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イギリスの規制制度に今求められること
労働安全衛生規則の前途

デビッド・ウオルターズ(David Walters)

資料出所:「NEWSLETTER OF THE EUROPEAN TRADE UNION TECHNICAL
BUREAU FOR HEALTH AND SAFETY
」 2000年3月号
(訳 国際安全衛生センター)


本稿では、英国で労働安全衛生に関する現行法の枠組みの構成と運用の見直しを図ったプロジェクトの主だった成果について大要を述べる。調査の背景と勧告の裏付けとなっている論理的根拠について述べているが、労働安全衛生法はうまくいっているという楽観的なこの頃の評価にありがちな独善的、自己満足的な記述とは往々にして好対照の内容となっている。

見直しの理由

1974年労働安全衛生法は英国の労働安全衛生についての現行法の枠組みの核心を構成するものである。この法律は1972年のローベンス委員会の報告書を端緒として施行に至ったものだが、報告書では当時施行されていた法制度の根本的欠陥が明らかにされ、その是正を目的に一連の勧告がなされた。特に、委員会は以下の事項を要求した。

  • 職場における安全と衛生のため中央国家機関を設立すること。
  • 事業者およびその他の者に対し、実施すべき保護基準を定め安全衛生管理に力点を置く一連の包括的義務を導入すること。
  • 慣行に基づく規制要件への依存度を軽減し、目標志向の要件と実施規則をもっと活用すること。
  • より一般的な見地からは、事業者と労働者による自己規制にこれまで以上の力点を置く法制度を確立すること。
  • 執行通知を出す監督官に新たな権限を与えること。

ローベンス委員会の勧告書は一般的に受け入れられたというには程遠いものであったが、実質的な政治的支援を受け、後に労働安全衛生法となる土台を築くための素材を提供した。同法が施行された際、従来の職場の安全衛生に関する取り組み方からは根本的にかけ離れ、労働者保護基準の大幅な向上を約束する基盤を用意するものと思われた。導入以来その方法論と理念はイギリスの安全衛生への取り組みの真髄を表すものとなり、他の国々における法制度改革などに、特にオーストラリアやニュージーランドのようにその法制度がイギリスを手本にしている場合、影響力を及ぼしてきた。

同法が実際に基準向上の約束をどこまで果たしたかは見解が広くわかれる点である。例えば、同法が施行されてからというものの死亡者および重傷者の数が大幅に減ったのは確かだが、同じ期間に危険度の高い業種の雇用がかなり減ったのもまた事実である。実際、安全衛生庁(HSE)では負傷の減少分の少なくとも半分は雇用形態の変化に起因するとしている。しかし改善の原因がなんであろうと、労働者が被る作業関連の危害の規模は依然途方もないものであり、関連費用も同様だということは明らかである。例えば、入手可能な資料によると作業関連の負傷や疾病の結果、毎年数千人の労働者とかつて労働者であった人々が亡くなっている。また、労働力の約4%を占める100万人以上の労働者が毎年作業関連で負傷しており、200万人以上、すなわち労働者と元労働者を合わせた人口の約5%が、作業が原因で発生したか悪化したと思う疾病に罹っており、毎年2万5,000人以上が作業で負傷または罹患して労働力から離脱している。

そうした危害は収入の喪失、苦痛と生活難および社会生活と家庭生活の崩壊として労働者とその家族に非常に大きな犠牲を強いることになる。また事業者のみならず納税者にも国の健康保険による医療と社会保障給付を通じ重い負担を課すことになる。事実、HSEでは1990年度の作業関連の負傷と疾病はイギリスの事業者に45億から95億ポンドの負担を強いており、経済全体の負担額は110億から160億ポンドに上ると推定している。それは国内総生産の1%から2%の間である。さらに最近になって、HSEはこれらの推定値を上方修正し、安全衛生を欠いたことにより180億ポンドを超える負担が生じたことを示した。

これらの統計だけでも労働安全衛生に対する現行法の枠組みを再考すべき確かな論拠があると思われる。労働安全衛生法が施行された25年間に労働界に起きた変化を考慮すればこの論拠は一層確かなものとなる。

