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職場におけるストレスと災害の関係を探る:文献調査

By Lieu Nguyen BA PhD MIOSH and Roger Bibbings MBE BA FIOSH RSP

資料出所: Institution of Occupational Safety and Health (IOSH)発行
Journal 」 Volume 6, Issue 2, December 02
(仮訳 国際安全衛生センター)



要約

 本論文は、職場のストレスと災害の関係についての現在の研究状況を幅広く提供するために、ストレス、ヒューマンエラー、インペアメント(障害)研究、「重要安全」業務、及び災害原因に関する文献をレビューするものである。ストレスの種々の側面(例えばストレスのもととなるものや原因、ストレスの管理、健康への影響など)に関しては多くの情報が入手可能である。しかし、職場の安全の現状を理解し管理することの助けとなる、ストレスと労働災害の関係はまだ十分に調査されているとは言えない。

 まず、組織的なストレス及びヒューマンファクター工学に関する文献を利用して、ストレスが、「重要安全」業務を行う労働者(例えば、運転者、設備のオペレータ、保全担当者、設計者、医療関係者、管理者など)に与える影響を考察する。この場合、ある種のストレッサー(ストレスのもととなるもの)は他のもの(例えば、退屈さ・単調さの程度、時間的プレッシャー・緊急性など)よりも重要である可能性がある。著者らは、ストレスと災害の関係を調査するために、職務別又は産業別の研究がプログラムの一部として実行されることを勧告する。

 本論文の結論は、エラーは災害につながり、ストレスはエラーにつながり得るということは定説となり証明されているということである。従って論理的にストレスは災害の原因となっているということになる。しかし、この仮定はこのレビューにおいて明らかにされるように十分な証拠なしで受け入れられているのである。

キーワード
 災害(Accident)、ヒューマンエラー(Human error)、パフォーマンス(Performance)、安全(Safety)、ストレス(Stress)。

序論
 職場における健康阻害要因の第2位として、ストレスは依然として重要かつ増大しつつある関心事である。例えば欧州労働安全衛生週間2002のような最近の活動では、ストレスによる健康障害や、法律面など、この問題が抱える広い範囲を浮き彫りにしている(欧州労働安全衛生機構2002)。本論文は、ストレスが労働災害の原因になっているか否かという具体的な問題に取り組むものである。

 ストレスと常習的欠勤の関係や、ストレスと健康問題(例えば血圧上昇)の関係は確立している。災害がストレス(心的外傷後ストレス)につながるという関係は証明されているが、ストレスと災害率の関係についてはほとんど研究がない。調査した文献によると、ストレスがエラーを、エラーが災害を、災害がストレスを引き起こす可能性があるので、ストレスは災害の結果でもあるし、原因でもあるということを示している(心的外傷後ストレスの文献は本論文では調査していない)。このサイクルから見ると、ストレスは、それが業務上のものにせよ、生活上のものにせよ、家庭からくるものにせよ、職場の安全に対して潜在的な影響をもっていることがわかる。

 英国安全衛生庁(HSE 2001)は、ストレスを「自分に課せられた過度のプレッシャー又は別の形の要求に対する好ましくない反応」と定義している。各人は同じ状況に対してさえ違った反応を示す(例えば失業の恐怖、態度・才能・個性などの個人別の要素)。心臓病、高血圧、消化不良などの健康に対する影響だけでなく、共通の徴候、例えば疲労、物忘れ、ぎこちなさ、注意不足など、すべて安全と行動に影響する徴候も現れることがある。もっとも直ちにすべての徴候が明らかになるとは限らないが。

 依然として、ストレスに対して、またそれに対処するする力がないという自覚に対して恥だという風潮があり、ストレスを受けている人も、自分の健康や行動に影響がでるまで、可能な限り密かに悩んだり、否定したり、対処しようと努めたりする。場合によっては、ストレスは、管理者や事業主に真剣に受け取られないことがある。彼らは、必要なのは休息だけだと考えたり、ストレスファクターが災害の原因となっていたであろう場合にも必要なリスクの評価を行わなかったりする。

