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マニュアル・ハンドリング(人力作業)における労働災害の防止について

資料出所:英国安全評議会(British Safety Council)発行
「SAFETY MANAGEMENT」2002年10月号 p.32-40

(仮訳 国際安全衛生センター)


 従業員のほぼ全員が、重大なケガや長期にわたる健康障害のリスクを冒しながらも、労働生活を営む上でマニュアル・ハンドリング(人力作業)の実施を余儀なくされている。そこで、潜在的なリスクを評価し、職場での重量物の持ち上げ作業に安全な手段を採用するなど、事業者にできる、マニュアル・ハンドリングによる傷害の防止対策について説明する。

 依然として多くの事業者が、マニュアル・ハンドリングの危険性を深刻に受けとめていないということが、数多くの証拠からも明らかである。あらゆる産業で働く従業員のほとんどが、仕事上何らかの形でマニュアル・ハンドリングを行っている実情を考えれば、こうした現状は由々しき問題である。


最大の危険要因

 「マニュアル・ハンドリングに起因する事故が、年間報告される作業関連傷害の約三分の一を占めている」という英国安全衛生庁(HSE)の統計結果が示すとおり、マニュアル・ハンドリングは決して低リスクではなく、職場における最大の危険有害要因の一つになっているのである。

 英国安全衛生庁(HSE)の統計によると、1999/2000年度において、「危険なマニュアル・ハンドリングに起因する重大災害は2800件発生し、休業4日以上の災害は48,000件以上にのぼる」との報告を受けている。そして、1995年に実施された英国安全衛生庁(HSE)の『自己申告による作業関連不健康統計(Self-reported Work-related Ill Health survey)』によると、英国では60万人を越える労働者が筋骨格系障害の腰部障害を患っていて、そのうち66%の人びとが「マニュアル・ハンドリングに起因して発症した」と考えている。

 その上、マニュアル・ハンドリングは、英国の職場に常習的欠勤をもたらす最大原因になっているのである。「毎年、作業関連の筋骨格系障害による労働損失日数はおよそ1000万日にものぼり、そのうちおよそ半数は筋骨格系障害の腰部障害によって発生している」と英国安全衛生庁(HSE)は推測している。腰痛が、イギリス経済に総計5兆ポンドにものぼる損害を毎年与えているとみなされているのである。


人的および財政上の損害

 安全衛生庁(HSE)の統計が示すとおり、マニュアル・ハンドリングに起因する人的および財政上の損害は莫大である。それゆえ、英国安全衛生委員会(HSC)が、作業関連性筋骨格系障害への取り組みを、「戦略プラン2001-2004」の8つある優先プログラムの一つに決定したこともごく自然な成り行きと言えよう。


プログラムの内容

 英国安全衛生委員会(HSC)は、「戦略プラン2001-2004」の一環として、2004年までに作業関連性頸及び上肢筋骨格系障害(WRULD)の発生件数を15 %低減させるプログラムの実施をもくろんでいる。プログラムは以下の内容を含む。

  傷害を発生させるリスクが高いと言われているマニュアル・ハンドリング−−−例えば介護分野における患者の持ち上げ作業など−−−に焦点を絞り、2002/03年度にかけて安全衛生庁(HSE)の検査官が、職場の立ち入り検査を行う。
  仕事上のマニュアル・ハンドリングによる傷害の原因を究明するために、新たな研究を行う。例えば、建設業にまつわるさまざまなマニュアル・ハンドリングを行う上で労働者が直面する危険要因を特定したり、木工業界におけるマニュアル・ハンドリングに起因する傷害の原因を究明する。
  作業関連性頸及び上肢筋骨格系障害(WRULD)の防止のために、事業者にむけて業種別ガイダンス−−−特に建設業界と窯業を念頭においた−−−を策定する。


問題への取り組み

 安全衛生庁(HSE)はここ数年、事業者が、業務上のマニュアル・ハンドリングに起因する問題と取り組んでいけるよう、さまざまな指導書やビデオを発売してきた。例えば、2001 年12月に発売された農業を対象とした指導ビデオ、「農場に戻って:農場における持ち上げ作業の解決法(Back on the Farm : Farm lifting solutions)」は、マニュアル・ハンドリングを安全に行う方法を解説している。

 また、安全衛生庁(HSE)は2002年3月、マニュアル・ハンドリングに起因する傷害が作業関連傷害の発生件数の半数を占めると推定される、ソーシャルケアおよびヘルスケア分野のマニュアル・ハンドリングに起因する傷害事故の低減にむけて「在宅介護の取り扱い:安全で効率的で建設的な成果を得るために(Achieving safe, efficient and positive outcomes)」という手引きを発行した。そして、安全衛生庁(HSE)は、この手引きをフォローアップするべく、患者の取り扱いに関する優良事例を掲載したヘルスケア部門向けのガイダンスの続編を2003年末までに発行する予定である。

