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安全違反罰金額
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資料出所:英国安全評議会(British Safety Council)発行
「SAFETY MANAGEMENT」2004年6月号 p.18

(仮訳 国際安全衛生センター)



 安全違反に対し、裁判所が適正な刑罰を決定しやすいように控訴院(Court of Appeal)は裁判官向けに判決のためのガイドラインを発表した。本稿では、Ruth Barber, Geoffrey Knipeの両事務弁護士が、罰金額を左右する要因について解説する。

 安全衛生法違反で有罪とされた企業に対する宣告の選択肢は、罰金か免責かに限定される。免責となることはまずありえないことであるが、適正な罰金額を決定するのは難しいことである。同じような事例でも罰金額はさまざまに異なるという最近の判例からもこのことがうかがえる。

 罰金額はある程度、法律違反者の資力を基準にして決められる。比較対象とする企業によってその資力差は実に開きが大きいため、先例を考慮するだけでは罰金額は決定できない。

先例となる判決

 1999年に控訴院にて宣告されたRegina F. Howe and son (Engineers)社に対する安全衛生違反の判決について考えてみよう。訴追が行われたのは、20歳の労働者の感電死亡災害に対してであった。同社は、安全衛生法令に関する次の5訴因に対して起訴された。

第1訴因は、合理的に実行可能な範囲において、その労働者の安全確保ができなかったとされることであり、それにより同社は4万ポンドの罰金を科された。
第2、3、5訴因は、いくつかの規則に対する訴追であり、それにより同社は総額8,000ポンドの罰金を科された。
第4訴因に対しては、記録に残すようにとの命令が下された。
同社は罰金総額48,000ポンド、訴訟費用7,500ポンドの支払命令は過大だと同企業は主張して控訴した。

 1997年4月30日を年度末とする同社1996年度の年間売上は355,000ポンド、税引き後利益は26,969ポンド、純資産は簿価で129,288ポンド(ただしリース中のもの及び分割払い契約の資産68,277ポンドを含む)であった。

 同社は無配で、また取締役の中で20,000ポンド以上の収入を得た者は皆無であった。同社の敷地(評価額63,000ポンド)は会社が所有するものでなくHowe氏の個人所有であった。この死亡災害の後、同社は電気系統の修理点検に15,000ポンドを費やしている。

財務状況

 控訴院は同社の財務状況を考慮し、罰金額が高すぎることを認めた。その結果、裁判官は罰金を総額15,000ポンドにまで減額した。訴訟費用の減額はなかった。

 英国議会は1990年代初めに、「労働安全衛生法1974(HSW法)」の第2条から第6条の「一般的な義務」違反で、下級裁判所(magistrates' court)にて略式審理されるものに対する罰金最高額を現行の2万ポンドと規定した。しかしながら、刑事裁判所(Crown court)では罰金額に上限がない。訴追される違反の多くはHSW法第2条から第3条違反すなわち合理的に実行可能な範囲において、事業者又は自営業者の事業によって影響を受ける労働者又は一般人に対する安全確保を怠ったものである。

 1997/1998年度における下級裁判所での罰金平均額は、最大額2万ポンドの3分の1未満であり、罰金の半数は4分の1未満であった。一方、同時期における刑事裁判所での1件あたりの罰金平均額は、17,768ポンドであった。

 控訴院はRegina F. Howe and son (Engineers)社事件に対する判決を決定する際、安全衛生法違反行為の重大性への認識の高まりを考慮すると、これまでの同違反行為への罰金額は低すぎる感があると結論づけた。また同裁判所は、同違反行為の審理担当経験があまりない裁判官にとっては、罰金の適正レベルを直感的に決めることは困難であることも指摘している。

判決の言い渡し

 Howe社への判決を下す際、Scott Baker判事は、安全衛生関係事例に対する判決で裁判所が考慮すべき加重要因を明確にした。これは次のようなものである:

