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すべり、つまずき、転倒
SPECIAL REPORT Preventing slips, trips and falls in the workplace
SLIPS TRIPS & FALLS

資料出所:英国安全評議会(British Safety Council)発行
「SAFETY MANAGEMENT」2003年9月号 p.32

(仮訳 国際安全衛生センター)



 職場における安全衛生上のリスクの中でも、すべり、つまずき、転倒はもっとも頻繁に起きる事故の一つであり、すべての業種の労働者がその被害を受けている。実際、安全衛生庁(Health and Safety Executive : HSE)によると、すべり、つまずき、転倒は、作業中の重大な傷害の単独での大きな要因となっており、企業従業員、自営業者、公務員の重大な傷害の報告件数全体の約3分の1を占め、企業従業員の休業4日以上を要する傷害の約5分の1を占めている。
 HSE発表の暫定統計数では、2001/02年度だけで、すべり、つまずきが原因で重大な傷害を負った労働者は1万人以上にのぼり、その95%は骨折している。一方、同時期に、作業中のすべり、つまずきが原因で休業4日以上を要する傷害を負った労働者は約3万人にもなった。
 もちろん、すべり、つまずき、転倒の労働力の代価は、すべての業種で経費の増加に反映されており、すべり、つまずきが原因の傷害で、事業者は毎年およそ3億6800万ポンドのコストを費やしている。英国経済全体では、すべり、つまずき、転倒により、毎年およそ7億6300万ポンドが失われているとHSEは見ている。


優先分野

 HSEによると、すべり、つまずきによる傷害者数が最も多く報告されている産業は、医療サービス業、建設業、地方行政当局(Local Authorities : LA)の管轄下で営業している産業である。たとえば店舗、ホテル、レストランなど。特に、LA管轄下で事業を営む産業の従業員の重大な傷害件数全体の約42%、また報告された公務員の傷害件数全体の約半数が、すべり、つまずき、転倒が原因であった。
 このことは確かに重大な問題であり、安全衛生委員会(Health and Safety Commission : HSC)の2001-2004年戦略プラン(Strategic Plan for 2001-2004)の中の8つの鍵となる優先分野のなかのひとつに組み込まれている。英国政府の「安全衛生の活性化(Revitalising Health and Safety)」に定める、作業に関係する事故・疾病低減10ヵ年計画の目標を諸産業や企業が達成できるようにすることが目的であるこのプランのもと、HSCは2004年までに作業中のすべり、つまずきによる傷害件数を10%減少させることを目標としている。
 しかしHSEの統計では、傷害件数は過去5年間横ばいとなっており、事業者は依然として作業中のすべり、つまずきのリスクを削減する対策を十分には講じていないことを示している。そこで、HSEは、すべり、つまずき、転倒の件数を低減させるための幾つかの計画を提言している。


しぼり込み監督

 その一例としてはは、2002年にHSEおよびLAの監督官が、潜在的なすべり、つまずきのリスクを特定するため、職場をしぼって一連の監督を始めた。また一方では、HSEの建設部局の2003/04年度の事業計画では、すべり、つまずきが最優先分野となっている。特に、建設部局は企業が建設現場の管理基準を確実に遵守できるように、一年を通じて継続した安全キャンペーンを展開することを予定している。これはたとえば、通路をきれいに保ったり、つまずきのハザードになる這っているリード線類を除去することなどである。
 さらに、歩行者用通路や床面のすべりのリスクを、素人でも正確に見積ることができることを目的としたPC用CD-ROMのソフトウェアパッケージが現在HSEで開発されている。
 これは、「ペデストリアン・スリッピング・エキスパート・システム(Pedestrian Slipping Expert System[PSES])」という評価システムで、元来はHSEの監督官が食品・飲料業でのすべりのリスクを評価することを支援するソフトであるが、2003年冬季に試験運用を実施し、2004年半ばには、より多くのHSEおよびLAの監督官が活用できるようにする予定である。
 HSEは、ゆくゆくは事業者もPSESを活用できるようにし、職場におけるすべり事故のリスクを決定することに役立てると述べている。
 一方で、HSEは、施設管理者、設計者等に提供するため、一般的なすべり試験方法に関するガイダンスに従い職場の床材を明記することに対応する新しい情報シート(Information Sheet)を近々発行すると公表した。
 HSEによると、この情報シートの発行目的は、床面のすべり試験方法がさまざまに異なるために生じる混乱を減ずることであるという。2003年7月には、もうひとつの重要な進展があった。それは、HSEがウェブサイト上に「すべり、つまずき、転倒」のページを開設し、問題に取り組んでいるHSE事業計画の最新情報と、職場における実際の良い事例と悪い事例のデータベース、および無料でダウンロードできるガイダンス冊子を利用者へ提供したことである。


