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ニュージーランド安全衛生法における労働者の権利と義務
JOANNA CULLINANE MMS BMS ILTM *
MICHAEL PYE RGN Adv Dip Nursing BSocSci ** and
MARK HARCOURT PhD MIR BEd BComm ***

資料出所: Institution of Occupational Safety and Health (IOSH)発行
Journal 」 Volume 6, Issue 2, December 2002 p.21
(仮訳 国際安全衛生センター)



要約

 この論文は、ニュージーランドの法律に基づく安全衛生における労働者の権利と義務についてまとめたものである。その法では「直接的」な権利・義務(法令に規定されている、或いは慣習法の中に存在する)と、主として他者(通常は事業者であるが)に課せられた直接的な義務から生じる「派生的」権利・義務とを区別している。

 この論文では、現行の法は、労働者が自分の権利を十分に行使することに対して困難をもたらしていることを指摘し、この分野で、新しい政治情勢を反映しながら労働者の権利を強化するためにはどう法律を改正すればよいかを提案している。

キーワード
直接的権利(direct right)、労働者(employee)、事業者(employer)、安全衛生(health and safety)、派生的権利(inferred right)、義務(obligation)

序論
 労働安全衛生に関してニュージーランドの労働者がもっている法的な権利・義務は大きく二つに分けられる。直接的なものと派生的なものである。直接的な権利・義務が由ってきたる起源は二つあり、法令に書かれた保護基準及び慣習法である(Gunningham 1984)。これに対し、一方の当事者の派生的権利・義務は、もう一方の当事者の直接的権利・義務から生じるものであって、この両者はなんらかの契約関係にある。

 以下に、これらの直接的権利・義務と派生的権利・義務について考察する。またこれらの権利・義務がどのように行使されているか、提案する法改正がこれらにどのような影響を与えるかについても述べる。

直接的な権利・義務について
 ニュージーランド雇用安全衛生法1992(New Zealand's Health and Safety in Employment Act: HSEA)の下では、労働者は職場において自分自身の安全と他者の安全を確保する権利と義務を持っている。これらの権利・義務は、直接的なもの(法律で労働者がしなければならない、或いはする権利があると定めているもの)と間接的なもの(労働者を保護するために、事業者や職場で権限を持つ者が行わなければならないと法律が定めているもの)の両方である。労働者の直接的権利・義務で主要なものは、同法の第19条から来るもので、この条文は、労働者に対し、職場において自分や他者に危害をもたらすような作為・不作為を行わないよう要求するものである。この義務に同意することは、不安全な業務を拒否する、直接的な法律上の権利である。この権利は、雇用関係法2000(Employment Relations Act, ERA)84条に具現化されていて、作業環境が危険であったり、健康を害したりするようなものである場合は、労働者がストライキを行うことを許容するものである。雇用関係法におけるこの規定は、不安全な状況が認められた場合、労働者が合法的にストライキを行うことに「合意」を与えるという、長年の法制の歴史の継続である。この権利が初めて現れるのは産業関係法1973 (Industrial Relations Act)第123条h項(Section 123(h))である。そこでは「必須業務(essential services)」に携わっている労働者は、安全問題に関し、「不当な危険にさらされることなしには」業務が遂行できないときに限って、予告なしにストライキを行うことが出来るという限定的な権利が認められていた(産業法局1984 、Industrial Law Service 1984)。その後、労働関係法(Labour Relations Act) 1987第237条が、安全問題に加え衛生問題についても合法的にストライキを行う権利を拡大し、この権利は雇用契約法(Employment Contract Act: ECA)1991の第71条に加えられた。

 他にも周辺的なものではあるが、労働者に関係する数多くの直接的、派生的な権利・義務が法令で大枠を定められている。例えば、雇用安全衛生法(HSEA)第14条では、労働者に職場の安全衛生問題に関与することのできる直接的権利を与えている。しかし、この権利を与えない事業者に対して罰則があるわけではない。直接的権利ではあるが、やや周辺的なものの一つの例として、雇用安全衛生法(HSEA)が労働者について定めたものがある。それは、安全衛生監督官が問題として取り上げた場合、労働者は証拠を提供する義務があるというものである(第47条)。ただしその証拠により自分自身が有罪となる可能性がある場合を除く(第31条の6(Section 31(6)))。