 ストレスでキーマンが欠勤してしまうと、不都合が起こるし、例えば代替人員等で費用もかかるだけでなく、ストレスを受けた人間が引き起こす裁判沙汰という結果になることもある。しかし、ストレスの結果、災害が発生するようだと、その組織に対して一層厄介な問題と費用を招くことになる(生産停止、一人又は複数の人間の死傷、機械又は現場への損害、HSEの調査、起訴やその他の訴訟問題、他の従業員の心的外傷後ストレス、社会的イメージダウン、組織の士気低下等)。

 ストレスの文献調査からすぐ明らかになるものは、ストレスが行動に影響するから災害と関係するという事実だけについてのみ、通り一遍のコメントをしているものが多いということである。この関係に言及することさえしない著者も多い。よく引用されるストレスの動学モデル(dynamics of stress)(Earnshaw & Cooper 2001)は、ストレスの元を、「組織の徴候」及び「個人の徴候」と関連させ、これが病気や他の結果につながるとしている。組織の場合の結果は、長期のストライキ、重大な災害の頻発、無関心などである。それにもかかわらず、結果としての災害は深く調査されていない。ストレスと災害全般、或いは特定の作業に関する災害(例えば農場災害など)との関係を示唆するものはあるが、これを裏付けるようなしっかりした証拠は殆どない(Suter 1999)。


ストレッサー

 「個人」、又は「組織」に見られるストレスに対するストレッサーとしては、以下のようにいろいろのものがある。
(i) 仕事に本質的に存在するもの(例えば、良くない労働条件、不自由な/社交的でない時間、反復性でペースの速い仕事、リスクや危険のある仕事、暴力の恐怖、事故のあとのトラウマの経験など)
(ii) 組織における個人の役割(例えば、役割/責任が不明確、矛盾して両立しない要求、仕事への嫌悪、他者の管理など)
(iii) 仕事における関係(例えば、上司・部下・同僚との対立、いじめ、ハラスメント、不信、不健全な競争、お粗末な管理監督スタイル、建設的な実績フィードバックの欠如など)
(iv) キャリア開発(例えば、昇進不十分、昇進しすぎ、キャリア開発機会の欠如など)
(v) 組織の構造及び風土(例えば、意思決定プロセスへ参加できない又は参加の仕方が不明確、コントロールと参加の欠如、仕事量が過剰又は不足、超過勤務、拙劣な変更管理など)
(vi) 家庭と仕事の境界面(例えば、長時間通勤、共働き世帯、離婚、介護、死別、経済的困難など)

 過度の騒音、高温、低温などの物理的なストレッサーがヒューマンエラー又は仕事の成績に与える影響は研究されているが、たとえそうであっても、それらと災害とのつながりは常に明確だというわけではない(Coxら、2000)。例えば、騒音などの物理的なストレッサーは一般に仕事の成績を阻害するが、軽度の暴露が実際に成績の改善につながることもあり得る。暴露の量と質にもよるが、過度な高温又は低温は、身体的な仕事でも精神的な仕事でも成績を悪化させ得る。これらのストレッサーは仕事に固有なものの場合もあり、従って適切に対策をしなければならない(例えば、深海潜水又は採鉱)。物理的なストレッサーはエラーにつながる可能性があるが、それらが災害の原因になっているかということに関しては、矛盾した証拠しかない。Johnston(1995)は、物理的な環境と災害の間には関係があるだろうが、しかし「労働災害のリスクを増大させているのは、汚い、うるさい、高温・低温の環境で働くことによる現実の危険有害要因(ハザード)であり、そのような環境で働くために個人が受けるストレスではないだろう」と指摘している。

 社会的ストレッサー(例えば、役割、関係、キャリア開発、その組織のカルチャー、及び家庭と仕事の境界面など)は、より測定しづらく、また、個人によって、これらのストレッサーを大きく感じる人も少なく感じる人もいるため混乱することもあるだろう。従って社会的ストレッサーと災害の関係は、まだ推論の域をでない。疲労、心配、緊張、うつ、集中力の欠如、衝動的で感情的な行動などといったファクターが、リスクを感知し、それへの対応を決め、適切に行動するという能力を低下させることは明白なように思われる。しかし、そのような主張をするためにはこれ以上の調査と証拠が必要である。