 安全衛生庁(HSE)はそのガイダンスのなかで、マニュアル・ハンドリングに起因する傷害が、建設現場や倉庫などの危険度の高い職場だけに存在する潜在的なリスクではなく、オフィスや病院などの低リスクの職場環境でも起こり得る、あらゆる業界に共通する問題であることを強調している。

 また、重量物を扱ったり、持ち上げ技術が未熟で、反復的に運搬等のマニュアル・ハンドリングが行われるような職場であれば、どのような業種でもマニュアル・ハンドリングに起因する傷害事故が発生する可能性があると安全衛生庁(HSE)は警告している。

 なぜなら、コピー用紙の山であれ、建設現場に積み重ねてある重い煉瓦であれ、どんな物体でもぎごちない動作や姿勢で運べば、傷害を負う可能性があるからだ。

 あらゆる産業でマニュアル・ハンドリングによる傷害が多発していることを考慮すれば、マニュアル・ハンドリングの問題を扱う主要法令、「1992年マニュアル・ハンドリング作業に関する規則(Manual Handling Operations Regulations 1992)」が、持ち上げ作業の撤廃を最優先するよう、事業者に要請していることも驚くに値しない。本規則は、いかなるマニュアル・ハンドリングを行う際にも適用になり、従業員が業務上のマニュアル・ハンドリングによって傷害を負うリスクを低減するよう、事業者に特定の義務を負わせている。

 「1992年マニュアル・ハンドリング作業に関する規則(Manual Handling Operations Regulations 1992)」は、マニュアル・ハンドリングによる傷害のリスクを除去あるいは低減するために、作業方法の再設計や作業場内で材料の運搬を行うリフトやベルトコンベアーなどの機械設備の導入といった、マニュアル・ハンドリングに代わる方法を見いだすように事業者に要求している。


リフト機器の種類

 従業員が荷物の持ち上げや運搬を楽に行えるように、さまざまなリフト機器が開発されている。こうした機器には以下のようなものがある。

 簡単な道具類−−−マニュアル・ハンドリングに取って代わることはできなくても、マニュアル・ハンドリングをやりやすくする簡単な道具類は数多く存在する。こうした道具類は、物体をつかみやすくしたり、てこの原理を利用して荷物を持ち上げやすくしたりする。板ガラスや、大きくて扱いにくい荷物を持ち上げる際に有効な持ち上げフック(lifting hook)がこれに含まれる。

 台車(truck and trolley)−−−台車は、荷物を離れた場所に運ぶ際に役立つ。手動で移動する台車は、押したり引いたりのマニュアル・ハンドリングが伴うが、これらを使用することで効率的に運搬作業を行えるようになり、傷害のリスクも低減される。手押し車(sack truck)は一本の車軸上でバランスをとりながら荷を運ぶことができる。

 大型台車(platform truck)−−−より大きな荷物を移動したり、支えたりする際に、大型台車が有効であり、スイベル(swivel)を装着すれば操作もしやすくなる。一方、台車(trolley)は軽量の荷物の運搬に便利で、高さのある台車は、固定式もしくは取り外し可能な棚を据えつけて使うこともできる。

 フォークリフト(lift truck)−−−フォークリフトは、工場、農場、病院でよく見られ、さまざまな荷物の運搬に役立つ。フォークリフトには数多くの種類があるので、労働環境に応じたものを選ぶことができる。例えば、通路の狭い倉庫などでは、リーチトラック(reach truck)が威力を発揮する。

 コンベアー−−−コンベアーシステムは、マニュアル・ハンドリングを不要にするより高度な手段である。コンベアーは高さの異なる場所に荷物を運ぶ際に利用でき、重さを利用して荷物が自分で移動できるように傾斜させて設置できるタイプもある。移動できるコンベアーは、設置場所も積み荷の種類を問わず利用可能で、車両に荷を積んだり、原材料の選別にも使うことができる。

 作業を補助するさまざまな機械があるので、従業員がそのなかから業務に適した装置を選ぶことが重要である。すなわち、事業者に、業務を安全に遂行できる装置を選び、その使用方法だけでなく、装置を操る従業員の能力や好みまで十分に考慮する責任があることを意味する。

 職場の再設計や機械類の補助をもってしてもマニュアル・ハンドリングをなくすことが不可能なら、事業者は「1992年マニュアル・ハンドリング作業に関する規則(Manual Handling Operations Regulations 1992)」に従ってリスクアセスメントを行わなければならない。リスクアセスメントではあらゆる種類のマニュアル・ハンドリング−−−持ち上げたり、運んだり、押したり、引いたりする動作を伴う業務のすべて−−−を吟味すべきである。また、リスクアセスメントを実施することでマニュアル・ハンドリングがもたらすリスクを特定し、そのリスクを管理する手段を明確にするべきである。


