能を計画段階から全体的なプロジェクト管理システムに全面的に統合する必要がある。管理者が、労働者、資材、建設設備と作業、建設方式に関して決定する際は、必ず事前に建設現場の必要条件、すなわち安全について十分に検討しておく必要がある。

業界の現状

建設業者は、現場での事故や災害による悪影響を認識している。しかし小規模の建設業者は、必要な費用を投じて安全対策を実行することに消極的である。法的な規則、具体的には「The Building and other Construction Workers (Regulation of Employment and Conditions of Service) Act - 1996」(建築その他の建設労働者(雇用および労働条件に関する規制)法 1996年)に基づく各州の規則も、ケララ州以外ではまだ策定されておらず、監督もなされていない。この状態が改善されるまでは、建設業者の大半を占める小規模の業者の取り組みは低調なままであろう。インドの建設業全体の90%を、こうした小規模業者が占めていることをみれば、事態の深刻さが理解できるかもしれない。

自主規制

建設業での安全対策は、公的部門でも民間の建設プロジェクトでも、何年も自主規制方式がとられてきた。またインド全国安全協会(NSC)、国立建設管理研究機関(NICMAR)などの自主的な専門機関や、中央労働研究所(CLI)などの政府機関も、建設業向けに教育・訓練活動や助言・コンサルティング活動を長年実施してきた。これらの活動は要請に基づいて実施される。自主規制方式での安全対策や自主的活動の推進力になっているのは、よく知られた以下のような動機、すなわち企業利益の要因である。

  1. 業界でのリーダーとしての立場、顧客、プロジェクト管理組織、請負業者からの評判。
  2. 外国企業との競争。
  3. 中東など建設プロジェクトに厳格な安全要件を徹底している諸国での契約確保。
(NICMARがNSCと共同で2月18日−19日にニューデリーで開催した「Excellence in Safety & Health in construction(建設における優れた安全衛生対策)」での基調演説による)

したがって現在のところ、建設業での安全対策は主に自主的な活動によって支えられているといえる。制定された法律は、現場での対策に重要な役割を果たしていない。だが自主的活動が行われているのはプロジェクトのごく一部でしかなく、その枠外にある多数のプロジェクトに対して、適切な施行体制と立法を通していかに取り組むかという点に本来の課題がある。

法令による規制の現状

苛立ちを覚えるほどの長い時間をかけた末、中央政府はようやく包括的で具体的な法律、いわゆる「The Building and Construction Workers (Regulation of Employment and Conditions of Service) Act -1996」(建築その他の建設労働者(雇用および労働条件に関する規制)法 1996年)と、関連する「Central Rules -1998」(中央規則 1998年)を制定した。中央労働長官が1996年法と1998年規則の施行に当たっての監督長官(Director General of inspection)に指名された。

こうして中央政府が管轄する建設現場では、安全対策を実施するための道が開かれた。残念なのは、州政府が同様の措置をとっていないことである。ただしケララ州は、例外的に賞賛すべき措置をとっている。各州政府は、上述の1996年法に基づく「州規則」をまだ制定しておらず、施行機関としての監督所長(Chief Inspector of Inspection)の権限も付与していない。法律による監督体制が確立していない点は、州政府が管轄する建設プロジェクトで現場の安全対策を実施するための大きな障害になっている。

労働組合指導者と非政府組織(NGO)も、建設業での災害の被害者とその家族の苦悩に、有効に対処するための指導力を発揮していない。今こそ州政府に対して、安全関連の法令をただちに制定するよう圧力をかけるべきである。

施行上の問題

建設業での安全に関連した規制も、他の社会的規制と同じように、権限をもつ施行当局が効果的に施行していない場合がある。懸念材料は他にもある。第1に、建設業界の側に自覚と意欲が欠けている。第2に、施行当局に技術的な専門知識がなく、この点は安全対策の内容を正しく理解し、効果的に実行するうえで重大な問題となる。これらは高度に技術的な性格をもっているからである