進行中の調査研究

 このウェブサイトでは、作業中のすべりやつまずきの管理に関するHSE主催の巡回キャンペーンやセミナーの情報を常時掲載し、この問題にかかわる進行中または最新の調査研究の詳細内容も掲示している。その一例としてHSEは、英国で入手できる履物類のすべり抵抗の範囲を特定し、そのすべり抵抗を試験する最近の研究を挙げている。
 すべりやつまずきに対するHSE戦略の重要目標の一つは、すべての事業者に、職場のすべりやつまずきのハザードを防止し、管理することにより、従業員の傷害のリスクを減ずる法的義務があることを認識させることである。特に、1999年職場安全衛生管理規則(Management of Health and Safety at Work Regulations 1999)では、事業者に対し、作業中のすべりやつまずきのリスクを特定するために、リスクアセスメントを実施し、さらに必要なところに、確実にリスクに対処できる効果的な抑制策を講じることを義務付けている。


高所からの墜落防止

 一方、1992年(衛生、安全、福祉に関する)職場規則(the Workplace (Health, Safety and Welfare) Regulations 1992)では、事業者に対して、たとえば床材は清掃しやすく、廃棄物は適切なくず入れに収集するなど、職場の床は適切で良好な状態で、また障害となるものが除去されていることを確立するよう求めている。これらの規則では、たとえば、2メートルを越す高所には、それを乗り越えたり、そこをくぐりぬけて人が墜落しないだけの十分な高さのある柵を設けるなど、事業者に高所からの墜落防止策を講じることも求めている。
 しかし、安全衛生規則は、第一に事業者がすべり、つまずき、転倒のリスクから従業員や第三者を保護することを確立するためのものであるが、従業員自身も、たとえば、階段を走って登り降りしてはならないとか、マニュアル・ハンドリング(注:重い物を持ち上げるといった作業)を行う際には前方の床面が見えるか確認しなければならないなど、自分と第三者の安全衛生に具体的な責任がある。
 すべりやつまずき事故から負う傷害の種類はよく似ているが、傷害の原因はまったく異なる場合が少なくない。たとえば、足が床にうまく接地できなかったり、床の表面をしっかり捉えられない場合にすべりは起きる。HSEによると、すべりの90%は、何かがこぼれている、または靴底が床の表面に適さない濡れた床の上で発生している。その他のすべりのハザードの例は、履物のサイズが適切でない、マットが固定されていない、床面が斜めになっている、液体および固形物がこぼれたり、散らばっていたりすることなどである。
 それに対してつまずきは、通常の足の動作が何らかの理由で阻害され、結果としてバランスを崩すときに起きる。つまずきは、這っているケーブル類や通路をふさぐ保管箱により引き起こす場合が多い。実際、HSEによると、報告されたつまずき災害の全体の75%は、何らかの障害物が原因で起きている。他の職場のつまずきのハザードには、床の段差、固定されていない床板、階段や傾斜路などの高低差がある。
 さらにつけ加えると、すべりやつまずきのハザードによる危険は、職場環境の他の問題でも悪化する。たとえば、照明不足は、障害物やこぼれたものを確認できず、傷害のリスクが高まる。逆に明るすぎる照明により起きるまぶしさは、すべりやつまずきの可能性が増加する。


