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プレッシャーの標的
The pressure point

資料出所:英国安全評議会(British Safety Council)発行
「SAFETY MANAGEMENT」July/August 2003 p.42-43

(仮訳 国際安全衛生センター)


 職業性ストレスに苦しむ人に対して、注目を集める補償支払いが数多くなされてきたが、最近控訴院(Court of Appeal)は、そのような裁判を行うときに法廷が考慮すべきガイドラインを発表した。以下Andrew Davies法廷弁護士が説明する。 

 ストレスは、現在、事業者が直面している最も重要な安全衛生問題のうちの1つである。2000年に英国安全衛生庁(HSE)が公表した研究によれば、500万人の英国の労働者が、自分たちの仕事は非常にストレスがある又は極度にストレスがあると考えている。ストレスは、英国の職業性疾病の2番目に大きい原因であり、事業者のコストは年に4億ポンドに上っている。広く社会に対するコストは、年に約40億ポンドと計算されている。

健康に有害

 「ストレス」という言葉が何を意味するか定義することは重要である。HSEは、「人間が自分に課された過度なプレッシャー又は他のタイプの要求(仕事)から生じる反応」と定義している。この定義がプレッシャーと区別していることは重要である。プレッシャーは正しく管理されていれば、健康にプラスとなり、成績を向上させることもあり得る。ストレスは健康に対し有害となることもあり得る。ストレスと健康障害は同じではないが、場合によっては、特にプレッシャーが強烈で、しばらくの間続く場合は、長期的に心理的な問題及び身体的な健康障害につながることがある。

 ストレスのコストはどの組織に対しても、高い離職率、病欠の増加、業務成績の低下、納期遅れ、顧客からの苦情増加という形ではっきり見えるようになる。また、職業性ストレスの問題を真剣に受け止めない事業者は、訴追を受けたり、職業性ストレスの結果として健康障害を被った労働者からの補償要求を受けたりすることになる。

 1974年労働安全衛生法(Health and Safety at Work Act 1974)や関係する規則で、職業性ストレスに関する義務に具体的に触れているものはない。しかし、HSEはストレスがすでに既存の安全衛生法令で対象とされているという見解であり、まもなく職業性ストレスにどのように対処したらよいかを示す事業者のための新しい管理標準を策定して補足することを明らかにしている。

 さらに事業者は、1999年職場安全衛生管理規則(Management of Health and Safety at Work Regulations 1999 : MHSWR)第3条により、労働者の安全衛生に対する適切かつ十分なリスクアセスメントを行う法的義務を持っている。このなかには職業性ストレスに苦しむ労働者のリスクも含まれるのだ。

強力な証拠

 一般的にはMHSWRに違反しても民事の損害賠償を招くことにはならないが、リスクアセスメントを実施しないことは、事業者が労働者の安全のための合理的な注意をはらっていないことの強力な証拠となることがある。これは、伝統的に安全な職場、安全な工具・機器及び安全な作業方法を労働者に提供することを確保するための合理的な注意と表現されている。

 Walker 対 Northumberland州議会訴訟(1995)においては、雇用中のストレスのため精神病となったという主張に対し、労働者の安全衛生に対する事業者責任の通常の原則が適用された。

 より最近のHatton 対 Sutherland訴訟(2002)では、控訴院は職業性ストレスの結果精神的な傷害を受けたという主張を調査し、将来、職業性ストレスによる傷害の主張を扱う時に法廷が考慮するためのガイドラインを策定した。それは次のようなものである。
  • 特定の問題を知っている場合を除いて通常は、事業者は労働者が仕事の普通のプレッシャーに耐えられると想定することができる
  • 責任を判断するための基準は仕事に関わらず同じである。メンタルヘルスにとって本質的に危険だと見なされるべき職業はない
  • 事業者は、一般に、労働者が自分の役割を果たす能力について労働者が言っていることを額面通り受け取ることができる
  • 対策を講じる義務の引き金を引かせるためには、職業性ストレスに起因する健康への切迫した危害の兆候は、常識的な事業者ならだれでも何かしなければならないと気づくようなはっきりしたものでなければならない
危害の重大さ

 さらに、事業者が義務の不履行とされるのは、起こりつつあるリスクの大きさ、危害の重大さ、それを防止するための費用と実行可能性、リスクを冒すことの正当性を念頭におきながら、その状況で妥当な手段をとらなかったときだけである。事業者の経営規模、リソース、直面している要求などはすべて何が妥当であるかを決める場合に関係してくる。重要なことは控訴院が次のように結論を出したことである。「適切なカウンセリング・治療サービスに関連してプライベートに助言のサービスを提供しているような事業者が義務の不履行に問われることは考えにくい。」

 Hatton訴訟後のPratley 対 Surrey州議会訴訟(2002)において、裁判官は、職業性ストレスにより生じた健康障害の民事責任ということに関し次の二つでは決定的な違いがあるということを強調した。一つはストレスが病気の原因となることがあり得る(通常はそうならないが)という一般論で、これは事業者の責任を問うには十分ではない。もう一つは特定の事例で本当にリスクが発生したという事実で、この場合には事業者の責任が問われる可能性がある。

 Hatton訴訟自身でも、法廷は、ある職種ではストレスが広く蔓延していて、労働者はそれを明らかにするのを嫌がっている、従ってすべての事業者はそれを検出し、それが現実の危害に発展するのを防止すべきだという主張を審理した。これは、もちろんMHSWRの第3条に従うために求められるHSEが考えるプロアクティブなリスクアセスメント方針のように聞こえる。

 しかし、法廷は次のように述べて「リスクアセスメント」議論を却下した。「それは、方針と実行という困難な問題を提起することになるが、それらの個々の件について法廷で解決するのは不適当である。もし、世の中の認識が高まり、職業性ストレスから労働者を守るためになんらかの措置を取ることを一部の又は全部の事業者に義務づけることが正当化できるぐらいになれば、規則で特定の法的義務を課すというやり方でやるほうがよい。」

訴えの根拠

 この問題は、Barber対Somerset州議会訴訟(Hatton訴訟と同時に審理された4つの訴訟の一つ)を上院へ控訴した根拠の一つである。Barber氏は彼の事業者がMHSWR 1992の第3条(現在、1999年規則の第3条)に違反しているという理由で損害賠償要求を継続すると主張する予定である。

 これは、第15条(現在、1999年規則の第22条)の規定「この規則により課せられる義務に対する違反は、民事訴訟におけるなんらかの行動の権利を与えるものではない(新生児の母親、妊娠中の女性、18歳未満の者に関係するものを除く)」となっているにもかかわらず要求を行っているものである。Barber氏の議論の根拠は、1992年規則(1999年規則)は民事訴訟に対する権利を与えていないため、安全衛生に関するEU枠組み指令を正しく実施していないというものである。

 Barber訴訟の控訴は今年末に上院で審議される予定である。傷害に対して、昨年のFairchild対 Glenhaven訴訟(異なる複数の企業に雇用されている期間にアスベストに暴露された人は受けた損害に対する権利を所有する)ほど補償要求訴訟における大きな変化が再び起こる可能性は低いが、職業性ストレスが注視すべき問題であることは間違いない。