中央政府はこの状況を認識しており、以下の2つの対策を「Xth Five Year Plan, 2002-2007」に取り入れた。対象は組織化されていない部門で、建設業はそのうちの大きな割合を占めている。

(1)施行機関の能力構築と施行戦略および指針の立案
(2)国家規模の認識啓発キャンペーンの立案と実行

これらの対策の費用として(1)に2,000万ルピー、(2)に7,000万ルピーが投じられた。

  • 施行当局による外部専門家の活用

    施行当局、つまり中央段階の監督長官と州段階の監督所長に、上述の1996年法と規則に基づいて、外部専門家または機関を活用する権限が付与された。対象となるのは、監督を実施する技術力と経験がある、または災害や危険事態の調査に関連しているなど、規定の条件に合致する専門家や機関である。

    こうした権限を活かして良好な成果をあげるには、多くの問題を解決しなければならない。個別の建設技術と設備、安全衛生に関する多様な専門知識をもち、技術力に優れ、評価も高い専門家が十分にいるのか。予算面の制約が考えられるなかで、必要なインパクトを与えられるだけの回数の技術的監督を、外部専門家を活用する方式で実施できるのか。外部専門家の監督報告書は客観的なものになるのか、そうした報告書を施行当局は効果的に評価して受け入れることができるのか。こうした重要な問題を検討しなければ、有効な監督戦略を策定し、実行することはできない。これは、きわめてむずかしい問題であり、場合によっては法令施行の成否を分ける。

建設業界のとるべき行動

政府の対策に加え、建設業界と関連組織や機関も、現場の安全確保のために独自の行動をとらなければならない。

  • 建設業界のとるべき行動

    インド建築業協会などの建設業界を代表する団体は、なるべく多くの業者を加盟させ、建設における安全確保の決定的重要性を教育することで、その安全哲学を実践しなければならない。

    建設業者は、安全管理機能を全体の管理システムに統合しなければならない。安全面での実績を、各業者の年次報告書によく目立つように記載すべきである。

    建設業界は、政府、専門機関・研究所、教育・訓練機関、労働組合とNGO、装置製造業者、なによりも金融機関と常に協議を行い、これら関係者が建設業の安全のための適切な措置を迅速に実行するよう働きかけるべきである。

    建設業界は、あらゆる種類の建設関係者を対象とする適切な訓練体制を整えるべきである。具体的には建設管理、専門的、職業的熟練・技術力、人間行動学と人間関係学などの訓練である。これらを実施しながら、あらゆる訓練モジュールに建設の安全というテーマを取り入れるようにすべきである。

    建設業界は、「受益者負担」原則に基づいて建設業者から資金を集め、上述の行動に取り組むべきである。とくに金融機関との協議を通じて資金を確保すべきである。

    − プロジェクト当局とコンサルタントの行動

    両者は共同して、プロジェクトの請負業者を事前審査する際に、以前または現在のプロジェクトでの安全面での実績を慎重に検証すべきである。
    第2に、契約文書には、現場の安全を確保すべき請負業者の責任の性格と程度について、明確かつ適切な規定と条件を記載すべきである。
    第3に、マネジメント・コンサルタントは、世界標準にふさわしいものとなるようその専門能力の向上をはかるべきである。
  • 専門機関のとるべき行動

    専門機関は、その業務水準を向上させ、規模を拡大して、成長する建設業界の新たな、増大しつづける要求に応えるべきである。具体的には以下のサービスに対応すべきである。
  1. 建設業者が抱えるあらゆる種類の人材を対象とする適切な研修コースを開発し、導入する。
  2. 建設業界が使用するための安全に関する文献を提供する。
  3. 安全点検、安全監査、建設業界の要請に応じた個別の安全問題の解決などのコンサルタント業務を行う。
−教育・訓練機関のとるべき行動
技術的教育機関では、建設での安全を必須科目としてコースに組み入れるべきである。
教育・訓練機関は、その内容を世界水準に引き上げ、受講枠を増やして、建設業界の拡大と新建設技術の採用による訓練需要の増大に対応すべきである。
多様な業種の技能工の職業訓練については、現時点で訓練を必要としている人数は650万人で、毎年50万人がこれに加わるとの統計がある。こうした訓練需要に対し、2001年〜2002年に訓練機関が訓練できる労働者は、年間1万5,000人にすぎない。その内訳は、
1万人 「建築センター」で(能力の水準は不明)
2,500人 産業訓練機関と見習い訓練制度で
2,500人 企業が運営する学校で

