クリス・パッカム(EnviroDerm Services社)の指摘によれば、職業性皮膚疾患は、それ自体として、また他の健康障害の誘因として、業務上健康障害統計において大きな地位を占めている。
皮膚と職場環境の関係が語られる場合、それは仕事上何かに触れてできる皮膚炎という程度と考えられがちである。すなわち、単なる発疹程度のものであり、深刻な問題ととらえられることはめったにない。それは、手袋等の適切な皮膚保護具を提供すれば済むものではないかと思われている。
職場で皮膚に損傷を与えることに起因する職業病がどれほど発生し、どれほどの重大性を持っているかを適切に示す統計は、英国にはない。英国に比べ、報告手順が整備されている他国では、職業性皮膚疾患の発生数は、それ自体として、また喘息など他の業務上の疾病を誘発する病気として、業務上疾病の統計では大きなウエイトを占めていることが示されている。
職業性皮膚疾患の重要性を英国で最も良く示しているのは産業医報告活動(Occupational Physicians Reporting Activity: OPRA)の出版物であろう。これは自発的な報告のものであり、職業性皮膚疾患のすべてを示しているわけではなく、比較的意味のあるいくつかの事例を示しているに過ぎない。1996年から1999年の同活動の一部として出版されたデータ分析(下表参照)は、皮膚疾患と呼吸器疾患の関連を示している。
職種
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呼吸器疾患
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皮膚疾患
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鉱工業
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7.1 |
10.2 |
石油化学工業
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15.4 |
12.6 |
金属製品製造業
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11.1 |
37.8 |
自動車製造業
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6.1 |
24.5 |
水道・ガス・電気業及び建設業
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12.7 |
8.0 |
運輸・通信業
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7.0 |
7.8 |
金融業・販売業 |
6.5 |
10.8 |
公務・防衛
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3.8 |
6.8 |
健康・福利厚生サービス業
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7.0 |
22.0 |
社会・個人サービス
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4.9 |
17.1 |
全体
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8.1 |
20.0 |
このデータから職種別の発生を推定できるが、このデータが自発的な報告のものであることに留意せねばならない。英国に比べ、報告の範囲が広範である他国においてさえ報告されていない皮膚疾患事例が、かなりある可能性が多数の調査により明らかになっている。皮膚疾患であることをどのように診断するべきかという問題もある。乾燥してひびの入った皮膚が皮膚炎と診断されるのはどの時点なのか。これは職種により異なることであろう。古いディーゼルエンジンの修理を行っている会社で、機械工では当たり前の手と考えられているものが、食品加工工場では皮膚炎とされるかも知れない。
ばく露による発症
ここに挙げられた数字は実際の皮膚疾患だけのものであるということを認識しておく必要もある。皮膚が好ましくない外的条件にさらされた時に体内器官が影響を受けることの重要性についてのデータはまったくない。しかし研究が進み、化学物質の体内への侵入経路としての皮膚の重要性に対する認識はますます高まっている。たとえば現状では、喘息の問題はイソシアン酸塩に皮膚がさらされることにより誘発されるということを示す証拠がある。空中濃度49ppmの 2-ブトキシエタノール蒸気を使った調査では、労働安全衛生研究所(HSL)は体内吸収の4%までが皮膚を通じてであると推定している。これは純粋に空気を介したばく露であったことを考えると、皮膚の上での100万ppmという液体状態での摂取は、どうなのであろうかという疑問が生まれる。