ローベンス報告書が作成された頃は大部分の労働活動は男性の、常用労働者が担っており、こうした男性は製造業や採取産業(鉱業、採油業、農林業等)の労働組合のある大企業で働いていた。当時に比べ労働界は大きく様変わりした。例えば、サービス部門や中小企業での雇用がはるかに重要になり、労働組合の組合員数や認知度は大幅に下落し、自営業やパートタイムおよび臨時雇いなどの「非標準」型の雇用が著しく伸びてきた。さらに、大きな組織の内部で管理構造が大きく分散化し権限委譲が進む傾向があらわれた結果、労働活動の中央調整業務の度合いが往々にして低下し、労働強度がかなり上がってきた。

このような労働と労働市場の構造と組織の変化にくわえ、労働と労働者および公共福祉の間の関係についての社会的期待と国民一般の理解および認識にも著しい変動が起きてきている。こうした変動はさまざまな方法で明確に示すことができる。例えば、過去20年間に以下のような事情が現れてきている。

  • 一般市民の側に危険を容認しない傾向が強まっている。
  • 労働者の個人的な安全衛生に関する関心から社会一般に及ぼす事業活動の影響についての広い関心に移ってきていること。
  • 石綿の規制や職業性喘息、作業関連の上肢の障害や労働強度の上昇による心理社会的影響など、メディアからの安全衛生問題への注目が高まってきたこと。
  • 労働活動で発生した危害の場合直ちに求償措置を迫ることが多くなったこと。
  • 特に一般市民が亡くなった作業関連事故の余波が静まらないうちに企業殺人法(corporate manslaughter law)制定に対する一般とメディアの関心が広まっていること。
  • 一般市民の情報開示に対する期待と、透明性および説明責任を求める要求が高まってきていること。
  • 公共の安全に影響を与える意思決定過程に市民が参加することを求める声が大きくなってきていること。

こうした変化の一部は、自然に対する理解のあり方と作業関連の危険に対する態度が変化したことに起因している。公共の価値観の変化や、政府や事業者および専門家の発表を額面どおりに受け容れたくないという考え方が増えてきていることを表している場合もある。そうした事態は環境上の危険に対する関心の増大を反映している。社会学者の主張によれば、それは富の社会的生産がシステム的に社会的危険の発生を伴う社会の症候を示すものであるという。また、脱工業社会における新技術が巨大なインパクトを与えた結果生じた、世界の経済的、社会的、個人的および文化的変化に対する社会的な抵抗を反映する変化もある。原因が何であれ、職場における安全衛生についての社会的期待の移り変わりは、作業関連の危険を規制するための既存の制度に対して大きな課題を突きつけているのであり、政府や安全衛生規制機関はこれに答える必要がある。

したがって、こうした変化は、作業関連危害の現行の規模と性質に関する証拠資料と併せて考えると、現在の法律の枠組みの妥当性について大きな疑問を提起する。例えば次のような問題がある。

  • 目標志向の包括的な義務は中小企業の事業者にとってわかりやすく有益なのだろうか。
  • 筋骨格障害やストレスに関連する条件など作業計画のあり方に密接に結びついている作業関連の疾病に従来の施行方法で十分対処できるのだろうか。
  • 安全衛生の義務は近代的な作業環境の危険に対し依然妥当であり適切なものであるのか。
  • 義務の担当者は違反に対し十分説明責任を負えるのだろうか。
  • 罰則は十分抑止的なのか。
  • 労働組合による承認が減っており、非標準的雇用形態が増加し、また中小企業での雇用が増えている環境のなかで、自主規制は依然実行可能な規制の方法なのだろうか。
  • 事業者は現在安全衛生を有効に管理するための十分な経済的、法的動機付けを与えられているのだろうか。


プロジェクトの編成

協会がプロジェクト開始の決定を下したのは、以上および他の疑問に答えるためであった。労働組合員、弁護士および学識経験者による運営委員会を設立することから始めた。見直しの対象となる事例についての検討を盛り込んだ中間報告書が作成された。1998年の同書の出版にひきつづき運営委員会はいくつかの作業班を設立し、以下の問題点について詳細に取り組んでいる。