安全なマニュアル・ハンドリングの方法

 リスクアセスメントは、事業者が、組織の状況に適した安全なマニュアル・ハンドリングの方法を導入できるよう手助けするものである。リスクアセスメントを実施する際には以下の点に留意する。

  その職務では反復的なマニュアル・ハンドリングが行われているか。あるいは休み時間が不十分ではないか。
  その職務の遂行には並外れた力や高さを要求されるか。
  その職務の遂行には、荷物を身体から離して運んだり、あるいは荷物を長い距離運んだり、強い力で押したり引いたりするような動作を伴うか。
  その職務は、ひねったり、かがんだり、伸び上がったりする動作を伴うか。
  その職務は、荷物が突然動きだす危険性があるか。


荷物のサイズと重量を小さくする

 事業者は、荷物の移動や取り扱いが楽に行えるように、荷物のサイズ、形状、重量あるいは形態を変更できるかどうか検討すべきである。商品を小単位で購入して、ひとつひとつの荷の重さを軽くできる場合もある。その反対に、大量に購入することで、小さな物体を何度も処理する手間を省くこともできる。「1992年マニュアル・ハンドリング作業に関する規則(Manual Handling Operations Regulations 1992)」は、人間が持ち上げる物体の重量限界を特に設定していない。リスクアセスメントは、マニュアル・ハンドリングを行う労働者各人の身体能力を考慮した上で行うべきである。

 それは、ある仕事が、一部の従業員に過剰な負荷をかけることになる場合があるからだ。例えば、普段から激しい肉体労働を行っている従業員が取り扱える荷物の重さと、オフィスで働く人びとが扱える荷物の重さは自ずと異なる。また、従業員が、業務上のマニュアル・ハンドリングで傷害を負う危険性を増大させかねない別の要因は、従業員をとりまく労働環境そのものにある。

 一例をあげてみよう。段ボール箱を倉庫内の別の場所へ移動する作業は比較的安全に思える。しかし、倉庫内の照明が不十分で通路が暗ければ、リスクは増大する。労働環境に関して留意が必要な項目は以下のとおりである。

  職場の床が平坦でなかったり、滑りやすいようなことはないか。
  良い姿勢を保ったまま作業を行えるだけの十分なスペースがあるか。
  階段や急な斜面など、床の高さや表面が一様でないところはないか。
  突風が吹きつけるなど、荷物を持ちあげたり運んだりする作業を行いにくくする労働状況が存在しないか。
  照明が不十分で、つまずく危険性を増大させるような状況が存在しないか。

 リスクアセスメントは、マニュアル・ハンドリングを伴うさまざまな業務を観察し評価することができるように、適切なトレーニングを受けた担当者が行うべきである。比較的低リスクの小規模事業場やオフィスなら、マネジャーやスーパーバイザーや安全代表者がアセスメントを行うこともできるだろう。しかし、リスクが中程度かそれ以上の危険度の高い労働環境では、より複雑な手順の介在によるマニュアル・ハンドリング上の特殊な問題を解決するために、専門家の意見に耳を傾ける必要があるだろう。


アセスメントに必要な項目

 「リスクアセスメントを行う際にどこまで詳細な情報が必要か」は、業務内容によって異なる。例えば、単純なマニュアル・ハンドリングを行う業務では、危険要因を頭でチェックするという基本的なアセスメントで十分である。しかし、建設業や大量の荷を扱う配達業のような、種々雑多なマニュアル・ハンドリングを伴う業種では、事業者は、仕事内容、仕事量、労働環境を考え合わせた上で、マニュアル・ハンドリングにまつわるさまざまな危険要因を特定すべきである。加えて、職場で発生した事故記録を吟味すれば問題の所在を明らかにできるし、チェックリストを利用すれば、あらゆる危険要因が網羅されているか確認することもできる。

 アセスメントを繰り返し実施することが困難な場合、そして、行われているマニュアル・ハンドリングが低リスクでないと判断される場合、重要な調査結果を記録に残すべきである。また、前回のアセスメントの有効性が疑わしいと判断するに足る理由がある場合、そしてマニュアル・ハンドリングの内容が変更された場合には、アセスメントの手順を再検討するべきである。


従業員の教育と情報

 事業者は、リスクアセスメントの実施後、マニュアル・ハンドリングによる傷害のリスクを低減させるために適切な手順を踏んでいかなければならない。そして、これを実行していくための最善の方法は、従業員にマニュアル・ハンドリングに関する十分な情報と教育の機会を付与することである。