派生的な権利・義務
 労働者はまた、法令から生じる派生的権利・義務も持っている。派生的権利のほとんどは、自分の雇用主との関係において生じているもの、具体的には、雇用安全衛生法(HSEA)で事業者に課せられた義務から生じるものである。従ってここでは派生的権利ということにする。なぜなら、この法律の中では事業者に課せられた義務・責任から暗示されるもので、そのため労働者やその代表が独立して執行できるものではないからである。

 労働者のもつ派生的権利の主要なものは、この法律の第6条で事業者に課せられている重要な直接的義務から来るものである。第6条では、事業者が、職場の労働者の安全を確保するためにすべての実施可能な手段をとることが要求される。この義務を裏がえしにすると、労働者が自分の雇用主に自分たちの安全確保のために実行可能なすべての手段をとってもらうという労働者の派生的権利である。同様に、第11条によれば、事業者は、罹患した労働者に健康診断の結果を知らせることが求められている。これは、労働者から見ればそのような情報を受けることができる派生的権利ということである。同じく第12条では事業者は、職場にある、又は作業から生じる危険有害性についての情報を労働者に与えるよう求められている。これは延長線上で考えると必然的に、労働者が危険有害性についての情報を受ける派生的権利をもっていることを意味するのである。労働者はまた、適切な監督と教育訓練を受ける派生的権利を持っている。これは法の第13条で事業者に対して課されている直接的義務からくるものであって、次のような実行可能な手段をすべて実施しなければならないと定めている。
(a) 労働者が自分自身や他者に危害を与えぬよう、職場、業務内容、装置、物質の性質について知識と経験を持つようにすること。又はそのような者によって監督されるようにすること。
(b) 労働者が装置、物体、物質、保護衣、保護具を安全に使えるよう教育訓練を実施すること。

 第13条における義務は、第6条の義務(すべての実行可能な手段をとる)の延長と見られるかもしれないが、地裁では「教育訓練を実施しないことは、現実に不安全な状況を悪化させるため、分けて罰則を適用すべきだ」との見解をとる傾向にある(Jones 1994)。これは労働者にとれば、安全な職場で働くという派生的権利をもち、これに付随するがまた別な派生的権利として教育訓練を受ける権利、十分に監督される権利を持つことになる。

 労働者の派生的権利の別な例としては、安全衛生問題に関するプライバシーを守る権利がある****。この権利の根拠は、法の中に2カ所ある。第1に第10条では、事業者は労働者と契約を交わしたら、その労働者が実行可能な方法では根絶・隔離できないような危険有害性にばく露される場合は、それが労働者の健康に及ぼす影響を監視しなければならないというものである。第11条では、事業者はその健康監視の結果を当該労働者に知らせなければならないが、他の労働者には、だれが健康監視を受けているということも含めて漏らしてはならないとしている。第2に、第31条では監督官に立ち入りと監督について広い権限を与えており、この中には事業者に対し、職場や労働者に関する文書や情報をつくることを要求する権利も含まれている。しかし、監督官は労働者を特定しその健康状態を記述したような文書については、はじめにその労働者の同意がない限り、その作成、調査、複写を要求することはできない。

 雇用安全衛生法は単に労働者の権利を暗示しているだけではない。労働者の派生的義務も同じくこの法律から生じるのである。しかしながら、労働者が自分たちの派生的権利を法に基づいて強制することができないのに対して(なぜなら、事業者を起訴できるのは安全衛生局(Occupational Safety and Heath Service)だけであるから)、事業者は労働者の派生的義務を効果的に強制することができる。この権利行使力は、事業者が労使関係において法的に優位にあり、懲戒手続きによって執行できる雇用契約の条項に、そのような権利が暗示的に存在すると解釈することが可能だからである(Gross 1988)。

 これらの派生的義務がどのようにして強制的なものになるのかの例が第7条から第10条に示されている。ここでは事業者は職場の危険有害要因を洗い出し、それに対する管理を行わなければならないと定めている。記述されてはいないが、暗黙に示されるのは、事業者がこの条項に従って法的な義務を果たすのを、労働者は忠実な召使いとして支援する派生的義務があるということである。この派生的義務は第19条に基づく労働者の義務の具体的な拡大であり、雇用契約の中では、「労働者がいかなる危険有害要因であっても、これを事業者に知らせ、また労働者が事業者によって委託されている危険有害対策をとる。」という期待の形で表現されるだろうということである。同様に、すべての労働災害について調査を行うという事業者の法的義務(第25条)も、労働者に対しそのような災害を報告するという派生的義務を与えるものである。