合計 1万5,000人
訓練需要に応えるためには、職業訓練機関の開設数を増やす必要がある。政府、建設業界、職業訓練機関は一体となって、この課題に立ち向かわなければならない。
  • 労働組合とNGOのとるべき行動

    労働組合は、現在のところ建設労働者の組織化にまったく興味を示していない。これには以下をはじめとする多くの理由がある。
  1. 労使関係が一時的、臨時的な性格であること。
  2. 工事が終了するたびに現場が次々に変わること。
だが労働組合は、今こそ安全、衛生、福祉の面から建設労働者の組織化に積極的に取り組むべきである。そのために建設業者、政府、建設業に関連した他の団体や機関と協議すべきである。
当然、そのためには資金が必要であり、労働者から組合費として徴収すべきである。
労働組合が担うべき重要な役割は、労働者たちのための十分な訓練体制を整え、技術力と職歴を向上できるようにすることである。付言すれば、訓練された生産性の高い労働力は、今後の建設業界では引く手あまたとなるだろう。
NGOも、こうした行動に取り組むべきである。
  • 装置製造業者のとるべき行動

    建設機器、安全器具および安全装置の製造業者は、製品の種類を増やし、その性能、品質、耐用性を確保し、コスト効果の高いものにすべきである。

    装置製造業者は使用者に対し、製品に関する技術資料、データシート、装置の操作・使用に関する推奨事項、保守、点検、試験などのための推奨事項を提供すべきである。またスタッフと使用者向けの訓練体制を整えるべきである。

    装置製造業者は、あらゆる種類の製品を広く公表し、使用者が装置を調達する際に正しい選択ができるようにすべきである。装置には、信頼できるあらゆる安全機能と装備が整っているよう特に注意を払うべきである。
  • 金融機関のとるべき行動

    建設業界が妥当な金利で資金調達できないことが、業界の近代化、世界的な大手企業との競争力確保の大きな障害になっている。

    金融機関は消極的な態度を捨て、建設業界や政府と協議して、この問題に対する相互に受け入れ可能な解決策をみつけるべきである。
  • 安全対策実行のための責任体制に関する指針