 Cox(1993)は、大部分の従業員が直面している主要なストレッサーは、急性というよりも慢性であって、ストレッサー間に相互作用がありそうだと主張している。職場に関係するストレッサーを調べることは複雑である。なぜなら、ストレッサーによっては、他のストレッサー又は行動を通してそれらの悪影響が明らかになるものもあるからである。例えば、「仕事の負荷」は、特にそれがあまりに多い場合は、裁量の減少、時間的なプレッシャーの増大、家庭での緊張関係などから、悪影響を与える可能性がある。このことは、ストレッサーと結果の関係には、その間に、まだ特定されていないいろいろな影響の連鎖が含まれているのではないかということを示唆している(Rickら 2002)。


ヒューマンエラー研究

 災害は、技術的な失敗、管理的な失敗、及びヒューマンエラーの結合により起きるが、ヒューマンエラーはほとんどの災害の主原因である。ヒューマンエラー研究には、個人と仕事と環境の間の相互作用を検討することが含まれている。HSE (1999)が言うように、「物理的な調和とは、職場全体と作業環境のデザインの問題である。精神的な調和とは、各個人が持っている情報と意思決定に必要なもの、及び各個人が仕事とリスクをどう認識しているかの問題である。仕事が要求するものと人間の能力がミスマッチであると潜在的にヒューマンエラーが起こりやすくなる。」

 Reasonによるエラーの分類(1990)によると、ヒューマンエラーは、意図的でないもの(例えば、スリップ、ふとした間違い(スキルに関するもの)、又はミステーク(規則/知識に関するもの))と故意によるもの(即ち、規則や手順からの逸脱である違反)に分けることができる。違反は、次のような場合には認められる場合もある。例えばカルチャーやノルマ(規範)の一部分であるとき、状況によるもので例外的なとき(例えば、仕事や状況からのプレッシャーによるもの)、又は何かがうまくいかなくなったとき(例えば、新しい問題を解決するために規則を破る)などである。

 HSEガイダンス(1999)は次のように述べている。「うつや不安は仕事からも、仕事以外のことからも起きる。それは従業員の精神的幸福に影響するだけでなく、離職の増加、業績の低下、労災の発生という形で、組織としての成績にも影響する。」従って、仕事は、ストレスの下でも幸福と安全が保証されるよう設計されなければならない。知覚エラーと判断エラーを通じてストレスを明らかにすることに取り組まなければならない。Guastelloら(1985)は、より以前の研究を引用して、米国及び南アフリカの金鉱業界での死傷災害の約60パーセントは、危険有害要因に対する知覚エラーに起因すると主張している。ストレスが知覚と判断のエラーにつながるというこの論文の主張は、ストレスと災害にまた別な関係を与えるかもしれない。

 Lawrence(1974)とBlignaut(1979)による、危険有害要因(ハザード)の知覚に関するこの初期の研究は、ストレスが危険有害要因の知覚に及ぼす影響に言及しているわけではないが、危険有害要因の知覚のエラー(それが訓練や経験の不足によるものであれ、不注意によるものであれ)と災害の関係については言及している。

 ヒューマンエラーの対策を行い減少させるには、人間の動作や組織の安全衛生カルチャーに対するプラスの影響、マイナスの影響(例えば、疲労、交替勤務、コミュニケーション、リスクの知覚、リスクをいとわない行動など)の両方を管理することが必要である。ヒューマンファクター分析は次の様な事項に対処しなければならない。
(i) 作業環境ストレッサー(例えば、温度、湿度、騒音、振動、暗い照明、限定された作業スペースなど)
(ii) 極度の業務負荷(例えば、仕事量の多さ、単調さ、繰り返し、気が散るもの、割込みなど)
(iii) 社会的・組織的ストレッサー(例えば、要員不足、柔軟性のない或いはきつい作業スケジュール、同僚との対立、同僚のプレッシャー、安全衛生と矛盾する態度など)
(iv) 個人的ストレッサー(例えば、訓練・経験が不十分、疲労、注意力減退、家庭問題、健康障害、アルコールと薬物の乱用など)
(v) 設備ストレッサー(例えば、設計が悪い表示や制御機器、不正確で紛らわしい指示や手順など)