被告は「合理的に実行可能な範囲」という基準からどれぐらい逸脱しているのか
死亡災害・重傷災害が発生したか
リスクの程度はどれぐらいだったか
発生した危険の度合いはどの程度だったか
違反の期間はどれくらいか(単発的な違反か、継続する違反か)
被告は以前、警告を無視したことがあるか
被告は義務である安全対策をとらないことで意図的に経済的利益を得たか
被告は経費節減のために危険を冒したのか
さらに、Scott Baker判事は、いくつかの刑の軽減要因も明確にした。これは次のようなものである:
被告が直ちに責任を認め有罪の答弁をしていること
被告が欠陥に気づいたあとその欠陥を改善していること
安全に関する実績が優れていること

 ただし同判事は、ここで挙げた事項だけが加重・軽減要因のすべてではないとしている。

違反者の資力

 控訴院は、罰金は法違反の重大さのみでなく、違反者の資力をも反映したものでなければならず、これは被告が企業であろうがなかろうが同様に適用するとも結論している。従って、企業が安全衛生違反行為に対する罰金の支払能力を示す何らかの資料の提出を希望するのであれば、根拠とする収支報告書やその他の財務諸表の写しを、審理前適当な時期に控訴院と検察の双方に宛てて提出する必要がある、と控訴院は述べている。

 控訴院はまた、収支報告書を提出しない場合その企業は控訴院が決定した額の罰金を支払う能力があるものと控訴院推定する権利を有するとしている。

 しかし、これらの情報の提出が遅れた場合は、情報を額面通り受け取らずに、延期により生ずる費用は被告負担とした上で審理を延期することもあり得ると述べている。

 また同裁判所は、安全にかかわる訴追の目的は、仕事の影響を受ける可能性のある就労中の労働者と一般人に対して、安全な環境を実現することであるとも述べている。

 この目的を達するためには、罰金は企業の経営者のみでなく、その利害関係者にまで徹底して趣旨がつたわるような額とする必要があるとしている。また、違反があまりにも重大で、被告が存続し続けるべきでないという場合もあるだろうが、そのような場合は、企業倒産の危険を招くような罰金を科しても不適切ではないであろうと述べている。

 しかし控訴院は、企業の規模は刑罰の軽減要因とはならないとしている。企業に課される責任の基準は、規模の大小に関わらず同じだからである。

有責性(culpability)の程度

 企業は犯意を形成することはないが、厳格責任違反(strict liability offence)を犯すことはあり得る。したがって、裁判所は有責性(culpability)の程度に応じた罰金を科すべきである。2000年、Milford Haven 港湾局に対しイギリス環境庁が告発した事件では、港湾局は過失を否認した上で有罪を認めている。この事件はWales沖でタンカーが座礁し、7万トンの原油が流出したというものである。タンカーを港へ水先案内する責任がある港湾局は起訴され、400万ポンドの罰金を科せられた。しかし後の控訴審で港湾局の答弁がより正確に反映されて、75万ポンドに減額された。
(訳注:厳格責任とは、アメリカ法において被害者救済を図って判例上形成された法概念で、自ら危険を作り出したことによって引き起こされた損害については、危険を作り出した者が全面的に責任を負わなければならないとするものであり、故意や過失を要件としない。以上http://hino.moon.ne.jp/prov02.htmを一部省略)

 2001年のYorkshire 水道局事件も似たような事例である。この事故は健康に対して有害なものではなかったにもかかわらず、「不適切な飲用水を供給した17の違反」に対し有罪を認めている。当初の罰金総額119,000ポンドは控訴により8万ポンドに減額された。判決を下す際Rougier判事は、「これは、絶対的ではないが、相対的な厳格責任違反であるため、罰金額を決定するとき第一に関係する要素は有責性の程度である」と述べた。

 控訴院は、検察側の経費も合理的な範囲で、被告に支払いを命じることができる。この経費には、起訴のための調査費用も含まれる。経費は罰金を超えないようにしなければならないという原則はない。被告が罰金に加え起訴費用の全額を支払える場合は、そうするよう命令しない理由はないと控訴院は述べている。

司法審査(Judicial Review)

 私的告発に要する経費の先例に、Northallerton下級裁判所の事例があるが、これは申立者が裁判所の経費支払い命令を却下するよう司法審査を請求したものである。