アセスメント担当者の任命

 作業中の安全衛生のハザードに取り組む際に事業者がとるべき最初のステップはリスクアセスメントの実施である。すべり、つまずき、転倒も例外ではない。
 まず、事業者はアセスメント担当者を任命し、屋外を含め職場を見回らせて、床の不良、這っているケーブル類、固定していないカーペットなど、すべり、つまずきの明らかなハザードを特定する。実際の行動が手順書と異なることがあるかもしれないので、アセスメント担当者は職場で又は作業行動中に実際にどのようなことがなされているか査察するべきである。
 現存するハザードが過去においてすべりや、つまずき事故を発生させた状況や場所を特定するために、職場での事故や疾病の記録を調査することも価値があろう。リスクアセスメントの一部として、事業者は、誰がすべりやつまずきのハザードからのリスクがあるところにいるか正確に特定するべきである。これはすべての従業員に対するリスクを考慮に入れるということである。従業員には、職場環境を十分に認識していない新人労働者や臨時労働者、現場に常駐していないスタッフも含まれる。
 リスクアセスメントでは、保守技術者、下請け業者などの自営業者が、すべりやつまずきのリスクにさらされるし、又たとえば清掃員が作業現場に特殊な用具やハザードな化学物質を持ちこむように、自営業者がリスクを生み出すかもしれないという事実を考慮に入れなければならない。
 いったんハザードが特定されたら、事業者はすべり、つまずき、転倒の潜在的原因に対処するために、職場に導入した対策が適しているかどうか、確認しなければならない。
 しかし、初回のリスクアセスメントが、プロセスの最後ではない。事業者は、評価方法が定期的に見直されているか、また職場に新しいハザードを持ち込む新設備や作業手順の導入を検討するためにリスクアセスメントが実施されているかを確かめなければならない。
 リスクアセスメントが完了したら、事業者は従業員にその結果を通知することが重要である。なぜなら、採用された対策により影響を最も大きく受けるのは従業員だからである。このことが意味するのは、存在するハザードや新しい安全作業方法についてスタッフ全員に気づかせることである。また、対策には、必要に応じて特別な訓練や教育を提供することも含まれるかもしれない。


整理整頓

 すべり、つまずきのリスクを特定したら、事業者はリスクが除去もしくは低減されたことを確認する必要がある。確認する最も効果的な方法のひとつに、職場が清潔かつ整然と保たれるていることを確認するために整理整頓の手順を導入することがある。
 実際、HSEは、「すべり、つまずきの大半は、職場の不十分な整理整頓による」と述べている。たとえば、廃棄物の漫然とした乱雑さや、不適切な保管が事故の一般的な原因であり、一方引き出しが開きっぱなしであるファイルキャビネットは、たとえば重大なつまずきのハザードになることがある。
 整理整頓のガイドラインは、職場の床や通路に障害物を置かないことや、資材は注意深く積み重ねることが含まれる。事業者は以下の事項も考慮しなければならない。
働く場を整然とした状態に保つこと。たとえば使用していない備品は適切な場所に収納しておく
こぼれたものはすぐに拭き取ること
廃棄物は定期的に空にされている適切な容器に保管すること
重量物は、戸棚の利用者の上に落ちる可能性があるため、キャビネットまたは戸棚の上に置かないこと
通路、階段、出入口(特に非常口)には余計な装置を放置しないこと
割れガラスのような有害物は個別に保管し、慎重に廃棄すること
カーペットのような損傷した床のカバーは、すぐに交換すること
 一方で、職場内のすべりやつまずきのリスクを最小限にするために、定期的な清掃計画が確立されるべきである。概して、床と通路は最低1週間に1回清掃し、適切な容器に保管できないほこりやゴミは、1日に最低でも1回は処分するべきである。
 可能であれば、床は作業時間外に清掃すべきである。しかし、そのような清掃が現実的ではない場合は、床を過剰に濡らさないよう注意が必要である。床を濡れたままにしておく場合は、柵や警告標識を使い、人々に危険を知らせなければならない。
 適切に清掃システムを実施しながら、事業者は、効果的な保守システムで確実に補完することが必要である。有効な保守システムでは、以下の項目を確実に行う。
床と履物は定期的に検査し、清掃し、修理すること
床と履物の維持は取り扱い説明書に従うこと
濡れた床などのハザードな場所への接近は、是正措置がとられるまでさけること
破損した場所をすぐに修復することができなければ、その範囲を閉鎖すること


効果的な保守管理システム

 効果的な保守管理システムは、床と安全靴類の寿命を向上させるが、しかし安全でさらなる費用対効果的な操作を可能にしなければならないと同時に、関連する法的要件を満たさなければならない。
 照明も、すべり、つまずきのリスクに取り組む際に見過ごしてはならない分野である。職場の照明が不十分だと、障害物や液体のこぼれに気づかず、傷害を負うリスクが増大することになる。そこで、事業者とリスクアセスメント担当者は、以下に挙げる項目について考慮すべきである。
安全に移動できるために、十分な照明が設置されているか
照明の取りつけ部品の清掃手順や、不具合のある電球や蛍光管の報告および交換に関する手順が整備されているか
夜間、屋外の歩行者用通路に十分な照明が設置されているか
照明が明るすぎたり、まぶしすぎる場所はないか
 一方で、床表面が、職場のすべりやつまずきを低減させるのに重要な役割を果たす。たとえば、調理場のような液体のこぼれが日常的である職場環境では、簡単に清掃できる床材を選ぶことが大切である。