 人間信頼性アセスメント(Human Reliability Assessment, HRA)は、特定の仕事でヒューマンエラーが起こる確率を推定する(リスクアセスメントの一部として)ための、構造化された体系的方法である。HRAを使うことの理由は、安全事例や、設計条件書(Design Brief)に対してベンチマーク(基準)を設定でき、代替デザインや管理的解決策の比較が可能となること、そして、システムにおける人間リンクの弱い部分を識別して、適切な対策を導入できるからである。HRAは、特に高い危険有害環境(例えば、原子力、海洋掘削装置、化学産業など)のために策定されたツールである。高信頼性・高危険有害産業では、傾向として、さらなる技術的解決策(例えば「深層防御defence in depth」)を導入してヒューマンエラーを減らすということが支配的であった。しかし、ヒューマンエラーは、完全にその構成要素に分解することは不可能であり、このことは保全作業者や航空管制官などに対する研究、及び広く公表された大惨事の公的調査などに示されている。

 さらに、ヒューマンファクターのチェックリストは、仕事、組織、生活一般に存在するストレスを測定することに利用できるし、その際付加的に常習的欠勤、離職、健康関連の要求、災害、ヒヤリ・ハットなど、組織としての結果の情報も得られる。災害原因モデルは、災害が技術的要素、個人的要素、行動の要素,環境要素、手順の要素の組み合わせで発生することを示している。従って、災害又は事故の調査を行うときにはストレスの影響を考慮しなければならない。

 ストレス・コーピング戦略(例えば、仕事の第一義の機能に集中して、チェックや速度を落とす或いは加速するなどの二義的な機能は犠牲にするなど)と災害の関連を調べた文献は、知る限り存在しないが、ストレス・コーピング戦略は、正常な知覚と行動に影響する可能性がある。ストレスに対処するために永続的なコーピング戦略が用いられている状況があれば、それらを特定して修正しなければならない。なぜなら、一旦ストレス・コーピング戦略が使われだしたら、それをやめることが難しくなるからである(Guastelloら 1985)。永続的なストレス・コーピングとは、ある種の行動、例えばReasonのエラーの分類(1990)で取り上げられた近道行動(corner cutting)が、標準として受け入れられるようになることを意味する。しかしながら、組織による介入は、個々のストレス・コーピング戦略をもたらす特定の状況だけでなく、すべての組織的原因に対処すべきである。従って、ストレスを減らすための介入手段とは、ストレスに関連する災害を防ぐため、個人・組織とも行動しなければならないということを意味している。

 調査したストレスと災害に関する文献のかなりの部分が、個人的ファクター(性格、行動)に焦点を当てている(Hurrellら 1988、Cooper & Payne 1988、Cox 1993、Lawton & Parker 1998)。Sutherland & Cooper(1988)は、「タイプA」の人( 一般に、目標邁進型で、自己批判的であり、地位について不安を感じていると特徴づけられる)は、「タイプB」の人に比べて、仕事にかなり不満であり、精神的な幸福のレベルも低く、不安やうつの度合いが高いということを示している。ある状況下では、「タイプA」行動(即ち、急ぎ、緊急性、攻撃又は敵意によるもの)の直接の結果として、災害に遭うリスクが増大することがある。海洋掘削装置の労働者についてのある研究によると、「タイプA」行動を示すと判定された人間の36パーセントが災害にあって負傷していると報告したのに対して、「タイプB」人間の場合はわずか13パーセントであった。Lawton & Parkerの調査(1998)によれば、Sutherland & Cooper(1996)は海洋掘削装置の労働者について研究した結果、ある種の性格/行動パターンはストレスへの反応を仲介し、災害への遭いやすさの予測指標となるかもしれないと結論付けている。

 しかし、そのような発見は注意して扱うべきである。なぜなら、自己申告に基づくデータであり、変数との関係は直線的というよりも循環的なものだろうからである。また、「タイプA」行動はストレスの影響がある人でもない人でも明らかであること、また個人間で違いが大きいため、この前提に依存している研究は、代表性や一般性の問題があって容易には証明することができないことも注意しておくべきである。「タイプA」の性格又は行動は、通常ほとんどの人々にある程度明らかなもので、一時的な状態かもしれず、また特定の仕事では評価される資質かもしれない。行動パターンを考える場合の重要な課題は、ストレスの管理・介入に対する個人・グループ・組織のアプローチが最も適切かつ効果的となる状況・活動を見つけなければならないということである。