 もっと議論を呼ぶ例としては、リスクを根絶・隔離することができず、最小化することしかできない場合は、事業者が健康監視を実施しなければならないという規定である(第10条)。この法では事業者がこの監視を行う場合は労働者の合意を得なければならないと定めており、労働者は拒否することも可能であろう。しかしこの派生的権利(訳注:拒否)を行使した労働者に対する差別を起こさないため、或いは差別から保護するための規定は法律にはなっていない。しかし、この医学的監視の問題は、派生的義務から、監視の要求が安全衛生局の指定開業医から行われるような直接的義務に変わりつつある。雇用安全衛生法は、その開業医が労働者に対し検査を受けるよう指示することを許しており(第36条)、またその開業医が必要だと考えた場合は、健康障害を示している労働者や、検査を拒否する労働者を開業医が実際に職務停止にできるのである(第37条)。

 派生的義務が雇用契約の中で強制的意味合いを持つに至る理由は、ニュージーランドの労働安全衛生規制システムが、その形式や実体を英国法からとっているからである。特に慣習法は、法制・規則で具体的に規定されてもいなければ禁止もされていない多くの事項に対して支配的な力をもっている。慣習法は雇用関係において特に意味がある。というのは、その関係は「主人(master)」と「召使い(servant)」の関係であるとする法律文書があるからである。このようにニュージーランドにおける雇用関係の法的扱いは、事業者が上位、労働者は従属するものとする対極構造に基づいたもので、両者は絡み合う権利と義務をもっているという見方の上に築かれたものである。例えば、英国慣習法から生じる労働者(召使い)の第一の義務は、事業者(主人)の「合法的・合理的」な命令に従うことである(Lewis 1991)。歴史的な背景を用意するにあたってGross(1998)は次のように指摘している。「法により、主人は召使いに命令し懲罰を与える権利を持っている。両者は定められた期間が終わるまでその献身を尊重することが期待されており、この関係は恣意的に終えることはできない。個人的な奉仕を行う義務は、主人の財産権として執行される。」

 従って、労働者が事業者の合法的・合理的な命令を拒否することは、不服従であり、正当に罰することのできる(潜在的には即時解雇もあり得る)雇用契約違反と見なされる(Brooks 1993, Christie ら 1993)。

 慣習法においては、いくつかの労働安全衛生用語が雇用関係に暗に取り入れられている。例えば「事業者は、労働者の安全のために合理的な配慮をしなければならない」(Gunningham 1984)。事業者に課せられたこの義務は、労働者に安全衛生を根拠にして作業を拒否する個別の権利を与えるものである。この権利が生じるのは、労働者に危険な状況で作業させる事業者の命令は、不当か、違法か、或いはその双方だと見なされるからである(Gunninham 1984, Lewis 1991, Brooks 1993)。

 危険な作業を拒否するという慣習法上のこの権利は、雇用関係法(ERA)第84条で定められたストライキを行う権利を超えるものだという見方もできる。なぜなら、危険があるならば個々の労働者が職場から退去することができるのに対し、雇用関係法では、このような退去はストライキの形をとらなければならず、そうなると定義上、必然的に二人以上の労働者の関与が必要となるからである。

考察
 雇用安全衛生法(HSEA)第19条は労働者の義務を概説し、具体的には労働者が職場で自分自身の安全を確保するため、また労働者の作為、不作為が職場の他の者に対し危害を及ぼさないよう実施可能なすべての手段をとることを要求している。しかし、労働者がこの義務に従わなかったとして起訴されるのはまれである。これにはいくつか理由がある。

 第1に、法律の大部分の条項は、職場における労働者及び他者の保護の責任を事業者に課しているからである。対照的に、第19条のみが労働者に義務を課している。これの意味するところは、事業者が職場の安全衛生について責任の大部分を持つべきだと議会が考えているということである(Kiely 1997)。この考え方は起訴に関する統計に反映されている。2001年1月18日現在、安全衛生局は第19条違反として120件について労働者を起訴した。しかし第19条以外の条項に違反した事業者を含む他の当事者を起訴した件数は1,996件にのぼった。さらに、安全衛生部が労働者を起訴したものうち54%しか有罪になっていないが、事業者を起訴したものは61%が有罪となっている。労働者が第19条に違反したとして課せられた罰金は平均たった956 NZドルであったが、事業者が違反をした場合の罰金の平均は4,570 NZドルであった(安全衛生局 2001)。