床面

 床面の選択の際には、以下に挙げる重要項目について考慮すべきである。
その場所の床の利用者は誰で、使用頻度はどれくらいであるか
床面の清掃方法と清掃頻度はどのようなものであるか
床面は、対象となる床に適切な種類であるか、また床上の往来量は適切であるか
床面は作業活動に適切なものであるか。たとえば、化学製品に耐性があるかなど
 同様に重要なことは、すべり、つまずきのハザードは安全そうに見える面でも起きうるため、事業者は床面の穴やひび割れ、固定されていないカーペット類、タイルの欠けなどへの配慮しなければならないる。さらに、パイプからの漏れや結露の滴下などの液体のこぼれは、すみやかに処置しなければならない。高低差のある床には、標識やペイント、線の入ったテープなどで目立つように印をつけておくべきである。またすべての階段に手すりを設置するべきである。


スリップ抵抗の改善

 しかし、単に床材を新しいものと交換するのではなく、既存の床のスリップ抵抗を改善できることは、一考する価値がある。たとえば、すべり止めが備わった研磨用の微粒子をコーティングした樹脂で床をおおうことができる。別の方法は、スーパーマーケットの通路やレストランのサラダバーコーナーのように液体がこぼれることが予想される箇所にマットを使うことである。マットは、その職場の周囲の床の表面を液体や水分で汚れないようする手助けにはなるが、すべり、つまずき、転倒を防ぐためにマットが効果的であるためには、床面に平らに敷く必要がある。ほとんんどのマットは縁の部分に傾斜がついているため、高くなった縁を越えてスリップする機会を減少させる点で役に立つ。しかし、マットは事故を防ぐ一方で、巻き上がった縁があったり、厚すぎたりすると、逆に災害をひきおこしかねない。
 適正に床材を選択することは、すべり、つまずき、転倒の防止には重要である一方で、作業中のすべり、つまずきの事故件数の低減のためには従業員に適切な履物を支給することも大切である。
 従業員に適切なサイズの履物を支給すると同様に、事業者は床材に適切な履物か、必要に応じて修理、又は交換についてもチェックする。
 履物は常に強靭で手入れが行き届いていなければならず、また、先端の尖った重量物が高所から落下しても耐えることができる、つま先キャップとしての補強用鉄板付きでサイズが合っていることが必要である。


ぬれ状態

 一方、キッチンのように潜在的にぬれた条件下で作業する労働者には防水用の履物を支給しなければならない。さらに、すべての履物は柔軟性に富み、防水加工され、汗の吸湿機能を有すると同時に、快適性、スタイル、耐久性などの要素も考慮したものでなければならない。入手可能な安全靴には以下の異なるタイプがある。
 セーフティー・トレーナー(SAFETY TRAINERS):この靴は普通のトレーニングシューズのような形をしているが、重く、靴底はクッション性がある。しかし、高温の状況下で長時間履き続けるとやや熱がこもりやすい。
 セーフティー・ウェリントン(SAFETY WELLINGTONS): この靴は、ゴムもしくはポリ塩化ビニルで作られており、建築現場で使用されている。つま先が補強され靴底に強力なすべり止めが装備されている。
 たとえば液体取扱いを含む作業行動は、すべり、つまずきによるリスクが他に比べ必然的に大きいものがあるが、もし事業者が低減させることを前提にして、すべり、つまずきのハザードと取り組むために献身的な活動をすれば、職場で起きるすべりやつまずきは減らすことができる。
 職場におけるすべり、つまずき、転倒のリスクを評価し、管理することで、事業者は仕事中に労働者が被るすべり、つまずき、転倒による傷害を低減させる活動を行う。そうすることで、この種の事故が企業、産業、ひいては社会全体に課す人的または財務上の負担を低減できるようになるのである。



注)HSEのすべり、つまずき(Slips and trips)に関するウェブサイトはこちらです。

注)現在、「Pedestrian Slipping Expert System」は「Slips Assesment Tool (SAT)」という名称になっています。