 組織の風土、安全カルチャー、及び管理スタイルは、労働者が受けるストレスのレベルを増減させ(Cooper & Smith 1998)、これが災害率に関係する。管理者の行動と従業員の災害の関係を調べた研究が2件あるが(Nelson、日付不明、Eyssenら 1980)、 独裁的な管理者が従業員の災害をもたらしている可能性を示唆する証拠がある。Fiedlerら(1984)もまた、採鉱会社の管理者のためのリーダーシップ・トレーニングの結果、災害率が改善されたことを示している。しかし、管理スタイルだけを取り上げても、ストレスの他の原因を見つけて修正することをしなければ、望む結果は出てこないだろう。

高被害(high consequence)、又は「重要安全(safety significant)」業務

 「重要安全」業務は、潜在的にストレスが多いものであるが、一般大衆へのリスクとか、壊滅的な結果といった重大な結果の可能性を労働者が常に意識している場合は特にそうである。しかしある種の人にとっては、消防士や深海潜水士といった本来危険な仕事に存在する危険のレベルが、必ずしもストレスになるわけではない(刺激の欠如は刺激過剰と同じくらいストレスになるかもしれず、慣れれば、その仕事をしている人にとってそれほどストレスになっていないように見える)。これらの人に対しては、危険レベルが上昇しても、仕事の第一義の機能には悪影響を与えないが、二義的成績には悪影響を与えるということを明らかにした研究がある(Guastelloら 1985)。これは二元業務問題(Dual task problem)と言われる(例えば、消防士は消火業務においては、最高の効率と注意力をもって緊急事態に対応するが、個人の保護やある種の安全チェックについては、ある程度賭けとなる行動をとるなど)。

 ストレスに関連して、特定の業務の「重要安全」面を探究するということは、どういう場合に災害が発生する可能性が大きいかということだけではなく、どういう場合に結果がより重大になるかということをその業務について考えることである。例えば、HSEガイダンス(2000)は次のように指摘している。「保全作業は人間の活動に大きく依存しているので、保全作業の品質は、保全スタッフの作業に大きく依存している。」信頼性とパフォーマンスが重要である大部分の仕事においてそうであるように、ストレスの防止や対処に当たっては、役割、責任、説明責任に取り組まなければならない。「多くの組織で、保全作業は利益に貢献しない間接部門として過小評価されがちだ。」

 保全方針もまた、生産部門や様々な請負業者などの他部門(例えば、取付係や電気係)との協力と調整を必要とする。頻繁に行われる保全作業(例えば、清掃と潤滑)の責任は不明確であることが多かったり、或いは矛盾した要求がなされたりして、これらの仕事は無視されがちになってくる。監視、モニター、試験、ちょっとした修理などの一般保全作業活動は、多能工化とダウンサイジングにより操業スタッフが行っている組織が多い。「保全作業の改善(Improving maintenance)」(HSE 2000)は、特に作業デザイン(例えば、作業スケジュール、仕事量、超過勤務、交替勤務、時間的尺度、仕事の多様性、仕事の満足度など)の観点から、保全作業者のストレスを如何にして減少させるかについてのガイダンスを提供している。しかし、このガイダンスは、能力、チームワーク、監督の有効性、環境要因などの問題に関連して、ストレス問題に取り組むためにも拡大して利用できるだろう。

 公衆の安全に対するリスクがある場合〈例えば医療関係者〉、ストレスは関心事であるにちがいない。NHS(国民健康サービス)トラストにおけるストレスに関してCoxらが行った研究(2002)では、5つの異なった作業者グループの中で、看護はストレス、うつ、不安の回答率が最も高いものの一つで、全国平均が0.7パーセントであったのに比べ、2.2パーセントであった。英国災害緊急医療協会(the British Association for Accident and Emergency Medicine)も、そのホームページで「災害と緊急医療におけるストレス」の表題のもとにガイダンスを提供している。英国災害緊急医療協会は、ストレスが医療分野における重要な問題で、患者の安全が至上命題であるという認識を示している。しかし、成績がよくないこと及び規律上の問題を除いて、災害との関連におけるストレスの結果についてはほとんど強調されていない。