 労働者を起訴する件数が少ないもう一つの理由は、安全衛生局の職員が特別な場合を除いて労働者を起訴することを忌避していることである。この特別の場合とは安全衛生局方針のガイドラインにまとめられている。具体的には、起訴されるのは次のような場合のみである(安全衛生局 2000)。
−安全衛生局が出した指示に従わなかった場合
−繰り返して違反があった場合
−重大な危害の原因となった場合
−見せしめ又はテストケースが必要な場合
 起訴に関しては安全衛生局のみが行えるので、このように全般的に行動を忌避すると、そのまま労働者に対して立件される件数が相対的に少なくなるということになる。

 実際、労働者が第19条違反で起訴されるのは、事業者が法的義務を大部分果たしており、咎めるべき点がない場合のみである(安全衛生局 2000)。労働者の個人的「愚行(stupidity)」があった場合でも、事業者に対する責めが完全に労働者に移行するわけではないことは興味深い。裁判所は次のように言っている。「労働者は常に常識を働かせる訳ではなく、現行のシステムが、適切な判断を促すものであるようにすること、及び予測されるヒューマンエラーを許容するものとするのは事業者の責任である」(Kiely 1997)。安全衛生局によれば、事業者が責任を追求されないのは、労働者の、無謀で甚だしく不注意な行動が危害の主原因である場合のみである(安全衛生局 2000)。しかし、この状況下でも、労働者が法の第19条に違反して、自身が重傷を受けた場合は労働者が起訴されることは起こりにくい。

 第19条による労働者の起訴には2種類ある。自分自身が危害を受けたときの起訴と、他人に危害を与えたときの起訴である。他人に危害を与えたときの起訴はさらに次の二つに分けられる。一般の労働者に対する起訴と、監督業務についている労働者の起訴である。「一般の」労働者に対する起訴の例は、1999年の労働省対 Lennox(Department of Labor -v- Lennox 1999)のものである。Lennoxはオークランド市役所の外部照明を取りつける作業で、同僚の安全を確保できなかったとして第19条(b)に基づき起訴された。この事例で地裁は雇用安全衛生法上の責任は第一に事業者にあるという姿勢を示した。Lennoxの同僚が墜落して死亡したにも拘わらず、Lennoxは二つの理由から有罪を免れた。第一に、Lennoxの不作為が原因であるということを労働省が証明できなかったこと、第二はMcElrea判事が、安全に関する義務は第一に労働者ではなく事業者にあると判断したためである。

 対照的に、労働者が監督業務についている場合には、第19条による起訴は有罪判決につながりやすい。1997年の労働省対Fortune(Department of Labor -v- Fortune 1997)では、ある労働者の保護を怠ったとして、事業者、監督者の双方が起訴された。双方とも他者の危害を防ぐため、実行可能な手段を全部行うことをしなかった責任を問われたものである。この判決は、労働者であっても管理・監督者であるものは、そうでない労働者よりも、第19条に関して、より重い責任を負っていることを示している。

 第19条に関する判例で、労働者には雇用安全衛生法における義務はほとんどないとされているにも拘わらず、労働者がこの法律に基づいて直接的権利を行使するにはまだ相当の障害があるし、派生的権利の行使に至ってはほとんど不可能である。雇用安全衛生法は、まず事業者と安全衛生局(政府を代表して行動する)との間で、執行についての関係を作るからである。

 同様に、慣習法による、安全衛生関係の労働者の権利も行使することは難しい。慣習法による権利で最も重要なものは、各個人が安全衛生上の理由で職場から退去する権利である。しかし、この権利はいくつかの理由から、行使するのは困難である。第一に、事業者が職場から退去した労働者を、不服従を理由に懲戒に処するかもしれない。懲戒は法律的には可能である。なぜなら働くという契約の対象であり、かつそのために賃金を受けることのできる労働という慣習法上の義務を、労働者が破ったからである。懲戒の範囲は譴責から賃金カット、そして解雇にまで及ぶ。第二の理由は、不服従に対する事業者の懲戒は安全衛生上の理由から不当なものであることの挙証責任が労働者側にあることである。換言すれば、事業者の命令が不当・違法なものであることを労働者が証明できなければならない (Brooks 1993)。