  • 現行の法律の構成。
  • 現在の法律の枠組み運用のあり方。
  • 労働組合と労働者の代表に対する措置を整備すること。
  • 安全衛生管理の妥当性、および、
  • 作業関連危害の犠牲者に対する補償と社会復帰。

これらの作業班には30人以上の安全衛生専門家が参加しており、複数の調査委員会が補佐している。これにより職場で安全衛生問題にさらされる広範囲の人々を代表する個人や組織がそれぞれの経験における興味深い証拠を提供する機会が生まれた。またHSEの職員も含む他の専門家が数々の中心的問題点について見解を述べる機会も生まれた。最後に各班が報告書を提出し、その内容が本著作の基礎をなしている。


基本的結論

作業班の報告書では関心を持つ領域に関する問題の進行係を決め、こうした問題の可能な取り組み方について勧告案を提出する。事業者とその法的義務、安全衛生規則に対する法律の枠組みの運用、安全衛生と作業関連危害の状況改善に関する労働者代表などを対象とする改革についての勧告案は合計40本以上ある。本質的にこれら勧告案には以下の6つの主要目的がある。

  • 特に安全衛生を確実に改善し達成するため適切な対応が求められる経営者の組織と措置に関して、事業者により明確な、より重い義務を課すこと。
  • 事業者が必要な安全衛生について専門知識を確実に得られるようにすること。
  • 事業者が労働者の心身の能力を十分考慮した作業環境を作る必要性を認識して、職場の安全衛生についてより広い、より全体的な取り組みを採用するよう奨励すること。
  • 労働者代表制の効果と範囲を強化すること。
  • 法を順守しない場合、違反が確認され有効な処罰の対象となるケースがより現実味を帯びるようにすること。
  • 補償制度を作り事業者に作業関連危害の規模を縮少させる資金面の動機付けを与えること。

こうした広範な区分中にあって一部の具体的な勧告案には以下の事項が含まれている。

  • 事業者の「組織と措置」について
    • 合理的な実行可能性という観点からの事業者の義務遂行資格に代えて、妥当性という観点から事業者の行為を評価することを求めるやり方にすること。
    • 事業者と労働者代表の共同管理のもと事業者が規定の品質の予防サービスを利用できることを義務づける法律の枠組みを作ること。

  • 遵守に関して
    • 監査機関が監督と管理をより拡充できるようその運用資源を拡大すること。
    • 地域とその分野の活動を強化促進するため分散化方式を導入すること。
    • 事業者の安全衛生措置と達成を監査する「第三者」を要請する法的施策。
    • バランスのとれた公正な罰金、刑の宣告に先立つ報告書(presentencing reports)の活用、保護観察令、および禁固刑の執行に関する現行の規制の撤廃を含む、広範な刑事罰の実施。
    • 私的な訴追に踏み切ることが可能となる労働者とその組織の権利の拡大。

  • 労働者代表に関して
    • 労働者代表が仕事を中止し暫定改善通知を提出する権利を強化すること。
    • 小企業を担当し、移動するケースの多い安全衛生の代表を確立するための措置。
    • 事業者が労働者代表の措置を取る代わりに労働者と直接話合いすることを要求する適用範囲を解除すること。
    • 労働組合が承認されない状況を補い、安全衛生代表を確実に配置し労働者代表のより広範囲な機構により支援するため労働者代表の包括的な法的枠組みを確立すること。
    • 規制当局が安全衛生の労働者代表に関する施策の運営実施にさらに厳しく取り組むこと。

  • 補償と予防制度
    • 作業関連危害の被害者に収入に、比例した給付金を支給する事業者の基金による部門別保険組合制度の確立。
    • 事業者のこうした組合に対する分担金がその求償の経験および/または安全衛生予防の基準により変動する制度の創設。
    • 事業者に安全衛生上の助言を行う部門別組合の利用、地域別労働安全衛生サービスへの資金供給と、業界を基盤とし各事業所を回る安全代表の制度。
    • 労働により危害を受けた労働者のため、事業者に対しリハビリ・コーディネータを任命し社会復帰計画を指定する義務を課すこと。
    • 労働安全衛生サービスを通じ事業者に社会復帰休暇を用意させる義務を課すこと。