 公衆に対する安全は航空管制官や交通機関の労働者の問題でもある。職業性ストレスについてのILOの委託報告書「航空管制業務におけるストレス防止(Occupational stress and stress prevention in air traffic control)」(Costa 1995)では、安全に影響する航空管制官のストレスファクターとして、意思決定の負担が過大であることをあげており、その要因としては、ピークの航行量、時間的プレッシャー、規則を破らなければならないこと、機器の信頼性、相当程度の外部からの統制であるとしている。究極の災害(トラウマとなるできごと)への暴露に対しても言及されているが、この結果としては、災害又はエラー率というよりも高血圧症や糖尿病などの健康面の懸念について述べている。航空管制官のストレスに関する多くの研究が一見したところでは矛盾する結果を報告しているが、この報告書では、これは相互に関係するファクター(例えば、要求、管理、支援、性格、生活様式など)が広い範囲に亘っているため、「足し算、掛け算の効果だけでなく、引き算の効果もあり得るから」であり、従って比較が難しいということを述べている。

 Greinerら(1998)は、交通機関の労働者(運転、安全チェック、保全を行う者)の労働条件の分析を通じてストレスと災害の関係を調べるために、観察・調査テクニックを用いた。Greinerらはストレッサーが次のようなものであることを発見した。
(i) 技術管理のデザインがよくないことによる障害(即ち、作業者が計画を頻繁に変えなければならず、仕事の遂行を邪魔する、中断するような出来事又は状況)
(ii) 時間のプレッシャー(例えば、きついスケジュール)
(iii) 時間の拘束(即ち、時間を自分で管理する権限がないこと、状況によってスピードを上げたり下げたりする余地がなく、決まった時間に駅に着き或いは駅を出なければならないこと)
(iv) 単調な状況(例えば、注意しながら見続けなければならないこと、刺激が少ないこと)

 Greinerらは時間のプレッシャーが強いオペレータについて、病欠と労災リスクの増加に関係があることを発見した。32パーセントのオペレータが、過去の2年の間に労働に関係する災害を報告していた。これは補償行動(compensatory actions、例えば、ストレッサーや身体的負荷及びエネルギー消費の増加に対処するため、無器用な処置を行うか又は休憩を減少)の結果であることがしばしばで、いっそう高いストレスさえ引き起こしていた。これは、ストレス状況下の行動は、ストレスがない状況での行動よりも効率的ではないことを示唆している。Greiner らの研究では、疲労と危険な行動が、災害につながるストレスの主な徴候であった(例えば、交通信号を見落とし、まず見てチェックすることをせずに走り去る)。

 鉄道産業は、ストレスが重大災害の原因となりうる「重要安全」セクタである。35人の人々が死亡した1988年Clapham鉄道災害の調査(Hidden 1989)で、この悲劇の直接原因の1つが、保全チームの働き過ぎのメンバーが起こした技術的エラーであることを発見し、これが英国安全衛生委員会(HSC)による鉄道安全重要業務規則(Railway Safety Critical Work Regulations)1994の導入につながった。それ以来、HSEはどの業務が鉄道産業における「安全重要業務」とみなされるかを明確にするガイダンスを策定した(例えば、運転、列車移動、信号業務)。1994年鉄道規則は、能力を強調し、また、鉄道関係者の中で、その者が信頼性を欠くような行動をすると他の人間(特に乗客)が危険にさらされるような業務を担当する者の精神的なフィットネスを確保することの必要性にハイライトを当てている。そのようなキーとなる作業者の精神的なフィットネスを確保するという問題はなにも鉄道産業や、これまで述べた作業に限った話ではない。

インペアメント(Impairment損傷・障害)の研究

 アルコールと薬物の乱用はストレスの症状である可能性があって、行動のインペアメント(障害)の原因となり災害へとつながることを注意しなければならない。疲労や(Horne & Reyner 1995、Maycock 1996)、薬物、アルコールによるインペアメント(障害)の影響は一般にはよく研究されており(Tunbridgeら 2001)、運転のような仕事については特によく研究されている*。インペアメント研究により、災害への関与はある種の一時的な状態(例えば、疲労及びアルコール摂取又は作業環境のある種のハザードによるインペアメント)と関連することが示唆されている。ストレスが睡眠の質を悪くし疲労をもたらす可能性があることは明確である。しかし、疲労又は眠気は、必ずしもストレスの結果だというわけではない(例えば夜遊びによる睡眠不足)。疲労と熱意又は動機づけの間の相互作用を調べるためにはまだ研究が必要である。「重要安全」業務の場合には、薬物とアルコールの乱用を防ぐために組織としての方針があるべきである。ある種の「重要安全」業務についてはインペアメントの範囲を完全に調べるために研究を拡大するべきである。