 慣習法における不安全な作業を拒否できる権利と、安全衛生を理由にストライキを行う権利が、いつ・どのように行使できるかについて、判例もその限界を示している。一般的に言えば、労働者が不安全な作業を拒否できる権利は、多くの審査基準の適用によって制限される傾向にある。裁判所は、英国慣習法を根拠にした法律を持つ司法分野すべてにこの審査基準を適用している。Cullinane ら(2000)はこの分野におけるニュージーランド裁判所の過去の決定を調べ、次のような審査基準を特定した。

1.労働者は仕事が危険であるという、純粋で強い信念を持っていたこと
2.労働者の仕事が危険であると信じるための合理的な根拠があったこと
3.労働者が仕事が危険であることを示す客観的な証拠を持っていたこと
4.事業者が危険を防止するために実行可能なすべての手段を講じなかったこと
5.労働者が安全に関する懸念を十分に事業者に伝えていたこと

 裁判所の判決の重みに関しては、第一の審査基準すなわち純粋信念審査基準は満足させるのが比較的簡単だと思われる。判決を調査した結果、11のうち10の判決で、自分たちの業務や作業環境或いはその双方が危険であると、労働者が純粋に信じていたと認められていたからである。しかし、そのように信じていることだけで、業務拒否が十分正当化されるとしたものは、その中には存在しなかった(Cullinane ら 2000)。

 これに対して、二番目の審査基準で裁判所を納得させるのはずっと難しい。裁判所が使う標準的な法的審査基準は「常識的な一般人である第三者」が、身の危険に対する労働者の恐怖を合理的であるとみなすかどうかである。もし、常識的な一般人でもその状況は危険だと思ったであろうと裁判所が考えれば、労働者の業務拒否は正当化される。しかし調査した判決の中で、この審査基準を満足して業務拒否を認められたものはたった一つだけであった。これは1993年のニュージーランド石炭会社対鉱山労働者組合(Coal Corp NZ Ltd --v- Mine Workers Union of NZ Inc 1993)のものである。この問題でさらに事を複雑にするのは、判事が、「常識的な一般人の第三者」という通常の審査基準から、「常識的な共同作業者」に変更することが時々あるという事実である。ある職場では一般人にとっては納得できない、職場につきものの危険がある場合があるが、「常識的な共同作業者」であれば、普通だとして受け入れるだろうということから、この考え方の変更が行われるのである (Smith、 -v- NZ PSA 1990; Griffin and Teki -v- Attorney-General In Respect of the Secretary for Justice 1995参照)。

 三番目の審査基準は二番目と同様、ニュージーランドの裁判所ではめったに証明されたということにはならない。この審査基準が適用された9つの事例のうち、労働者の仕事内容が危険であるという客観的な証拠が十分あったと裁判所が認めたのは一つだけである。(Smith [In Respect of the Department of Justice]-v- NZ PSA 1990)。しかし、この事例でも労働者の業務拒否の権利は否定された。理由は、その作業が行われる場合は、ある程度の危険は通常存在するものだということを裁判所が受け入れたからである。

 この三番目の審査基準に関しては、裁判所は危険な仕事を拒否する労働者の権利よりも、労働者の上に立って労働者を管理する事業者の権利を優先させるきらいがある。例えば、事業者と労働者のそれぞれが仕事が安全又は危険だという客観的な証拠を提出できた場合、裁判所は事業者の証拠を受け入れる傾向があった(Leonard and Dingley Ltd -v- NZ Waterfront Workers Union 1991参照)。

 四番目の審査基準が裁判所で検討された事例は少ししかない(調査した11件のうち3件のみ)。このそれぞれの例で、事業者は労働者の懸念に適切に対応していると認められ、その結果、労働者が仕事を拒否し続けるのは正当化されなかった。しかし一つの事例では、事業者が立入り検査の結果を労働者に伝達しなかったことが、労働者が仕事を拒否しその結果として解雇される原因となっていた。この結果、事業者が労働者を解雇したことは不当であるということが認められた(Northern Distribution IUOW -v- Mount Cook Group Ltd 1991)。