 当然のことながら、荷を扱うすべての従業員に対し、教育の機会と情報プログラムを提供するべきである。そしてそれには以下の項目を含めるべきである。

  危険なマニュアル・ハンドリングの見分け方
  不慣れなマニュアル・ハンドリングに対処する方法
  巻き揚げ装置や移動式コンベアーなど、処理したり持ち上げたりする際の補助装置の使用方法
  保護手袋などの作業者の身を守る保護具の使用方法
  整理整頓の重要性について
  能力と限界を自覚することの重要性
  上手なマニュアル・ハンドリングのやり方の習得

 重さや形状を含め、取り扱う作業員の身に傷害を負わせかねない荷の特徴をきちんと把握しておくよう、スタッフを教育するべきである。また、事業者は労働者に、持ち上げる荷の重量やどこが最も重い部位かを知らせておくべきである。
 しかし、従業員教育を行ったからといって、それだけでマニュアル・ハンドリングを安全に行えるようになるわけではないことを認識する必要がある。従業員教育の目的は、作業上の安全システムを補完することであり、職務の再編成などの防止手段の代用にはならない。


安全な持ち上げ方法を採用する

 マニュアル・ハンドリングによる傷害の防止につとめるすべての事業者にとって最も重要なステップは、労働者が職場で荷を持ち上げたり運んだりする際、必ず安全な持ち上げ方法を採用しているか、確認することである。その結果として、マニュアル・ハンドリングに従事するスタッフ全員が適切な教育を受け、それに従って持ち上げ作業を行っているか、事業者は確認するべきである。安全な持ち上げ方法は以下の内容を含む。

 荷を検査する−−−従業員は持ち上げる物体の重さを確かめ、その荷が安定していて、重さが均等で、縁に尖った部分がないか、チェックするべきである。重くて扱いにくい荷物はすべて要注意である。荷物が非常に重くて扱いにくい場合、従業員は同僚に手伝ってもらうか、もしくはフォークリフトや台車などの補助機械を利用するべきである。

 職務を計画する−−−従業員は、すべったりつまずいたりする危険をなくすために、少し遠回りであっても、直線に近い経路を選んで荷物の運搬を行うべきである。ドアを開けた状態で固定できる場合は、荷物を床に降ろしたり、ぎごちない動作で通りぬけずにすむように、ドアを開けたまま固定しておくべきである。作業員は、荷物を運んでいる間にいったん止まって休める場所を運搬経路沿いに予め見つけておき、荷物を安全に降ろせるように、荷降ろし場所に障害物がないことを確認するべきである。

 しっかり荷物をつかむ−−−荷物を扱う際に発生する傷害事故の最大原因は、荷物をしっかりつかんでいないことである。それゆえ、従業員はどのように荷物を保持するか、運びだす前に決めておき、手袋やつなぎなどの保護具を着用する必要があるかどうかも考えておくべきである。
 物体を安全に持つ決まった方法はないが、荷物をからだに近づけて下の方で持つことが肝要である。作業員は、荷物を持つ腕が足より前にでないように、持つ腕を歩幅の範囲内にとどめるように努めるべきである。荷物をかかえる姿勢やつかみ方は、労働環境や作業員の好みによるが、いずれにしても安全でなければならない。


荷物を持ち上げる

 荷物を低い位置から持ち上げる時、作業員は腰を曲げるのではなく、膝の屈伸を利用して作業を行うべきである。そして、持ち上げる際には両足を腰巾に開き、片足がもう一方の足よりも若干前に出るように保つ必要がある。また、マニュアル・ハンドリングを行う際に発生する傷害事故の危険性を低くするため、保護具を着用することも肝要である。荷物の表面が、荷を扱う人に切り傷やひっかき傷や火傷を負わせることがないように、従業員は荷を取り扱う前に十分検査する必要がある。

 もし、そのような危険性がある場合には、保護手袋を着用する必要があるだろう。そして、すべりやすい床上で荷を運ぶ場合、あるいは荷物を足の上に落下させた場合を想定し、靴底が床の表面をしっかりつかみ、つま先を保護するスチールキャップのついた保護靴を従業員に支給することも考えるべきである。

 マニュアル・ハンドリングを安全に行うことができなければ、作業員は捻挫や骨折や筋違い、あるいは腰部障害を発症しかねない。それゆえ、事業者は、できる限りマニュアル・ハンドリングそのものをなくす努力をしなければならない。しかし、マニュアル・ハンドリングをなくすことが不可能な場合には、事業者はマニュアル・ハンドリングによるリスクを精査し、マニュアル・ハンドリングのやり方を変更したり、補助器具を使用させるなど、リスク低減のために有効な措置を講じなければならない。このようにして、事業者はマニュアル・ハンドリングによる傷害事故がもたらすコスト−−−労働者だけでなく社会全体に対しても−−−の低減を推進することができるのである。