本著作の主要目的を関連づけることで、作業関連危害を予防し、危害を受けた者に補償し、疾病や負傷した労働者の社会復帰をはかるなどの現行の各種制度間の一層緊密な協同効果を確立するという根本的な必要性を認識することになる。この点で本著作は現英国政府の考えとして主張の強まっている取り組み方に関係している。英国政府の考えとは、他の多くの欧州連合(EU)諸国の社会民主主義政権と同様、活力を取り戻し国際競争力を持つ経済を創り出すと同時に社会民主主義の再生を求めるというものである。本著作の中心を占める論点の一つは、労働者の安全衛生をこのもっと広範囲な筋書きの一面として観察することが最も建設的な見方ではないかというものであり、経済の国際化への対応、危険と環境についての社会的理解、福祉国家の変貌および労働者の保護と事業の規制における国家の役割といった事柄もその対象となっている。結果として、歴史上おそらく例のないことであったが、安全衛生の管理が従来の末梢的な役割から浮上して、社会・経済政策の発展の中心を占める課題のひとつとなる可能性がある。環境調査協会(IER)はその勧告書の中で、事業者、労働者およびその他の安全衛生に影響をうける関係者の代表のみならず、政府とその規制機関もこの課題に取り組むことを促している。

この分野で政府が現行の政策を立てるために盛んに引用する用語として「新しいパートナーシップ」を創出するとか、「ステークホルダー」(社会的に重要な関係者)の参加・関係を求めるとか、政府の各省にまたがってさらなる「統合」作業に努めるといった言葉が繰り返されている。安全衛生に関する政策の場合も同様で、その中身は従来の障壁を超えたパートナーシップと連携というものが多くなっている。

しかし、本著作は幅広い政治的、経済的変化に遅れをとらないためには、安全衛生改革のためのどのようなプロジェクトにせよ政治家の専門用語集に任せるだけにせず、さらなる取り組みが必要だと指摘している。単に既存の法的枠組みをいじくり回したり、イギリスの自律的伝統が続くことや事業者の自由裁量に期待していては有意義な結果は達成できるものではない。社会投資、社会的責任に応えうる事業および新しいパートナーシップが、安全衛生の成果向上に効果的に貢献できる環境を創り出すためには、既存の規制に関する枠組みの妥当性と有効性を注意深く見直しその妥当性を再定義することが重要である。こうして、作業関連危害を予防し、補償しまた事態を改善する仕組みにおける様々な要素の連携をはかる、より緊密な管理法を確立することによって理論的には大きな協同作用が生み出されるが、最も効果的に達成するには労働安全衛生法を一旦廃止し、下記の事項を同時に成立させる法律に替えることである。

  • 安全衛生の管理と労働者の保護に関して事業者の根本的責任を定めること。
  • 実効性のある施行と罰則を準備すること。
  • 職場での福祉に影響する事項の策定に、労働者とその代表が参加する広範囲の権利を盛り込むこと。
  • 罹患および負傷した労働者への補償を準備するため、事業者が拠出する部門別保険組合制度を作ること。
  • 上記の労働者の社会復帰に関する義務を事業者に課すること。

本著作は結論として、そのように基盤を拡大した法律は作業関連危害の予防に取り組むだけではなく、そうした危害の犠牲者に対する補償と社会復帰を準備するものとなると述べている。このことによって、事業者側は安全衛生管理とそれに関する費用と給付金は、現状よりももっと広い背景から検討する必要があることを一層明確に認識することになるだろう。それによって、安全衛生管理への取り組みの統合強化が促進され、安全衛生専門家と労働衛生従事者および人材担当者の間に従来以上の大きな協同関係が実現することであろう。またそれにより、勧告された部門別保険組合の運営と、予防関連の義務と並行して社会復帰に関する義務を事業者が順守しているかどうかをHSEが監視する役割を促進することになる。


この記事のオリジナル「NEWSLETTER OF THE EUROPEAN TRADE UNION TECHNICAL BUREAU FOR HEALTH AND SAFETY」 2000年3月号(英語)は国際安全衛生センターの図書館が閉鎖となりましたのでご覧いただけません。