 最後の審査基準を裁判所が検討していたのは、調査した事例11件中8件である。報告が明確・適切である場合、労働者は業務拒否に関して好意的な判決を受ける傾向にあった。労働者の報告が不明確・不充分であった場合には、裁判所は事業者側に立ちがちであった(例えばNew Zealand Labourers etc IUOW -v- Joint Venture Zublin-Williamson 1988; Smith [In Respect of the Department of Justice] -v- NZ PSA 1990; Griffin and Teki -v- Attorney-General In Respect of the Secretary for Justice 1995)。慣習法や雇用安全衛生法で、危険についての報告を作成することは労働者の責任であると暗示されている事実を考えれば、明確な報告を作ることの重要性はますます増大する。もし労働者が危険な状況を自分の事業者に報告していなかった場合は、裁判所はその労働者の正当性を却下するだろうし、労働者の義務不履行の責任を問うだろう(Northern Distribution IUOW -v- Mount Cook Group Ltd 1991 参照)。


労働者の安全衛生の権利の拡大

 1999年に労働党−連合党の連立政権が選ばれたことは、新しい労使関係と雇用法制への変化の前触れであった。この変化を例証するものは、1991年雇用契約法(ECA)に代わる雇用関係法(ERA)の制定である。雇用契約法(ECA)が雇用における契約上のやりとりに第1の重点を置いていたのに対し、雇用関係法(ERA)では、契約上のやりとりと同時に関係のやりとりを強調している(Wilson 2000d)。この哲学の変化の結果として、雇用関係法(ERA)の下に作られた労使関係の枠組みは、雇用契約法(ECA)の下でのものに較べ、労働者の利益を発現するためのより多くの権利、メカニズムが導入されていて、労働者にとって有利なものとなることが多い。

 これと平行して安全衛生局の枠組みの変化も起こるであろう。契約主義論者の規範が消滅するにつれて、労働者の参画の問題を「事業者の合意の問題」から、「法的強制の問題」へと変化をさせるために、雇用安全衛生法が改訂されるだろう(Office of the Minister of Labour 2000、 Wilson 2000d)。実際面では、この変化は主要な3分野での変化をもたらすだろう。第1に法における「職場(workplace)」の定義の変化である。たとえば、働く目的(通勤も含む)で車両に乗っている人は、「職場にいる」とみなされるだろう(OML 2000, New Zealand Council of Trade Unions(NZCTU)2001)。また法律第16条での定義の変更も行われるだろう。第16条は以前に、農場経営者の土地を使って仕事をする人々に対する、農場経営者の責任を限定するよう改訂された。しかし残念なことに、この改訂で他の組織から出向して働いている労働者に対する事業者の責任がなくなってしまうという副作用ももたらしていたのである。

 これに関係する雇用安全衛生法のもう一つの改訂は、鉄道・航空の労働者及び船員に対する適用除外の廃止であろう。これにより、これらの労働者は安全衛生に関しニュージーランドの他の労働者と同じ保護を受けられるようになるだろう(Gosche 2000, Wilson, 2000a, 2000d, 2000e, NZCTU 2001)。この変更を推進したのはTrans Rail Inquiryである。彼らはTrans Railにおける労働者の死亡災害の率がニュージーランドの普通の労働者の8倍も高いことを発見したのである(Ministers of Labour and Transport 2000)。

 雇用安全衛生法の第2の大きな改訂は哲学的なものであるが、安全衛生問題に関して事業者と労働者との間に対等の関係を構築しようとするものであろう(Wilson 2000c)。労働者は選ばれた安全衛生代表を通じて、労働安全衛生マネジメントに参画することが出来る正式の権利を与えられるだろう(NZCTU 2001, Wilson 2000a)。労働者代表は、事業者が職場のリスクに対処する手段を示す「危険有害性通知」を発行する権限を持つことになろう。

 雇用安全衛生法の第3の大きな改訂は、法の執行についてのものとなろう。安全衛生局の法執行活動は、監督官が危険な職場に対して、違反通知を発行し、かつ起訴の手続きなしに相当する罰金を課することを許可することにより、強化される(OML 2000)。違反通知の類似のシステムはオーストラリアにも存在する。付加的な改訂として、労働者とその代表に雇用安全衛生法に違反した者を起訴できる権限を与えることになろう。これによって、現行の安全衛生局による起訴権限の独占に対し、効果的に終止符が打たれることになろう(Wilson 2000d)。さらに法執行を支援するために、政府は罰則の水準と厳しさを上げるであろう。現在は10万 NZドル以下の罰金が50万NZドル以下まであがり、現在は1年以下である実刑が2年以下に伸びるだろう(OML 2000)。