空気を介したばく露は皮膚反応及び皮膚浸透のよく存在する原因である。結果として、職場が有害物質管理規則(COSHH)によるばく露許容濃度値以下であっても、労働者の健康確保のためには十分ではないことになる。
皮膚はそれ自身が活発な代謝機能を持つ、生きた器官である。つまり、人によって皮膚はそれぞれ異なった反応を示すことを意味する。これは他人との違いのみでなく、時間が異なると場合においても違いが生じるのである。皮膚ばく露の経路は往々にして不明確であり、明確にするためには、相当な‘探求作業’が必要となる可能性がある。平均的な職業安全衛生担当者が皮膚へのばく露を測定し、定量把握するための有効で実用的な方法はない。
皮膚反応を起こす他の要因を考えると、全体像はさらに複雑となる。心理的条件が皮膚反応に影響を及ぼすことが心理学者の研究で明らかになっている。また、英国皮膚病学ジャーナル(British Journal of Dermatology)掲載の研究では、アトピー性皮膚炎の人をストレスの大きい状況下に置くと皮膚の状態が悪化すると結論している。
COSHH及びCHIP(有害物質管理規則および化学物質(危険有害性通知並びに供給のための包装及び容器)規則)
実際、水を含むほとんどすべての物質が皮膚障害を引き起こす可能性がある。これはCOSHH規則に反映されており、「有害と物質」はいくつかの方法により規定されている。その中には、「化学的成分や毒性による(a)〜(d)の分類に該当しない、職場で使用されるかあるいは職場に存在することが健康へのリスクをもたらす分類(e)の物質とされるもの」(COSHH規則第2条)がある。
これが実際に意味することは、職場のあらゆる化学物質は、まず職場での使用方法や保管方法について検証し、次に検証結果とその成分の関連で考慮せねばならないということである。製品に書かれているリスク表示のみに頼るのは不十分である。COSHH規則はこれを認めており、次のように規定している。「規定方法により区分した、一般的に供給される多くの化学物質は、『認定供給品リスト:化学物質の分類およびラベリングの認定情報や供給の際に危険な調剤品(Approved Supply List: Information approved for the classification and labelling of substances and preparations dangerous for supply.)』のパートIに列挙されている。しかし、この『認定供給品リスト』は、CHIPの対象である化学物質のみにかかわるものであり、多くの化学物質や調合品を除外しているため、COSHH規則適用範囲内化学物質の完全なリストとみなしてはならない」(COSHH規則公認実施準則[Approved Code of Practice: ACoP]第13項)
皮膚へのばく露の程度を明確にすることは難しい。皮膚へのばく露の程度がどれほどのリスクを健康に及ぼすのか明確にすることも複雑で困難である。皮膚に接触する化学物質の影響と、その影響が刺激性か、またはアレルギー現象であるかということの知識を必要とする。もちろん、多く化学物質は刺激性と感作性の両方を持ちうる。それぞれの化学物質のもつ影響力の大きさは、化学物質のアセスメント担当者の判断に大きく依存する。
皮膚障害の予防は、そのような皮膚障害が起きない水準にまで化学物質との接触の度合いを下げたり、接触しないようにしたりすることが主眼となる。有害物質に皮膚を絶対に接触させないようにすることは実際のところ不可能であるし、望ましいことでさえない。たとえば、皮膚から有害な化学物質や微生物を洗い流すのに、わたしたちは水を用いる。わたしたちの皮膚が正常に機能するにはある程度水分が必要であるが、過剰に水に接触していると刺激による皮膚炎の原因となる可能性がある。水以外の化学物質についても同様のことがいえる。
わたしたちは、皮膚の化学物質へのばく露を予防したり、十分に制御したりするために、職場の機器、化学物質、作業方法の設計に工夫しなければならないことは明らかである。残念なことに、COSHH規則では‘十分に制御’することがどのようなことであるのかを規定せず、専門家の判断任せとなっている。さらに、業務上の皮膚ばく露に関する許容値については、専門家向けの指標がないため、専門家は文献研究から収集できる情報以外には参照できるものがない。
最終手段としての手袋