    建設プロジェクト管理の最も重要な役割のひとつは、あらゆる種類、あらゆる水準の人材で構成された組織を立案し、設置することである。各個人について、その地位、責任、付与される権限を規定する。これに基づき各個人は、現場における組織上の地位、付与された権限に応じて、自分の指揮下にある建設作業(担当区域での請負業者の作業を含む)の安全な実行を確保するために、あらゆる措置をとる責任を負う。
− 経営幹部の責任
経営幹部は「The Building and Other Construction Workers (Regulation of Employment and conditions of service) Act - 1996」(建築その他の建設労働者(雇用および労働条件に関する規制)法 1996年)と、同法に基づいて中央および州政府が制定した関連「規則」の順守についての責任を負う。
経営幹部は、建設安全に対する姿勢を「安全方針」の形で宣言し、これを建設現場に適切に公表しなければならない。
安全管理の機能は、建設プロジェクト管理の機能に全面的に統合すべきである。経営幹部は現場組織を設置し、建設の安全に対する各人の役割を規定するとともに、建設現場における安全についての文書記録、報告、統計データ収集などのためのシステムと手続きを決定しなければならない。
経営幹部は、あらゆる種類の労働者が、安全技術と人間行動、人間関係技術を含めた専門的、職業的能力を向上させるために、適切な訓練体制を整える責任がある。
経営幹部は、適切な安全機能を備えた建設機器、安全器具および安全装置、福祉および健康施設を提供しなければならない。
経営幹部は、指揮下にある請負業者の安全な業務遂行に責任を負う。
経営幹部がこれらの行動をとった後は、作業現場で安全対策を実行する責任は、現場の責任者であるプロジェクト管理者が負う。
− 現場責任者またはプロジェクト管理者の責任
現場責任者又はプロジェクト管理者の責任は、要約すると、経営幹部が決定した方針、システム、手続きについて計画を立て、現場スタッフと請負業者を通じて実行することである。現場責任者又はプロジェクト管理者は、現場の安全状況を常に監視し、安全管理者など安全管理の専門スタッフのサービスを活用すべきである。
現場責任者又はプロジェクト管理者は、現場スタッフが安全技術に熟練しているだけでなく、個人用保護具の使用法、緊急時対応計画と救急用具にも精通しているようにしなければならない。
現場責任者又はプロジェクト管理者は、請負業者の安全な業務遂行についても監視しなければならない。
現場責任者又はプロジェクト管理者は、現場の安全な作業遂行について、経営幹部に定期的に報告とフィードバックを行うとともに、安全対策の計画と実行の具体的な修正点を提案すべきである。
− 技術者と現場監督の責任
技術者と現場監督は、現場責任者・プロジェクト管理者の指示または指導に基づき、その指揮下にあるスタッフが満足できる業務を行い、上司にフィードバックを行い、安全対策の実行の障害となる問題点があれば報告するようにしなければならない。
人的要因は、安全対策の効果的実行のためにきわめて重要である。したがって技術者現場監督は、部下が安全に対する自覚、安全技術、安全に対する意欲を維持するようにすべきである。
こうしたなかで現場監督は独特の立場にある。常に多数の熟練、非熟練労働者と直に接しているため、これらの労働者による安全な作業遂行を徹底できる。災害の80%は、個人の不安全行動が原因になっており、現場監督はそれを排除できる最適な立場にある。
− 建設の安全のための労働者の役割
労働者の作業を効果的に監督し、日常的な指導と指示を与えるのは経営幹部の責任である。また労働者の採用直後には「初期訓練」も行う(または行うべきである)。
それ以降は、作業を安全に実行するのは労働者の責任となる。労働者は個人用保護具を適切に使用し、その状態に十分注意を払うべきである。作業現場は常に整備しておかなければならない。また建設業者の「緊急時対応計画」と「緊急時の応急処置システム」について熟知し、緊急事態に効果的に自身の役割を果たせるようにしておくべきである。
労働者の協力は、作業が安全に進むかどうかを左右する。現場での災害の80%は、個々の労働者の危険な行動によるものだからである。
  • コスト面の検討

    現場での安全対策を効果的に実行するには、十分な費用を投入する必要があるが、とくに小規模の建設業者は、そうした費用投入ができないか、投入に消極的である。しかし建設業界の安全に対する自覚は日に日に高まっている。今日の社会環境からも、労働者の安全対策を優先せざるをえなくなっている。

    国際労働機関(ILO、ジュネーブ)が発表したデータによると、建設現場での組織的な保護対策の費用は、建築プロジェクトの費用のわずか1.5%にすぎず、鉄骨構造の場合は5%である。この程度は許容されるべきである。安全対策がないために災害が発生した場合のコストは、その2倍にもなるからである。

結論

建設業界は、建設事業の90%を占める小規模業者が、効果的な安全対策を実施するよう注意を集中すべきである。

ただし、すでに効果的と思われる安全対策を実施している大規模業者も、安心しているわけにはいかない。なぜなら大規模業者も、1991年の経済自由化と、その後のグローバル化でインドに参入してきた外国業者とのきびしい競争に直面しているからである。したがって競争に勝つためには、新しい素材、機械と装置、革新的な作業方式を使った最新の建設技術を採用して生産性を上げなければならない。当然ながら、これらは作業に予期せぬ危険有害要因を持ち込む。したがって大規模建設業者も、こういった新たな安全上の危険有害要因に効果的に対処できるよう安全マネジメント・システムを改善しなければならないのである。

参照:

  1. 「Report of working Group on OSH for the Xth Five Year Plan-(2002-2007)」インド政府計画委員会発行(2001年9月)