 一見して重要性が明らかだが、雇用関係法(ERA)における中心的な改訂の一つは、労使関係における労働組合の中心的役割が法律上で復活することである。労働組合の役割は、雇用契約法(ECA)と多くの労働者の態度が変化したことから、消滅していたのである。労働者の態度の変化は、1984年以来ニュージーランドに存在する個人に焦点を当てる新自由主義的な政治経済学の結果である。労使関係において労働組合が中心的役割を再び果たすようになることは、安全衛生においても、とりわけ労働者の代表として、また安全衛生委員会の中で、その役割の正当性が向上することになろう。

 しかし、職場の安全衛生問題にもっと深く参加するようになるのは、なにも労働組合だけではない。労働者に対しても、組合員であるか否かに拘わらず、職場の安全衛生に対して意見を言う法的な権利が拡大されるだろう。これにより、労働者代表が、労働者の安全衛生上の権利を行使するに当たって積極的な役割を果たすという結果になるだろう。しかしながら、労働者代表がこのように安全衛生問題に関与するようになることは、新しいことでもないし、革命的でもないということを認識するのは重要なことである。1987年に、NZCTUとニュージーランド経営者連盟(New Zealand Employers' Federation)が、労働安全衛生の実施準則(code of practice)について交渉した。その準則の内容は、労働安全衛生を改善するシステムを構築することであり、そのための主要な仕組みは、労働者や安全衛生委員会メンバーに選ばれた労働者代表と相談をすることであった。具体的には、この準則は、労働者代表に対し、情報を閲覧し、労働省の立入り検査に同行し、事業者に正確な記録をつけさせる権限を与えるものであった。また労働者代表は、労働者が切迫した深刻な安全衛生の脅威に直面した場合には、作業を中止するよう命令する権利が与えられていた。


結論
 労働者の安全衛生に関する権利と義務は、慣習法や法令、雇用契約から、直接的あるいは派生的に生じるものである。雇用安全衛生法の制定は、それまで別々だった安全衛生問題を一つにまとめはしたが、新自由主義のイデオロギーが支配的であった時代に書かれたものであるため、労働組合や労働者の権利によって経営側の特権を抑制することができていなかった。その結果、労働者には直接的権利・義務はほとんどなく、あったとしても安全衛生局による執行は不十分なものだった。

 しかし、労働者の安全衛生に関する権利は、雇用安全衛生法の改訂によって、まもなく強化されるだろう。改訂案としては、安全衛生委員会と労働者代表、安全衛生局による起訴の独占終結、罰金の増額、及び起訴を通さず監督官がその場で罰金を課せる規定である。この改訂は新自由主義的イデオロギーばなれを反映するものである。しかし、雇用安全衛生法の改訂による最大の変化が、労働者やその代表が労働者の権利を行使できるようになることであることを考えると、この改訂の趣旨は、労働者が持っている既存の権利の行使は難しく煩わしいものであることを認めたことだと見ることもできるだろう。



* Senior Lecturer in Organisational Behaviour, Business School、 University of Glamorgan, Pontypridd, UK
** Lecturer, Sociology and Social Policy, School of Nursing and Midwifery Studies, University of Wales College of Medicine, Cardiff, UK
*** Associate Professor, Department of Strategic Management and Leadership, Waikato Management School, University of Waikato, Hamilton, New Zealand

**** プライバシー保護法(Privacy Act 1993)によって、ニュージーランド国民は労働者も含めてプライバシーに関する明示的な権利を得た。この法律は、個人からの情報について、その収集、流布、保存、利用に関し、「最善の方法(best practice)」の指針を12の原則で概説している。この12の原則の一つにでも違反があった結果として損害(権利の侵害、屈辱、経済的損失)を受けた者はだれでも、プライバシー保護委員(Privacy Commissioner)に苦情申し立てをすることが出来る。プライバシー保護委員は申し立てについて調査を行ない、解決案を勧告し、調停する権限がある。極端な場合には、その苦情申し立てを人権保護裁判所に委託し裁定して貰うこともできる。