 司法審査において担当裁判所は、経費支払命令の目的は告発者への補償であって、被告を罰することではないと結論している。また同裁判所は、被告が被告の行為のために本来不要であった経費を告発者に負わせた場合、被告の資力によるが、その費用全額を告発者に支払うよう命令を下されることがあるとも語っている。ただし同裁判所は、被告が自己防衛のため憲法上の権利を行使することは罰してはならず、またその経費は罰金と著しく不均衡であってはならないと補足している。

 安全に関する罪に問われている被告に関しては、裁判所は補償金支払いも考慮に入れるべきである。傷害を受けた被害者が存在する訴訟では、刑事審理と平行して民事審理が行われる場合が多い。ただし、この場合、刑事裁判が最初に確定する必要がある。

 違反1件あたりの補償金額限度は、下級裁判所では最高5,000ポンドまでとなっているが、刑事裁判所では限度がない。安全違反により労働災害を被った被害者へ対して刑事裁判所が支払いを命じた補償金は、被害者の民事訴訟での損害賠償請求額から差し引かれることになる。

 あらゆる被告人と同様、企業は刑事裁判所に対して罰金や訴訟費用の分納の許可を要求してもよい。分納の許可は、被告の資力を考慮した上での刑事裁判所の裁量に任される。しかし、企業ではなく個人の場合は、判例によると、裁判所は特別の場合を除き、支払い期間が2年又は3年を超える年数にわたる必要があるような罰金を科してはならないとしている。

 刑事裁判所に訴追されたAceblade社事件では、同社は該当する労働者に対する安全確保違反を認めた。同社は2万ポンドの罰金と訴訟経費21,648.98ポンド、合計41,648.98ポンドの支払いを命じられた。

 被告側である同社は、毎月1,000ポンドの罰金であれば支払う能力があると主張した。この主張は刑事裁判所に認められたものの、これによる罰金の支払い期間は42ヶ月にわたることとなった。

 従って同社は、支払い期間が2年を超す罰金は高すぎると主張し、上訴した。しかし控訴院は、企業には個人とは違った考えが適用されると述べ、そのため罰金支払い期間が42ヶ月に亘っても明らかに過度であるとはいえないとして訴えを却下した。

二重の罰

 この問題は、以前Rollco Screw and Rivet社事件で審理されているが、この判決では5年を超える支払い期間が認められている。この判決でBingham判事は、小規模企業では役員が株主であることが多く、従って企業が罰を受けた場合最も損失を被る者となると述べている。つまり、同判事は、裁判所が実質的に二重の罰を科さないよう注意すべきであると結論づけている。

 下級裁判所判事の大半は安全違反にかかわる裁判を担当することはまれであるため、判決を下す手引きとなるような具体的なガイドラインが策定されている。

 下級裁判所判事に対しては、特に、企業が裕福であれ貧乏であれ、罰金はどの企業に対しても同じ効果を与えるようなものでなければならないこと、また罰金が適正かつ有意義であると世間一般が確信するものでなければならないことに注意が促されている。同ガイドラインでは、罰金は企業に対して実質的に経済上のダメージを与えるだけの額であり、社会でのイメージ低下と相俟って、経営者と株主の双方に安全規則遵守の強化を迫るものとするべきであると補足している。
 またこのガイドラインは、安全担当当局が負担した経費は全額弁償されねばならないが、その経費は罰金と著しく不均衡な額であってはならないと補足している。

 安全法令の監督指導は現在強化されつつあり、罰金額も上昇している。例えば、Suffollk州の裁判所は2003年のある1ヶ月の間、死亡に至らなかった災害に関して有罪を認めた2つの企業に対し、それぞれ8万ポンドと10万ポンドの罰金を宣告した。HSEは安全法令の遵守強化を目指しており、違反をした企業はこれまでになく高額の罰金を支払うという傾向が続いていくことになるだろう。

 Ruth BarberとGeoffrey KnipeはいずれもNorfolk州Kings LynnのWard Gethin事務弁護士事務所に所属し、前者は事務弁護士、後者はパートナーである。両弁護士とも安全衛生訴訟を専門としている。