 交通研究所(株)の車輌事故に関する研究(www.trl.co.uk)と運輸省・道路安全研究(www.roads.dft.gov.uk/roadsafety/compend02)を参照

 ストレスと運転の問題はある程度研究されてきた。あるオーストリアの研究(Obermaier 2001)により、ストレスに関係する知覚・行動の欠陥がかなり交通運輸の安全に対するリスクとなっていることが明らかにされた。この研究において、心理学的テストにより明らかになったのは、車輌を運転しているときに大きいストレスを感じている運転者は、正常な状況にある運転者の5倍高い災害リスクがあること、ストレスを受けている運転者は注意・知覚の欠陥を示し、制限速度を越えることにより(しばしば気づかずに)重大な運転エラーにつながるということである。さらに、ハンドルを握っているときのストレスは、一種の「目隠し効果」を起こす。これは知覚が制限され、視界が狭くなることにより、不注意と重なった場合、自転車やバックしてくる車といった道路上の危険有害要因が目に入らないという結果になる。

ストレスと災害

 1950年代まで遡ると文献に次のような質問が書かれている。「不安やストレスレベルの高い人が、それが低い人に比べて労働災害に遭いやすい程度はどれぐらいか?」。関係を証明する文献はわずかであるが、ストレスと不安の状態は将来の災害の予測指標であり、災害の重大度合い(或いは単なるヒヤリ・ハット事件さえも)は、将来のストレス又は不安状態の予測指標であって、ストレスと災害の間には循環的な関係があるとする仮説があった(Guastelloら1985)。

 ストレスと業務災害の関係を証明する証拠はその厳密さと範囲がさまざまである。例えば、1950年代から言及されてきたいくつかの研究(Neulohら、1957)では、自分たちが「よい仕事」と考える仕事から、「悪い仕事、あまり値打ちのない仕事」に異動した作業者において、災害が多く発生するということが発見された。動機づけ/仕事の満足感が職場の安全に及ぼす効果についての研究が求められているということは、この問題に対処するために新しく、適切な研究が必要であるということを示している(Fraser 1983)。

 過去の研究で、ストレスが災害率に及ぼす影響を間接的に調べたものがある。例えばRadlら(1975)は、災害のファクターとしての精神的負担の問題について、現在ある知識と方法はどんなものかを概括するために既存の文献を評価した。彼らは精神的な負担とストレスの定義、続いて、精神的な負担と活性化、精神的な緊張、精神的疲労、単調さ、ストレスについての理論を検討した。その報告書のかなりの部分は、制御・監視作業の安全における個々のストレスファクターの検討で占められている(例えば、作業の種類、期間、生物学的リズムから見た作業の時間的なパターンと位置づけ、マン−マシン系のデザイン、作業環境)。ストレスと災害統計の間の直接的な関係を示す証拠が不足していたため、決定的な結果は得られなかった。

 すべてがストレスを直接測定したわけではないが、災害率の高い工場と低い工場の間でのグループ比較も行われてきた(Guastelloら 1985)。災害率が低い工場では、いくつかの要素に違いがあることが示されている(例えば、人道主義的管理スタイル、安全プログラムに対する熱意、日常業務や作業の環境が優れていること、常習的欠勤や離職が少ないこと、人事管理システムが優れていることなど)。

 Liら(2001)は、石油化学の労働者の死亡以外の災害について、2つのストレス関連ファクター、即ちストレッサーの頻度と強度の関係を調べている。Liらは最も頻繁に報告されたストレッサーが必ずしも最も厳しいストレッサーとして知覚されないかもしれないこと、死亡以外の災害で主なものは、交通関係;スリップ、つまずき、転倒;墜落・転落;極端な高温低温による傷害;挟まれ・巻き込まれ;切れ・こすれなどであることを述べている。結果は、死亡以外の災害について、ストレッサーの頻度よりもストレッサーの強度との間により強い直線関係を示唆するものである。職業性ストレスと仕事についての不満(しばしばこれらと相互に関係しているものであるが)の調査におけるLiらの発見は、仕事についての不満だけでは死亡以外の災害と有意な関係はないことを示している。