技術的方法では十分な制御ができない場合は、最終手段として手袋などの個人用保護具を選定する必要があろう。しかし現状は、大半が認識している以上に複雑である。手袋メーカーは製品の性能データを提示してはいるが、事業者はそのデータからは実際の作業状況下でのその手袋の性能については知りえない。
メーカーの提示するデータは、手袋の浸透破過時間(permeation breakthrough times)(化学物質が分子レベルで手袋を透過して手袋素材の内部に蒸発するまでの時間)を示しているが、手袋の変化は目に見えず、通常は、着用者は気体を感知できないので、手袋の浸透時間は高性能な測定装置を使わない限りわからない。
確かにメーカーは浸透破過時間のデータを公表してはいる。しかし残念なことに、このデータはある特定の化学物質に最適な手袋を示しているに過ぎず、手袋の耐用年数は示していない。浸透破過時間の基準(EN374)では手袋は23℃で試験すると規定している。しかし、大半の場合、実用時の手袋の温度は皮膚の温度に近くなる。さらに、試験の結果得られるデータは、実験室内で試験した際の浸透時間を示しているに過ぎない。
現実には、実際行っている作業、劣化、曲げ、伸張、磨耗など、浸透時間以外の要素もすべて考慮に入れねばならない。あるパイロット研究では、ニトリル手袋(メーカーのデータでは、破過時間は36分となっている)でキシレンを扱う作業において、ある作業では2時間以上経過しても浸透破過がなかったが、別の作業では10分以内に浸透破過が起きることが明らかになった。
防護用クリームへの疑問
手袋の欠陥は危険であることが証明できれば、基本的な保護具としての手袋の適性に疑いが生まれてくるはずである。適正な手袋を特定し、その実質的な性能限界を確認できるかもしれないが、そうであることが着用者が適切に保護されることを保証するものではない。多く見られる手袋による保護に欠陥がある理由の一つは、手袋を正しく着用しなかったり、適正に手袋を着脱しないため着用者の手がが汚染するということである。汚れた手で手袋を着用してしまうと、皮膚に損傷を与える汚染した箇所に皮膚が密着したままになる。一方で、手袋の取り外し方が不適切であれば、手袋で保護する対象の化学物質によって皮膚が汚染されてしまう可能性がある。
一例を挙げれば、ある医薬品会社では、その研究所職員に使い捨て手袋の適切な取り外し方を示したが、取り外す際に手が汚染してしまう職員はいまだに非常に多い。
保護(防護)用クリームを手に塗れば保護されるといまだに信じている企業も数社あるが、これは、このような保護クリームの性能に疑いを投げかけている多くの調査について無知なのである。HSEが次のような声明を発表し、これらの調査結果を裏付けている。「作業前に手に塗布するクリームを皮膚の予備的防護方法として信頼することはできない。クリームの化学物質浸透率にかかわる情報がないからである。またクリームを塗り忘れる部位がよくあるため、手全体を完全に被覆することは保証できない。クリームによる防護効果がすでに完全になくなっていたり、弱まっていたりしても、必ずしもそれが明らかにはならない。これらの理由により、作業前に手に塗布するクリームは個人用保護具と見なしてはならない。クリームは手袋と同水準の保護を提供できないため、適正に選定した個人用保護具の代用として使用してはならない。」(化学物質への皮膚のばく露に起因する業務上のリスクの評価と管理、HSEブック、ISBN 0-7176-1826-9 、HSG205)
またテストデータ公表の意義について、英国安全工業協会(British Safety Industries Federation)のウェブサイトに最近以下の発表があったことは興味深い。「これらの製品(の性能)はすべて、ユーザーがクリームを適正に塗布しているという前提に依存しているため、‘保護’に焦点を合わせるのであれば、この性能テストは実質的な証明のための主張とはなっていない。従って、メーカーのコントロール範疇外の性能という側面にメーカーが責任を問われるのは不合理である」
皮膚管理システム
業務上の皮膚ばく露に起因する皮膚への損傷を大幅に抑えるために、「皮膚マネジメントシステム」を設けることができる。このようなシステムのそれぞれの要素についての詳しい説明は、本記事では割愛するが、それぞれの要素を、整合性を保って、客観的、慎重に機能させれば、業務上の皮膚ばく露に起因する健康障害の可能性を最小限に抑える効果的なシステムを策定・維持することができる。さらには、実質的な稼動コストを大幅に増やすことなく、ときには節減しつつ、この目標を達成することが可能である。
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