 一般の労働者に対するアンケートに基づく最近の分析(Smithら2000)によると、職業性のストレスは病欠、ホームドクター受診、災害とかなりの関係があることが明らかになっている。それは、高いストレスレベルの職種を検討するため、一層の研究が必要だと結論づけている。ストレスレベルの高いグループは、12ヶ月の間により多くの災害を報告している(しかし仕事外ではそういうことはない)。また、彼らは、記憶や注意、行動に関係した問題を報告する傾向がより強かった。仕事外のストレスでは、報告されたレベルは、職業性のストレスについて報告されたレベルよりずっと低かった。これは、ストレスのリスクを認識しこれを低減するために、事業主が今より多くのことをしなければならないことを示している。

 ストレスの後遺症もまた考慮しなければならない。なぜならストレッサーが除去された後でさえ、パフォーマンスが下がり続けることがあり、ストレスの量が大きければ大きいほど、それに適応するために必要となる努力の量も大きくなるからである(Cohen 1980)。ストレスが意思決定に及ぼす影響の問題にも取り組まなければならない。なぜなら、従来の文献は、ストレスと災害は第一義的に現場労働者の問題であるという事実に論評しているからである。しかし、管理者はしばしば意思決定における潜在的なエラーを通じて災害の原因となっているのである。意思決定がずっと以前になされ、かつその決定をするための根拠が記録されていない場合、ストレスが原因であったかどうかを調査することは困難であることが多い。

 Johnston(1995)はストレスと傷害の関係を定量的に扱った文献を調査したが、定義が不十分なため、相互の比較と一般化には限界があることがわかった。彼女が文献調査において参照した傷害には、3つの筋骨格系事例と17の定義されていない「事故」(必ずしも人間が傷害を受けたものだけではない)が含まれている。ストレスと傷害の関係の強さを推定することは難しく、またたとえストレスと傷害/事故の間に関係あることが暗示されていても、これが因果関係を証明するものではなかった。彼女は、これらの制限があるにしても、ストレスと傷害又は事故の関係をより深く調査することは十分正当化されるものだと結論付けている。

 将来の研究はどのようにしてストレスが災害と結び付くかを決定することにもっとターゲットを絞るべきだということを、何人かの研究者が結論としてあげている。なぜならば、今日までに発表されたものの多くが、理論的根拠が弱いか、又は職業性ストレス研究の外にある理論から発展したかのどちらかだからである。また、ストレス管理戦略の適用を自己完結型の専門領域として扱い、先行するリスクアセスメントやインシデント調査などの問題診断プロセスと分離しようとする傾向があったことも言及されている。

結論

 ストレスと災害の関係についてレビューを行った過去の結果では、ストレスと災害の関係について意味のある調査ができるようなデータベースがほとんど存在しないことを示している(Guastelloら 1985、Jones & DuBois 1986)。このレビューは、まだストレスに関する我々の知識は不足していること、ストレスが災害につながるという広く受け入れられた仮定を支持するための詳細な証拠を得るためには、さらに調査が必要であることを示している。これまで、安全に関する重要な意思決定の信頼性をストレスが損なうという影響についてはおおむね見過ごされてきた。しかし、ストレスの種々の形態を調査してこれがどのようにエラーを起こすかというだけでなく、ストレスを受けている個人が、どのようにしてエラーを起こさないようにしているか(例えばストレス・コーピング戦略によって)を理解するために、さらに研究が必要である(Edwards 1988)。

 職場のメンタルヘルス問題に対し、前向きで包括的なアプローチを開発すべきだという強い主張がある。健康促進は好業績につながり、また、健康は安全から切り離されるべきではない。職場のストレスに取り組むことは、現在は健康問題として扱われているが、同じぐらい安全問題でもあるはずである。ストレスや気を散らすものは一般に、災害の原因となり得るが、この複雑な分野で直接的な因果関係を確立するためにさらに研究が必要である。生産性、エラー、ヒヤリ・ハット、業務完遂率といったパフォーマンス指標は、ストレス管理に関連してモニターしなければならない。エラーが災害につながり、ストレスがエラーにつながり得るということは、受け入れられ、証明されている。従って論理的には、ストレスもまた災害の因果関係に寄与しているに違いないことになる。しかしながら、これは無批判に、十分な調査もなく受け入れられてきており、さらに研究が必要である。一般的な意味でも、また特定の業務や業種においてでもこの関係を明らかにするために、よく計画された研究プログラムが開発されるべきである。